天国のベッド
干ばつで落ちぶれたとはいえ、名門伯爵の令嬢、使用人さえもそう思った。
堂々とした美しい令嬢。
使用人に微笑む姿は慈愛に満ちていて、さすが公爵が見初めた令嬢と感嘆の声があがる。
シャルロットは伯爵家として恥ずかしくない教育を受けていた。
ただやる気がないだけなのだ。
それでも、こうやって必要と判断すれば、伯爵令嬢らしく振舞うことも、自分の容姿を最大限に生かす術も知っている。
気が向けばだが・・・
こんなお城のような公爵家の屋敷のベッドって、きっとフカフカだわ。
今夜は天国が待っているのよ、明日も明後日も天国に違いないわ。
ウフフ、と心の声を隠してシャルロットは笑顔を向ける。
「彼女の部屋は俺の隣に」
ナイジェルが家令に指示すると、シャルロットは胸の高まりがぶり返して来た。
やっぱり、今夜?
天国のベッドは諦めて、用水路工事代金分働くのか、一回で終わるかな・・
不埒な考えがシャルロットの頭の中をよぎる。
「部屋に侍女を付けるから、今夜はゆっくり休むがいい。
明日、朝食を一緒に」
部屋の前まで来たナイジェルの腕から手を離すと、シャルロットは背を向けるナイジェルの袖をつかむ。
「おやすみなさい」
ここでもテオドア指南の上目遣いを駆使する。
ナイジェルも笑顔を見せると、少し屈んでシャルロットの頬にキスを落とす。
「おやすみ」
飛び上がらんばかりに跳ねのけぞったシャルロットが部屋に駆けこむ。
開いた扉から顔をのぞかせて、何か言いたそうに口をハグハグしていたが、言葉が出て来ず扉を閉めた。
「なんか、すごい。あれがプレイボーイというやつね」
扉の内側でズルズルとへたり込んだシャルロットは、負けたとばかりに床に這いつくばった。
扉の外からは、ナイジェルの笑う声が聞こえたが、すぐに消えて足音が遠くに消えた。
ナイジェルは執務室に向かい、深夜まで寝る事はなさそうだ。
支度金の用意、婚約の書類、使用人への指示、王家への申請。
やらねばならないことが目白押しである。
シャルロットの部屋にはすぐに侍女が来て、ドレスとコルセットを脱がし、化粧を落としてナイトドレスを着せた。
「女性用のナイトドレスがあるってことは、ナイジェル様はよく女性を連れて来られるの?」
興味が先に立ち、言葉を繕うこともなくダイレクトに聞くシャルロット。
侍女達は、シャルロットが嫉妬をしていると思ったらしい。
「お嬢様、ご安心ください。
そのような事はありません。
このドレスは、お嫁に行かれたお嬢様の物です」
ああ、と以前に読んだ貴族年鑑を思い出して、ナイジェルには姉がいたはずだと思い出す。
きっと噂を聞いた小姑のナイジェルの姉が、明日か明後日にでも乗り込んできて、弟の婚約者いびりが始まるんだわ、と楽しそうに思うシャルロットである。
『貧乏伯爵の娘なんて公爵家にはふさわしくないわ』
『私が認めた令嬢しか、この家には入れません。出て行きなさい』
『あら、こんなことも出来ないの?』
仮想小姑に虐められるシーンを想像していたら、シャルロットの意識は夢の中に落ちていく。
シャルロットの希望通りのフカフカのベッド。
レースの天幕、花柄のリネン。
明日の朝食の約束をしたことは、すでにシャルロットの意識の中にない。