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異世界転生のみならず転性しちゃいました  作者: kilight
その① 睡眠欲のクスィピニーステ
28/49

EX episode.1 急-後

本当に遅れまくってすみません。

「しかし、なんでログハウスを作る事になんだよ?確かテレポート出来たよな?」


 ログハウス作りの為、高杉、剛、木下教諭の三人が森に向かう中で剛が問うた。

 実際、アポカリプシスから貰った水晶によってアンプラティアまで飛んだのだから、馬車が使えないとしても帰ることは出来るはずだが……。


「それは無理だ」

 と否定したのは勿論高杉である。何故かと聞けば、高杉は一息ついてから語り出す。



「まず、あのテレポートは魔法の一種だ。それはつまりプネウマの放出を意味している。ただでさえ魔法を使うと居場所が特定されると言うのに、道のりまで教えてしまっては残している生徒にまで被害が及ぶ可能性がある」


 そう、たとえ早くあの拠点に辿り着いたとしても、今目につけられたであろう状態で無闇に魔法を使えば畳み込まれてしまう可能性が高いのだ。


 頼れる味方のニコラオスが大きな傷を負い、その上でいつもの倍以上のクスィピニーステを他の身内を庇いながら相手にするのは不可能に近い。


「……ならばアポカリプシスに更なる支援を求めれば良いのでは?」

 木下教諭もそう尋ねるが、それにも高杉は頭を振った。


「いえ、木下教諭。おそらくそれも不可能でしょう」

「何故?」


 高杉は皆がいるアンプラティアにやってきた兵士の数と練度を思い出す。


「おそらくこの世界において、兵士はあまりいないのでしょう。おそらく警備隊程度の規模と練度でしか無いはずです」


 その発言の後に声を出したのは剛でもなく木下教諭でもなく、高杉の荷物にあった水晶からだった。

 その声の主は勿論、アポカリプシスである。

『へぇ、なんでそう思うんだい?』


「単純な話だ。まずニコラオスさん。あの人は長年兵士を勤めているわけではない。今回の件が終わったら故郷に帰るという話を聞いた。詰まるところ、即席で呼ばれたのだろう事が伺える。

 第二に、これは20年後に始まる見立てだった事。よもや20年も前倒しになるとは想定してなかったのだろう。敵もいない状態で質の高い兵を暴動させずに保つ事は不可能だ」


 高杉がいい終えて、しばらく沈黙が流れる。

 そのしばらく後に水晶の向かうから笑い声が聞こえてきた。


『いやはや!バレていたとは恥ずかしい。……そう、実際に今この世界における兵士はかなり質が低い。もう2000年も前に国の統一を成してからというもの、兵の扱いには大変困っていてね。本来なら5年前に準備をするのだが、案の定この始末だ』


 笑っているのはアポカリプシス一人のみ。他の人は苦い顔しか出来なかった。


「そんな……。それじゃ本当に……」


『そう、君達の活躍を頼りにしているんだ。……それにね、何もクスィピニーステだけを対処しているわけではないのさ。今、残りの兵はプリーズィ……君達の次の敵を抑え込んでいる。とてもじゃないが兵を送れそうにない』


「……高杉。それも予想済みなのか……?」

 アポカリプシスの話の後、剛が高杉に問うが、高杉は少し口を濁した。


 それも高杉は予想していたが、それは最悪なパターンだったのだ。


 舌打ちの後、高杉はアポカリプシスに言う。

「とにかく医者だ。ニコラオスさんを治せる医者が欲しい。生徒の多くも負傷している。3日後までに用意がして欲しい」


 高杉が今一番危惧しているのは破傷風という病気である。

 土壌などに眠る毒素が人の傷口に侵入し、およそ3日から21日の潜伏期間を経て発症する。

 この病気の恐ろしい所は、10日で約60%から90%の確率で死に至ってしまう事にある。



『3日と言わず、明日の早朝にでも送ろう。君達の事態は把握している。

 さっき信頼出来る医者が応答してくれた。今からその医者を馬車と共にアンプラティアに向かわせる。今日はそれまで持ちこたえて欲しい』


 少しの冷や汗の後、3人は頷いた。


『大丈夫、本当に信頼出来る医者だ。君達の世界で言う破傷風も、完治出来る技量が彼にはある。それはもう、後遺症も残らない程にね』

 それを聞いて、真っ先に安堵したのは高杉である。医師を目指している為に症状の重さを理解しているのもあるがそれ以上に。


 人をまとめていたのに負傷者が出てしまった事に責任を感じていたのだ。

 それは剛も木下教諭も同じ気持ちだ。


『だからまぁ、心配事はと言えば、君達の安否だ。今晩は君達だけであのクスィピニーステを相手してもらわないと行けないのが本当に申し訳ない。

 家を作るのはとても正しい。が、それで耐え切れるかどうか……』


「耐え切って見せるさ」

『おっ?』

 そう言ったのは高杉だ。それにはアポカリプシスも水晶の向こう側で目を見開く。

「そして、クスィピニーステの攻略も図る」


「……そんな事出来るのかよ」

 剛は訝しんだ表情で高杉を見つめる。


「あぁ。……お前の魔法を見て確信した」


 高杉らしくない言葉が出てきた。剛の良い部分を理解しながらもそれを本人に対して口にしなかった彼だ。そんな彼がそこまでいうのは珍しい。


「お前は無理だと思っているのか?」

 真っ直ぐに剛を見る高杉。

 それに剛はニヤリと笑ってこういった。


「ンなわけねぇだろ。俺は最強だからな」


 木下教諭は、普段喧嘩ばかりする二人のこの姿を見て、微笑みが隠せなかった。


『要らない心配だったようだ。なら任せたよ』


 アポカリプシスはそう言って、それ以降水晶から音は流れなくなった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「とりあえず杉の木をやたらめったら切り落としたが、……この後はぁ……と」


