公爵家の庭
おかしい、何かが間違っている、シャルロットは公爵家の見事な庭園にいた。
日差しが目に痛い。
病気になりそうだ。
あれから毎朝花束が届けられ、ミラベルが庭師の丹精込めた花を説明してくれる。
適当に相槌を打っていたら、何故か庭の散歩になっていた。
ドレスを決められ、警備のお迎えが来て逃げられないと悟った。
そのドレスも、先日仕立てたばかりだ。ナイジェルの姉のお古で十分なのに、いつの間にか新しいドレスがいっぱいである。
デザイン画を見せられ、適当に返事した記憶がある。
あれだ。
楽しみにしているナイジェルの姉は突撃して来ない。
弟に婚約者が出来て嬉しい、とかなんとか書いてある手紙をもらった。
期待していたのは、弟に相応しくない、出て行け、という言葉だったのに。
しかも、手紙と一緒に街で人気だと説明のついたチョコレートが届けられた。
すごく美味しくって、お姉さんいい人と感動してしまった。
ナイジェルの姉は来ないが、ナイジェルは毎晩来る。
仕事から帰ってくると必ず部屋に来て、今日は何してたかと聞いてくる。
寝てるのよ、毎日。
同じ返事しかしないのに、聞く必要あるのだろうか。
昨日なんて、ベッドの中でごそごそ動いていたら、丁度来たところだったらしく暫く見られていた。
こっちは、布団の中だから気づくはずないじゃない。
「かわいい芋虫だな、ベッドから出たら蝶になるのかな」
壁にもたれて武人の大きな体で、言うのが恥ずかしくないか?
聞いたこっちが恥ずかしいわ!
「夜会で女性を美辞麗句で誉める男達をよくやる、と思っていたが自然に出るもんだな」
自分で言って驚かないでよね、そんな言葉リクエストしてないし。
少し頭のオカシイ人かと思った。
昨夜の事を思い出してシャルロットは、頬を押さえる。
「シャルロット様、いかがなされました?」
ミラベルが歩みの止まったシャルロットを心配して、確認してくる。
「大丈夫よ」
シャルロットはわざと言葉の全部を言わない。
「お疲れになったのですね、すぐそこに東屋がありますので、お茶を用意いたします」
クッションを運んでいるメイドを先に行かせて、ミラベルがシャルロットを誘導する。
花々に囲まれた東屋のカウチにはクッションが置かれ、木漏れ陽、そよ風、優しいお茶の香り、甘い焼き菓子の香り。
楽園。
「ステキ、ありがとう」
すぐにカウチに横になったシャルロットは、寝ながら菓子を口に運ぶ。
「公爵様が、今年最初のベリーを取り寄せられました」
侍女が差し出すのは、白磁の器の盛られた赤く瑞々しいベリー。
ベリーを一粒口にすれば、甘酸っぱい味が口にひろがる。
未来の夫の頭が少々おかしくとも、ここで隠居生活もいいかも!
一瞬、思ってしまったが、すぐに呆れられて追い返されるのは間違いない。それまでこの楽園を堪能しよう。
期間限定の楽園と思えば、さらに楽しさが増す。
キエトが用意した書類を、カウチで寝ころびながら読んでいると、疑問が浮かんだ。
「ミラベル、用意して欲しいものがあるの」
シャルロットはベリーで汚れた指を舐めて、書類をめくる。
東屋でお茶をするなど、伯爵家では考えられないことだ。
その結果を、公爵家の侍女達は想像もつかない。
庭には、虫がいっぱいいるのだ。




