ハムスター村長
「ハムスターと違うの?」
「ハムスターじゃないし!」
村長はお怒りだ。
「村長、私の言葉が分かるの?」
「あたりまえだろ。人類が生まれる前から地球に住んでいるのだ。過去も未来も知っているし日本語くらい簡単に理解できる」
スマホの中のハムスターっぽい村長が得意げにふんぞり返っている。
「ちょっと待って! 過去だけじゃなくて未来も分かるの?」
「分かるって言っただろ。さっきルナが二十二歳で死ぬって教えてあげたじゃないか」
(さっきの酷い夢は未来で起きることなの!?)
「村長って・・・か、か、神様でごじゃりますの? だから未来が分かるにゃんて? ハムスターとかネズミとか言ってごめんなさいでごじゃります!」
「違うから。それに敬語にもなってないし普通に話していいから。僕は情報生命体だ。人間には理解できないだろうけど体を持たない生物なんだ」
世界中にいる情報生命体は地球上の出来事を全て記憶している。その記憶を人間はアカシックレコード呼ぶ。情報生命体はアカシックレコードにアクセスして未来を予言、予想できるのだ。これまでも何匹もの情報生命体が気ままに人間の前に現れ予言を残している。それは、もしかすると神と呼ばれた存在なのかもしれない。
「村長は人工知能の凄いやつね! 流行りに便乗ね! そんな便乗生物がなぜルナに未来を教えてくれたの?」
「便乗生物・・・アプリのダウンロード特典ってやつかな。未来が分かれば勉強なんかしなくてもいいのに、未来を知りたい、と言ったから願いを叶えてあげたんだよ」
「そういえば宿題が面倒になってそんなことつぶやいたような」
ルナの机の上、散乱したさきイカの下にスマホがあった。ちなみに、さきイカは、堅いものを食べると脳の血流が増加して眠たくならない説を信じた母がわらにも縋る思いで用意してくれたものだ。ルナには効果が無かったけどありがとう母さん。
「じゃあ本当に私は男にフラれて二十二歳で死ぬの!? それなら別のもっと性格の良い人と付き合って長生きするから!」
「別の人と付き合ったとしても二十二歳で死ぬよ」
「どうしてよ!」
「人間の行動はそう簡単には変わらない。たとえ行動を変えたとしても、ちょっとぐらいの変化では未来は変わらない」
「私が変えるんだから変わるでしょ」
「いいかい。人間は九十七%の判断を”無意識”に行っていると言われているんだ。判断を少し変えたところで、それは残り三%の中のうちのさらに一部分でしかない。誤差だね。変わってないのと同じだね。だから二十二歳で死ぬよ」
今年で十五歳だからあと七年で死ぬということだ。
「そ、そんなー うわーん、何とかならないの村長!」
「スマホを振り回すな! わかった! わかったから! まずは涙を拭いて鼻水も拭け」
鼻をかんで少し落ち着いたルナ。
「で、どうすればいいのよ。命がかかっているんだから真面目に答えてよ!」
なぜか逆切れ状態のルナ。
「この先は課金が必要です」
村長は冷たく言い放った。
「世知辛い!」
「こっちも慈善活動じゃやってられまへんがな。ほな、さっさと課金して食べ物購入してな。さきイカがええねん」
べたなエセ大阪商人となる村長であった。しかたなくルナは100円課金して、さきイカを購入した。メニューから”おやつをあげる”を選択すると、さきイカがお皿と共に現れた。それをハムスター村長が両手を使って可愛らしく食べた。とりあえず満足したようだ。
「それで対策だったね。先ほど”意識”と”無意識”の判断の話をしただろ。運命を変える方法としては”意識”している三%の領域を増やしていくしかない。日頃からなるべく考えて意識的に判断する習慣をつけることから始めればいい。そうすれば残りの無意識の判断も良い方向に自然と変わってくるだろう」
ルナは明後日の方向をボーっと見ている。
「ルナ全然わかんない」
スマホの中で悩む村長。
