ナイジェルの覚悟
さすが公爵家のレモネード。
散歩したかいがあった。シャルロットの頭の中はレモネードを飲みながら賞賛の言葉が舞っていた。
ほんのりオレンジの香りが素晴らしい。レモンの酸味、蜂蜜の甘み、絶妙のバランスが散歩で疲れた身体に染み渡る。
シャルロットがレモネードを堪能している間に、出かける準備はすすみ、街にドレスの採寸に行くことになっていた。
シャノンはナイジェルから、シャルロットを屋敷から連れ出すように頼まれているのだ。
「ドレスはいりません」
シャルロットは、断固否定する。散歩した、十分じゃないか。
シャノンとは1週間分ぐらいの量の会話をした。
天国のベッドがシャルロットを呼んでいるのだ。
「フレッシュバターのパンケーキがあるの」
シャノンがニッコリシャルロットに話しかける。
「出来立てのバターの風味は格別で、お店でしか食べられないの。
焼きたてのパンケーキに、フレッシュバターを乗せると香り立つというか、そこに泡立てた生クリームも添えてくれるの」
手振りまでいれてシャノンが誘う。
え?
フレッシュバターって何?
「ミルクから作りたてのバターって、ちょっと時間が経つと風味が落ちるから、持って帰れないの。
シャルロットは添えるフルーツはベリーとアプリコット、どちらがいいかしら?」
「ベリーです!」
「お店の予約は入れてあるから、採寸に時間がかからないように頑張りましょうね」
シャノンは立ち上がると、急いでとばかりにシャルロットの手を引く。
え?
あ?
シャルロットは、いつの間にかお出かけに同意していることになっていた。
「貴女達の席も予約しているから、期待していてね」
シャノンがミラベルをはじめシャルロット付きの侍女達に声をかけると、シャルロットの味方はいない。侍女達がシャルロットの支度の手を早める。
シャノンに手を引かれ、侍女達に背中を押されてシャルロットは馬車に乗せられる。
その馬車が出るのを待っていたかのように、兵士達が屋敷に突入した。
指揮をしているのはナイジェル。
悲鳴や怒声が沸き上がり、屋敷の中は騒然となり、使用人達は逃げ惑う。
そんな中で、キエトが使用人達を安全な場所に誘導していた。
当然、キエトは避難させる使用人を選んであった。
家令とその協力者を捕縛するために準備してきたのだ。ここで、逃がすわけにいかない。
パーシバル公爵家の金山は、王家も深くかかわっている。
金の供給量は金貨鋳造とも関係しているのだ。
第2金鉱は廃鉱と届けられているにも関わらず、金鉱として掘られているとなれば、王家に対する反逆を疑われても仕方ない。
管理不行届きで、パーシバル公爵家が粛清の対象にもなりえるのだ。
王家に内密にするわけにはいかず、だが王に話すわけには行かない。全て終わった後で、王には報告すべきなのだ。
ナイジェルは第3王子のバーナードに話を持っていった。
バーナードとはフェルシモ伯爵家の姉弟の件で、特別な繋がりができたのだ。
王家への取りまとめは、バーナードが引き受けた。
ナイジェルにとっても大きな借りとなったが、この程度で済むことが、少し前までは考えられなかった。
公爵家のことを、公爵家だけで処理出来ないから動けずにいたのだ。
金の売買をピンはねしていると思っていたが、金鉱自体をごまかしていたとなると、猶予は出来ない。
どんなリスクがあっても、早急に断罪しなければならない。
ナイジェルは、部下の兵士達に指示を出しながら、家令を探して屋敷の中を走っていた。
公爵家としての管理責任は免れない。
だが、自分の手で処断できる。
それも、あの夜会でシャルロットを手に入れたからだ、と思う。