7話 軽率な行動の結果
太郎が滝の水と共に落下して五時間が経過した時の事である。
太郎は妙子の声に気付き目を醒ます。
「ーー……なにぃ?」
頭がちっとも働かない。頭痛が酷く、体も随分と冷えている。
それもそのはず。頭から地面に衝突したのだから頭は痛い。倒れた今も滝の水に打たれて絶賛冷却中なのだ。
体がガダガタと震えて満足に動かない。
(今、どうなってる?)
うっすらと瞼を開き、倒れたままで様子を見る。
そこにはクマ五頭分ほどの面積がある空洞があった。
滝の裏側に隠されて、少しばかり空洞内の床に太郎が当たり、偶然にもその空洞の中へと転がり生き延びたのだ。
「ーーマジかよ、幸運だな……」
助かった要因の床を見る。
これは、頭が働かなくなった太郎でも分かるくらい変であった。
空洞は大体岩と土で覆われているのだが、それは詰まる所、凹凸が激しいのだ。
だが、太郎がぶつかったそこは、まっすぐに平たく出来ていた。それこそ人工物のようだった。滝の水に打たれて出来たわけでもなさそうであった。
今度は空洞内を見てみる。
とはいえ、滝に隠れた小さな空間だ。暗くてよく見えない。
太郎はポケットにしまったスマホを取り出す。
「……っ!」
全身が軋むような痛みがする。それを我慢して取り出したスマホの画面は酷いひび割れが出来ていた。
「おいおい、使えなくなったとかは勘弁だぞ」
とりあえず電源をつける。
濡れている事+酷いひび割れのせいでまともに操作出来ないがまだどうにか生きているようだ。
どうにかしてライトをつけて周りを照らす。
すると、一つ、ボロボロの国防色の軍服を着た白骨遺体が姿を現した。
「ーーひっ!?」
あまりの驚きのあまり体が起き上がる。見た所昨晩のように動くことはないようだが、側に遺体があるというだけで怖いものだ。
この遺体もまた太郎のように落ちてしまったのだろう。そして、ここにいるという事は結局助からずに死んだという事なのだろう。
(助かった、と思ったのに。俺もこうなるのか……?)
壁沿いにまで後退して、遺体から離れようとするが、目だけは決して離す事はなかった。
嫌であるはずなのに、見たくないはずなのに。
実際に見る生々しい現実に、動物的な本能が警報を鳴らしている。
このままではコレと同じになってしまう、と。
「ちょっと太郎!?いるの!?」
ハッと、太郎は妙子の声で我に帰る。
(そうだ、起きたのも妙子の声が聞こえたからだった。良かった!助かった!)
顔は綻び、感涙に似た表情になる。
「いるいる!居るぞー!」
大声を上げて返事をする。あいにくと滝の水で妙子の姿は捉える事は難しいが、人の声がするだけでも安心する。
それは妙子も同じようで、とりあえず太郎がまだ元気な声を出している事に安心した。
だが、どこにいるのかは妙子の視点からではイマイチ分からない為、どう救助すればいいのか分からない。
こんな時、縄があれば、適当にぶら下げておくだけでも救助が出来るのだが……。
縄なんて日用品なのだからログハウスのどこかにあってもいいものだろうになぜ無いのかと妙子は頭を悩ませる。
とりあえずは太郎の現在の状況を知らなくてはいけないと思い、妙子は聞く。
「今どんな感じ?怪我はしてない?」
「身体中打撲したかの様な痛みがあるよ。あとめっちゃ濡れた」
……めっちゃ濡れた。
この言葉に大変嫌な予感がした。
「……太郎、どんだけ前から濡れていたの?」
「ん?多分5時間くらい?めっちゃ体が震えてるわ」
ーー不味い。非常に不味い。
妙子は思わず口に手をやった。
妙子もあまり詳しい訳ではないが、人は冷たい状態に長い事いると凍死すると聞いた事がある。
太郎は多分しばらく気絶していたのだから服は濡れたまま、体は未だに温まっていない。
「とりあえず服を絞ってから着直して!出来るだけ体が温まるように!それから……っ」
他に出来る事、出来る事……。
