運命の英単語まとめテスト
翌日。
放課後、ルナは燃え尽きていた。
(全然できなかった。今日は英単語まとめテストの日だったのに)
このテストは、中学三年間で覚えた語彙を確認するためのもの。
だがルナは村長に見せてもらった未来が気になって昨晩はあまり眠れなかった。そのうえ今回は苦手科目の英語。結果は見るまでも無いだろう。芦田愛菜様に近づくどころの話では無い。
クラスの同じ班のティアラがルナに話しかけてきた。
「ルナちゃん、目の下にクマができているよ。昨日すごく頑張って勉強したんだね。入試では学力検査に加え内申点も重要だもんね!」
「そ、そうだよね」
公立高校入試における内申点と学力検査の比率は県によって異なるが、ルナの住んでいる地方では”中1内申:中2内申:中3内申:学力検査=0.34:0.34:0.34:1”となり、内申点も非常に重要視される。だから日頃のテストも気が抜けないのだ。ちなみにルナは地元の公立高校、吉良県立綺羅高校(通称キラキラ高校)を目指している。
「班別ランキングも気になるし来週もその調子でいこうね!」
この学校ではクラス内の四~五人で一つの班を作り、班別の平均点ランキングを公表することで生徒間の自主勉強(教え合い)を促進させている。班のメンバーと継続期間は先生が一方的に決める。ランキングで生徒達が得るのは名誉しかないのに、順位が気になるので盛り上がるのだ。ちなみに、英単語まとめテストは、今週と来週の合計平均点で決まる。
「う、うん。頑張る」
(言えない、満面の笑顔のティアラちゃんにテスト全然ができなかったなんて言えない)
ティアラちゃんはセレブ家庭育ちのお嬢様。そんな金持ちがなぜこの公立中学に来ているのかは不明だが、一説では庶民の暮らしを体験するためと言われている。本名は貴族院愛羅もちろん成績優秀。
「頑張るのはいいけど体には気をつけてね!」
これまでの英語のテストでティアラの所属した班のランキングは全て一位。どんなメンバーであろうとも一位。これはティアラが毎回ほぼ満点を取ることで、班の平均点を圧倒的に引き上げるからだ。それに加え、同じ班の生徒も連続一位のプレッシャーを感じて必死に勉強するのも大きな要因である。
「私、今回も連続一位目指して頑張るから。く・れ・ぐ・れ・も・よろしくね」
念を押すティアラ。
(ルナちゃんはかなり馬鹿だから確実に私達の足を引っ張るはず。プレッシャーをかけないとね)
ティアラは帰国子女。中学英語など勉強の内に入らない。女王様気分を味わうため、あえて公立中学に通っているのだ。
「それではご機嫌よう」
ティアラはお迎えのメルセデスベンツS600ロング(※)に乗って帰って行った。取り巻き達がいつまでもベンツに向かって手を振っている。
「今日のティアラちゃん、なんか必死で怖いくらいだったな。でも、一緒の班というだけであんなに私の心配してくれるなんて嬉しいな。この友情は大切にしよう。そのためにも勉強頑張らなくては」
おめでたい認識のルナであった。
急いで学校から帰ってきたルナは、スマホのゲームアプリ”あつもーり”を起動した。画面の中の村長宅からハムスターっぽい謎の動物がトコトコと出てきた。
「村長! 今日の英語のテスト最悪だった! 全然知らない単語ばかりだったから意味分からなくて! だってルナ日本人だし! なんとかして」
ルナのクラスは全員日本人だ。
「それな。確か、運命が変わる大変なことが起きるような」
「え、何! 何が起きるの!」
「この先は課金が必要です」
村長が指でわっかを作り銭を要求している。
「ルナのおこづかいがぁ」
結局、課金したルナ。前回同様さきイカが画面の中に現れた。村長がどこからともなく本を取り出しパラパラとめくり始めた。
「ここら辺かな。あった! どれどれ、えーっと、今回の英単語まとめテストでティアラの連続一位記録が断絶する。もちろんルナのせいで。それが原因でティアラが怒り狂って大事件につながるらしいよ」
「えっ!?」
目が点になるルナ。
「ティアラは二回とも満点。一方、ルナはテスト頑張るって約束をしたのに二回とも悲惨な点数。怒ったティアラはクラスを巻き込んで大暴れするんだ。その結果、ティアラは転校し、ルナはクラスで腫物を扱うかのような存在になり、卒業までの間ずっと距離をおかれて孤立するんだ」
