考えるな、感じろ
それから一週間後、ルナが”あつもーり”を起動した。村長が家から出てきた。
「村長! 英単語がつらい!」
「一日たった16語だから楽勝、おほほほほ、って言ってただろ。聞こえてたぞ」
「振り返りを含めると一日64語になるじゃない! 前回の死の一週間と同じじゃん! この詐欺師め!」
つまりこういうことだ。
一日目、(16語)
二日目以降、(16語)+(昨日の16語)
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八日目以降、(16語)+(昨日の16語)+(一週間前の16語)
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一か月目以降、(16語)+(昨日の16語)+(一週間前の16語)+(一カ月前の16語)
「一ヶ月後に当初の四倍になることにやっと気付いたか。記憶するとはそういうことなんだよ。だから、毎日少しづつ長期間かけて記憶する必要がある。何もしなければ一日後には74%が忘れ去られるからね。ルナがこれまで行ってきた一夜漬けがいかに無意味で無駄か良く分かるでしょ」
「本当にもったいないことをしていたわ」
ルナは黄昏れた。
エビングハウスの忘却曲線によると、
二十分後 42%忘却
一時間後 56%忘却
一日 後 74%忘却
一週間後 77%忘却
つまり復習をしなければ一週間後には23%しか覚えていないことを意味する。本当にもったいないことである。
実際のところ初見の16語を覚えるのは大変だが、二度目以降の復習時には忘れた単語を重点的に覚え直せばいいので意外と楽かもしれない。一ヶ月以上放置して完全に忘れてしまうと、ほぼ一からやり直しなので非常に大変だろうけど。
「せっかく覚えかけたのに、ここで止めると全部忘れてしまうじゃない。それは嫌! もったいないのは嫌なの。もう始めてしまったし、単語勉強がんばってみる」
無駄勉強が嫌いなルナは、もったいない精神を発揮し嫌々ながらも続けるのであった。その勉強時間に比例し、確実にルナの語彙力は向上していくのであった。
そして中学生の必修単語をほぼ覚え終えた頃ルナは気付いた。
「村長! 単語を覚えたら長文がスラスラと読めると思ったのに読めない。単語の意味は分かるんだけど、文章の意味が分からない。これじゃテストで役に立たない! 村長に騙された!」
ルナが”あつもーり”を起動するなり怒りだした。村長が嫌々家から出てきた。
「でも英単語を覚えたから以前より理解できるでしょ」
ルナの語彙は以前と比較にならないくらい増えている。
「あんなに苦労して単語覚えたのに、英文読解にすごく時間がかかる。前とあんまし変わらないじゃん! これじゃ苦労して単語勉強した意味が無いの! 私は無駄勉強が大嫌いなのよ!」
ぷんすかと怒るルナ。
「気づいたようだね。単語を覚えるのが基礎の段階。だけど、それだけではダメなんだ。次は英語構文、文法などを学ぶのです」
「えー、めんどいな。構文とか意味不明だし」
多くの中学生にとって不人気な構文。確かに楽しくない。ルナが嫌うのも当然である。
「そうは言っても必要なんだよ。SVCとかSVOCとか習ったでしょ。日本語と英語は語順が異なるからしかたないよ。まずは一年生の教科書から見直すのだ。各節の最初か最後にまとめの例文が載っているでしょ。あれだけでいいから」
ベッドに寝転び無言の拒否をするルナ。
「あー前回のユメタン良かったなぁ。構文の方も楽でき・・・そうだ、村長は構文対策の良い参考書知ってますよね。ささ、ケチケチせずに教えて下さいよ旦那。あっしゃ無駄が嫌いでね。その上せっかちなんですわ」
急にエセ商人になるルナ。表裏の切り替えが早いのはルナの良い所かもしれない。ただ友達は少なくなるだろう。
「構文をマスターするのは必須だけど、確かにルナには時間があまりない。本来なら中一からの構文を総ざらいしたいところだけど・・・」
目が泳いで明らかに構文の勉強はしたくないです感が漂っている。食わず嫌いのルナにとって教科書を読み返しても、意味わかんない、とそっぽを向くだろう。むしろ構文アレルギーが悪化するかもしれない。