あぁ、ダメだ、全く分からない。どうするのが正解か分からないーー
当然である。彼女はキャンプなど興味もなかったのでその様な知識もまた知らない。
どれだけ博学ぶっていても、その実何も分からないのだ。
「ーーとりあえず私がどうにかするから!それまで待ってて!」
無責任な言葉である。が、失意のままにいると人は早く死ぬと言う。嘘でも希望を持たせた方が長く生きて居られるものだ。
妙子がそうして考えている中で、太郎は妙子の言われた通りに服を脱いで絞って乾かす。
よもや白骨遺体の服を着ようとは思えない。が、滝の近くにあってもこの服はあまり濡れてはいなかった。
乾燥した木があれば火の一つも起こせたものを……。
と思いつつ体の震えをさすって温めようとする。が、予想以上に体がもう寒さに耐えられない様子であった。
この時、太郎は一度ならず二度までも走馬灯がやってくる。
滝の壁がある以上、妙子から何か貰っても濡れてしまうのは確実。
川をせき止めようとしても、適当に伐採した木を持ってくるのも大変な上、結局氾濫して元の木阿弥だろう。
そんな中で、太郎はある物を思い出す。
今朝のあのビー玉のような謎の物品。
「……信じろ。あれは俺の予想した通りの代物の筈だ……」
太郎の予想。例え濡れたとしても、中に魔力が内包され、割ることで炎を生み出す道具である、と言うもの。
太郎はこの世界に来て未だ3日目であり、この世界の事は分からない。
しかし、ことファンタジーの世界について言えばもはや熟練の者である。
魔法が存在しうるこの世界で、魔法を使わずに行使出来る道具があってもおかしくはない筈。
人は皆、楽な方法を求める者なのだから。
「出来る……!出来る……!出来る事を信じろっ!」
確信がある訳ではない。信じれば願いが叶う訳でもない。
しかし、やらねば何も始まりはしないのだ。
ーーそしてさらにもう一つ。
スケルトンたちが持っていたあの道具達。どこからやってきたのか考え、一つ、まだ見ていない場所を思い出す。
リビングに空いた穴の底。昨日今日とまともに見る機会がなかったのでスルーしていたが、もしあの中に保管庫があったのだとしたら……?
だからスケルトンはログハウス内にいた訳であり、武器も携えたのではないか。
そう推理した太郎の目が輝く。
「妙子!ログハウスに戻ってリビングにある穴の空いた所の底を確認してくれ!もしかしたら縄があるかもしれん!ーーそして、あのビー玉もついでに持ってきてくれ!」
太郎はそう叫んだ。
「……っ!?わ、分かった。待ってて!」
妙子は走った。これまでにない程の全力で。
太郎はスマホの時間を確認する。
今は15時半。滝の外を見てみれば空の色は既に紅く暮れていた。思ったよりも暗くなり始めるのが早い。
このまま待っているのも暇なので、正気を取り戻している内にこの白骨遺体を調べようと思った。
軍服の中を探ると、スケルトンが持っていたナイフとは違う、缶切りのついた折りたたみ式ナイフがあった。とはいえ、そのナイフの切っ先は随分な刃こぼれをしており、刃物として使う事はもう出来ないように見えた。
そうしてもう少し周りを見渡すと、滝から一番離れた壁に先ほどのナイフで掘られたらしき文字を見つけた。
【 シタ犯ヲ罪ナ変大ハ私
ニ多数ズラ成ツ一
ズワ能事ルイニ共ト彼ハ私ヤハモ
ルアデミノルネ綴キ書ヲ悔懺ニココ、ダタ】
「……これは、日本語か……?なんでこんな所にこんな文字が……」
全部カタカナでしかも並びが逆だ。
その周りも探って見ると、他にも似たような文字がいくつも書かれている。
「なんでここに日本人が白骨遺体になっておいてあるんだよ……!?」
あちこちに文字が書かれているので一つずつ読んでいく。その内容はどれも似たような文章で、誰かに向けて書かれた様に思う。
