テオドアの戦い
テオドアは父である伯爵に怒りを抑えられなかった。
「貴方は!」
眼の前に置かれているのは借用書。
シャルロットの婚姻で融資を受けた金額は、ナイジェルの援助金の半分にも満たない。
そして、利子が月に1割、月に満たない分は日数計算となっている。
「これは、姉上の命の値段てすか!」
ダン!
と、机を叩くテオドアに、伯爵は横を向くだけである。
「あの侯爵の前の夫人達がどのような死に方をしたかご存知ないのですか!」
全員が事故死である。
馬車の暴走、テラスから落ちた、風呂場での溺死。
医者の検視がされており、正式な書類が出されているが、不審な点が多い。
使用人も長く続かない。
行方不明の使用人さえいる。
「シャルロットのデビュタントで見初めて、大事にすると言ってるし、支度金の心配もない」
伯爵は、娘の為だと言ってくる。
「姉上のデビュタントの時は、3番目の夫人がいたろうが!
見初めたって、おかしいでしょ」
だから邪魔になったって言ってるようなものだ、とテオドアが反論しても、伯爵は相手にしない。
「部屋から出てこない変わった娘だ。年上の男性の方が安心できる。
結婚が4度目というのは、侯爵も気にしてらした。良さそうな人物なんだよ、シャルロットを大事にしてくれれば問題なかろう」
話にならない、とテオドアは借用書をみつめる。
結婚ではなく、婚約だったのはまだ幸いであった。
侯爵は、融資は返せないだろうと婚約に納得したのだろうが、テオドアにはパーシバル公爵家からの支度金がある。
テオドアは領地からすぐに、父伯爵を連れて王都のタウンハウスに戻ってきていた。
父親が婚約を許した侯爵を訪ねるためだ。
利息をつけて融資額を持って日参しているが、留守と言われ会えていない。
侯爵が受け取り拒否しているのはあきらかだ。
侯爵はフェルシモ家が逃げ出さないように借用書を用意したのだろうが、テオドアにとっても有利であった。
借用書にそって返済すれば、婚約は解消する事ができる。
部屋で蟻を飼おうが、ネズミを繁殖させようが、大事な姉なのだ。
弟の自分がみても美貌の姉であるが、子供の頃からつけ狙われ、家庭教師に誘拐されかかったこともある。
いつの間にか引きこもりになったが、卑屈なことはない。
何か引き金があったのだろうが、あれは元々の怠惰の結果だ。
すぐに仕事はサボる、部屋から出てこない。怠け者の姉だが、憎めないのだ。
今回、姉が援助金の為に夜会に行ったのも、領民の為だけじゃない、テオドアの為だ、とわかっている。
テオドアが継ぐ領地を守る為だ。
テオドアは、一枚の書類を広げた。
伯爵位の譲渡書類だ。
「父上、サインを」
「お前はまだ若すぎる」
伯爵は首を横に振るが、それで折れるテオドアではない。
「侯爵は、こうやってサインを渋る夫人を手に掛けたのでしょうか?」
「テオドア、証拠もないのに、滅多なことを言うのではない」
「侯爵家との婚約をこちらから、解消するのです。父上は責任とってください。」
テオドアの睨みつける瞳が、ギラギラとしている。
「テオドア、領主というのは様々な経験も必要なのだ。」
伯爵の前に書類を押し出せば、伯爵はペンを手に取る。
結局、息子のテオドアにさえ押し切られてしまう伯爵。
テオドアは、そっと息を吐いた。
侯爵との婚約解消行動はこれからだ。