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夫婦喧嘩したら百年後に復活する魔王に仕立て上げられた勇者

作者: 8D

 総投稿数が44である事、活動報告数が444である事に不吉さを覚えた事。

 実際、最近調子が悪い事。

 ふと話を思いついた事。


 という理由から、書き始めた話です。

 その日、俺達は魔王を倒した。


 何故かって?

 そりゃあ、俺をこの世界へ呼び出した連中の目的が魔王を倒す事だったからさ。


 倒すまで帰さないと言われちゃあ、そりゃ倒さなきゃならんだろう。

 魔王を。

 だから俺は三年ちょっとの旅を経て、魔王を倒したわけだ。


 ちなみに、俺の名前は芥川あくたがわ 龍司りゅうじ

 日本人だ。

 残念ながら、文才はねぇぞ?


 かの有名な文豪と名前が似てるからって、期待する奴が多いんだよな。

 困ったもんだぜ。

 漫画のキャラじゃねぇんだ。

 名が体を現す事なんざ、そうそうありゃしねぇよ。


 まぁ、そんな事はどうでもいいよなぁ。


 簡単に説明すると召喚されたんだよな、俺。

 いわゆる地球の現代と呼べる時代からさ。


 あんまりだと思わないか?

 そんな時代の人間なんて、警察や軍人でもなけりゃ戦う方法を持ち合わせていないのが相場だぜ?


 それなのに、街道歩いてるだけで盗賊が当然のように飛び出してきて、最悪モンスターが襲い掛かってくる事もあるような世界に放り出される事になって。

 どうしろってんだ?


 なんて事を思っていたら、そこの所はアフターケアが最高だった。

 ご丁寧だったよ。

 どうやら、異世界から召喚された人間ってのは、この異世界に住む人間に比べて強い能力を有しているんだとよ。

 至れり尽くせりさ。


 けどそういう事情があるから、俺は魔王を倒す勇者様として呼び出されたわけだ。

 まぁ、わざわざ呼び出すんだからそれくらいしてくれなくちゃなぁ。


 で、腕力と魔力だけが頼りで、何の技術もない俺はそこそこ良い装備を渡されて魔王討伐の旅へ向かわされたわけだ。


 何とも心許ないもんだが……。

 それでも案外、慣れてくるもんでさぁ。

 戦う経験には事欠かない世界だ。

 剣の扱いも、魔法の使い方も段々様になってくる。

 殺しにだって慣れたさ。


 ま、仕事やゲームと一緒さ。

 数をこなせば、経験値が溜まっていくんだよ。


 で、その旅がもうじき終わろうとしているわけだ。


 それが俺個人の事情なわけだが……。

 それより俺達って部分が気になるか?


 簡単に説明すれば、俺には一人相棒がいる。


 ガキみたいにちっちぇー女だ。

 これで成人……どころか俺よりちょっと年上。

 ある特定の性癖を持った人間からすればババァだ。


 で、耳が長くて尖ってる。

 まぁ、ファンタジー漫画によく出てくるエルフって種族だ。

 そう、あのオークとゴブリンと触手に愛されるあれだ。


 雪みたいに白い髪で、顔もすっげー綺麗だ。


 ほらな、文才なんてないだろ。

 こんなありきたりな表現しかできないんだから。


 あとはさっきも言ったが背がちっちぇーし、胸もちっちぇー。

 ただ、魔力だけは俺に匹敵するくらいある。

 この世界の基準で言えば、かなり異常な部類に入る。


 名前はアガサ。

 知らねぇけど文才はねぇと思うぞ。

 推理小説なんて間違っても書かんだろうさ。


 むしろ酒の方が近い。

 飲んだ事はねぇが、きつい酒に違いねぇ。


 このアガサは頼れる相棒で、長い事旅を共にしているツレだ。

 ちなみに男女の仲でもある。


 というより結婚してる。

 男女二人、長く一緒にいればこうなる事もあるだろうさ。

 つまり、こいつのフルネームはアガサ・芥川だ。

 もう名作しか書けなさそうな名前になっちまってる。


 俺にとって、こいつ以上に信用できる奴はいない。

 そんなパートナーだ。


 ただ一つ懸念があるとすれば、俺達が問題を抱えている事だ。


 発端は何だったろうか?


 魔王との激しい戦いで倒壊し、瓦礫ばかりが辺りに散らばる元魔王城。

 その中で、俺は瓦礫の一つに腰掛けて思案する。


「お前、何に怒ってんだよ?」


 アガサは昨夜から俺と口を利かない。

 魔王と戦っている最中に、俺が射線にいる事お構い無しにごん太のビーム系魔法も撃ってきた。

 つまり俺達は喧嘩中だ。


 結局、考えてもその理由がわからないから直接訊く事にした。


 俺から少し離れた所に立つアガサは、背を向けてこちらを見ないように努めていた。

 無論、先ほどから言葉もない。


 魔王も倒せた。

 お互い無事。

 抱き合って大喜びしてもいい所だ。


 けれどアガサは何かに怒っていて、その怒りがずっと長引いているらしい。


 俺が声をかけると、それを見計らっていたかのように、ようやくその頑なな態度を解いた。

 俺を睨みつけ、怒鳴りつけてくる。


「あなたが浮気したからでしょ」

「浮気っておまえ……。娼婦買っただけじゃん」


 答えると、アガサの目がさらに険しくなった。


「それ浮気じゃん! 奥さんいるのに娼婦買うって、それ世間一般的に浮気じゃん」


 何だと?