 魔法によって切断というよりねじ伏せる形で次々と杉の木を倒し、魔法によってそれを持ち帰る作業を繰り返し、わずか10分で整地と木材の回収を達成した。


(これは凄いな……。よもやこの程度の時間でここまでの事が出来ようとは)

 高杉は1人魔法の利便性を痛感した。

 重たいものも軽々と持ち上げ、整地も併せる様に出来上がる。


(一日前と魔法を使う感覚もかなり変わった……。あの時、ニコラオスさんが危機に瀕した時からだ……)


 明らかに体内に流れるプネウマの量が違う。

 その理屈を考えるのであれば、恐らく怒りが関係したのだろうと予想する。

 しかし、この状態にまで成れたのは高杉と剛のみ。

 ……いや、剛の方が多分に上回っているだろう。

(脳内ホルモンと何か関わりがあるのか……。仮にノルアドレナリンと呼ばれる、危機感知を促すそれがプネウマと繋がりがあるのならば……)


 その様な事に頭を回していると、剛が大声で高杉を呼んだ。


「おい、聞いてるのか。これからどうやって家を作るんだよ」

 剛の声で我に帰り、相槌の後に木下教諭と合わせて説明をする。

 作り方は、丸太組み工法と呼ばれる、丸太に欠き込みを入れて井桁の様に積み上げていく方法だった。


 剛はイマイチ理解し切れなかったが、木下教諭は充分に理解を示したので、剛には欠き込みの作業に就かせ、木下教諭と高杉の2人で組み上げていった。





「すげぇ、本当に出来たぜ。ははっ、おもしれぇー」


 完成までにこれも10分。半分は剛の労力のおかげであるのにまるで他人事の様な感覚でいた。


 実際、木に触れた回数は少なく魔法で持ち運びが出来た為に、体感として味わえなかったのだ。


 そして、このタイミングに合わせて間藤がやってきて、ログハウスを見て驚きの表情を見せた。


「わっ、凄い……」


「だろぉ!?すげぇよな!」「うん!」

 間藤は笑顔で頷く。それだけでも剛は気分をより良くするものとなった。


「所でどうしたんだ?何かあったのか」

 高杉が聞いて、間藤も気を取り直して伝えたい事があると言った。


「ニコラオスさんの意識が戻ったよ。高杉くんに話があるって」

「何?……わかった、すぐ向かう」




 そうして、高杉はニコラオスの元に向かった。

 彼は横になったまま、とても苦しそうな顔で、しかし高杉を見た瞬間に優しく笑いかけた。

 出血量は他のみんなとは別物で、どう見たってそのような表情を向けれる状態にないはずの男に、高杉は彼の思いに応えるように同じく優しく笑い、そばに膝をつく。



『タカスギ……来たか……』


「……、ニコラオスさん、あまり無理をしないでください」

 ガーゼで傷口を塞いでも垂れる血の生々しさに嫌でも目が向いてしまう。まだ安静にしなくてはいけないのは誰の目から見ても分かる。


『あぁ……、分かってる。しかし、これを渡さないとな……』

 ニコラオスはそう言って腰ポケットにあるものを取り出そうとし、それが出来ないので高杉に頼んだ。

 言われたように中にあるものを取り出す。

 そこにあったのはビー玉のような透明な球だった。


「これは?」

『……魔導球と言う……、自分でプネウマを使わずに魔法を使える、道具だ……。

 それを割るとそこから火が出る仕組みになっている……。俺はこれを、陽動などに……使っていた……。有効活用して、くれ……』

 そう言いながら、徐々に声色が弱くなっていくニコラオス。

 最後に、彼はにっこりと笑った。

『お前たちなら勝てると……俺は信じている……。頼んだぞ……』


 そう言って、ニコラオスはもう一度眠りについた。

 それがあまりにも死の間際の様だったので、慌てて心臓に耳を当てる。


 ドクン……ドクン……、とまだ音が鳴っているのが分かって高杉は大きなため息をついて安心した。


「ニコラオスさん……、えぇ、勝って見せます」


 高杉はそう言って、心の中で覚悟を決めるのだった。



 その後、どこからか抗議をしている声が聞こえてきた。

 その方向に目を向けると、そこには柔心が剛に何かを叫んでいた。その柔心の側に間藤がなだめる様子が見える。



「何があったんだ?」

 高杉は彼女らの元に向かって訊ねた。すると柔心は少し涙目ながらに剛に指を向けた。


「私はまだやれるのに、にーさんが連れてってくれないんだよ!私は平気なのに!」


「平気なわけないだろ。怪我を負ったのに向かわせられるか」

「でも!……ねぇ!マナもなんとか言ってよ!」


「……えっと、その……」

 間藤は困惑の面持ちだ。実際柔心の頼みは応えたいのだろうが、彼女もまた柔心が心配なのだ。


「ニコちゃんはあの時みんなを庇ったせいで怪我をしただけだから……その……」


 言った所で言い淀んでしまう。どのような理由であっても怪我をした事実に大丈夫だとはいい難いのだ。


