怪しい存在
ナイジェルは早朝からの鍛錬をこなし、食堂の扉を開けた。
使用人しかいない。
スープのいい香りが食欲をそそるが、席に着くとシャルロットを待つ。
シャルロットは寝坊していた。
何より、天国のベッドから出る気は毛頭ない。
食堂で時間だけが過ぎて行く。
さすがにナイジェルも、シャルロットの部屋に行こうと思い始めていた。
病弱と噂のシャルロットが、昨夜は夜会に出席をしてダンスをし、ましてやその後の騒動を思い出すと、疲れが出ているのだろうと思い当たる。
カタンと席を立ったナイジェルに使用人が近づいて来る。
「ナイジェル様」
家令ヒルズの娘カトレアだ。
「私が様子を見てきます、どうぞお待ちになっていてください」
ナイジェルはカトレアを一瞥すると、何も言わず食堂を出て行く。カトレアはナイジェルに呼ばれてもいないのに後を追う。
コンコン。
シャルロットの部屋の扉をノックすると、シャルロットに付けた侍女の一人が扉を開いた。
行儀見習いに来ている遠縁にあたる子爵家の娘ミラベルだ。
「お嬢様は、まだお眠りになっております。
居間の方でお待ちください」
ナイジェルが居間のソファに座ると、侍女はシャルロットを起こすべく再度寝室に向かう。
シャルロットは目が覚めていたが、食欲よりベッドのフカフカの魅力に負けていた。
もうこのベッドの中だけで生活していい、などとさえ思っている。
「お嬢様、ナイジェル様がお迎えに来られています」
侍女の優しい言葉がけで起きるはずもなく、狸寝入りを決め込もうとしてシャルロットは思い出した。
まだ、銀貨1枚だって貰っていない!
仕方ない、とっても面倒くさくって、ダルイけど働こう。
もそもそとベッドから身体を起こす。
「お支度のお手伝いをいたします」
ミラベルがドレスを取り出すと、シャルロットは手に取って生地を確かめる。
「これなら、コルセットはいらないわ。
お待たせしているからお化粧も必要ありません」
ナイトドレスから着替えると、ミラベルが後ろのボタンをとめる。
「ナイジェル様、お待たせして申し訳ありません」
寝室から慌てて出てきたシャルロットは、髪も梳いていない、化粧もしていないが、持って生まれた美貌でナイジェルの目をひく。
手入れの結果の美しい肌ではなく、丈夫なおかげで美しい肌がシャルロットである。
「疲れが出たのだろう。
無理をしているのではないか?」
昨夜は元気そうだったが、落ち着いたら疲れがでることはよくあることだ。
ええ、無理してます。
本当に快適すぎるベッドなのです。
明日からは、朝食は一人で取ってください。
私には、パンを一つ運んでくれたらお布団の中で食べるので十分です。
食っちゃ寝の生活が理想です。
シャルロットは、何も言わずに微笑む。
勝手に想像してくれ、たいてい都合よく想像してもらえる。
ソファでナイジェルの後ろに立っていたメイドが、ナイジェルとシャルロットの後ろを付いて歩く。
感じるきつい視線、濃い化粧。
さすがのシャルロットも可怪しいと、楽しみになってきた。
クイクイと、ナイジェルのそでを引っ張り振り向かせると、周りに聞こえないように囁く。
「彼女は愛人さんですか?
私にかまって大丈夫なのですか?」
「貴女の中で、俺は節操なしになっているようですね。
愛人なんていませんし、使用人は使用人です」
男性の恋人の次は使用人の愛人か、ナイジェルは苦笑いする。
ただし、カトレアは家令の娘という立場を使い、馴れ馴れしく接してくる。次期公爵であるナイジェルの愛人の座を狙っている使用人は、ナイジェルにとって鬱陶しい存在だった。
自分の容姿に自信があるらしいが、シャルロットと比べると足元にも及ばない。
容姿だけでなく、身分、所作とシャルロットに敵うはずもない。
シャルロットがナイジェルを利用しようとしているように、ナイジェルもシャルロットを利用しようとしていた。
「彼女のネックレス。すごくいい石だわ。
さすが公爵家のメイドね。ドレスはお仕着せだけどあれほどの物を身に着けれるなんて」
公爵の愛人ぐらいでないと、あれは買えないでしょう、と暗にシャルロットは語る。
ナイジェルは少し考えて、シャルロットの耳元で囁く。
「後で相談があります」
「ちょっと、ちょっと!」
耳を押さえて、声を上げるシャルロット。
どこからみてもラブラブカップルである。
シャルロットをからかいながら、ナイジェルはカトレアの様子を観察していた。




