夜の庭園はチャンスが落ちている
テラスから外にこっそり出ると、夜の闇はうまくシャルロットを隠してくれそうだ。
王子が戻ってくるまでに、少しでも遠くに行きたいが、慣れない王宮の庭園、夜の灯りでは足元がおぼつかない。
どれほど進んだろう、人の話し声がする。
よく聞き取れないが、男性のようだ。
「これで何人目だ?
貴族世界を生き残る女だ、やわいはずあるまい。
自分に不利になれば見限るんだろう」
「これで、3人目だよ。
僕は信頼できないんだってさ。
彼女には精一杯尽くしたつもりだ」
「派手な女性が好きで、声をかけずにおれないのは誰だ?
付き合っている女性からしたら、自分だけとは思えないんだろう」
「少しは哀れんでくれよ。失恋したてなんだ」
そう言って、男性がもう一人の男性にもたれかかった。
その男性はポンポンと背中を叩いて、頑張れよ、と慰めるつもりだった。
そこに暗闇の物陰から飛び出したのは、よく聞こうとしてバランスを崩した出歯亀のシャルロットだった。
誰もいない夜の庭園で抱き合うような男性二人と、暗闇に一人でいるなど危険すぎる若い女性のシャルロット。
一瞬お互いを見つめ合った3人だったが、男性達の方が反応が早く身体を離す。
シャルロットはその顔に見覚えがあった。テオドアから候補にあげられ、シャルロットが探していた一人、ウォーレン・エバンス伯爵子息。
「あああ!」
二人に指を指したシャルロットの声が夜の庭園に響く。
「ごめんなさい、他の人には言いませんから!
まさかエバンス様の恋人が男性なんて!!」
「違う!誤解だ!」
男性二人が声を揃えた。
そこにいるのが、今夜の話題の主であるシャルロット・フェルシモであると気が付いたようだ。
近づくと、顔がはっきりわかった。
「そうですよね、認めるわけにはいきませんよね。
お気持ちはよくわかります。
エバンス様と一緒にいらっしゃるのは、パーシバル公爵様ですよね?
お二人とも軍属ということは、やはり軍ではこういうことが多いという・・・なんて(面白そうな)こと・・」
実体験のない本による知識ばかり深いシャルロットには、もうこれはそうとしか見えない。
バレなければもっと見ていられたのに、キスぐらいしたはずだ、もっと先までするかも、失敗した、と変な反省をしているシャルロット。
「シャルロット・フェルシモ伯爵令嬢、どうも誤解をしているらしいが、たとえ言われても誰も信用すまい」
パーシバル公爵の言い方に、カチンとくるものがあった。
お前なんかの言葉を誰も信用しない、って言っているよね?
相手は公爵、こちらは引きこもりの伯爵令嬢、信用の違いは当然だけどバカにされている?
「あー、面倒くさ」
小さな声で呟いたのに、聞こえたらしい。
「何か言ったか?」
ナイジェル・パーシバルが問いただすように確認してくる。
他人に命令慣れている人間の物言いが、シャルロットには面白くない。
反対にウォーレン・エバンスの方は、優しそうな表情で話しかけてくる。
「シャルロットちゃん、こんな夜の庭なんていたら危ないよ。
広間に送っていくよ、こんな綺麗な顔してるんだから悪い男に目を付けられるよ。
バーナード殿下とダンスしていたよね?」
「その殿下から逃げてきたら、男同士の逢引に遭遇したんです」
嫌みに聞こえるようにシャルロットは強調するが、ウォーレンは気にしないようだ。
「違うんだけどなー」
「ウォーレン、広間に送って差し上げろ。
殿下は優秀な方だ、逃げるなんて言って気を引いているだけだ」
ナイジェルの言葉にシャルロットの怒りが沸騰する。
何も事情なんて知らないくせに、こんな夜会なんて来たくなかったわよ!お金の為よ!
運動なんてしてないけど、領地の仕事をするようになって昔よりは筋肉が付いている。右手を振り上げてナイジェルの頬をひっぱたこうとして、腕を捕まれた。
「乱暴だな、面白い」
口の端だけあげて言うナイジェルを蹴ろうとして避けられた。
「きゃあああ!」
腕を捕まれたまま身体を避けたので、腕が少し捩じれて痛みがはしる。
ガサッ!!!
シャルロットの声で飛び込んで来たのは、シャルロットを探していたバーナード王子を先頭にテオドアと数人の男達。
「公爵なにしているんだ!」
シャルロッテの腕を掴み、乱暴しているようにしか見えない。
乱暴していたのはシャルロットでナイジェルは避けただけだが、シャルロットの儚げな容姿が被害者に成り立たせている。
「厄日か今日は」
チッと舌打ちするナイジェルがシャルロットの腕を離すと、倒れかかったシャルロットをあわてて支える。
「公爵、いったいどうなっているんだ?」
バーナード王子がナイジェルを問いただすのを止めたのはテオドアである。
「殿下、少し落ち着いてください。
姉は結婚相手を探しに夜会に来たのです、どうしてこんな所にいるのか」
誰もが分かっていたし、バーナードが声をかけたことで有力候補がバーナードになっていた。
シャルロットは、それだけ注目の的だった。
テオドアはシャルロットに駆け寄ると、ナイジェルから引き取ろうとして、シャルロットの腕を見た。
「なんですか!この腕の痣は!?
それでなくとも暗闇の庭で男といるなんて縁談を壊す気ですか!」
大袈裟なテオドアを、シャルロットは何も言わずに見ていた。
きっと面倒くさいことは弟がやってくれるだろう。
「公爵、申し訳ありませんが姉を休憩できる所まで運んでくださいませんでしょうか?
この腕の痣は、公爵がつけたのですよね?」