 それをみて、柔心は高杉に目を向ける。その面持ちは悔しさに満ちていた。

「柔心、もういいだろ。お前は大人しくしてろ」

 隣で剛は我が子を宥めるようにいい聞かせているが、しかし柔心は従わない。


「高杉くん、どうしよう……」

 間藤も困った表情になって高杉の方を見た為、高杉は柔心の傷を見る事にした。


「……これは」

 しかし、驚いた事にそこには傷は一つも無かった。その代わりに打撲の跡が大きく残っていた。


「柔心は殴打されたのか?聞いた話だと確か斬られた筈だが……?」

「うん、それがね。服がとても丈夫だったのか切れてはいないんだよね」

「ほう……」

 それを聞いて、高杉は破傷風の恐れが無くなった事に一番安堵していた。

 恐らくは他の皆も、アポカリプシスから貰った服のおかげで怪我は負ったものの死に至る可能性は極めて低くなっただろう。


「ほら!だから私は大丈夫だって!ね、高杉君もにーさんに言ってよ!」

 柔心はその打撲跡を隠しながら高杉に訴えた。

「おい、高杉、変な事は言うなよ?」

 剛もまた高杉に言った。


「……」

 高杉はしばらく考えてから、腰を上げた。


「今回柔心は安静にする様に。それでいいな」


「……なんで!」

「その怪我、今は痛むか?」

「こんなの平気だよ!私はやれるから!」

「……痛むという事でいいんだな。なら冷やして安静にした方がいい」

 そう言って高杉は側にあった濡らしたタオルで柔心の傷を冷やした。


「なんでよ……っ、私は……」

「これから先頼る事になるからこそ、今は安静にして欲しい」

 普段と変わらない顔で、高杉はそう言った。

 が、対して柔心は顔が赤くなっていた。

「……えっ、た、頼る……?」

「当たり前だ」


 本気で言っている事が分かる表情に、柔心はますます赤くなる。

「……な、なら……うん、安静にする……」

 そう言って柔心は顔を伏せて大人しくなった。



 その事が気に食わない様子の剛は最高に不機嫌な顔で眉と口をへの字にした。

「……けっ!けっ!けっ!」

「どうした、いきなりアマガエルの真似なんてして」

 他の人の手当ての準備をしながら、唾を吐く様にしている剛に指摘をした。

「真似じゃねぇよ!お前が最高にキモいってんだよぉ!」

 剛は高杉に指を指しながらそう叫ぶのだった。


 その姿に間藤は苦笑いを浮かべていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の午後3時半。

 もうすぐ暗闇に包まれる。そうすればあのクスィピニーステは先ほどまで魔法を使っていたログハウスに集まる事だろう。

 それをどう対処するのか、剛は聞いた。


「この夜中の時間はどうやって守るんだ?」


「見張りを立てる」

「つまり、俺の出番だな?」

 剛は肩を回して準備体操をし始めるが、高杉は頭を振る。

「いや、鬼塚は明日の作戦に必要になるのでしっかり休んでもらわないと行けない」


「なんだと?なら誰が見張りに付くんだ?」


「俺がやる」


 高杉はそう言った。その事に間藤達は驚きを隠せない。それもそのはず、翌日の攻略も高杉を頼りにしていた為である。

 何より、この晩はこれまでの襲撃とは訳が違う。恐らくはクスィピニーステに目を付けられたであろう上にすぐ近くにいるのだ。

 苛烈を極めるのは目に見えている。


「なら私も……」

 間藤は言ったが、高杉はそれを断った。

「間藤もしっかりと休んで欲しい」

「でも!」


 間藤は抗議しようとするが、そこに剛が割って入る。


「待て間藤。……高杉、お前」


 剛は高杉の目を見る。

「出来るのか?」


「あぁ」


 高杉の瞳には一切の迷いも不安も無かった。真っ直ぐな視線は槍のようで、意志の堅さを剛は感じ取る。

 そして、返事を聞いた剛は笑う。


「……へっ、そうかよ。おい間藤、さっさとログハウスに戻るぞ」

「そ、そんな……でも」


「なぁに、心配すんな。こいつがダメなら俺がかわりに雑魚どもをぶっ飛ばしてやる。安心しろ」

 剛は高杉に顔を向けて言った。


「そうだ。鬼塚の出番なんて一切ないまま終わるからしっかり休んで欲しい」


「テメェ、言うじゃねぇか」

「真実を言ったまでだ」

 2人の間に火花が飛び交う。


「かーっ!だからこいつは嫌いなんだよ!」

 そう言って鬼塚は未だ外に寝かしてる怪我人をログハウスの中に入れるように無傷の生徒達に指揮をしながら動いた。


「間藤も鬼塚の手伝いをしてやってくれ」

「……もう、分かったよ。信じてるからね」

 間藤も諦める様に鬼塚の後を追う素振りをする。が、ある事を思い出し、高杉の元にすぐに戻ってきた。


「?どうした?」

「その水晶、少し借りていいかな?」