 それくらいで浮気とか言われちゃうの、ちょっと納得できないぞ。


「お前だって娼婦ぐらい買うだろ!」


 こいつだって娼婦を買うし、抱きもする。

 新しい町に着いた夜、こいつがふらっと出かけて娼婦買ってきた事は何度もある。


 一緒に娼館行って、ねぇねぇどれがいい? とか言って一緒に娼婦を選ぶ事だってある。

 そうして三人で大いに楽しむのである。


 結婚初夜でも、町で一番のボンバーガールを買って三つ巴乱戦を繰り広げたものだ。

 そして朝起きた時、アガサは娼婦の谷間に顔を埋めて幸せそうに眠っていた。

 あの時はちょっと嫉妬した。


「巨乳の子はね! でも、あなたが買おうとした娼婦、貧乳だったじゃない!」

「何がいけねぇんだよ! お前にとって巨乳と貧乳の違いってなんだよ」

「大きさだよ!」

「そうだな!」

「私が巨乳好きなの知ってるでしょ! 何で貧乳選んできたのよ!」

「たまには貧乳の子抱きたい時だってあるだろ!」

「だったら私でいいじゃねぇか! 私との対戦プレイでよぉ!」


 まぁ、そうなんだが。


 ……なるほど。

 なんとなく怒ってる理由がわかった。


 多分、こいつの中で巨乳は娼婦として割り切れる。

 むしろ自分にとっても魅力的な対象。

 だが、貧乳だと同じ女としてちょっとした嫉妬を覚えるらしい。


 それで合ってると思う。

 で、そんな女として同じ土俵にある女を選んでお持ち帰りした事で、浮気だと思ったのだろう。


 すごく難解で複雑な女心だ。

 でもなぁ……。


「……今のお前、抱く気にならねぇんだよ」


 素直な気持ちを伝えると、アガサの切れ長の目が大きく見開かれた。

 息を呑むのが解る。


 空気が、変わった……。

 さっきより怒っている気がする。


「ふぅん。そう。そういう事言っちゃう?」


 アガサは俺に背を向けた。


 言い方が悪かったかもしれないな。

 そう思って、俺は瓦礫から立ち上がってその背中へ近づく。


「なぁ、アガサ」


 手を伸ばし、肩を掴もうとした。

 その時だ。


 彼女は両手の間に空間を作り、そこに何かしらの魔法術式を構築していた。

 それに気付くのが、遅かった。

 俺は、アガサの組んだ術式を胸へ押し込まれる。


 俺の胸に、緑の光を帯びた魔方陣が浮かび上がった。


「な、何しやがる!」

「うっせぇ、ばーか!」

「ああん!」


 と、凄んで掴みかかろうとするが、その前に俺は猛烈な眠気に捕らわれた。

 さっきのは催眠魔法か?


「もう、ぜってぇ許さねぇ!」


 俺が最後に見たのは、怒りの形相で俺にそう言い放つアガサの姿だった。




 目を覚ますと、そこは真っ暗な空間だった。


「何だ? ここ」


 体を動かすと、すぐに何かが当たった。

 反対側に動いても、同じだった。


 どうやら俺は、とても狭い場所に寝かされているらしい。


 探るように上へ手を伸ばす。

 肘をほとんど動かす事もなく、すぐ天井に当たる。


 さて、どうするか。

 適当に叩き壊して出てもいいんだが……。


 今の俺なら、たとえ地中奥深くまで埋められていても、どうにか脱出する自信がある。

 と思ったが、天井に触れた手へ力を込めると案外すぐに、動く気配があった。


 視界が外の光景を移すと、今まで触れていた物が天井ではなく蓋であった事がわかった。

 俺は、棺桶の中で寝かされていたようだった。


 すると、俺が寝かされていた棺桶の中から光の玉が飛び出した。

 玉は頭上で静止すると、いくつかに別れて飛び散った。


 何だあれ?


 俺は改めて外へ目を向ける。


 棺桶の蓋を開けた所でまばゆい光が待っていたわけでなかった。

 真っ暗だった場所から、薄暗い場所になっただけだ。


 そこは、松明を照明にした石室だ。

 棺桶はその中央に、ぽつんと一つ横たわっていたらしい。


 まるで墓所だな。

 じゃあ、俺死んでたのか?


 これはアガサの仕業に違いない。

 とはいえ、あいつが俺を殺すとは思えない。


 いくら怒っていたとしても、「野郎オブクラッシャー!」とナイフを振りかざしてきたとしても、あいつが俺を殺すはずはない。


 何故かって?

 アガサは俺に惚れてる。

 俺が如何に謙虚でも、それくらいの自信はある。


 何て事を思っていると、あわただしい足音が石室中に響き渡った。

 石室の四方には通路があった。

 足音は、その四つの通路から聞こえてくるようだった。


 何事かと身構えていると、武装した美女の軍団が石室へと押し寄せてきた。

 それもさながらスパルタ兵の如きいでたちの露出に満ちた装備で身を固めている。


 これは何だ?

 天国か?

 それとも新手のイメクラか?


 と身構えていると、美女軍団は俺を囲んで槍の穂先を突きつけた。


「ついに復活したな! 魔王!」


 美女の一人がそう叫ぶ。


「魔王だって? 俺はあんたらにとって勇者だったはずなんだがな?」

「黙れ! 白き大魔導師様より話は聞いている!」


 白き大魔導師?

 アガサの事か?


「勇者様は魔王城の戦いにより、魔王によって体を乗っ取られているとな!」


 はー?

 ほー?


「だから、白き大魔導師様はお前をこうして百年の封印に封じる事しかできなかった! 愛しき夫を殺せなかったからだ!」


 あー。

 理解したわ。


 これがあいつの仕返しなわけね。

 俺を封印して、百年寝かせて、魔王に仕立て上げた、と。


 だいたいわかったわ。


「僕は悪い魔王じゃないよ」

「ふざけるな! 卑劣な魔王め、我ら魔王殲滅部隊第百二十二師団がお前をここで滅する! かかれー!」


 師団多くね?


