ガウス伯爵領
『姉は幸運の女神ではありません。
運を運んでくれますが、本人は何もしないので、周りが動かざるを得ないのです。
徒労にはなりませんが、苦労します』
本当に、その通りだ。
テオドアの言葉を思い出しながら、バーナードは剣を振るっていた。
金鉱を制圧した後、軍を再編成してガウス伯爵領に突入した。
パーシバル公爵領の金鉱と違い、ガウス伯爵邸は私兵による厳重な警備になっていた。
一個師団に該当する私兵は、それが潤沢な資金があると証明していた。
乱闘状態では確認できないが、ナイジェルとウォーレンも苦戦しているだろう。
だが、所詮は私兵隊。
辺境伯や辺境侯の私兵のように訓練されているわけでもない。
数があろうとも、統制のとれた軍に敵うはずもなく、時間がかかるほど私兵隊が乱れていった。
「殿下!」
ナイジェルがバーナードを守るべく飛び出して来た。
キン!
バーナードに向けられた剣が弾き飛ばされる。
「すでにウォーレンが屋敷に入りました」
「行くぞ!」
ナイジェルが先頭に立ち、バーナードが続く。
すでに大半の私兵が倒れていて、戦闘の激しさを物語るように大量の血が流れ、ガウス伯爵邸の窓や扉の多くが壊されている。
割れたガラスを踏みつける音と、荒い息が響く。
「こっちだ!」
ウォーレンの声に導かれると、ガウス伯爵を守る私兵と国軍が戦闘している広間に出た。
「バーナード・ラドクリフだ!
ガウス伯爵、剣をおさめよ。
私兵隊を持つ許可はでてないはずだ。これは館の警備兵の規模ではない」
バーナードが大声をあげるが、もとから応えるとは思っていない。
第3王子と名乗りをあげて、なおも斬りつけてくるなら王家に対する謀反として、この場で成敗する口実になる。
バーナードがそれを狙っているのは明らかである。
どのみち屋敷を探ってパーシバル領の金塊がでてくれば、国に対する背信行為として処罰となる。
ナイジェルが広間に斬り込んでいくと、一気に国軍が勢いづき、ガウス伯爵を守っていた私兵たちが倒れていく。
ザン!!
ガウス伯爵にナイジェルの剣が振り下ろされた。
この場で殺すわけにはいかないと、倒れた伯爵の傷は致命傷にはなっていない。
バーナードの指示のもと、ガウス伯爵家の人間を拘束するものと、金鉱に関する証拠をさがすものに分かれた。
金鉱から運び込まれたと思われる金塊が見つかるのは直ぐだった。
そして取引先となる商人たちの資料も押収された。
これだけのことになると、取り潰しは免れない。
伯爵の幼い孫を含め、傷を負った伯爵、夫人、子息家族が王都に連行され訊問を受けることになる。
館の豪華な装飾品をみながら、ナイジェルは公爵家の管理にも責任があるのを痛感していた。
「こちらの負傷者は僅かだ。死者はいない。
我々は運があった、というべきだろう」
兵士の力量に差があった、それは間違いない。だが、これだけの戦闘でダメージの差が大きすぎる。
「はい、殿下。
こちら側に死者はいない。運が良かったと認めざるを得ません」
ウォーレンが肯定する。
あの時、夜会の庭園で集まった3人の男性。
ナイジェルとウォーレンは従兄弟で深い付き合いであったが、バーナード王子に至っては、お互いを知っている程度の存在だったのだ。
それが、フェルシモ伯爵家の姉弟を中心として、秘密の共有のような存在になっている。
そして、それはお互いにとって価値のあるものだ。