婚約競り市
「殿下、僕と姉が無理をして夜会に来たのは、父の元に老侯爵の4番目の後添えとして姉の縁談が来ているからです。
領地のこともありますが、猶予がないのです。
父は僅かな援助で姉を嫁がすでしょう。
だから、老侯爵より大きな金額の援助が必要で急いでいます」
「ダメだ!あの侯爵の前妻達の死因には不審な点が多すぎる」
ウォーレンがテオドアに飛びつかんばかりに反論するのを、テオドアは目を閉じて肯定する。
有名なのであろう、すぐに誰か特定するのだから。
シャルロットは知らなかったが、引きこもりの自分が家の事を知らないのはいつもの事なので、今更だ。
やばい趣味の爺さんか、と変な本の知識が出て来る。
「父は人がいいというか、相手の気分を損ねないように断ろうとするので、相手が強引にきたら断り切れないのは目に見えてます。
干ばつの時も接点のある役人の口車を信じ、地を耕している領民に保護が回らなかったのです。
皆を守ろうとするから、必要な人間を守れない。
いい父なんです。
だけど、僕は姉を守りたい」
うわぁ、いい話、感動しちゃうよ、とシャルロットがウルウルしている間にテオドアは紙に何か書き始めた。
「これぐらいが、今後の干ばつ対策として必要な用水路の工事代金です。
これを即座に援助をお願いしたい」
はい、スタートはこの金額からです、とまるで競売人のようなテオドアだ。
これに来年の種の購入代金が上乗せされるはずである。
狡猾な老侯爵から若い令嬢を助ける騎士精神。
病弱なのに領民の為に、領地経営を手伝う知性深きスズランの君。
派手さはないが誰もが美しいと思う美貌であり、清楚な雰囲気を纏っている。
それがテオドアが手にしている商品、シャルロットだ。
「どなたも降りる気はなさそうですね。
来年に蒔く小麦の種が領地全土で、これぐらいになります」
そしてテオドアが次々と金額を上乗せしていく。
うわぁ、お金ってあることろにはあるのね、羨ましい。
シャルロットは自分の値段が跳ね上がっていくのに、恐縮するばかりだ。
テオドアは商品の価値を前面にだして、性能に触れていない。詐欺だ。
「まるで人身売買のようで心が痛いよ」
ウォーレンが一番まともなのかもしれない。
「違いますよ、結婚の支度金を決めているだけです」
競売人テオドア、とても一番年下とは思えない言葉遊びをする。
「姉のデビュタントの時に、どちらの家も縁談を申し込んでこられた。
たくさんの縁談をいただきましたが、我が領地に被害が広がり全てにお断りさせていただきました。
ほとんどの方がすでに縁付いておられる。
いまだに独身でこの機会になったのは、縁が深いと思っているのです。
だから、どちらに嫁いでも姉は大事にしてくださると信じているから、金額で決めるのが公平と思えるのです」
「たいしたものだな」
静観していたナイジェルが口を開く。
「その年で、我らを手玉に取るか、面白いな。
シャルロット嬢のデビュタントの時に縁談を申し込んだのは、父だ。
息子の嫁にと思ったらしい。その父は亡くなったが、パーシバル公爵家の嫁という点ではいいと思っている」
パーシバル公爵家の嫁、やっぱり恋人との隠れ蓑に妻が必要よね、協力します!
手を握りしめて、シャルロットは妄想の世界に引きずり込まれそうになるが、気になることがある。
「あの、テオドアの学費も支援いただきたいの」
「君は何歳だ?」
バーナードがテオドアに確認してくる。
「テオドア・フェルシモ、16歳です」
なるほど、とバーナードは少し思案したが、決断は早かった。
「僕は君を貰うことにするよ」
えええ!?
殿下も男の子がお好きですか!!?
この国って・・・
シャルロットは、鼻血をだしそうなぐらい興奮している。思わず手で鼻を押さえてしまった。
それをナイジェルが哀れな目で見ていたのを、シャルロットは気が付かない。
「僕は降りるよ。
王家に生まれた以上、好いた相手と結婚できるとは思っていない。
だが、16歳でこの才覚、素晴らしいね。
学校に行っていないのは、干ばつの被害でそれどころではないということか。
僕が学費を援助する、スポンサーということだ。
長兄は王太子で次期王だ。中の兄は和平の為に近隣国に婿入りする。
僕は次期王を支えるべく宰相になるつもりだ。
その時に、君の頭脳が必要になる。未来の宰相補佐として投資しよう」
ポフン、と椅子の背に深く身体を預けてバーナード第3王子がニンマリ笑う。
「学費に寮費、食費、後で計算しておきます」
テオドアがバーナードに礼を取る。
「そこに、衣類費、小遣い、その他全部だ。
君にかかる費用の全ては僕が持つ。
僕が恥をかくような衣装にするなよ、王家のクチュールで仕立ててくれ。
他の人間に頼らないように」
王族バーナードに礼を取るテオドアは美少年だ。
シャルロットの鼻の奥が熱くなってくる。
『テオと呼んでいいかい?』
バーナードの声がシャルロットだけに聞こえる、気がする。