 間藤は高杉の持っていたアポカリプシスとの通信が出来る水晶を求めた。

「何に使うんだ?」

 問いながらも、間藤に水晶を手渡した。

「少しアポカリプシスさんに教えて欲しい魔法があるんだよね。今アポカリプシスさんはいるかな?」

 と、間藤が水晶に声をかけると、アポカリプシスの声が聞こえてきた。


『あぁ、いるとも。魔法が知りたいんだね?何でも聞くといい』

 アポカリプシスの声は少し明るめに聞こえた。

「よろしくお願いします。それじゃ借りるね」

 間藤は高杉に手を振ってからログハウスに戻っていく。



 それと同時にたちまち空が暗くなって行った。

 高杉はそんな空を見て深呼吸をする。

「さて……」

 瞳の視線は空からあの洞窟の方へとゆっくり下ろしていく。

 そして、高杉はログハウスに魔法をかけた。

 風と空気を操って、ゆっくりと持ち上げる。それが森の木を越えるほどの高さになってから、空気の壁で固定した。


(問題はないな。……燃費は少し気になるが)

 地面からも出て来るクスィピニーステの事だ。下手に地に着かせる事は出来ない。

 その上でクスィピニーステを放置する事も出来まい。彼らとて多少の知恵はあろう。弓矢などで襲って来る事を予想して地上で応戦し、ヘイトを稼ぐ必要がある。

 だが、それを与した上でこの燃費の悪さには不安が否めない。


「鬼塚!少しいいか!」

 なので、高杉は上空にいる彼を呼びかける。

「あん!?なんだ!早速ギブかよ!」

「他の運動部の誰でもいい!数人この家の空中維持を任せたい!頼めるか!」

 それを聞いて、鬼塚は中にいる信頼出来る部員を呼びかけ、二つ返事で頷いた。

 それを聞くや否や、すぐ様高杉に伝えた。

「余裕だとよ!後は問題ないな!」

「あぁ!」


「……ふふ」

 2人の姿を見て、間藤は思わず微笑んだ。それを隣の柔心は見てどうしたのかと問う。

「だってね、あんなにもいつも喧嘩してるのに、こういう時はとっても信頼しあってるんだよ。なんか嬉しいじゃない?」

「マナってさ、時々2人のママのような事言うよね」

「えっ、そう?」

「……まぁ、でもそういうのは分かるなー。いつもこうだったらいいのにとも思うけど」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 もうすぐ来るクスィピニーステを前に高杉は、ニコラオスが倒された時のことを思い出す。

 怒りは未だに燻っている。プネウマの漲りを感じる。


 高杉の精神が洗礼されていくのを感じ、覚悟を決める。


 そうしていると、森の中から1人やってきた。

「高杉先輩……、私も戦わせてください」


 そこにいたのは舞元だった。


「何故ここに居るんだ?」

 高杉は尋ねる。しかし、聞かずとも高杉は、そこにいる理由をどことなく理解していた。


「それは……その……。私のせいでこのような事になってしまったので、だから……」

 舞元はあの洞窟内で悲鳴を上げてしまった事が未だに引きずっていた。

 アレのせいで多くの人が傷付き、頼れるニコラオスにも再起不能な程の重症を与えたと、そう思っている。

 生徒会長であるにも関わらず、と言う自身の立場も相まってそれは舞元をここに立たせる理由となった。


「あれは仕方のない事だと鬼塚も言っていた筈だ。気に病む必要はない」

「でも!私のせいである事には変わりがありません!」


 舞元は気にするな、と言う言葉は聞き入れる事は無かった。

 ……ただ、その事は高杉も理解出来る事だった。

 例えその事を他者に言われようと、その心はその人の物だ。決して理解は仕切れず、理解されているとも感じ得ない。


「そうか。……なら自分でケジメを付けるといい」

 こうなったのであれば、当人が納得出来るまでやらせるのがいいと思い、舞元をその場に立つ事を認めた。


 そうして、散々魔法を使いクスィピニーステが来る格好の場所に、高杉と小柄な舞元の2人がそこに立つ事になった。




 遠くから関の声と地響きが鳴る。遠方を見据えれば、そこには骸骨の大群が押し寄せていた。

 クスィピニーステはあの洞窟内にいた頃とはうって変わって凶暴で、更に数も尋常では無かった。

 恐らくはあの時見た死体の底にはまだ無尽蔵にいたのだろう。

 それだけで押し潰されそうになるが、引く事も出来ない。

 高杉は隣に立つ舞元の表情が強張り、体が震えているのに気付いた。


「『人生は芝居のごとし。

 上手な役者が乞食になることもあれば大根役者が殿様になることもある。

 とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし』」


 言い聞かせる様に高杉は舞元に言う。


「これは福沢諭吉の言葉だ。意味は分かるか?

