シャルロット、それは妖精の名前
今夜はフェルシモ伯爵家の姉弟が出席すると夜会では噂になっていた。
令嬢がデビュタントの時に、婚約を申し込んだが誰も受け入れられなかったのは、領地での干ばつがあったためだと皆が思っていた。
その令嬢が馬車の中でごねているなど、誰も想像もしていなかった。
「ああ、面倒くさ!」
「姉上、そのボロ隠してください。行きますよ」
「私じゃなく、テオが金持ち引っ掛けていいんじゃない?」
ベッドで転がって朗報を待っていればいいんじゃない、名案よー。
はぁ、と溜息を吐いてテオドアがバカですね、と笑う。
「姉上が引きこもって過ごすためには、僕が堅実な奥さんを持つ必要があるんですよ。
姉上が出戻って引きこもる時には、おやつはプディングにしてあげますから、ここは姉上が頑張ってください」
大金を動かせるのは、男が多いんですよ。
僕がそういうのになれば、表立って動かせる金額はたかがしれているのですよ。
「働くしかないか・・」
シャルロットの呟く言葉は口の中に消えていく。
労働は嫌いなのよねー。
ハンスが開けた馬車の扉から、先に降りたテオドアがエスコートの為にシャルロットに手を差し出して囁く。
「笑顔」
ナイジェル・パーシバル公爵、従兄のエバンス伯爵嫡男ウォーレン、ラドクリフ王国第3王子バーナード、今も独身で過去にシャルロットに求婚していた大物も出席していた。
テオドアが選んだ夜会は、シーズンでも有数の豪華な夜会であった。
夜会の広間に姿を見せたシャルロットは、優しく微笑みを浮かべ、彼らの期待通りの美しい姿だった。
ましてや、弟のテオドアも麗しく、一枚の絵のような姉弟の来場で、周りの注目を一身に集めている。
弟は姉に、むやみに喋らないように釘をさし、初めての夜会というのに人あしらいが上手い。
シャルロットは、テオドアの押すエバンス伯爵子息ウォーレンを目で探していた。
デビュタントの時に踊った記憶があるが、それ以来なので簡単には思い出せない。
そんな二人に近寄って来たのはバーナード王子。
「やっとお会いできましたね。僕と踊っていただけますか?」
うやうやしく胸に手を当て、片手はシャルロットの手を取り唇を寄せる。
ひー、修道院、頭の中に清貧、労働の日々が浮かぶ。
横目でテオドアを見れば、頷いて踊ってこい、と言わんばかりだ。
「殿下、喜んで」
バーナードに手を取られ、ホールの中央に進めば、王太子夫妻の視線を感じる。
「貴女にダンスを申し込むのも、弟君の許可がいるようですね」
「気づいてらしたのですね。
申し訳ありません、私は弟に信用がないようで」
「ああ、病弱とお聞きしているので、無理して我慢すると思われているのかな」
本物の王子様に微笑まれて、胸ときめかない女性はいないだろう。
シャルロットも悲劇の主人公に酔っている。
きっと、殿下も本当の私を知れば去って行ってしまうのだわ。
「シャルロット、まさに名前の様に可愛い人」
やめて―!
殿下の口説き文句が止まらない。
「妖精がいるなら、こんな姿なのだろう」
バカか?
ロマンス小説にでてくるようなセリフだが、現実となると違うとよく分かった。
二人で燃えている時はいいけど、片方が冷静な時は恐い。
貴公子というのは大変だな、期待に応えようとするのだろうか。
そこまで、褒めたら白々しい。
王子様へのドキドキは、消え失せ可哀想な者を見る目に変わる。
「干ばつの被害が大きく、領民のために尽くしていると聞いている。
王家としても、再度調査をして義援金を再考すべきと思っている」
なんですって、それなら男を誑かす必要ないかも。
これでノルマ達成!
うふふ、と微笑んだまま次の言葉に固まる。
「僕が領地を調査に行くべきだろう」
王子が?
領地に?
もちろん、滞在は我が家よね?
ダメだ!
使用人が少なくなって、シャルロットの部屋の掃除ができていない。
ゴミは溜まる一方、脱ぎ捨てた服、読みかけの本、おやつの入っていた皿。
テオドアなどは、姉上の部屋はゴミで床が見えない、きっとカビが生えている、と言ってシャルロットの部屋には来ない。
シャルロットには、ごみの山のどこに何があるか分かっているけどテオドアには理解できないらしい。
だが、あんな部屋を見られたら、伯爵家が貴族としてダメなのは分かっている。
ゴミ部屋に住むのは、妖精ではなく妖怪だ。
「殿下、ありがとうございます。
もったいないお言葉で、お気持ちだけでこれからも頑張れますわ」
バーナードとシャルロットのステップは軽やかで周りは気づいてないが、シャルロットはデビュタント以来のステップで、思考がそっちにいっているせいで王子の言葉にも反応が遅れる。
笑ってごまかそう、それしか頭にない。
ニッコリと微笑めば、バーナードが目を見張る。
「奥ゆかしい」
それは、ニンマリというような笑みを一瞬浮かべたバーナード。
「え?」
反応が遅れたシャルロットだが、危ないとシグナルが鳴っている。
曲が終わっても手を離そうとしないバーナードにシャルロットは奥の手を使う。
「殿下、申し訳ありません。少し疲れたようでお水をいただきたいのです」
わざとよろけてみせれば、バーナードは慌ててホールの中央からシャルロットを連れ出した。
病弱設定万歳!
テラスのカウチにシャルロットを座らせると、ボーイからグラスを取ろうとするがお酒しか持っていなかった。
「殿下、すぐにお持ちいたします。
お部屋の準備も必要でしょうか?」
さすが王宮の夜会、ボーイも対応が訓練されているが、シャルロットにはピンチだ。
部屋に連れて行かれるのは危なすぎる。
「いえ、弟を呼んでいただきたいです」
テオドアから言われたように、下からバーナードを見上げて、何度か瞬きして瞳を潤わせてみる。
「わかった、呼んでくるからここで待っていてくれ」
バーナードの姿が人込みに消えていくと、シャルロットは逃げ出す為に立ち上がった。
王子妃なんて公務という労働があって、失敗すれば修道院で労働・・・絶対にいやだ。