 などと思っていると、美女軍団が一斉に俺へ襲い掛かってきた。


 全員倒した。


 石室の周囲には、美女軍団達が倒れ伏していた。


 俺は歩いて石室から出て行く。


 さっき飛んでいった光の玉は、警報装置か何かだったのだろう。

 あれが俺の復活した合図だったわけだ。

 あの直後に兵士達が飛んできた所を見ると間違いなさそうだ。


 しかし女だらけの部隊か……。

 まったく、アガサめ。

 俺が女を殺さない事を逆手に取りやがったな。


 女は殺さないというのは、俺が唯一持つ拘りだ。

 魔王の擁する四天王の紅一点、逆鱗のエルフィも殺さなかったほどだ。


 くっ、殺せ。というエルフィをアガサと一緒に責めたのはいい思い出だ。

 あの夜は燃えたなぁ。


 しかしまぁ。

 やりにくいったらありゃしないぜ。


 通路には無数の罠が仕掛けられていた。

 面倒なので、その罠にかかりつつ全部力押しで突破していく。


 こんなものまで用意しやがって。


 そういえば、魔王殲滅部隊の第百二十二師団とか言っていたが……。

 外にはあと、百二十一部隊が控えているじゃないだろうな?

 いや、百二十二師団が最後とは限らないから、もっといるかもしれない。


 そうして、出口を見つけた。

 太陽の光に向かって歩いていく。


「ようやく外――」


 外へ出ると同時に、言葉を失った。


「魔王だ! 殺せ!」

「百二十二師団の誇りを見せよ!」


 建物の外には、大量の美女軍団がいた。

 その正確な数はわからないが、一万は優に超えているだろう。


 この規模の部隊が、あと百二十一以上いるのか……。


 敵意を向けられてなきゃ、嬉しい所なんだがな。




 一万近くいた美女軍団を殺さないように倒しつつ、たまに胸を揉み、尻を触り、どうにかしのぐ事ができた。

 激しい闘いだった。

 そして俺は今、近くの町にいる。


 そこで今の時代について、いろいろと情報を集めた。

 どうやら、アガサは今の時代で魔王を封印して世界を救った白き大魔導師として名を轟かせているらしい。

 百年後に魔王が復活すると大嘘ぶっこいて、その百年に備えてあらゆる準備をしていたそうだ。

 そしてその百年後が今だという話を、俺は半壊した半壊した酒場の半壊したカウンター席で聞いた。


 何故半壊しているかと言えば、この村にも美女軍団が配置されていたからだ。

 俺に対する戦力が何故美女ばかりなのかと言えば、魔王は清らかな心を持つ若い女性を前にするとその力を半減させるという大法螺おおぼらをアガサが吹いたかららしい。


 清らかな心を持つ女性は聖なる気で全身に覆われており、肌をさらしていればいるほどその気を効率よく発する事ができる。

 なおかつ胸が大きければ大きいほど魔王には効果があるそうだ。


 この辺りはあいつの趣味が入ってるな。

 居並ぶ美女軍団の胸を見ながらニヤついているあいつの顔が想像できる。 


 俺は美女軍団を返り討ちにし、その闘いの余波で村は半壊した。

 辺りには半裸の美少女戦士達が倒れ伏している。

 眺めているとちょっと楽しい。


「だいたい事情はわかった。ありがとよ」


 俺は中身を飲み干したショットグラスをカウンターに置くと、怯える店主に礼を言った。


 店を去り際、瓦礫に倒れこむ女戦士の尻をパチンと叩いていった。


「ううん」


 女戦士は悩ましげにうめき声を上げた。


 女は殺さない主義だから、まぁ力が半減するってのは間違いでもないのか。


 まぁ、何はともあれ……。

 会いに行かなくちゃな、あいつに。




 アガサはどうやら、俺を召喚した国の王城にいるらしい。

 魔王を倒した後、王室に取り入って魔王が復活するという大嘘を吐いて権力を得たのだと。


 というわけで、俺は王城を目指す事にした。


 しかし、流石は相棒と言うべきなんだろうか?

 道を歩けば、魔王殲滅師団がうろついていて、ちょっと歩けば見つかって襲い掛かられる。


 で、俺の行く先々には、俺の考えはお見通しとばかりにあいつが放ったと思しき刺客が配置されていた。


 町に入ると面倒だと思い、俺はそれを避けて森の中を進んだ。


 そういえば、前も町を避けてここを通ったんだったか、と思い出す。

 今はどうか知らないが、このあたりはもう魔王の支配する土地だった。

 極力、町には入らないようにしていた。


 だからここで焚き火を囲んで……。


『何か語らおうぜ』

『何で?』

『ほら……「これが最後かもしれないだろ?」みたいな』

『……何か、悪いものでも食べた?』

『最後の戦い間近でしんみりしちゃおかしいか?』

『魔王との戦いに何の不安も持っていない人が、そんな事を言うのがおかしい』


 ここで野宿した時、アガサと交わした会話だ。


 でもさ、アガサ。

 俺はあの時、不安だったんだぜ。

 お前の言う通り、魔王と戦う事自体には何も恐ろしい事はなかったけど。

 他の事が気になって仕方なかったんだ。


 お前はそれに気付いていたのかな?

 それとも気付いていなかったのかな?


 まぁ、その後魔王城の城下町で一泊して、景気づけに娼婦を買ったんだけどな。

 喧嘩の原因になった、魔族の貧乳ちゃんを。


 なんて事を考えながら歩いていると、行く手に何かの気配を感じた。

 それも一人二人ではなく、何十人、いや何百人という気配だ。


 俺は剣を構えて待ち受ける。

 そして、茂みを掻き分けて現れたのは、ゴーレム軍団だった。


 それが人間ではない事はすぐにわかった。

 しかしただのゴーレムではない事も一目でわかった。


 何せ、みんなビキニを着た巨乳美女の姿だったからだ。


 数百体のゴーレム達は、一斉に俺へ襲い掛かってきた。


 こんな見た目でもゴーレムだ。

 拳の一撃を剣で受けると、その一撃の重さに手が痺れる。


 アガサが作ったのだろうか?