村長はさきイカを入念に観察中である。ルナは震えた。
「嫌ー、ちょっとそれ他人事じゃないよ! そんな重要なことは早く言ってよ! やばいじゃん! どうすればいいのよー!」
昨晩、自分の未来を知ったルナはちょっとだけ心を入れ替えた。だからといって、できなかった勉強が急にできるようになる訳では無い。
「これから頑張って勉強しよう。来週のテストで良い点をとればルナの班は一位になれるよ。だけど勉強しなければ最悪な事件が起き、高校受験失敗、ブラック企業への入社、そして死が近づく」
「失敗したら最悪・・・死が・・・」
ルナは遠い目をした。
「モグモグ、十代は記憶力が、モグモグ、良いのだからこの一週間で片っ端から、モグモグ、単語を覚えればいいでしょ」
村長はさきイカを食べるのに夢中である。ルナは机に両手を「バンッ」と突いて言った。
「そんな詰め込み教育は時代遅れと聞きました! 村長ならもっと効率良い方法を知っているはずです。さあさあ、早く教えて下さい」
ルナは楽をすることに情熱をかける女。そして楽して成果を出したい派である。たとえ死が迫っていてもその方針は変わらない。
「単語は覚えるしかないよ。詰め込み、丸暗記、それしかない。ガンバ!」
「そんなー いくら十代が記憶力が良くても無限に単語は覚えられないよー」
ルナはベッドの上で転がり始めた。
「中学生が覚えるべき英単語数はたった1200語(※)だよ。文部科学省のページに書いてあるから」
「え、たった1200語なの? 無限じゃないんだ」
無限に比べると1200は小さな数に見える。数字のマジックである。
「基本的には中学で習う英単語が公立高校の入試で使われる。だから1200語を中学で三年間かけて覚えればいい。一日一単語程度だね」
真面目な中学生ならこの時期すでに覚え終わっているはずだ。
「でも、でも、でも、英語が嫌いだったから全然単語覚えて無いし! あと一週間で1200語は間に合わないじゃん! どうすればいいのー」
再びベッドの上を呻きながら転がり始めた。日々の積み重ねを怠ると痛い目に合うという良い例である。
「仕方ないよね。今からでも頑張って一語でも多く覚えればいいよ」
「ルナだって英単語を覚えようと努力したんだよ! でも無理なんだから。Aから順番に覚えていってもZまでたどり着かないし、しかも最初に覚えた単語は途中で忘れているし」
典型的なダメな覚え方である。
「Aからではなくて試験によく使われる頻出単語順に覚えるんだ。そうすれば間に合わなくてもダメージが小さいし、それなりの得点が狙える。それ用の単語帳が安く売っているからそっちを使えばいいよ。『キクタン』(※)とか『ユメタン』(※)とかの中学生~高校受験用のやつ」
「そんな楽できるのがあったの! しくったわぁ、無駄に真面目に勉強して損した。私としたことが」
真面目に勉強に取り組むのがそんなに損なのか。
「キクタンなら一日に16語づつ覚えて八週間、つまり二か月で896語完全マスターできるらしいよ。今回は一週間しかないからペースを上げて頑張るしかない。二倍ペースなら一日で32語覚えれるから一週間で224語。四倍ペースなら一日64語で448語。音源もあるしアプリ版もあるし本のレベルも色々あるから、今後の成長に合わせて買い増しもできる」
ルナが疑いの目で村長を見た。
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※文部科学省 学習指導要領「生きる力」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/chu/gai.htm
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ISBN:9784757426627
※アルク 木村達哉 新ユメタン(0) 中学修了~高校基礎レベル
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