 簡単に言えば、気を落とさずにとにかく懸命に生きるべき、という言葉だ。

 奮い立たせろ、己を。この舞台には俺もいる。

 俺と舞元がこの軍勢を退けると言う活劇だ。

 舞元は自身のやれる事をやればいい」

 高杉はクスィピニーステの関の声に対して、暴風の魔法で薙ぎ倒し、それによって軋む木の幹の根の音でこれを関の声とした。

 近付いたクスィピニーステ達が次々とバラバラに散り、遠くへと吹き飛ばされていく。

 その鮮烈な光景に舞元は見惚れた。


「……先輩はやっぱり凄いです。なんでも出来ていつも冷静で……。私も先輩みたいになりたかった」


 舞元は心からの言葉を吐露した。憧れの先輩の後ろ姿は彼女の目にはまるで鍛え抜かれた潔白な騎士の様。

 しかし、高杉はその言葉には訝しむ事があった。


「……俺の様に、か。……俺なんかの様になど成らなくてもいいだろうに」

 高杉も思った事が吐露する。高杉という男は、実際の所自己評価の低い人間である。


「舞元は、親とは仲良くやっているのか?」

「は、はい!とても!」


 それを聞いて、高杉は少し表情が冷たく成っていく。


「なら、そのままでいい。人は身近な人に認められるだけで十分に生きていける。それを持っていると言うのなら、それ以上欲する必要もないだろう」

「で、でも、先輩の様にカッコよくなりたいんです!」


「格好いいか……。その様な事、一度も考えた事は無かったな」

 その言葉に対して高杉は嬉しさなどとは言えない負の感情を抱く。

 思えば高杉は不思議と周りから畏敬され、羨ましがられていた。

 時には疎まれた事もあったが、そのどの感情も高杉には理解が付かなかった。


「俺は成る可くして成ったわけでも成りたくて成った訳でもない。成らざるを得なかったからこう成っているだけに過ぎない」

 暗い感情を払拭する様に、次々とクスィピニーステを薙ぎ払っていく高杉の魔法は次第に大きく乱暴になっていく。


「それは一体どういう……」

 舞元が聞く前に、高杉は矢継ぎ早にいう。


「……深い意味はない。だが、俺の様になど成らなくてもいいという事だ。……それでもなりたいと言うのなら……」


 高杉はこれまで以上の魔法で目に見える全てのクスィピニーステを蹴散らす。

「生半可な憧れではなく明確な理由を作る事だ」


 高杉は舞元に目を向けて言った。その高杉の目はとても冷え切っていたが、舞元に対しての怒りなどではなく、『生きるツンドラ気候』として皆に畏怖されている高杉の目だった。


 舞元はその目を見る事が怖かったが不思議と目を離す事は出来なかった。


 それは何故なのだろう……と、舞元は理由を探し、ふと気付いたのだ。

 高杉の目の内にある孤独と憂いを。

 それが果たして何が原因なのか。優れた両親を持ち、本人も才に恵まれ、それで何を求めているのか。


 舞元にはまだ理解の範疇には無いが、ただこの『ツンドラ気候』と畏怖されていた先輩の面影は、この時、まるで別のものに変わっていった。


 そこにあるのは背伸びをした少年の様で、ともすれば簡単に転がってしまいそうな風貌に思えた。


「……くっ、囲まれたか……。先の声は全て陽動だった訳か」

 ふと意識を戻すと、そこにはクスィピニーステが円を囲って剣を構えていた。

「舞元、しゃがめ!」「!」

 ひと息つく間もなく、言われたとおりに舞元は背を低くした。

 それに合わせ、高杉も風で薙ぎ払っていく。

 しかしそれも束の間、次々とクスィピニーステが文字通り地面から湧いて出てくる。

 それに合わせ、高杉も対処が次第に遅れ始める。


 なのに、舞元はろくな魔法も使えず呆然と立つのみ。多少の武術を身につけても、この場では無意味であった。

 ……また足を引っ張る。

 その事が舞元の脳裏を過り、かぶりを振った。


「明確な理由……」


 高杉先輩の言葉を改めて考えてみる。

 彼にとっての理由は、想像だに尽くし難い事なのかもしれない。

 言葉の通り、ただの憧れだけでは足りないのかも知れない。


 ……けど。


(私にだってある。憧れを本物にしたい理由が)

 背が低いというだけで自身を低く見る者たち。舞元にはまだ早い、まだ足りないと散々馬鹿にされてきた。

 ……もちろん、それはもしかしたら彼らなりの思いやりなのかも知れないし、それに対して怒りを向ける事はない。

 だけど。だけれども、この憤りは燻ってしまう。自分がもっとやれる人間であるならばその様な事を言われずとも済んでいた。それが出来ない自分があまりにも不甲斐なくて、悔しいのだ。


 だからいっぱい勉強した。いっぱい運動した。いっぱい活動して、ようやっと生徒会長の座に座れた。

 それが例え皆が引いて残った席だとしても、今ある役職がその証なのだ。


 ……ただ、その席の重さたるや。それが余りにも押し潰されそうだったから迷ってしまっていた。


 だけど、その席に座ってた人の瞳の内側があの様な姿なのならば。

(似ている……)


