囮のシャルロット
キエトはナイジェルから指示を受けているらしく、シャルロットの護衛に徹するようである。
当然のように、テオドアが計画を打ち合わせている。
「シャルロット様を囮に使うなど、危険すぎます。
ナイジェル様も反対されるに違いありません」
キエトが反対してもテオドアは譲らない。
「公爵がいない今だからこそ、姉上を追い出したいだろう。
それが高慢な貴族だと強調すれば、主犯が捕まり焦っているから絶対に来るはずだ。
キエトが信頼のおける使用人で姉上を守って欲しい」
時間だからとテオドアは学校に行き、キエトはシャルロットの部屋に報告に向かった。
「あのキエトさん」
シャルロットは、追い出されるのは万々歳なのだが、テオドアの言う通り時期が悪い。
パーシバル公爵家を居心地よくするのもいいかもしれない、と思い始めていた。
「キエトとお呼びください。シャルロット様」
次期家令としての教育を受けていたらしく、そつなく礼をするキエト。
「キエト、私、久しぶりに弟に会って疲れたみたいなの。
少し休んでいていいかしら」
すでに戦線離脱しようと、シャルロットは病弱アピールである。
伯爵領にいた頃より食生活が良くなって、血色のいい肌をしているが・・・
「ああ、申し訳ありません。すぐに私は下がります。
宝石商は、シャルロット様のお部屋の居間に呼びましょう」
キエトはさらっと言うが、テオドアが言ってた仕立て屋より金額が跳ね上がり宝石商になっている。
控えていた侍女にジュースを持って来るように指示して、シャルロットが反論する前にキエトは部屋から出て行った。
『いいかキエト。
シャルロットは、援助金を手にしたら出て行くかもしれん。
俺は逃がしたくない。
意味がわかるな?』
はい、もちろんです、ナイジェル様。
シャルロットを連れ帰った夜に、ナイジェルがキエトに言った言葉だ。
「ナイジェル様がお留守の間はお任せください。
弟君のテオドア様は、お話の分かる方で良かったです。」
キエトは、楽しそうに廊下を歩いていった。
おかしい。
シャルロットはベッドヘッドに身体をもたらせて、ジュースを飲んでいた。
こんなはずではなかった。
援助金を巻き上げる為に夜会に行ったまでは良かった。
出会ったのも、金を出せる男達で良かった。
秘密を握ったと思ったんだけどなぁ‥
テオドアが男達に値を吊り上げさせたのは予定外だったが、予想以上の援助金が手に入った。
これも良かった。
屋敷に連れて来られたのも想定内だ。
ただで援助金とはいかないと思っていたから。
興味もあったし、その後追い出される予定だったのに。
なのにナイジェルは何もしてこない、キスだけじゃさすがにあの金額は申し訳ない。
それで、少しナイジェルのお手伝いをしようかな、と思ったり・・・
それが、どうして少しじゃなく、たくさんになるの? どうしてこんな大騒動なの?
ナイジェルが手を出してこないからだ、あの根性なし。
手に持ったグラスをサイドテーブルに置こうとしたら、ミラベルが受け取ってくれる。
至れり尽くせりである。
「宝石商が来るまで、ゆっくりお休みください」
ミラベルがリラックスできる香をたいてくれる。
うん、と答えてシャルロットはベッドに潜った。
ナイジェルが手を出してこないから、大事にされているように思ってしまう。
こんな予定じゃなかったのに。
あー、面倒くさい。
考えながら眠ってしまったらしく、ミラベルが宝石商が来たと寝室をノックする音で目が覚めた。
あー、面倒。
ドレスなんていらない。
ベッドから出たくない。
後に出来ないかな。
結果、仮病のシャルロットは寝室から出て来ず、キエトが宝石商に謝ることになった。
「申し訳ありません。
こちらが無理に呼び出したのに、病弱な方なので体調を崩してしまったのです。
主人から言われてますので、いくつかネックレスを買い上げます」
キエトが宝石商をサロンに案内しているので、どうしても目立ってしまう。
呼びだしたのに商人に会わない高慢な貴族娘。
テオドアの予定とは違ったが、こんな女にナイジェル様を取られた、と思わせるには至った。