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異世界転生のみならず転性しちゃいました  作者: kilight
その① 睡眠欲のクスィピニーステ
27/49

EX episode.1 急–中

 ーーどうして俺たちはこんな事をしている……?

 一体誰の為に、何の為にこのような苦と死を味わっている?

 こんなモノが生だと言えるのか?


 違う。……断じて違う。

 俺たちはまだ生きてすらいない。ずっとこの暗闇の狭い子宮底で眠っているだけだ。



 ーーこの中は喉が燃えるようで、目が針に刺されているようで、頭が割れるようで、肌が捲れるようで、腕が破裂するようで、足が丸太のようで……ーー


 何故このような苦痛を味合わなければならないのか。何故俺たちだったのか。理由が知りたかった。この運命を作り出すに値した理由が。


 ……いいや、要らない。俺はそんなものに興味はない。そうじゃないんだ。

 ただ、この土と岩だらけの場所から抜け出して、明るい世界にもう一度戻りたいだけなんだ。


 ーーくだらない。そんなものはとうに望めないだろう。だってほら……、俺たちは生きてなどいないのだから。


 違う、違う、違う、違う、違う、チガウチガウチガウちがうチがうちがウ……ーー


 ただ悔しかった。悲しかった。苛立ちが膨れていた。

 そんな感情に染まりながら俺たちは成った筈だ。


 ……あぁそうだった。唯一俺が、俺たち足り得る動機があったんだった。


 ……俺たちはーーーー



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……っ!」

 高杉はふと目覚め、勢い良く胴体を起こした。

 悪夢から覚めたかのように些か青ざめた表情で、息を乱して周りを見る。


「……夢……か」

 不可解な夢を高杉は見せられた。

 一体誰が何のために見せたのか、その時は誰にも分かり得ない事だった。



 時間は午前5時。

 空は昨日の暗闇とは打って変わって青白く染まっている。

 今の時間はまだ、他の生徒達は起きていない。昨日の訓練で余程疲れているのだろう。

 高杉も何処かで寛ごうと思い広い場所に向かうと、驚いた事に先客が居た。


『おや、もう起きたのかですか。まだ時間はあるます。ゆっくりおくつろぎくれださい』

 身体中泥と汗まみれで、目元は少し色が黒くなり、体や鎧に新しい傷が付いているニコラオスがそこにはいた。


 きっとこの人は夜明けまで戦い続けていたのだろう。高杉らが寝ている間にも奮闘し続け、そしてようやっと帰ってきたのだ。

 それを見て取れると、高杉は彼に最大の敬意を示すようになった。

「ありがとうございます、ニコラオスさん。貴方も、どうか自身の身を案じますよう、願います」


 ニコラオスはそれを聞くと、首を横に振った。

 何故?と高杉が返すと、近場の腰掛けられるレンガを指差して座るように促した。それに従い、高杉が座ると、ニコラオスも一礼をしてから隣に座る。


『100年に一度……の災厄の波が、どうしてか20年も前倒しになったました。……私自身、この災厄の波というのは伝承でしか聞いたことはないがねですが、それでも、我らの主がここまでの対策を練る程の事だですよ』

 ニコラオスは昨日の戦いに体を震わせながら、指を組み直して思い出す。彼にとってもクスィピニーステとの戦いはあれが初めてであった。

 確かにアポカリプシスによって姿や特徴を聞かされ鍛錬してはいるが、いざ実際に戦うと恐ろしさに体が強張ってしまったのだ。


 高杉は彼になにかを言いたかったが、未だにこの世界の事すら知らない高杉にはどのような励ましをすれば良いのか分からず言葉に詰まる。

 それをニコラオスが悟ると、一息ついて昔話を語り始めた。

『……私はこの災厄の波が起きると予測されるまでのどかな麦畑と牧場が広がるだけの、田舎で暮らしていたました。そこには沢山の友や、愛する妻と息子がいるます。

 私は彼らが大好きだです。それこそ、身命を賭しても構わないくらいに。だからこそ、私は今ここにいる。私はみんなに安心を与えたい。この日のために鍛え上げた。休む暇なんか、ない』


 彼はそう言ってどこか遠くを見つめていた。きっとそれは彼の故郷にいる人々に向けたものだろう。

 彼にも戦う理由がある。守りたいものがある。その為に彼は今自身に鞭を打っている。

 この世界について詳しくはないが、たしかにここにも人並みの生活も情も存在しているのだと、高杉は実感した。


 高杉の神妙な顔を見ると、ニコラオスは柔らかく笑った。

『なに、私もこの件が終わり次第故郷に戻って木偶の坊をやっているさ』

 そう冗談めかして、ニコラオスよりも余程背の低い高杉の頭を撫でた。

 それはまるで親子のようにも見て取れる。それには高杉も気恥ずかしさを感じ、同時に経験したことのない感触に多少の戸惑いが顔を出した。


『……おっとすまないせん。少し懐かしさを覚えてしまったました。無礼を許してくれさい』


 ニコラオスは高杉の顔を見て、ふと我に帰ったように緩んだ気を引き締めて、砕けた口調を直した。


「いえ、構いません。むしろ今のままの方が良いですよ」

『いや、それは流石に……』

「それに、敬語の口調も可笑しいですからね」


 それを言われると、ニコラオスは口元を押さえた。

『……本当に可笑しいのか……?』

「えぇ、非常に」


 それを言われて、大きなため息と共にまた硬い表情が砕けていった。

『……まぁ、なら。普段通り話そう』

 そう言うと、2人は軽く笑い打ち解けあっていった。その後の話はトントンと転がり、醤油という言葉が認識出来ず片言になったり、逆に高杉側がアポカリプシスの名を呼ぶ時にその人の名前であると一瞬分からない事がある、という外国人との会話でよくある様な話にまで行った。




