40話 記憶喪失(仮)
「魔法勉強の帰りに、なんか家で人の泣き声が聞こえたと思ったらなんかマカオンの目の前で号泣していたんだけど……。
何というか、罪な男だな」
『待ってタロウさん!確かに泣かせてしまったのはそうかも知れないけど大きな誤解があるんです!』
「はぁ、誤解……すか」
と、その泣いている人物を見る。最初は女をなんか泣かせたのかと思ったが、よくよくその人物を見ると太郎から見たら違った。
太郎の目からは、白く美しい髪を腰まで伸ばした美しい人に見えた。声も顔も中性的で、性別の判断がつかないが、感性的なモノはその人を男性の様にとらえた。
「その、とりあえずその人は誰ですか?」
と、妙子はマカオンに訊ねる。
が、マカオンにとってもいきなりやってきて泣き出した人なので言葉がつまり、その人に問うた。
『えっと、すみません。貴女は誰なのでしょうか』
『ぐすっ……ぅえ……?えっと……私は、その……』
と、その人は泣きじゃくっているのを抑え、動転した思考を整理し……、落ち着いた脳が一気に冷ややかに醒めるのを感じた。
本来ならば誰にも気付かれず、殺し屋の如く仕事を全うし帰還するつもりで、事後も記憶を弄って忘れさせようと目論んでいた。
しかし、ここまで大衆に自身の存在を認知されてしまってはそれは破綻するのだ。
なんとか誤魔化そうと考え、ただの患者だと言おうとしたその時ーー
「あれ、この人翻訳魔法使えるんだ」
「じゃあ、この世界の神様が呼んできた人なのかな?」
『ーーあっ……』
太郎と妙子の言葉に言葉を失った。
改めて、この人の目的を述べよう。
マカオン、パナケイア、ニコラオスからガラスの情報をかき消す事である。
アポカリプシスはその事において他に言及は無かったが、あまり他所にその話が広まってほしく無かった様子だった為、可及的速やかに行うべき事なのだろう。
また、この様な裏仕事を神が人類に対してやっているという事がバレたら不信へと繋がりかねない。
なので、アポカリプシスとの関係性は無いと思わせたかったのだが、動転してうっかり翻訳魔法を使ってしまっていた。
その事を全て悟ると、身体中から嫌な汗が染み出し、泣き声から嘔吐へと変わろうとしていた。
『うっ……、おっ、おぇぇぇ……!』
『!?だ、大丈夫ですか!?』
と、マカオンは即座にその人に寄り、体調を伺う。
『……熱はない様ですが、具合が悪い様ですね。
とりあえず安静にした方が良いでしょう』
と、その人をベッドのある個室へとゆっくりと連れて行った。
『うぅ……すみません……すみません……』
『大丈夫ですよ。ここは病院なので、面倒を見るのは当たり前です』
その人をベッドに横たわらせて、優しい声色でそう言ったマカオンの顔は一人の医者の姿であった。
『ぴぃ……、き、嫌いにならないでください……』
『嫌いも何も、そんな事ないですよ』
『だっ……だってさっき……』
と、マカオンが拒絶反応を起こした時の事を言うと、マカオンは申し訳ない様子で謝った。
『すみません。僕は女性恐怖症なのです。
なので、いきなり触れられて驚いてしまって』
『えっ』
初耳だった。
いや、たしかにその様な事は態々アポカリプシスに伝える程のものでもないのだろうが、そのせいで失態を犯した事に恥しかない。
『あ、あの。その事は存じておりませんでした。
誠に、誠に申し訳ありませんでした……』
と、その人は胴体を起こし、マカオンに頭を下げた。
『いえ、こちらこそすみませんでした。
僕も相当に酷い反応をしてしまいまして。心に大きな傷を負わせてしまい、……医者失格ですね』
『あっ!い、いいえ!そんな事ないです!
マカオン様はとても立派な医師であると存じております!そのように自身を卑下しないでください!』
『……そうですか?ありがとうございます。
その様に仰ってくださり、安堵しました』
と、互いに互いを励ましている姿を見て、ふと妙子は「なんとなく女の人に惹かれている理由が分かったわ」と、呟いた。
その呟きに対し、太郎は少し疑問を寄せた。
「女の人?なんだそれ。あの人男じゃないの?」
「えっ?」「んぁ?」
その言葉で何やら大きな違和感が生まれた。
「あの人、どう見ても……とは言わないけど綺麗な女性でしょ。太郎さんも好きそうだなと思ったけど、そんな言い方しちゃうの失礼じゃない?」
「はぁ?いやいやいや。俺も一瞬女かなって髪の長さで判断したけどあれは男だろ。
中性的だから勘違いするかもしれないが」
「「????」」
と、何やらお互いに見えている姿が違う様だ。
なのでその場にいるニコラオス、パナケイア、クローリスに訪ねてみた。どの様に見えるのかと。
すると3人はこう答えた。
『綺麗な女性だなと』
『カッコいい男性と思いました』
『凛とした殿方かと。マカオン様には劣りますが!これ、大事です!』
と、最後だけ主張が強かったが、どうやら皆、美形の人である事以外は性別の判断がついてない様だった。
女性目線からは男に見えて、対して男性目線だと女に見えている。
随分と変わった性質を持っている様だが、それはこの世界では当たり前のことなのだろうか……と太郎達はニコラオスに聞いたが、彼は首を振った。
『俺自身田舎者だから知らないだけやもしれないが、そんな人がいる事は知らなかったな。
クローリスさんはどうでしたか』
『私もその様な事象は知りませんでした……が』
と、何やら知っているような口ぶりを見せた。
『主の住む塔で勇者様の給仕をしていた際、あの方の様な人物は何度かお伺いした事がありますわ。
顔もそっくりなので同一人物なのでしょうか。
……ただ、唐突に泣き出した際はその人の人物像とは随分とかけ離れていました』
と、とりあえずこの世界の神とは関わりがあるであろう事は察する事が出来た。
