ナイジェルの帰宅
女性の身支度は時間がかかる。
ナイジェルは身にしみて知っているようだ。
イラつくこともなく、侍女にお茶を淹れさせた。
「閣下、ご無事のお戻りお喜びいたします。
僕は姉上にご挨拶しましたら、お暇させていただきます。」
ナイジェルの様子を見ながら、テオドアが挨拶する。
「公爵家が責任を取らねばならない事だった。
シャルロットにずいぶん救われた」
論外に、シャルロットを大事にするとナイジェルは言っているのだ。
「規格外の姉ですが、末永くお願いします」
テオドアが手を出せば、ナイジェルはその手を握って握手する。
「その規格外も気に入っている」
シャルロットであれば、何でも許すだろうとナイジェルは思っている。
「馬車は寮に向かわせればいいか?」
「いいえ、デラハウスの方へお願いします」
デラハウスは、バーナード王子の王都の別宅だ。
王子が王宮から戻ってくるのを、デラハウスで待つのだろう。
ナイジェルも王宮に報告してから屋敷に戻ったが、バーナードは王宮に残っていた。
王家との調整をバーナードに任せているとはいえ、それがパーシバル公爵家の懲罰の件であろうから気にならないはずはない。
パーシバル公爵家は無傷では済まされない、爵位が落ちる事もあり得るだろう。
だが、最悪の状態は避けられるはずだ。
話が終わるのを待っていたかのように寝室の扉が開き、シャルロットが出てきた。
華美なドレスではないが、茶会程度なら着ていけそうなドレスである。
「綺麗だ」
シャルロットの手を取ったのはナイジェル。
そしてテオドアはシャルロットの側に来ている。
「姉上、大変お綺麗です。
僕は、これでお役目完了とさせていただきます」
シャルロットが返事する間も与えす、テオドアは背を向ける。
仕方ない子ね、と思いながらシャルロットはナイジェルに狙いを定める。
公爵家で危険な目にあい、慰謝料を貰って伯爵家に戻るのだ。
テオドアが卒業するまで王都のタウンハウスで暮らすのよ。
この美貌も女の武器も使うのは今よ!
クネ、と腰をくねって見せれば、ナイジェルがクックッと笑い出した。
「色気が足りないな」
しかも失礼な評価を付けられた。
「俺が教えるから、大丈夫だ」
シャルロットの手に口づけをするナイジェルが、上目遣いでシャルロットを見る様は色気駄々洩れである。
ぎゃああ!
自分で仕掛けておいて、逃げ出したくなったシャルロットである。
あっちは百戦錬磨よ、無理無理!
元が援助金目当ての婚約詐欺もどきを企んでいたシャルロットだが、実家に戻って来ていいと言っていたテオドアがナイジェルをシャルロットの売り付け先と認可したことで、シャルロットの敗戦濃厚である。
テオドアは、夜会の夜に敗戦を悟ったのだ。
バーナード・ラドクリフ王子、ナイジェル・パーシバル公爵、ウォーレン・エバンス伯爵嫡男、誰であっても自分達が手玉に出来る相手ではない。
反感を買えばフェルシモ伯爵家の存在自体が危なくなってしまうが、反面、強力な支援者になる。
テオドアは、ナイジェルが姉を保護し飽きないだろうと確定したのだった。
だから、テオドアはシャルロットを連れ帰ることも出来る状況でありながら、一人で帰ることにしてバーナードの元に向かったのだ。
「俺が留守の間はキエトに任せていたが、大変だったろう。
何をしてたんだ?」
シャルロットをソファに座らせると、その横にナイジェルが座る。
寝室の扉の隙間から覗いてました。
次の日は、ベッドで転がってました。
その次の日は、寝てました。
その次もその次も、部屋から出てません。
当然答えるのは、
「部屋にいました」
シャルロットの行動範囲は狭い、そして変化がない。
「俺はかなり心が狭いらしい。
シャルロットが俺の留守中に、遊びで歩くのは嬉しくないようだ」
だから、とナイジェルは続ける。
「シャルロットが部屋にずっといるのは喜ばしい」
そう言いながら、髪に口づけするのは、や・め・て。
ネズミの死体を部屋に放り込まれた時よりも、怖いんですけど。
逃げたい。
領地のすみで、のんびり暮らす計画が遠くなった気がする。