パーシバル公爵家
ゴトゴト、クッションのきいた公爵家の馬車は振動もなく道行く音が小さく聞こえてくる。
シャルロットはさっきから、俯いたり前に座るナイジェルを見たりを繰り返して忙しい。
気になってチラチラ見るのを、ナイジェルはおかしくて仕方ない。
テオドアのエスコートで広間に現れた姿は、誰もが惹かれる美貌であったが、今はまるで小鳥のように愛らしいとナイジェルは思っていた。
「あのですね」
意を決してシャルロットが口を開く。
「初めてですので、お手柔らかにお願いします」
ゴホッゴホッ、ナイジェルがむせて口を押える。
「シャルロット嬢、自分を安売りしてはいけない」
「いえ、思う以上に高値で売れたと思います。
用水路工事がいくらするか、分かってますか!?
初日で、テオが満足するような金額になるとは想像以上です」
パーシバル公爵領が金山を有しているのは、文献で知っているがそれでも簡単に出せる額ではない。
どんな男性でも覚悟していたのに、こんなにイケメンとはラッキーである。
あとは、見事に呆れられて返品され、領地で安穏な生活が待っている。
「結婚までは、そのような関係になるのはまずかろう。
我が家に滞在するのは安全の為だ。我が家の方が警備も厳しい」
ナイジェルは結婚相手としてシャルロットの尊厳を守りたいと思っている。
「ちゃんと、明日には支度金を用意するし返せとは言わない。
シャルロット嬢が逃げ出さなければね」
「本当に本当に返せと言いませんね?」
ナイジェルの手を握りしめてシャルロットが確認するも、途中でそれに気が付い慌てて手を離す。
「申し訳ありません」
うわぁ、男の人の手触っちゃったよ!
硬かった、テオとは違う。
手をにぎにぎと、結んだり開いたりしているシャルロットは正直である。
「ほら」
ナイジェルはシャルロットの手を取って自分の手に合わせると、シャルロットの身体が跳ね上がる。
頬を赤くして、ナイジェルの手に焦点が合っているシャルロットが面白すぎると、ナイジェルは観察する。
「これが噂に聞く剣だこですね!」
ナイジェルの手のひら、指、シャルロットの指が撫でる。
キュッとナイジェルが指を絡めて握ると、きゃ、とシャルロットの声がする。
「これが、恋人つなぎ!」
照れるかと思ったシャルロットは、握られた手を見て確認している。
女性の経験が少なからずあるナイジェルにとって、シャルロットは驚かされることばかりだ。
この容姿の第一印象からドンドン変わっていく。
「シャルロット嬢の弟は、恐ろしいな」
試されているのだと思う。
そして、今の所自分は合格点なのだ。
「シャルロットと呼んでも?」
「もちろんです。
ナイジェル様」
シャルロットの反応をみて、頭の回転がいい、領地経営を手伝っていたというのは真実であろうと分かる。
公爵夫人として、社交でも問題ない。
問題は、社交どころか外に出ない、ということをナイジェルは知らない。
公爵邸の前に着いたようで、馭者が声をかけてきた。
「公爵、扉を開けてよろしいでしょうか?」
「ああ」
まずナイジェルが馬車から降りて、シャルロットに手を差し出す。
「ようこそ、パーシバル公爵家へ」
公爵家の威厳を讃えた居城。
歴代軍部を率いてきた公爵家の邸宅。
王都でもひときわ目を引く豪邸に、シャルロットは目を見張る。
「私などを選んで良かったのですか?」
いくらでもより取り見取りなはずの男である。
支度金をポンとだせるのが納得できる、シャルロットは灯りに照らし出される夜の屋敷を見ていた。
「俺もせっつかれていてね。ちょうど良かった」
ナイジェルのエスコートで屋敷に入れば、すでに連絡がいっていたのだろう。使用人達が並んで待っていた。
「皆に紹介する。
シャルロット・フェルシモ伯爵令嬢だ。
ここの女主人となる」
ナイジェルが使用人達に言うと、シャルロットは微笑みを浮かべ一同を見渡した。
「よろしくお願いしますね」
シャルロットの新しい生活が始まった。