そうしていると、二人の謝罪合戦は一応の区切りがついた様でマカオンが話しかけてきた。
『とりあえず彼女は一時的に動転してしまっただけで、体調が悪くなったわけじゃないと分かったよ』
『まぁ、それは良かったですわ。
……彼女、と言う言い回しが気になりますが』
「……はっ、太郎さん、今すごい事気付いちゃった」
「なんすか妙子さん」
「性別によって性が変わるって事は、本来私が女性なら、この二人がカップリングしたら実質BLになるんじゃないの……!?」
「気持ち悪いよぉ!この愚弟ぃ!」
『ビーエル、とは一体なんですか?』
と、二人の要らない言葉に関心を示すパナケイアだった。
「気にするな」『えっ、でも異世界語ですy……』
「気にするな!」『あっ、はい、すみません』
と、パナケイアには純粋な心を保って欲しい太郎は全力で圧をかけ、彼女はその圧に負け、意味もわからず引き下がった。
『それで、貴女は一体誰なんだ?』
と、ニコラオスは皆が気になっている事を訊ねる。
『えっ……と、あの、それは……』
と、言い淀み口が開かなくなった。
それをみて、その人に聞いても埒があかないだろうと判断した。
『何やら言い難い事がある様だ。
とりあえず翻訳魔法が使えるのであれば我らが主も存じておられる御仁なのだろう。
一度主に訊ねるというのはどうだろうか』
『あぁ、こちらには連絡手段がありましたわね。確かにそれがよろしいかと思われますわ。
……失礼します。貴方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』
と、クローリスは手に持った包丁を側にある台に置いた後、その人に聞いたが、しかしてそれについても答えることが出来なかった。
それをみた太郎は何となくこう言った。
「あー、もしかして記憶喪失とかなんじゃないの?」
『記憶喪失?……なる程。確かにあり得る話だね。
なら尚の事、主に報告しよう』
と、マカオンは納得した様でその人を連れ、皆で地下にある、神との連絡が出来る水晶の元へと向かうのだった。
(えっ……?なんか話が進んでるし、アポカリプシス様に報告するだって……?
まだ何も達成してないし迷惑をかけるだけになってしまうーー)
と、その人はまたも気分が悪くなっていくのだった。
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『ーーどうしたのだ』
早速連絡を繋げると、水晶からアポカリプシスの声が聞こえてきた。
『ご多忙の中、申し訳ありません。
実は、一つ問題が発生しまして。
ーーこの人についてなのですが』
と、マカオンは美形の人を水晶の前に出す。その際、随分と嫌そうにしていたが、押されては引けず、全身に嫌な汗を出しながら顔を見せた。
『す……すみません、あの、その……』
と、その人は体が固まり、普段アポカリプシスの側にいる時とはまるで違う態度であった。
『この人がこの病院にお越しになられたのですが、体の具合は悪くないのですが、自身の名前を答えられなかったのです。この方は記憶喪失を治す為にこちらに送られたのでしょうか』
『記憶喪失……?』
と、水晶の向こうのアポカリプシスは何のことか分からず一瞬黙ったが、すぐに理解して、内心笑うのを我慢しつつ返した。
『あぁ、そうなのだ。困った事に私のところでも名前は判断出来なかったので、とりあえずそちらに寄越した次第だ。
連絡をしなかった事は申し訳ない』
『いえ。主が多忙である事は我々も重々承知しております。
そして、また彼女についても承知しました。
記憶が治るまでこちらで引き取らせていただきます』
『うむ。突然のことだったので迷惑をかけるやもしれんが、給仕については問題無いはずだ。
どうかそのように使ってやってくれ』
『かしこまりました』
と、この人物についての理解が出来たので、連絡を切ろうとしたが、その時アポカリプシスはその手を止める様に言った。
『皆はもう帰ってもらって結構だが、少しだけその者に話がある。
まだ繋げたままにしておいてくれ』
と、いわれ、美形の人に対する説教なのではないかと察し、皆は地下から上がった。
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『皆は完全に去ったか?』
「はい。確認、完了しました」
『そうか。
ーーお前、ホンット大失敗したなぁ!』
と、突然ケラケラと笑いながらアポカリプシスが言った。
「あっ、あっ!も、申し訳ありません!」
『いやいや、お前は皆の中で最年少なんだ。失敗して当然だろう。
むしろあまりの大失態で笑いを堪える方が辛かったくらいだ』
「そっ、……それは、申し訳、ございません……でした……?」
美形の人は謝るべきなのかどうかよく分からず素っ頓狂な返しになった。
『まぁ、そう気負うな。
異世界では神の顔も三度までと言う言葉がある。
たかだか一回の失敗で怒るほど度量は小さくない。
むしろ全ての世界で一番優秀な神を目指しているからね。たった三回で限界を迎える他所の神とはそもそも器が違うさ。
それに、最初に言ったじゃないか。
お互い楽しもうって。
こんな体験は滅多にないぞ。楽しめ楽しめ!』
と、アポカリプシスから励まされ、その人は感涙を流した。
「あっ、あっ、良かったです……。私、てっきり嫌われているものかと……」
『ほらほら泣くなって。
とりあえずこうなったら作戦変更だ。
記憶喪失のフリをしながら皆に近付き、隙を見てガラスについての記憶を消すんだ。良いな?』
「はい!分かりました!」
『うん、宜しい。
それでは、頑張ってくれ』
と、そう言うとアポカリプシスとの通話が切れた。
「アポカリプシス様……。私、頑張ります!」
と、どうやら自信を取り戻した様子で地下から上がるのだった。