要約すると、【鉄の様な人】に向けて、自身が落ちぶれた事への懺悔と後悔。そして、幸運を願ったものであった。
この懺悔の内容というのは、何処かで見覚えのある案件だった。
とある木の家で女三人を殺害してしまったことの旨が書かれている。
「三人の女性の殺害……、それって」
あのログハウスで見かけたスケルトン三体。きっと彼女らの事なのだろう。
ここにいる日本人の遺体はまさか人殺しなのか。なんと居心地の悪い事なのだろう。
ーーふと、壁を見つめる太郎の後ろからカタリ、と音がした。それを太郎は聞き逃さなかった。
(おいおい……嘘だろ、まさか……)
その音は床のみから聞こえてきたがゴソゴソと蠢く音に変わり、頭の高さにまで音を鳴らす。
太郎は凍え震える体で後ろを見る。
先程の骸骨が、二本足で立ち上がっていた。
「……っ!なんでこのタイミングで……!」
昨日太郎達がログハウスに戻った時間は今と同じ午後四時。スケルトンに遭遇した時間である。
気付けば空の色は黒く覆われていた。夜がやってきたのだ。
黒い背景が白い骸骨を影の色に染め上げる。目は仰々しく真紅の光を放つ。使い古された軍服はボロ雑巾の様であり、それを着込む骸骨が落ち武者であるように錯覚させる。
ソレは自身の体が上手く動かせないようで千鳥足でフラつく。
そして一言、こう言った。
『ーー殺してくれ』
ーー殺してくれ、と言ったのか?この骸骨は。
声は聞こえる。間違いなく日本語で言っている。声は男だ。弱々しく、覇気を一切感じない亡者のようだ。
その骸骨は真っ先に太郎を睨んだ。当然だ。このような狭い空間では誰だって近くの人を見るだろう。
(体が動かない……)
体が悴んでいる。筋肉がじわじわと痛く感じる。皮膚は氷のようだ。
壁に背をかけて、ズルズルと尻をついた。
骸骨はそんな太郎に近づく。そして、側まで寄ると、両手を太郎の首に向けて伸ばす。
『……誰か、俺を殺してくれ……』
抵抗出来ずに太郎は首を握り締められる。グググ、という音と共に肉が軋む。骨の手の凹凸がなおの事痛覚として太郎を苦しめる。
「こっ……殺してくれだと……?今、俺を殺しにかかっているのにか……!?」
太郎は精一杯の力で右足を骸骨の腰に向けて蹴りを入れようとする。
昨日の戦いでも、このスケルトンらはとても脆く、押し込むような力に弱い。
なので、腰を蹴れば解体され力が失われる筈……、だったのだが。
「……っ!こ、コイツ!」
太郎の足は骸骨の膝に防がれた。満足に蹴りを入れる前に逆に太郎の足を膝蹴りで押し込み、相殺させたのだ。
骸骨が脆く崩れ落ちようともまたすぐに修復される。
対して太郎は体力の限界にきている。
(まずいまずいまずいまずい!このままじゃ……!)
窮地に追い込まれた太郎はどうにか骸骨の手を剥がそうとその手を握るが、単純な力比べでは相手にもならない。
そうして骸骨は太郎の苦しむ顔面をじっくりと見つめた。
『すまない……許してくれ……、許してくれ……』
骸骨はそう言って何度も謝罪を述べる。述べながら首を強く締め上げ、そうして出来た太郎の苦痛の表情をマジマジと見つめる。
「……カハッ……!」
……息が出来ない。
状況は刻一刻と悪化するばかりだ。段々と頭が宙を舞う感覚になっていく。
『……どうか、私を、許してくれ……』
「許してくれ……だと……?お前はこれまでっ……!そんなことをほざきながら人をっ!殺してきたのか!!」
太郎は左手に持っていたライトのついたスマホを骸骨の目に一気に近付ける。
『……っ!目がァッ!』
瞬間、骸骨は両手で目を覆った。
その瞬間、太郎は転がるようにして骸骨との立場を入れ替える。太郎の背には滝が。骸骨の背に壁がある状態に。
首を絞められ酸素の供給が滞っていた太郎は噎せながら大きく呼吸を繰り返す。
「俺は昨日から気になっていた!なぜ亡霊である骸骨どもに目がつけられているのかと!眼球も無いくせにそれだけは存在するのかと!