 いや、作ったんだろうな。

 こんな姿をしているんだから。


 動きも並のゴーレムと比べて速い。

 だが、やはり人間の戦士に比べればまだ鈍重だ。


 攻撃を避けながら戦い、一体を倒す。

 流石に、これを女と見做す事はできない。


 とその瞬間、斬り倒されたゴーレムが眩い光を放った。


「ひょっ?」


 次の瞬間、光を放ったゴーレムが爆発した。

 ご丁寧に、周囲のゴーレムも連動して爆発する。

 ドドドーン、と一瞬にして広範囲が爆発に包まれ、流石の俺も完全には避ける事ができなかった。

 ダメージを受ける。


「くっそ性格の悪い事しやがって! でも、次は食らわねぇ!」


 爆発する事を知っていれば、次は避けられる。


 一度に十数体が爆発したが、それでもゴーレムはまだまだいた。


 それに挑みかかる。

 そして、予期していれば広範囲の爆発も避けられた。


 へへん、この程度かアガサ。


 と余裕ぶっこいて、ゴーレムの攻撃を避けながらその胸を揉む。


「はっ……!」


 すげー良い揉み心地だった。

 手に吸い付くような肌に、適度な柔らかさの肉……!

 いつまでも揉んでいたい。

 そう思わせる乳……!


 それに魅了され、ゴーレムが自爆しようとしている事に気付くのが遅れた。

 攻撃で倒した時よりも多くのゴーレムが連動し、広範囲の爆発が起きる。


「あぶねぇ……。なんて罠だ……! アガサめ、恐ろしい兵器を作り出しやがって」


 あいつは俺がゴーレムの胸を揉む事を計算して、揉んだ時にこそ本命の自爆攻撃が発動するようにしてあったのだ。


 もう少し長く揉んでいたら危なかった。

 しかしアガサ、詰めが甘いぜ。


 胸の質感を少しばかり自分好みに作っていたな?

 俺はもう少し抵抗のある感触の方が好みだ。

 だから、どうにか致命傷を避ける事ができた。


「あー、でももう一回揉みたい。あー、でも爆発するのか。くそ、でも揉みたい!」


 そんな事を口にしながら、俺はゴーレムを処理していく。


 ふと、そんな中、巨乳美女ゴーレム軍団の中で、一体だけ白髪頭の貧乳の固体がいる事に気付いた。


 あれは何だ?

 明らかに自分アガサをモデルにしている。


 幼児体系ではなく、全体的にサイズの小ぶりな体。

 あらゆる起伏を排したその体には、他のゴーレムと同じビキニが着せられていた。


 他の豊満な体つきをしたゴーレム達の中、ただ一人立つそれには哀れさを感じる。

 感情がないはずのゴーレムの顔にも、哀愁があるように錯覚する。

 その光景を切り取れば、一種のアートのようでもある。


 トラップか?

 乳と呼ぶには冒涜的なあれを揉んだらどうなる?

