空き箱の価値
ナイジェルは、サイドテーブルの上の空き箱に気が付いた。
これは、昨日のチョコレート。
あれは、その前のキャンディ、それは・・・
いくつもの空き箱が積まれている。
ナイジェルの視線に気が付いたシャルロットがニッコリ微笑む。
ベッドにもたれた膝の上には、今夜のお土産の焼き菓子の箱が開けられている。
「可愛いから、捨てるのがもったいなくって」
捨てられない、それはゴミも捨てられないということだ。
しかも、不必要な空き箱のコレクター。
絶対に使うことはないし、新しいお菓子は毎日のようにナイジェルが持ってくる。空き箱は増える未来しかない。
見かけは華やかに装飾された箱だが、所詮は紙、すぐに破れ壊れる地味な趣味である。
しかも、食べかすが残っている。
土産の箱から焼き菓子をパクンと口に入れるシャルロット。
もちろんベッドヘッドにもたれたままである。
シャルロットは美味しそうに食べるから、ナイジェルも毎日土産を用意するのである。
ペロと舐めた指はリネンで拭いているシャルロットだが、そのリネンは近くにポイである。
最初は侍女を呼んでいたナイジェルも慣れてしまった。
シャルロットの予定では、繊細な貴族男性には耐えられず追い出されるはずが、軍の指揮官であるナイジェルは汚れや匂いには耐性が出来ていた。
しかも、ミラベルや侍女達がシャルロットの本性を分かってきたような扱いである。
ナイジェルの指示がなくとも、シーツは毎日2回替えられ、部屋の掃除を何度もする。
「ナイジェル様、昔は金鉱は2ヶ所あったのでしょう?
資料を読みました」
ナイジェルは用意されていた手拭きのリネンでシャルロットの指を拭く。
「ああ、4年程前に落盤事故で1ヶ所は入り口が塞がってしまった。
調査させたが、地盤が緩んでいて他に入り口を掘るのは危険と結果が出ている」
「不思議よね、閉山になった場所に人が集まったままなんて」
引きこもり資金はいくらあってもいい。
ナイジェルが回収金の半分を報酬にすると言ったのだ。
苦労させている弟にも報いたい。
取らぬ狸の皮算用、今のシャルロットがそれである。
金鉱の半分、一生どころか生まれ変わっても働かなくていい。
異国の小説も店ごと買い占めることが出来る。
「確かに。
その観点は俺からでは出なかったろう。
元々が金含有量の少ない鉱山だったこともあり、視察で事故現場の地盤の脆さがわかり再開を諦めていた。
一獲千金を狙って、危険でも金山に入ろうとする者もいるのだろう」
だが、とナイジェルは考える。
「家令のデーゼルに金が流れているのは間違いないが、証拠をつかまないと断罪は難しいだろう」
「家令というのは我が家でも一番信用のできる人間が務めるのに、その家令が信用できないとなると誰も信用できないわ」
古い家系の貴族は、家令や使用人頭を傍系や代々任せる家があるなどして信頼を築いている。
フェルシモ伯爵家では家令が王都の家を守っている。
シャルロットは空になった箱を、サイドテーブルの空き箱の山の上に置く。
「デーゼルは、我が公爵家の家令を代々継いできた家の出身だ」
ナイジェルは空き箱を一つ手に取ると握りつぶした。
あ、とシャルロットは思ったが、声を抑えてナイジェルを見ていた。
「信用を潰したのはデーゼルではない、父の前公爵だ」
うわぁ、これ聞いたらダメなやつだ。
絶対面倒になる、とシャルロットは布団に潜り込もうとする。
「何度か刃傷沙汰になったことがあるほど、父は女性にだらしない男だった。
そのうちの一人は、デーゼルの妻だ」
聞こえちゃったよ。
公爵家の秘密を知った限りは、実家に戻ることを許さん、とかだったらどうしよう。
シャルロットの表情がこわばるのを、ナイジェルはそっと手を伸ばす。
「俺はシャルロットだけを大事にするから心配いらない」
父親が反面教師とかどうでもいいし、大事にしないで返品してもいいから、頬に添えられた手を離して欲しい。
熱く感じて来るから困る。
シャルロットがうろたえるのを見て、ナイジェルが話をすすめる。
「きっと父は、この箱の様に見かけは綺麗だけど、中身は空っぽだったのかもしれないな。
大事なものを失くしてしまっていたんだよ。
金も地位も容姿もある父が声をかけると、どんな女も落ちた。
母親は俺が幼い頃に領地に逃げた。使用人にまで手を出す父親の側にいたくなかったんだろう。
女主人のいない屋敷では、女達が主導権争いをしたわけだ」
前公爵に妻を取られた腹いせに、横領するってこと?
うわぁ、ドロドロ。
凄いバイタリティだ、さすが公爵家。
「だから、女なんてどれも同じと思ってた。
いつかは妻を娶らないといけないと思っても、その気になれなかった。
金で妻を買うのは分かりやすい契約だと思えたし、シャルロットは好みの容姿だった。
領地経営を手伝えるならなおいい、ぐらいのつもりだった」
シャルロットは、ナイジェルを見つめた。
やめて、悪い予感しかない。
「最初から面白い、と思った。
ドレスや宝石を強請ることもないどころか、菓子の空き箱を大事そうに置いているシャルロット。
興味が尽きない、という言葉が正しいのかもしれない。
いつも気になる、きっとこれが好きということだと思う」
そっとナイジェルがシャルロットにキスをする。
シャルロットは硬直していた。