決まっている!見る為だ!相手を見る為だ!
スケルトンどもには赤外線ゴーグルのようなもので俺らを捉えているものとばかり思ったが、お前は俺の表情を凝視していた!その目で見ていた!
ならば後は簡単だ!真っ暗な空間に突然の強烈な光を差し込めば目は潰れるっ!今このようにな!」
骸骨は未だに突然の光に慣れておらず目を覆っている。
「瞼がないと言うのも不憫なものだな。手で覆わねば光に対処が出来ないのだから!」
(……まぁ、ファンタジーな目だから効かないなんて事も考えたし、もしそうだったなら本当に危なかった)
ドヤ顔でイキりはしたが、その実、偶然予想が当たってくれただけに過ぎないので内心はだいぶ震え上がっている。
「……ハァ……ッ、ハァ……」
息も未だに荒れたまま、両手を床につけなければまともに起き上がれない状況の太郎。
状況は未だ悪いままである。骸骨は目が馴染めばまた襲ってくるだろう。対して太郎は体力の限界を何度も迎えている。今この瞬間にも追撃が出来ない程に。
そうしている間にも、骸骨は徐々に視界を回復して、太郎の居場所を探している。
(……やっぱりおかしい。昨日のスケルトンどもは見る必要もなく自身らの居場所を特定していた。だが、コイツはどうだ?すぐ近くの自分の居場所すら捉えていないではないか)
もう少し様子を見ると骸骨はあらぬ方向に顔を向けていた。
(あそこは……)
骸骨が向いているのは、壁に文字が書かれている方向である。
(なぜあそこを向くんだ……?なんか意味があるのか?)
その様な事を考えて、太郎は背の滝の水が地に落ちる音と共にある事に気付いた。
ーーこの方角は赤い泉のある所ではないか。
と。
(赤い泉に意味があるのか?……なんだ?大事な事を思い出せそうなんだが……)
頭の奥で正解のピースが一つ隠されている様な感覚がした。
どこだろうと、この世界に来た時から順に思い出していく。
ーーこの世界にきて性転換した。いたのはあの赤い泉の近く。妙子も同様だった。
(違う、そこじゃない)
ーー赤い泉に関係した行動と言えば他に……。そうだ、方角を知りたいが為に妙子はスマホカバーを桶の代わりに使ってあの泉の水を掬い上げていた。
「……っ!」
気付くと骸骨は視力が回復してすぐ近くにまで来ていた。
すぐさまスマホを翳そうと動かすが、その動きは読まれていた。
骸骨は首よりも先に左手首を掴み圧迫させる。
「ぐっ……クソ……っ!」
腕が上がらない。そのまま骸骨は倒す様に太郎を押さえた。顔は滝に打たれる位置につくが、目元に水が降りかかる事はなかった。
まっすぐ上を見れば同じく骸骨も滝に打たれ、奇妙な事にそれのおかげで目を開く事が出来たのだ。
『鉄心……、どうか許してくれ……』
ゆっくりと骸骨は左手で太郎の首を絞めていく。
(鉄心……?誰だそいつは。この骸骨野郎はいつも変な事をほざいているが、これは一番に腹が立つな……っ!)
太郎は右手で首を絞める骸骨の右手を掴む。もちろんこれで離せる訳がない。
「テメェ、これで勝ったつもりだろうが違う……ぞっ。むしろ……俺の勝ちだ。考える……知能があるなら……考えて見ろ……!なぜ俺は滝を背にする様に位置を変えたと思う……?教えてやるぜ……」
息の詰まる状態で、ゆっくりと酸素を取り込む。そして。
「やれぇー!妙子ぉー!」
「えぇ!」
太郎の真上、崖のそばに妙子はいた。
妙子は太い枝木を下にぶつける様に投げる。それは骸骨の頭蓋に命中し、そのまま滝と共に落下した。
頭脳たる頭がどうから離れたなら、その胴体はどうなる?