「しかたない。ルナは考えるよりも感じろ! のタイプだから詰め込み教育でいこう」
”考えるな、感じろ”は映画「燃えよドラゴン」の有名なセリフ。これが通じるのは直感タイプの天才に多い。ただし指導者には向かない。
「えー、また覚えるのー」
ルナは頬を膨らませた。
「しかたないなぁ。(テテテテン!)『Z会の速読英単語』(※)。これは単語帳っぽいタイトルだけど単語帳として使うよりも基礎的な英文を記憶するのに向いているんだ。面白い内容の英文が難易度順に掲載されているからお勧め。英語文章と日本語訳が見開きで掲載されていて、英語を読みながら日本語を思い浮かべ、最終的には両ページ丸覚えすればオッケーだ。読み進んでいけば文法もそれなりに身に付くし、読む速度も速くなるよ」
「棒読みの説明ありがとう」
そう言ってルナはベッドでお布団に潜り込んだ。本格的な寝る体勢だ。
「でも理論や構文を学ぶのは嫌だよね。丸覚えする方が楽だよね」
「・・・」
「特別に無料で教えてあげるけど、今月末の英語テストの結果が悪いと、もう一人の出来の悪い生徒と一緒に居残り勉強させられることになる。そこまではいい。そこでその出来の悪い生徒が勉強もせずに遊んでいるうち三階の窓から落ちて大怪我することになる。一緒に居残り勉強していたルナは犯人として疑われることになり警察のお世話になるよ」
「!!!」
ルナは一瞬でベッドから起き上がり机についた。
「『Z会の速読英単語』をやらせて下さい! 覚えるのは得意です! わたくし、実は”記憶の聖女ルナ”と呼ばれていますの。おほほほほ」
その二つ名は誰も知らない。
「良い心がけだ。さっそくネットで注文を・・・」
「そういえば!」
何かを思い出したかのように部屋の中をガサゴソと漁るルナ。
「まさか!」
「あったー! なんかそれっぽいの母さんが買ってくれてた気がしたんだよねー こっちは音声が二次元コードから無料でダウンロードできるみたい」
ルナの部屋の片隅の深い地層で『速読英単語中学版』が発見された。パッケージは埃だらけだけど、未開封のSランク品だ。ありがとう母さん。
「あるじゃねーか! 初めから使えよ!」
その後、必死に『速読英単語中学版』読み始めたルナ。必須単語をかなり覚えていたおかげで思いのほか楽に英文を読み進めた。読めるようになると内容が面白くなり、どんどん読み進めるようになる。結果として基礎的な構文もマスターできたのだった。
◇ ◇ ◇
「96点!」
英語テストの結果を受け取る手が震えている。そう、ルナの努力は実り、クラスで二位のスコアをたたき出したのだ。
「よく頑張りました」
先生に褒められるルナ。
「私のライバルとして認定してさしあげますわ。光栄に思いなさい」
笑顔でティアラちゃんからライバル認定されるルナ。その光景を見てどよめくクラスメイト。運命は自分でつかみ取ることができるということをルナはひしひしと感じていた。
「やったー!」
家に帰って早速村長に報告した。
「村長! 村長の言う通り頑張ったら凄いことになった! 96点! 凄いでしょ!」
テスト結果を見て驚く村長。
「まさかこんな短期間でここまで成長するとは! 僕の指導が素晴らしいのは当然として、ルナもよく頑張った。これでルナの死の運命も変わっただろう。どれちょっと見てみるか」
村長は本をめくり始めた。
「おお、ここだな。えーっと、あれ・・・」
動きが止まり、顔が硬直する村長。
「ど、どうしたの!」
「おかしいなー?」
「何! なんなの!」
「・・・あと三カ月で死ぬみたい」
「なぜー! 寿命が短くなってるよー!」
村長はアカシックレコードにアクセスすることにより未来を予測できるのだ。
「どうやらティアラ親衛隊のガリ勉君から妬まれ、階段から突き落とされて打ちどころ悪くて死ぬみたい。これを回避するには理科と数学のテストでガリ勉君を上回り、ティアラの友達として相応しいと認めさせる必要がある。よし、次は理系科目だ!」
「いやー!」
叫ぶルナ。果たしてルナは死を回避し幸せな未来を掴めるのか。
(おしまい)
つづくかも。
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※Z会 風早寛 速読英単語 中学版[改訂版]
ISBN:9784865313123