 知的好奇心が刺激される。

 あー、めっさ気になるぅ。


「くそぉ」


 結局、好奇心に負けて揉んだ。

 その瞬間、ゴーレムは回復魔法を放出して機能停止した。

 自分を動かしていた魔力を使ったのだろう。


 ボーナスアイテムか……。


 それから三十分ほどかけて、俺はゴーレム軍団を全滅させた。




 街道を行く途中、大きな滝があった。

 そこは、魔王城を目指す旅でも通った場所だ。

 ここは旅人達にとっても名所となっているらしい。


 正直、俺は景色とか興味なかったんだが……。

 ちょっと事情があって、わざわざこの道を選んだんだよな。


『風情のある場所だね』

『なんか、これを見たいためにあえてこの道を通る旅人もいるそうだぜ』

『そうなんだ。たしかに、しばらく見ていたい気はするね』

『……こういう場所、ムードとかあるかな?』

『そういうのとは違う気がするけど。どちらかというと、きれいだなーというより、すごいなーって感じだし』

『違うのかよ……』

『むしろムードはない。何でムードが必要なの?』

『女は、そういう雰囲気が好きだって聞いたぜ』

『どうだろう。人それぞれだと思うけど』

『じゃあ今は、お前がそういう例外であってくれる事を願うよ』

『蒼輝石のペンダント……。これって……』

『この前の答えだ。……必要だって事さ。これ以上言わせんな』


 あの時の事を思い出しながら歩いていると、前方に立ち塞がる女が一人いた。


「久しぶり、と言った方がいいのか? 俺としちゃあ、あれから三ヶ月くらいしか経ってねぇんだが」

「そうだな。私にとっては、百年前の出来事だ」


 女性の頬はうろこに覆われている。

 頬だけでなく、うろこは体の至る所にあるが今は頬のうろこしか見えない。

 竜族という奴だ。


 竜族というからには、ドラゴンのような姿を想像するかもしれないが。

 この世界の竜族はこの姿が基本だ。

 ドラゴン形態にもなれるんだが、某アニメのハイ〇ー化的な原理で変身しているらしい。


 そして俺は、彼女を知っている。

 百年前のあの時から、容姿がまったく変わっていない。


 魔王に仕えていた元四天王。

 逆鱗のエルフィ。


「元四天王様も、今はアガサの愛人か?」

「そのような趣味はない」

「良い感じによがらされてたくせに」

「……アガサは魔王様亡き後の民に責が及ばぬよう、尽力してくれた。その恩をこの時に返せと言われれば、今一度剣を振るいもする」

「ふぅん」

「いくら、その理由がくだらないものだったとしても」


 こいつは真実を知っているわけか。

 それでも、俺と戦うと……。


 エルフィは剣を抜き、構えた。


「二人がかりで私にようやく勝てたお前が、一人で勝てるかな?」

「その答えはすぐにわかるさ……」


 俺もまた、剣を抜いた。


 互いに構えを取り、視線を交差させる。

 まもなく、同時に仕掛けられた斬撃がぶつかり合い、剣が火花を散らす。


 どちらともなく刃を離すと、至近距離での打ち合いになった。

 無数に放たれる剣閃の中、俺はエルフィの太刀筋に隙間を見つける。


 縦の斬撃を受けずに避け、軽く飛び上がって体を回転させる。

 回転の勢いを乗せた縦の斬撃を見舞った。


 エルフィはそれを防ぐが、その重みで彼女の立つ地面が陥没する。


「相変わらずの我流剣法だな……」


 一歩距離を置きながら、エルフィは言う。


「読みにくいだろ?」


 言いながら俺は距離を詰め、追撃する。


「実はちょっと心配していたんだ。あんたの言った事を」


 二人がかりでようやく勝てた。

 それは真実だ。

 だから、一人で勝てるかわからなかった。


「だけど、どうやらあんたは平和な時代で腕が鈍ったみたいだな」

「ぬかせ!」


 言葉を交わしつつ、斬撃が交わされる。

 そんな中、エルフィは怒声をあげて強い一撃を放つ。


 その一撃を拳で弾いた。


「だから今回も、殺さずに済ませられそうだ」


 剣を弾かれて体勢を崩したエルフィの頭を剣の腹で強かに打ちすえた。


 その一撃で、エルフィの目の焦点がぶれた。

 そこへ、さらに拳の一撃を叩き込む。


 それが最後の一撃になった。

 エルフィはその場に倒れ、動かなくなった。

 息はしている。


 そんなエルフィの胸を揉みしだいた。


「貴様……」


 唸るような低い声がエルフィの口から漏れる。

 意識があったらしい。


「あーすまん。なんとなく。でもこれ以上は何もしねぇよ」


 言うと、エルフィが表情を和らげた。


「私の腕が鈍っている、か。かもしれんな。武人としての人生に、私はとうに満足してしまったのだろうな。何せ、私の全てを継いだ者がいるのだから」

「子供でもできたか?」

「私は独身だ」

「……お前の年齢知らねぇけど。百歳以上で独身って、竜族的にはどうなの?」

「うるさい」


 そう言って投げつけられた剣を避ける。

 気にする程度には、デリケートな年齢らしい。


「弟子ができた。私の全てを受け継ぎ、超えて行った弟子がな。そしてそれは、次にお前の前に立ち塞がる存在でもある」

「ふぅん」




 そこは街道の途中にある遺跡だった。

 黄土色のレンガが敷き詰められた場所で、同じレンガで造られた建物がいくつも建っている場所だ。

 建物は居住施設として設備があったり、ダンジョン化した地下へ続く階段があったり、と様々だ。


 位置としては、もう昔の王国領内に入っている。

 今となっては、魔王の領土だった場所も他の国の領地になっているんだろうが。


 ここでも一泊したんだったな。

 焚き火を囲んで、あいつと話をした。

 それは毎夜の事だったし、普段は酒を飲みながら他愛のない馬鹿話をするばかりで……。

 正直、どんな話をしたのかも憶えていない。

 もしかしたら、酔っ払って毎日同じ話をしていた可能性もある。


 でも、ここでの話はよく憶えている。


『私は本当に必要?』

『何でそんな事を聞くんだ?』

『だって、あなたは一人でも戦える。むしろ私を庇う分、戦いにくいんじゃない? 今日だって、私のせいで矢が刺さったし……』

『……その矢傷はお前が回復してくれただろ』

『戦い難いって所は否定しないんだ』

『何だよ、飲みすぎたのか? 今日のお前、面倒くせぇぞ』

『……本当に私は、あなたにとって必要なの?』

『もういい。俺は寝る。じゃあな、おやすみ……』

『……だって、心配なんだよ。誰からも必要とされない事は、とても怖い事なんだから……』


 素直に自分の気持ちを伝えられないのは、俺の悪い所かもしれないな。

 それでいつも、失敗している気がする。


 人間関係に成功も失敗も、正解も不正解もないとは思うが……。


 少なくともここでのやり取りについちゃあ、挽回したと思うんだけどな。

 あれが俺の精一杯だったかな。


 遺跡を歩いていると、前方から一人の男が歩いてきた。

 その視線は、まっすぐに俺を見据えていた。


 フルフェイスの兜を被り、鎧を着て、腰には剣。


 男と俺が対峙する形で同時に立ち止まる。


「お前がエルフィの弟子か?」

「如何にも。私の名はアレクサンドル。私は……」


 さらに何か言おうとしたが、アレクサンドルはそこで口を噤んだ。

 代わりに、小さく笑みを漏らす。


「俺は相手が男だったら、人間だろうが魔族だろうが容赦しねぇ。それをわかって、あいつはお前を差し向けたのかねぇ……」

「あなたでは私を殺せぬと、そう思っているからでしょう」

「歳食って耄碌したんじゃねぇか? あいつ」

「口の悪い方だ、とは聞かされています。少なくとも、それは正しいようです」


 言ってくれるじゃねぇか。

 口だけは達者らしい。


 剣の鯉口を切る。

 さながらそれを見越していたように、アレクサンドルも剣の鍔を弾き上げた。


 互いに剣を振りかぶり、突撃する。


 剣と剣がぶつかる。


 力を込めた一撃が交わされあう。

 重い一撃だ。

 当てれば後退させられるが、受ければこちらが後退する事になる。


 そして、数度の打ち合いでどちらかが後退してできた距離は、互いに詰め寄る事ですぐにゼロ距離のキルゾーンへ変わる。


 互いに力押し。

 そんな攻防が続き、タイミングが合う。

 互いの一撃が、同時にかち合うタイミングだ。


 金属同士のぶつかり合う大きな音。

 そして、俺は力負けして大きく吹き飛ばされた。


 遺跡の建物へ打ち付けられ、建物が倒壊する。


 もうもうと立ち込める土煙に咳き込みながら、俺は剣に雷の魔法を込めて前方へ射出した。

 風圧によって土煙を吹き飛ばしながら雷の剣が飛ぶと、その先にこちらへ迫り来るアレクサンドルの姿が見えた。

 アレクサンドルは剣を防御したが、その威力に怯む。

 その隙を衝いて、俺は一気に相手との距離を詰めた。


 鎧の上から、全力で腹をぶっ叩く。

 拳の形に、鎧が凹んだ。


 かと思えば、凹んだ鎧が腹筋の力だけで吹き飛ばされて砕ける。


 振るわれるアレクサンドルの剣。

 その手首を強かに手刀で打つと、もう一方の手で顔面を殴り飛ばした。

 兜の面頬が割れ、少しだけ顔が見える。

 その際に、白い髪がちらりと見えた。


 殴られたアレクサンドルは後方へ吹き飛ばされ、その際に俺と同じように雷の魔法を込めた剣を放つ。


 それを避け、アレクサンドルとの距離を詰めようとする。

 が、アレクサンドルの周囲には無数の魔方陣が展開していた。


 これは……!