 舞元もまた、背伸びをするしか無い。低いのならば高く高く見せるしかない。

 生半可な気持ちは切り捨てないと行けないのだ。例え転がりそうでも、伸ばさなきゃその高みの景色は見えやしないから。


「成らなきゃ成らない!あぁだのこうだのは転んだ後に考えちゃえ!今は私の知らない高みに登るんだ!」


 舞元はその時、プネウマの流れが変わったのを脳髄から足の血管まで感じ取った。


 目まぐるしい世界に振り落とされたような感覚で酔いが回る。

 しかし、明確な目的は未だハッキリと映し出されている。


 舞元もまた、空気を引っ張るような感覚でプネウマをその手に宿し、なぎ払う。

 それは紛れもなく、高杉と同様、同等の魔法であった。逐次高杉の遅れを取り返す仕事をこなしていく。

「先輩!私もやれます!」


 その小柄な体躯は大きく動き、高杉と肩を並べれるほどの存在感となっていく。


「お前にも合ったようだな、明確な理由というものが」

 高杉はただそう言ってクスィピニーステの対処に目を向けた。

 それは冷たくあしらったからではないことを舞元も理解していた。

 心配する必要がなくなり、信頼へと変わったからである。




「……それでも、私はやっぱり思います。高杉先輩はカッコいいって」


 日がようやっと明けた午前3時ごろ。

 周りには静寂が訪れていた。

 足元には散乱した骨。木々は痛み、この葉を落とす。

 そして、朝露によって垂れる水滴。


 2人は無事この骸骨の津波から1人の怪我人を作り出すことなく生還できたのだ。


 髪や服は乱れ、瞼が重くなっている両者は互いに顔をみる。

「この様でもか?」

 高杉も神経をすり減らし、クマが出来ながらも言った。

 その後に舞元が「はい!」とぐしゃぐしゃの顔で笑って言ったので高杉も思わず笑うのだった。



 同じくこの時間まで起きていた数人の運動部員はログハウスを空気の壁から降して一息つく。

 頭が少し回らなくなっているのを実感し、ログハウスへとゆっくり歩いていく。


「さて、俺たちも休憩に入ろう」

 実に11時間の格闘を繰り広げていた為、流石の高杉も限界を感じていた。

 ログハウスに入ってすぐ横の壁にもたれてすぐ、高杉は眠りについた。


 舞元も後に続いてログハウスに戻ろうと歩いた時、周りの骨が地面に埋れていくのが目に映った。


「……っ」

 ゴクリ、と唾を飲む。例えどれほど薙ぎ払っても本体を倒さなければ本当の終わりではない。

 それを舞元は改めて理解した。

 震える足で帰ろうとするが、すぐにでもその場で寝たい気持ちが抑えられない。

 目眩と共に倒れそうになった時、「お疲れ様でした、舞元会長」と、種島が受け止める。

 しかし、舞元はもう限界のようで寝息を立てていた。


「舞元会長も、凄くカッコ良かったですよ」

 種島はそういいながら舞元を抱えてログハウス連れて行くのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 憎い、憎いーー。

 私はあの偽善者を許さない。いつか必ず仕留めてやらねば気が済まぬ。

 赦せぬ、赦せぬーー。

 この世界を構築する全ての事象を認めぬ。

 認めぬ認めぬ認めぬ認めぬ認めぬ認めぬめめめめめ遘√?縺ゅ?逾槭r閾ェ遘ー縺吶k螂エ繧呈ョコ縺輔?縺ー縺ェ繧峨↑縺??

 縺昴@縺ヲ縲∵?縲?r邇ゥ蜈キ縺ョ讒倥↓謇ア縺」縺滉ココ縲?r谿コ縺輔?縺ー縺ェ繧峨↑縺??縺?縲…………!!!!