「明白だ。動かなくなって倒れる」
ガタガタ……、という骨が地面に落ちる音と共にその骸骨は力を失っていく。
その隙に太郎は骨盤をそのまま滝の底に投げ捨てた。
「……っあ゛ー!じん゛どっ……」
二回も首絞めをされたら流石に喉の調子も悪くなっている。ガラガラ声になって喋ると喉の奥がヒリヒリと痛い。
「太郎!無事!?」
妙子がそう聞くと、滝の水越しに手を振るう太郎の腕が見えた。それを見てとりあえず一息つく。
妙子はここについて真っ先に驚いたのが先程の骸骨であった。
まさか太郎があの状態で生き延びて要られたのはまさに奇跡といえよう。
妙子はログハウスに戻って太郎の言われた通りにリビングの穴の空いた底に入った。
そして、太郎の予想は的中し、本棚辺りの下の場所に物置場があったのだ。
いくつか漁られたものがあったようで、色々いじられていたが、昨日のスケルトンが手にしたものはこれから来ていた様である。
ともかく、妙子は縄を垂らした。
それを太郎が掴み、体に巻きつけた。
それを確認すると妙子はゆっくりと縄を引き上げた。
「こんな時、男になって本当に良かったって思うわね……!」
実際、妙子が女性のままだと力技で引き上げるのは難しかった事だろう。
男の筋肉質な体になって、ようやく引き上げる事が出来たのだ。
最後は手を握り、持ち上げる様にして救出した。
「あ゛り゛がどう゛、だずがっだ」
「凄いダミ声じゃない、もう……っ!」
弱った太郎の体を、妙子は強く抱きしめた。
突然の事に太郎は戸惑う。
「え゛っ、え゛っ?な゛にな゛にごれ?」
「良かった……!本当に良かった……!もしアンタが死んでいたらって怖かった!
私がちゃんと見てなかったからって思って……っ、アンタが色々気にしている事にも気付いていたのに私……っ!本当に、生きていてくれて良かったよ!うっ、うわぁぁぁん!!」
太郎のすぐ横で妙子は本気で涙を流している。
心配してくれている。
それが分かると、太郎も思わず瞳に水が溜まる。
「……っ!ごっぢごそ……!ごめんなざい゛!俺が勝手な゛ごどじだぜいで……!妙子が謝るごどじゃないのに……っ!」
太郎も泣き出してしまった。ただ、この温かさが嬉しくて。
冷えた体は抱きしめた妙子によって温まっていく。悴んだ体をほぐしていく。
嬉しかった。
太郎はこの温かさが、優しさが、そして大切に思ってくれている事が堪らなく嬉しかったのだ。
太郎も小さな体でぎゅっと抱きしめる。
ーーそうして双方が泣き止むまで、このまま、抱きしめあうのであった。
その後、太郎は近くにあった枝木を集めて妙子が持ってきた赤いビー玉をそこに投げつけた。
そして、その玉は割れて太郎の考察通りそこから発火が起こった。そうしてしばらく太郎と妙子はその焚き火で体を温めた。
「あ゛ー、くっそ恥ずかしー……」
しばらくしてから先程までの流れを客観的に見直し、太郎は全力で赤面した。のたうち回る程の体力もなかったので顔を伏せるのみであったが。
そして妙子も、最初に抱きしめた側とはいえ太郎以上に恥じた様子であった。
(ヤバイヤバイ、なんで私あんな事しちゃったんだろ!
考えてみてよ!だって相手男よ!?それなのに私は何かましちゃってるのよぉぉっ!あー、恥ずかしっ、恥ずかしっ!
ーーいやいや、だってアレじゃん!見た目がもう小さな女の子なんだもん!なんか心配しちゃったらつい抱きしめちゃったっていうかさ!
あーもー!私のバカー!)