 俺は足を止め、急いで同じ魔法を使う。


 苦手なんだけどな……。


 俺は心中で悪態を吐きつつ、アレクサンドルと同じ魔方陣を周囲に展開する。


 次の瞬間、互いの魔方陣から無数の光線が放たれた。

 互いの光線がぶつかり合って拡散し、周囲の建物を倒壊させる。

 と同時に、相殺されなかった光線の幾筋かが、俺とアレクサンドルの体に被弾した。

 光線が体のいたる所を貫通し、互いに無視できないダメージを負う。


 魔法の威力は、あいつの方が上か……。


 が、俺は動きを止めなかった。

 一気に、アレクサンドルへ距離を詰める。

 アレクサンドルは、ダメージのためか動けないでいた。


 俺も同じようなものだが……。


 ここで動けなきゃ、負ける。

 そう確信していたからこそ、俺は動いた。


 驚くアレクサンドルの顔に拳の一撃。

 しかし、それを甘んじて受けるアレクサンドルではなかった。

 彼もまた、俺に反撃の拳を見舞う。


 俺を見据える目は闘争心でギラつき、口元は強く食いしばられている。

 口調は丁寧だったが、その本質には野蛮さがある。

 その表情からはそれが覗いている。


 戦士ってのは……男の子ってのはそういうもんだよな!


 血反吐と傷からの血を撒き散らし、俺とアレクサンドルは殴りあった。

 技も何もない。

 己の力だけを頼りに、相手を打ちのめしたいという気持ちだけをぶつけ合う。

 美しさの欠片も存在しない泥仕合。


 誰も見る者はなく、大義名分も栄冠すらないただただどちらが強いかだけを証明するだけの戦い。

 だからこそ燃える。

 戦いの中に華はなくとも、燃える滾るマグマのような熱はある。


 そしてそれを制したのは、俺だった。


 互いの一撃が、互いの腹部にめり込み。

 ややあってアレクサンドルは倒れこんだ。


 俺も今にも倒れそうだった。

 それでも立っているのは俺だ。


 足はがくがくだが、倒れてやるもんかと意地を張って立ち続ける。

 そんな状態で、アレクサンドルを見下ろす。


 アレクサンドルは俺を睨み付ける。

 この期に及んで、まだ負けてないという目だ。

 死なない限りは負けじゃないってか?

 好きだぜそういうの。

 だったら殺してやるよ。


 そう思い、トドメを刺すために近づく。

 鎧の襟首辺りを掴み、強引に持ち上げる。


 そして……。

 アレクサンドルの首に、ペンダントがかかっている事に気付いた。


 これは……。

 俺は、アレクサンドルから手を放した。


「……んだよ。そういう事かよ!」


 俺は、その場で倒れこんだ。


「あいつ、クッソ意地悪いな!」


 アガサに対して悪態を吐く。


「……気付かれましたか」

「もう、お前とは戦わねぇぞ」


 お互い、倒れたまま言葉を交わす。


「お前の勝ちでいいよ」

「そう言われると、私も勝ちを誇れませんよ」

「もらえる勝ちは拾っとけ。今後、こんな機会はねぇぞ」

「そうは思いませんよ。私は……」

「負けん気の強ぇ奴だなぁ」


 そう言って、俺は小さく笑った。




「あの人は今、王城におりません。ここへ来てください」


 そう言って、アレクサンドルは俺に印の入った地図を渡した。

 そして去っていき、俺はまた一人で歩き出す。


 けれど、地図の場所へ向かう途中。

 俺はある村へ寄った。

 魔王を倒したら、一度寄りたいと思っていたのだ。


 予想していた通り、村には巨乳美女軍団が詰めていたが……。

 まぁ、それは蹴散らした。

 その闘いで村に大きな被害を出したが、そんな事はどうでもいい。


 むしろ、あいつがわざわざここにも部隊を駐屯させていたって事は、こうなる事を見越していたんだろうし。

 ゴーレム部隊を置かなかったのは慈悲だろうか。

 ゴーレムとの戦いでは、あの森一帯が爆発で更地になったからな。


 この森林に囲まれた村は、エルフ達が住む集落である。

 アガサの生まれ育った村だ。


 エルフ達の髪はカラフルな色をしている。

 これは得意とする魔法の影響らしい。

 強い魔力を内包するエルフという種族は、その影響で髪の色が変わる。


 色が鮮やかであればあるほどその魔力は強く、それが一目でわかる髪色は彼らにとって誇るべき特徴である。


 そして、何の色も持たないアガサには誇るべき物がなかった。

 だから彼女は見下され、虐められながら育った。

 そんなあいつを連れ出したのも、最初はただ可哀想に思ったからだけだったな。


 そういう事情もあって、何かしらの報復をしたいと思っていたが……。


 戦闘後の村。

 逃げ惑うエルフ達。

 それを見ると少し溜飲が下がった。


 きっと勇者として帰ってきていれば、ここまでできなかった。

 でも今の俺にはできた。

 だって魔王だから。


「ひ、ひぃ」


 悲鳴が上がって見ると、そこには一人の若い男がいた。


 あ、こいつ憶えてるぞ。

 白髪頭とか言って、アガサの髪を引っ張ってた奴だ。


「我は魔王なり! ハッハッハ!」


 脅かしてやると、恐怖からか男は気を失って倒れた。

 きったねぇ、漏らしてやがる。


「魔王は俺だぁ!」


 そう叫びながら村を走り回っていると、平和なエルフの村は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。