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……っ!」


「おっし!せっかく高杉クソ野郎が御膳立てしてくれたんだ。さっさとクスなんたらを倒しに行くぞ!」


 午前7時に鬼塚はそう息巻いた。

「誰がクソ野郎だ鬼バカ」

 ログハウスの中から高杉は頭を抱えながら出てきた。

「高杉くん!あんまり無理しないで」

 そんな高杉を間藤は放ってはおけず、肩を支える。しかし、高杉は不要であると遠慮した。

「あの場にいくよりも先にやることがあるだろう」


「あー、……なんだっけ」


「ニコラオスさんや怪我した人の手当のために誰か連れて帰る事だ」


「……あぁ、そうだな」

 剛も柔心の事は気にかけている。ただ、血の登りやすい彼は主悪の根源を潰したいという事に気をかけてしまっていた。

「誰が連れていく?とりあえずあの水晶が有れば飛べるんだよな?」

「そして、それを任せる以上、信頼の出来る人に連れて行って欲しい……となると」

 高杉は間藤に目を向けた。

「頼めるか?」

 間藤は出来ればついて行きたかった感情があるが、それを振り払い肯いた。

 状況の説明や手当てなどを適切に出来るのは間藤や教師の木下くらいのものだ。

 更には女性の手当てはこれまで間藤が担当していた。それをまとめると間藤が1番妥当なのだ。


「あんまり無理はしないでね。高杉くん、剛くん」

「「ああ(おう)」」

 2人の返事を聞いて、間藤は怪我人たちの元に向かい、あの瞬間移動の呪文を唱え、飛んでいくのだった。




「んで。お前が今起きて一緒に来られても役に立つとは思わないんだが?」

「あぁ。戦うのは無理だろう。どうもプネウマというのは使いすぎると体調不良を起こすようだ」

「なんだと?」

「感覚としては貧血に近い。気力が削ぎ落とされたかのように感じる。お前もあまり多用しない方がいい」

 そう語る中でも嗚咽混じりの高杉を見ながら、剛は気を引き締めた。


「とりあえず今日も様子見がしたい」

「それで何が出来るんだよ。……つーかあんな数を対処しながら本命ぶっ潰すとかどうやっていたんだよ、昔の奴らは」

 それは確かに気になる所ではある。

 今回は異例なのだろうが、あの無数の数のガイコツを処理したからといって、本命がどこにいるのか分からないのだ。

 力を使いこなしたとしてどの様にそこまで辿り着いたのか。


 高杉はニコラオスから貰った魔導球を取り出す。

 ニコラオスがいうにはこれを割って飛び出たプネウマを使って引き寄せていたという。


『ドミ プロスロスィシシィの木の実を潰しに行っているのさ。ーープネウマが大量に放出されている場所に向かう性質があるんだ』


「……」

 ふと、一つの妙案を思いついた。

「実験してみる必要があるな」


「あん?何がだ?」

「もしかしたら出来るかも知れないぞ。本命を仕留める方法という奴が」

「なんだと」

「その為には沢山の数と時間が必要だ。そしてこの場には運動部部員しかいない。彼らを纏められるのは鬼塚、お前しかいない。皆をまとめてくれ」


「何をするんだ?」

「まぁ、待て。一度試したい事があるんだ」

 そう言って高杉は川場に向かい、水を桶に組んだ後ドミ プロスロスィシシィの木の実を潰してオケの中に入れた。

「なにやってんだよ?」

 高杉はこの桶にある実験を試す。

「……!おい、何をやったんだ。魔法……じゃないんだよな?だってプネウマは水に溶けるんだから」


「そうだな。溶けるというのは間違いじゃない。だが、原理は理解したぞ。これは科学の延長線上にある技法だ」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから5日の時をかけて、高杉の計画が進められた。


 計画進行の為の指示は鬼塚が。そして、その準備の為の基材を木下教諭が管理し、夜間は高杉と舞元の2人で死守した。

「用意は出来ましたか?」

 もはや夜行性の生活に変わってしまった高杉が午前11時に起き上がり、木下教諭に尋ねる。


「うん、出来ているよ。……しかし、これで本当にまとめて倒せるのかな」

「ええ、きっと」


 2人は下準備されたものを見やる。


 そこには山ほどにあるドミ プロスロスィシシィの木の実と、遠方の川から洞窟にまで続く水を流す為の台が組み立てられていた。

 水の流し台は全て木製で、本来なら精巧な技術が必要ではあるが、魔法の力というものは凄まじく、竹の様な空洞を作る事が可能だったのだ。


「よもやここら一帯の森林を全て伐採するとは思わなかったよ。そして、川から洞窟に水を垂れ流すともね」

「可能ではあると思っていますよ。この準備も魔法を使えばスムーズに済む事はログハウスで実証されました。ここまでの水路を組み立てるのも指揮がかの英雄がしているとなれば十分に奮ってくれるとも。後は……」


「まぁ、あれだよね」


 肝心の流し台の幅が狭い事、そして何より水を持ち上げる為のポンプの存在である。


 そこには、トロッコの鉄を無理やり伸ばし歪ませて作り上げたポンプを必死に漕ぐ英雄たちの姿があった。


「ちっくしょぉおおお!」

「さすがは英雄」

「黙れぶっ殺すぞオイ!」


 川に大きな穴を作り池を用意し、そこにポンプを刺して、水の流し台へと持っていく。

 これが高杉の考えた計画の一部である。

「急げ。午後4時にはあの中を水で満たさなければならないのだから」

「ザッケンナヨテメェ!こんな事に意味はあんのかよ!もっと他に楽な方法あんだろ!」

「ないからやっているのだ」

「嘘だ!だって水である必要性がないだろ!」

「あるからやっているのだ」


 人力で水を流している剛は訴えるも聞く耳を持たない高杉。

「でも、なんで必要なんだい?あの骸骨たちは水の中でも動けると言っていたじゃないか。それにあの木の実だって、水に溶けるだけじゃないか」

 木下教諭も、この重労働を見てその真意が知りたかった。


「その為です。水に溶ける事が大事なんです」

「どういう事?」

「……まぁ、見た方が早いでしょう」

 高杉は剛に目を向けた。


「鬼塚、もう誰かに変われ。お前はこの後大事な仕事がある」

「またクソ労働か?」


「クスィピニーステを潰す仕事だ」

 その言葉を聞くや、剛は疲れ切った顔から笑みを浮かべる。

「それを待ってた」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……?一体なんだ?妙に仕事場にざわめきたつ。

 他の皆も無意識に立ち上がり、あの地獄の中に出たがっている。

 次々と皆が篭り眠るのをやめている。まだ我々の時間でもないのに何故だ?