と内心ではいくつもの声が飛び交っている。しかし、それを太郎に悟られるのも癪だったので平然な顔で望む。
「そら恥ずかしいわな」
と言って。
その様子に太郎は見て驚いた。太郎の視点から見れば、いつもと変わらない妙子の姿があったのだから。
「お、お前マジかよ、恥ずかしくねぇの……?鉄メンタルかよ」
「んー?まぁ、こんなの普通よフツー」
「フツー!?マジかよ!最近の女子ってそうなの!?」
(そんな訳ないじゃん!フツーって何よ!)
妙子はセルフツッコミを習得した。
そして、内心はそう思いながらも首を縦に振った。それを見た太郎は「すげー」と呟く。
「それはそうと、このままだと風邪を引くからこれ羽織って」
そう言って妙子は自身のブレザーを太郎に羽織らせた。
すっぽり入る、どころか太郎には少し大きめであった。
濡れていないので夜風も防げて、それだけで暖かく感じる。
ただ、自身より若干大きめに感じた太郎は少し訝しんだ表情を見せる。
(おいおい、まさか俺は女の姿同士だとしても背丈負けてるのかよ……)
思えば女の姿の妙子も随分な長身だった様に思う。
学校内ではよく座って本を読んでいたのであんまり印象がなかったが、いざ羽織って背丈で負けたのが妙に悔しく感じた。
妙子は長めの木の枝に火を移し、焚き火を消してから、太郎の前でしゃがんで背を向ける。
「はい、背負ってあげるからカモン」
「えっ、何が?」
「アンタ今動けないでしょ。アンタくらい今の私なら余裕で背負えるわよ」
それを言われた太郎はまたたじろぐ。
「お、お前!俺をあんまバカに……!」
そうは言いながらも実際に体は上手く動かず、そのまま妙子の背に不本意に倒れてしまった。
背に倒れたのを確認した妙子は太郎の両足を担ぎ上げ、立ち上がった。
「さぁて、帰ろ。今日も随分と疲れたわ」
「……っ、一つ!貸しだからな!」
「なんで貸しなのよ、借りの間違いでしょ、まったく」
「ぅ〜っ!」
妙子は表面上飄々と、太郎は恥で冷静さを失いながらログハウスへと帰ったのだった。
ログハウスに着いて、二階に上がり、寝室に入る。
太郎を下ろして、妙子は部屋の中に置いてあるチュニックを一着取り出して太郎に渡した。
「え、何これ」
「着がえよ。アンタの服、もうずぶ濡れじゃないの。だから着替えておきなさい」
太郎はそのチュニックを見る。まるでワンピースみたいな服だ。こんな女みたいな服を着ろと言うのか、と太郎は思った。
「パンツとかもあれば良かったんだけどなかったから我慢してね」
「女物のパンツなんか死んでも履くか!」
太郎はそう叫んだ。
しかし、パンツはともかく服は確かに濡れていて早く脱ぎたいとは思っていた。
しばらく自問自答を繰り返して、そうして太郎は着る事に決めた。
「それでよろしい。私は外にでてようか?」
「えっ?うん」
太郎の頷きと共に妙子は部屋から出て行った。
「……くっそー、俺は男なのに……」
気恥ずかしさで目の前が眩みそうだ。
太郎はとりあえずトランクス以外の衣類を脱ぎ、チュニックを着た。
随分とぶかぶかで、まるで小学生が大人のドレスを着ているかの様であった。
(こんなんばっかだな!)
自身の背丈の低さをより痛感してから、太郎は一階に降りた。
「着た?……あら、可愛い」
妙子の口から真っ先に出た言葉がこれである。
「うっせぇよバカ。可愛くねぇよバカ」
「いやいや、すごく可愛いって。ほら、写真撮ってあげる」
「ヤメロォ!撮るな!」
時刻は18時。周りはすっかり夜である。そんな暗闇の中で、二人はそんなやりとりをしながら、その日を終えた。
ちょっとジョジョみたいなの描きたかったのでバトル物を描きましたが、しばらくは太郎たちによるバトルはありません。(多分)