動き出す時
シャルロットとシャノンが屋敷に戻ってくると掃除の最中で、顔色が悪い使用人もいる。
「何があったの?」
シャノンは、弟がシャルロットを連れ出す要求をしたことから何かするとは思ってたが、屋敷の惨状はひどかった。
「シャノン様、シャルロット様お帰りなさいませ。
ナイジェル様が兵士と共に来られました。
今は軍に連行しているかと」
キエトが二人の姿を見つけて、走って来た。
誰を連行しているとは言わない。
とうとう弟が動いたのだ。
シャノンは事情を察することができたが、シャルロットには何か分からない。
「シャノン様、お部屋に戻っております」
シャルロットはミラベルに付き添われて階段を上がる。
よろよろ歩く姿を見て連れまわしすぎた、とシャノンは思うが、おかげでナイジェルとの約束が守れたと安心していた。
しばらくは落ち着かないだろうと、シャノンはシャルロットの部屋に向かう。
弟から名前を聞いた時に、自分の名前と似ていて親近感を持った、そんな単純な理由だが会ってみると可愛い。シャノンはシャルロットを気に入っている。
結婚という形で逃げ出した家。
楽しい思い出も、辛い思い出も多い家。
これからは、シャルロットが楽しい思い出を作っていって欲しい。
「シャルロット」
声をかけると、眠そうな声の返事がある。
侍女が扉を開けると、ソファに身体を預けているシャルロットが見えた。
「あらあら、疲れたのね」
「シャノン様、お恥ずかしいところを」
立ち上がろうとして、シャノンに止められる。
「見送りはいいから、ゆっくり休んでなさい」
公爵家の婚約者とはいえ、シャルロットは結婚するまでは伯爵令嬢。シャノンは侯爵夫人で婚約者の姉である。シャルロットの方が下の立場だ。
シャノンが出て行くのを見送った後、ミラベルの淹れたお茶を飲みながらシャルロットは反省していた。
義姉による追い出され作戦は稼働しなかった。
それどころか、名前が似ていて親近感がある、とまで言われた。
困った。
しかも、この家は危ない。
外出している間に何があったのだ?
まるで盗賊に襲われたような邸内。
使用人の表情も硬く、家令はいなかった。
これは、あれだ。
ナイジェルが言っていた家令の横領、それを何かしたのだ。
すでに巻き込まれている。
領地の片隅でのんびり過ごすには、ここで命の危険を冒すわけにはいかない。
「ミラベル、今日のことは聞いていたの?」
シャルロットが尋ねると、ミラベルは首を横に振る。
「いいえ、シャノン様も詳しくはお聞きになっていなかったようです。
詳しく知ること自体が危険だと、シャノン様はおっしゃってました」
「そう」
シャルロットも金鉱が関わっていると分かっている。
でも、何も教えてもらえないのは、信用がないからじゃないの。
夜になればナイジェルが部屋に来るだろう。
ナイジェルに問いただすのだ、と決意する夜に限って、ナイジェルは来ない。
眠い、寝ちゃだめだ、眠い。
シャルロットは睡魔と戦いながら、ナイジェルを待っていた。
ベッドの中は暖かくて、天国である。
何故来ない、遅い、何してるの。
ドンドン、シャルロットの機嫌は悪くなっていく。
ナイジェルと約束しているわけでもなく、毎晩ナイジェルが来ているだけなのだ。
それを、来ない、とイラついても仕方ないのだが、待っていると時間は長く感じるのである。
眠気をごまかすために、ベッドの中をゴロゴロ移動する。
布団からは出たくないので、芋虫のように這っている。
カタン。
音がして、半分落ちていた目が開く。
遅い。
遅い。
文句を言ってやろう、と思っていたのに、布団から顔を出したら、ナイジェルと目が合ったとたん、言葉が出なかった。
「待っててくれたのか?」
嬉しそうにナイジェルが言うから、言いだしにくくなった。
「聞きたいことがあって」
いつもよりもっと遅い時間、仕事をしていたのだろうナイジェルに文句を言う気持ちはなくなっていた。
「何も知らされないのは、悲しいです。
私をお屋敷の外に出すために、シャノン様にお願いしたのでしょ?」