『……これは』

 [私達]は異様に惹かれていた。あの憎むべき死屍累々の墓場に。怨念の子守り場に。

 そして、そこにあったのは、驚きというよりも呆れに近いものだった。

『馬鹿め。水で満たせば我々も溶けるとでも思っていたのか。我々のプネウマは骨髄に内包されている。そんなことも分からないとは……』

 もうすでに起きた。つまり空に闇がまたやってくる。我々の時間だ。


 ……しかし妙だ。下らない筈なのに、何故かこの場から離れ難い。まるで心の鎖で拘束されているかの様だ。

 これは一体……。

『……。いや、……、っ!まさか、そんな馬鹿な事が……!』

 それに気付くも遅し。突如として水が津波の様な振動を起こし、たちまちのうちに気化していったのだ。


「これがお前がやりたかった作戦か」

「そうだ。プネウマで満たされた水であれば、プネウマに引き寄せられる性質のあるクスィピニーステは間違いなく等しく皆あの水の中に現れる。

 そして、5日前に実験した通り、水に溶けたプネウマは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 午後3時になるギリギリまで、水を洞窟内に注いだ後、木の実を潰しつつ水で満たされた洞窟内に投入する。


 その後、満たされなかった分の面積と出入り口を高杉と舞元の2人が魔法で埋めて密封した。

 その際、高杉は魔導球をその密封された空間の天井に軽く埋め込んだ。

 そして、1時間待ってクスィピニーステが出来きったであろうタイミングを見計らい水に対してプネウマで振動を促したのだ。


「水を電気分解する様に、プネウマを振動させて元素をバラバラにした、という事だね」

「はい。そして分解されたら、そこに残るのは水素と酸素とプネウマだけ」

「そんであのプネウマは元々粘度最高の素材……!」

「本来液体の粘度は温度が高い程弱まるが、ことプネウマにはその法則性はない。……つまり」




『そ、そんな事が……!』

 案の定、外に出てきたすべてのクスィピニーステが今立っている場で文字通り拘束されたのだ。

 その木の実の協力な粘度はそのままに、関節部同士が固定されてしまった。

 地面の中に潜ろうにも動けない。

 そして、高杉はそこに更なる追撃を用意していた。

 天井に埋められた魔導球をその土塊ごと落とした。

 それはクスィピニーステにとってはとても短く、しかし長く感じた。

 察したのだ。あの魔導球が火を起こす為の道具である事を。何度も見慣れた道具だったが故に。


 魔導球が地面に衝突する。

 たかだか瓦礫が落ちた程度の音は直後、火山の噴火と同等の爆音を持って弾け、中の表面全てを凝縮し上方へと飛び上がっていった。


 プネウマの粘度は変わらず、維持されていたが、次第にそれは火を促す方へと移り変わる。


「はっはぁ!最高だな!」

 文字通り噴石となったそれに剛はすぐさま駆け上がる。

 両手に火を宿し、駆け上がる姿はまるで鳳凰のように見えた。


『ミンニ エステ ペィヒィアーニコ!ミンニ エステ ペィヒィアーニコ!(ふざけるな!ふざけるな!)』

 噴石の中にいる数多のクスィピニーステは灼熱の中で次々と機能を失い、本体だけがこの惨状に憤怒する。



「これで終わりだ」

 高杉は上空に浮かぶ噴石に言葉を残す。

「クスァプローステ ギァ パンタ(永遠に眠れ)」



「SAY HAAAA!!」


 剛の声と共に殴られた噴石は次第に砕け散り、クスィピニーステ本体も焼失していった。


 その焼失と共に、暗闇の空が光に溢れ出した。

 つまるところ、完全勝利である。



「こりゃぁすげぇや……」

 ファンタジー世界に来たとは理解していたが、剛はこの時、空と同じく心が晴れやかになった。

 はるか上空まで登り詰めて見渡した世界の何と青い事か。

 日本では決して見る事のない大自然の大陸が遥か彼方にまで続いている。これに心躍らせるなという方が無理な話だ。


 そして。


「やるじゃねぇの」

 アリほどにしか見えない高杉を見て、剛は笑うのだった。



 そして、高杉はといえば、1人噴火の後となり全てが消しとんだ炭鉱場跡地を見つめる。

 時折見た夢の正体はクスィピニーステのものだったと確信していた。

 クスィピニーステとはつまるところ、奴隷となり最も過酷とされる炭鉱場の仕事で死んだ者達の執念だったのだ。

 そこに、他の死体も混ざって、混濁した精神が構築された。

 彼らが人の欲の残骸なのだとすれば、納得のいくものだ。が。


 ……復讐と怨念しか無い欲望のあり様はあまりにも痛ましい。

 もはやそうする事でしか魂の活力が生まれなかったのだろう。


 クスィピニーステ。睡眠欲を司るものではない。本当の安らぎを、眠りを与えるべき存在だっただけなのだ。


「不便な世界だ」

 高杉はそう呟きながら、空を仰いだ。

 晴れ渡る空は皮肉にすら思える。あれで満足だったのだろうか。いや、そんな筈はない。が、こうする他もうないのだ。

「ん?」

 少し視野を下げると飛翔して飛んでくる物を見つけ、それはすぐ近くに着陸した。

 その場にいたのはニコラオスと共にいた兵士だった。

 ジェスチャーでコミュニケーションを取ろうとしている辺りどうやら翻訳魔術は貰っていないらしい。

 兵士は皆を馬車に乗る様に促してきたので、それに従った。


「メタフェーテ ト。 ギァ トン パァネモォフォ アポカリプシス」


 兵士は水晶を掲げてそう唱える。すると、瞬く間にアポカリプシスのいる塔にまで戻るのだった。

次回はまた太郎と妙子視点になります。

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