「そうだなー、じゃあ、こんなのはどうだろ。運命には分岐点というのがあってね。まあ人生の分かれ道だね。そこでどちらに進むかによって、少しづつ未来が変わる」
「それなら分かるよ。ルナのテストの点によって母さんの機嫌が変わるの。いい点だと回るすし屋でマグロの赤身が五個まで食べ放題だよ」
それは食べ放題とは言わない。しかし、ささやかな幸せは存在する。
「そんな感じ。決定的な運命はちょっと未来を変えただけでは変わらない。でもそのちょっとの変化を積み重ねることによって大きな変化が起き運命が変わる。その分岐点を教えてあげる。良い方向に運命が向かうよう、ルナが判断して行動すればいい」
「具体的にはどうすればいいの」
「とりあえず勉強だ」
ルナは怪訝な目で村長をにらんだ。
「はぁ、それ本当? 村長、まさか母さんからお金もらって言ってない?」
「失礼な! さっき見せた未来の状況を思い出して!」
未来のルナは勉強しなかったせいで大学進学をあきらめた。日本なら高卒でも真面目に働けば特に困らないが、ルナは卒業後二年間家事手伝いと称して自宅でゲーム三昧だった。二十歳になったある日、とうとう母がお小遣いをくれなくなった。
そこで初めてお金を稼ぐために働こうと考えた。けど、労働条件の良い会社は雇ってくれなかった。大した能力も無いのにルナの要望が高いからだ。唯一雇ってくれたのが株式会社漆黒。この会社は従業員は使い捨て、経営者だけが儲かる仕組み、いわゆるブラック企業である。
「意地の悪い女を見抜けないバカ男達が集まるような会社にまんまと入社したのがルナの失敗の一因なんだよ」
「確かに! 知らず知らずのうちにバカ集団の中に入っていた。バカな女にバカな彼。そしてバカな私。じゃあ、すごく勉強して偉くなったらスーパーホワイト企業に就職できて二十二歳で死ぬことは無いのね」
ルナの言うスーパーホワイト企業とは給料が高く福利厚生がしっかりしていて残業代もきちんと払う経営の順調な会社。日本では皆が会社名を知っている大手会社(各業種の上位を占める数社)がそれに近い。ちなみに日本にある大企業は全体の0.3%。千社のうちの三社の割合でしか存在しない。
「頭が良くなると生き残る確率は高くなるね。でも、そこへの道のりはかなり険しいよ。漠然と勉強するのは大変だから誰か目標とする人、理想とする人がいれば良いけど。偉人とかでもいいよ」
「理想かぁ」
ルナはベッドの上をゴロゴロと転がりながら考え始めた。
「キャサリン妃!」
「却下。セレブは除外」
再びベッドの上をゴロゴロと転がり始めた。
「石原さとみ」
「却下。鏡で自分の顔を見ろ」
「ごーりき・・・」
「却下。その道はけわしい」
ベッドの上をゴロゴロと十往復し、そしてひらめいた。
「芦田愛菜はどうかな!」
芦田愛菜は受験生を持つ親達の憧れの娘。彼女は多忙な芸能活動をしながら小学生の身で中学受験をして偏差値七十超えの学校に入った。その影には才能だけでなく圧倒的な努力があったはずだ。
「理想としては高すぎるけど歳は近いし素晴らしい目標だね。適当に先生の授業を聞いて、適当に宿題して気ままに遊んで、テスト前だけ頑張るルナのような娘にはぜひ見習ってほしいと全世界の親が思っているだろう」
「全世界の親がっ! 肩の荷が重すぎるわ!」
愛菜様のようになれたなら運命は確実に変わるだろう。
「愛菜様を日々称えるが良い。そして『まなの本棚』(※)を読むべきだ。多忙な中、一年間で百冊以上も本を読んでいる愛菜様の偉大さを感じることができるはずだ。戒めとすべし。三冊買って、読む用、保存用そして勉強机の上に飾る用とするが良い」
村長はどうやら愛菜信者のようだ。一方、ルナは運命を変えることが出来る、死を回避できると知ってヤル気が出たのだった。
「勉強頑張る。芦田愛菜様を目指して頑張る!」
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※まなの本棚(2019年7月17日、小学館、ISBN 9784093887007