 しばらくそうしていると、少し満足した。


 倒れた美女軍団と怯えるエルフ達を見ながら、俺は一息吐く。


 エルフ達の首には、蒼輝石のペンダントがかかっていた。

 男女の別なく、そのペンダントは首にかけられている。


『みんなペンダント着けてるな』

『あれは証のようなものよ』

『証?』

『あれは男性が求婚する時に渡すもの。女性がそれを着けていれば、既婚者である事の証明なの』

『男も着けてるが? ウホなの?』

『ウホがよくわからないけれど……。男性が着けているのは、母親から長男に渡された物だよ。そうして、エルフは代々長男がペンダントを受け継いでいく』

『次男は?』

『自分で作るんだよ』

『持ってなけりゃ、別に自分で作ってもいいのか』

『まぁ、そうなるね』




 地図に記された場所へ辿り着くと、そこは王都に近い森の中だった。

 森の入り口には、アレクサンドルが立っていた。


「お待ちしていました」


 一息つき、声を出す。


「俺、お前にどう接していいのかわからねぇんだけど」

「私もです」


 アレクサンドルは苦笑して返した。


 アレクサンドルは俺を先導して、森の奥へと歩み始める。


「アガサは何でこんな所にいるんだ? 歳食って森林浴にでも目覚めたか?」

「ついてくればわかりますよ。きっと、会いたがっているはずです」


 訊ねると、アレクサンドルは明確な返答を避けた。

 それから会話は途切れ、俺は黙ってアレクサンドルの後を歩いた。

 そして辿り着いたのは、開けた場所である。


 木々のないその場所は、暖かい日の光で満たされていた。

 眩しさに目を細める。


「あそこです」


 そうしてアレクサンドルが指差した場所には、石碑が立っていた。

 アレクサンドルは立ち止まり、俺はその石碑へと近づく。


「アガサ・アクタガワ……ここに眠る……」


 石碑に刻まれた文字を俺は読み上げた。


 眠る……。

 ベッドがあるようには見えないな。


 ……いや、解ってるんだけどな。

 この文句の意味する所は……。


 え?

 お前、エルフだから長生きなんじゃねぇの?

 そういう種族だろ?

 百年くらいじゃ見た目すら変わらないはずだろ。


 なのに……。

 お前、死んだの?


「私は、席を外しますね」


 そう言って、アレクサンドルはその場から離れていく。

 その足音が遠ざかっていった。


 俺は、石碑の前で膝を折った。

 そうしたくてそうしたわけじゃなく、急に力が抜けた。


「……これがお前の仕返しだっていうなら、なんて酷い奴だ」


 自然と、そんな言葉が漏れた。

 それが口から出ると、堰を切ったように次々と言葉が出てくる。


「……俺とお前にはいろいろあった。喧嘩だってしたし、俺だって酷い事をした。でも、お前の事、嫌いなわけないじゃねぇか。俺にとっちゃお前が一番だったんだぜ」


 そこにアガサがいるわけじゃない。

 それどころか、この世のどこにももうアガサはいない。

 けれど、俺は石碑に向かって言葉を吐き続けた。


「……何でそれが言えなかったんだよ。

 伝えられなかったんだよ!

 俺にとっちゃ王国がどうなろうがどうでもよかった。

 魔王を倒したいなんて本心から思ってもいなかった。

 ただただ、お前と旅ができれば……一緒に居られればそれでよかったんだよ。

 それが伝わらなかったってか?

 素直に言葉にできなかったから、こんな事になったのか?

 だったら今言ってやるよ!

 お前の事、この世で一番大好きだったさ!

 今でもそうだ。

 愛してる。

 この世でただ一人相手を選べって言われたら、お前以外に選ばなかったさ。

 たとえ生まれ変わって姿が変わっても、何度だって俺はお前を選ぶ。

 お互い、どんなに離れた場所に住んでいても、見つけ出す自信だってある。

 それくらい愛しているんだ!」


 俺は思いの丈を全て口に出して、その場で蹲った。

 ぐっと目を閉じると、その合間から涙が溢れ出した。


「愛しているんだよ……」


 意識せず、嗚咽が自然と口から漏れた。


「リュウジ……」


 そんな時に名を呼ばれ、俺は弾かれたように顔を上げた。

 振り返ると、そこにはアガサが立っていた。


「……お前、本当に酷い奴だな」


 そう言う俺の声は、情けない程に震えていた。


「本当は石碑の文句でちょっとびっくりさせて、すぐに出ていくつもりだったんだけど。告白が熱烈すぎて出るに出られなかった……」


 顔を真っ赤にしたアガサが、頬を掻きながら言う。


 俺は立ち上がり、アガサへ駆け寄った。

 その体を抱きしめ、キスをする。


 突然の事にアガサは体を強張らせたが、すぐにその力を抜いた。

 長いキスの後で、俺は唇を離してアガサの顔を見る。


「生きてるんだよな? 記憶を移植したゴーレムだとかいうオチじゃねぇよな? お前が回復魔法放出しながら機能停止したら俺もう立ち直れないぜ!」

「ああ、あれ触ったんだ」




「おまえさぁ、魔王と戦う時に自分が妊娠してた事気付いてたか?」

「気付いてたよ。むしろ、何でそっちが気付いていたのかが不思議」


 森の中、木を背もたれにして、アガサの肩を抱きながら二人で語らう。


「食が細って、たまに吐いてたろ。……最初は二日酔いかな、とも思ったが、あの頃は酒もやめてた。なんか、暇を見つけてはレモンばっか齧ってたし。そら気付くわ」

「なるほど。じゃあ、あの時あんな事を言ったのもそれを知っていたから?」

「今のお前を抱く気にならねぇ、ってやつか? 当然じゃねぇか。妊娠中にいたして大事になっちゃ困る」


 だから俺は、あの時したくなっても我慢していて……。

 我慢できなくなって貧乳の娼婦を買った。


「別に構わなかったのに。ちょっとスリリングでむしろ興奮しない?」

「俺はチープなスリルに身を任せる主義じゃねぇよ。この変態」

「……でもさ、ちゃんとそれを伝えて欲しかったな」


 アガサは寂しそうに苦笑する。


「そうしてくれていれば、すれ違って百年も会えなくなる事もなかったのに……」

「そうだな……」


 本当に、気持ちを伝えるってのは大事だよな。

 きっと今回は、それをできなかった俺が悪かったんだ。


「あの時ちゃんと伝えていれば、息子から家庭内暴力を受ける事もなかっただろうし」

「強い子に育ったでしょう。アレクサンドル」


 アレクサンドルは、首に蒼輝石のペンダントを着けていた。

 あれは俺がアガサにプロポーズした時に渡した物だ。

 そして、あのペンダントは長男へと受け継がれるものらしい。


 それを憶えていたから、俺はあいつが自分の子供だと気付けた。


 俺は一つため息を吐く。


「まぁ、あの時の事は俺が悪かったよ。それは認める。でも、その仕返しにしちゃやりすぎじゃねぇか?」

「うん。ごめん。私も後悔してたんだ。この百年、アレクサンドルが一緒だったけど、あなたがいないのは寂しかったし……。でも、冷静になったのは国王を丸め込んで、いろいろ準備した後だったし……。もう、嘘でしたなんて言えなくなってた」

「そりゃいいさ。俺はその百年間寝てただけだからな。それ以上にあれ」


 俺はアガサの墓っぽい石碑を指した。


「あれはやりすぎだ」

「はは、ごめんごめん」


 一応アガサは謝ったが、反省の色が見えなかった。


「でも、多分一緒に過ごしていれば、私はあなたの死を見送る事になる。私もいつか、同じ気持ちになると思うから、おあいこだと思って許してほしい」

「……わかったよ」


 そんな気持ちにはさせたくないが、こればかりはどうしようもないからな。


「で、これからどうするんだ?」

「どうって?」

「俺は魔王に体を乗っ取られたんだろ? どう円く治めるつもりなんだ?」

「それなら簡単だよ」


 そう言って、アガサはいたずらっぽく笑った。




 白き大魔導師アガサは、包囲網を突破した魔王と一騎打ちを行った。

 しかし魔王の力は強大であり、すぐに追い詰められてしまう。

 トドメの一撃を放たれようとした、そんな時だった。

 魔王に封じられていた勇者の意識が目覚め、魔王の魂を体から追い出した。

 そして、体を取り戻した勇者と白き大魔導師の手によって魔王は今度こそ滅び去ったのである。


 という話をアガサは王様に語り、それが真実になった。


「ありえぬ! ありえぬぅぅ! 我が手中ぅにぃあったたぁましぃがぁ、意識いぃしきを取り戻すなどぉ!」


 王様の前でアガサはその時の事を芝居がかった口調で説明した。

 迫真の演技である。

 本当に見てきたかのように真実味がある。


 そんな事実はなかったけど。


「黙れ魔王! お前にはわかるまい。この力の正体が! これが愛の力だぁ!」


 おい、それ俺の真似か?

 俺そんな事言わねぇよ。

 どこの勇者だよ。

 いや、勇者だけど。

 恥ずかしい!

 でも、否定もできなくてもどかしい!


 アガサ迫真の演技によって、その場に居た王様やその臣下達は話に引き込まれ、簡単にその捏造情報を信じてしまった。

 感動して鼻をすすっているやつまでいる。

 こいつ大魔導師というより詐欺師の方が正しいんじゃねぇか?


「愛か」

「愛の力かぁ」

「最後に愛は勝つんだな」


 皆、口々にそんな事を口にする。

 これ、俺が実際言った事になってるんだよなぁ。

 このまま史実になって語られ続けるのか?

 恥ずかしい……。


「とにかく、今は勇者殿なのだな?」


 王様に問われる。

 百年で何度か代替わりしたらしく、俺の知らない若い王様だ。


「ええ。まぁ」

「ならば、魔王の討伐ご苦労であった。当時の王に代わり、礼を言う。して、当時の王とは、魔王討伐の暁には元の世界へ返すという約束になっていたが……。どうするのだ」

「いえ、帰るつもりはもうありません。元の世界に、妻はいませんので」


 俺はきっぱりと断った。

 未練は一切なかった。


「愛だなぁ」

「愛だ」

「素晴らしい愛だ」


 恥ずかしい……。


「それで陛下。この度の事で、元魔王の民達も最大限に尽力してくださいました。なので、その彼らにも恩情を。正式に、この国の民として彼らをお受け入れくださいませ」


 そう言って、アガサは願い出る。


「うむ。そのように触れを出そう。高く取っていた税収も、他と同じにする」

「ありがとうございます」


 王様との謁見が終わり、俺とアガサは家へ帰る。

 この百年の間に得た権力と財力でアガサが建てたでかい屋敷だ。


「屋敷、でか過ぎるだろ。三人暮らしでこれは広すぎる」

「いや、アレクサンドルはもう家を出て軍の寮暮らしだよ」

「余計手に余るじゃねぇか」

「いや、これから増えるでしょ」

「……かもしれねぇな」


 そう言って、アガサの肩を抱く。

 そうして彼女と一緒に、俺は初めて足を踏み入れる我が家へと帰りついた。

 魔王ではなく、勇者として。


 これから先の事は語らないでおこう。

 ここから先はR指定だし……。


 その先の人生を語っても、きっと妬まれるだけだからな。

 恋愛としても、コメディーとしても、アクションとしても、ヒューマンドラマとしても、ちょっと中途半端だったのでジャンル付けに迷いましたが、最終的に恋愛にしました。

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