 ーーそうしてある程度雑談が終わると、……ところで、と見計らう様に高杉が尋ねた。

「その翻訳魔法、というのはどう言った仕組みなのでしょうか」

『ん?あぁ、これは我らが主によって施された魔法さ』

「施された?」


 話によると、この翻訳魔法というのはアポカリプシスがこれまでに召喚した日本人から言語を学び習得した後、PCのプログラムを構築する様に、魔法でそれを組み上げ、ニコラオスや一部の人に分け与えているらしい。

 敬語がおかしかったのはニコラオス本人の言葉が可笑しかったのではなく、アポカリプシスが敬語をしっかりと理解出来ていなかったからのようだ。


『しかし、それでもこの魔法は凄いものだと思う。何せ私からしたらさっぱり分からない言葉もなんとなくで伝わるのだからな。はっはっはっ!』


 高杉達にとってのニコラオスの声同様に、彼も特殊な形で高杉達の言葉が聞こえている。それは確かに凄い事なのだろう。

 なるほど、アポカリプシスを主と呼び讃えるのも分かる。



『さて、私は少しばかり寝てこよう。二時間後に訓練が開始出来るよう、体をほぐしてくるようにな!』

 ニコラオスはそう言って立ち上がり部屋へと歩いて行った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「かっー!うっめぇ!」

 この世界の鹿の様な動物の肉で作ったジビエを食い、剛が大声で唸った。


『気に入った様でなりよりだ。ほら、内臓もあるから食ってみるといい』

 ジビエを作ったニコラオスも喜びの声に返す様に剛へ料理を振舞っていく。


「ニコラオスさんって料理も出来るんですね!」

 柔心はそう言うとニコラオスは腕を上げて自慢した。


『まぁ、隊長だからな!』

 ニコラオスは腕を上げて誇らしげに笑った。

 朝食、昼食はこの様にニコラオスが料理を振る舞っていた。その度に鬼塚兄妹はニコラオスとの親睦を深めていき、いつしか人望が厚い人物へとなっていった。


 なお、晩はニコラオスが外に出るため駆けつけた兵士達が用意してくれていた。



 訓練の方はと言えば、それから3日間同じように繰り返されていった。主な内容は反射神経強化が目的であり、この時までは魔法には一切触れることはなかった。


 訓練の内容は非常に厳しいものとなっており、まずは運動が苦手な人物から脱落していき、その後も手芸部などの文化部の大半が音をあげていた。


 結局の所、訓練から3日を経って未だに訓練を続けられているのはほぼ運動部のみとなった。

 文化部の数は運動部と拮抗していたため、実質半数にまで減ったと言える。

 それまで倒れた生徒などは間藤や舞元、木下教諭が看病にあたり、対して残った運動部の皆は鬼塚兄妹とニコラオスによって屈強な精神を強制的に作り上げられた。


 そして、ここまでの夜間はアポカリプシスが呼んだ兵とニコラオスによって守られ、一度たりともクスィピニーステを室内侵入を許さなかった。と同時に、生徒の皆はこれから戦う相手の姿をしっかりと目に焼き付け、冷静に見つめる事が出来るようになった。

 3度も見てしまえば例え異形の存在だとしても慣れてくるもので、何より兵士達の奮闘によって侵入を許されないという状況が皆の自信に変わっていったのである。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そして4日目、いよいよ魔法の術を学ぶこととなったが、そこには脱落したものは含まなかった。

 というのも、下手に力を持つと調子に乗るものが現れて無謀な行動をしだす事があるかららしい。


 これから戦うクスィピニーステの数を考えれば、確かに下手に動き回られても邪魔になってしまうだろう。

 脱落した者は次回までに改めて鍛え直す事にして、今回のクスィピニーステ討伐は運動部を中心に向かうことになった。


 ニコラオスは魔法を教えると言ってから、皆を馬車に乗せて、建物から遠く離れた場所に下ろした。


 何故その様な事をするのか問うと、

『魔法を使うとそこら中にプネウマが散らばるからな。そうなれば今夜あそこを使えなくなる。だから、ある程度離れないといけないんだ』

 と答えてくれた。

 クスィピニーステはプネウマがある場所を狙って集う習性がある為、納得出来る理由である。


 周りは本当に何もない平らな場所である。遠くの山が青白くなっているのが分かるくらいに視界の邪魔になるものがほとんど存在しない荒野だった。


『さて、それでは魔法についてなのだが……、そうだな』

 ニコラオスは少し考えた後、閃いた様に馬車の中に入っていた使い終わった割り箸を一本取り出した。


「カープステ」

 翻訳を使わず、彼は呪文を唱える。……すると、木の枝の先端から火花が散り、燃え始めた。


『とりあえずこれが出来るようになってみようか』


 と、軽い気持ちで言われた。


 この魔法の原理はプネウマによって使う事が出来る、というのは皆も理解していたが、今回の訓練はそのプネウマを体感的に理解する事から始まった。


 どのようにやるのかといえば、外部からプネウマを無理やり流し込み、違和感を覚えさせるというものであった。

 まずそれを体験したのは、自身から乗り気で挙手した剛からだった。


 ニコラオスは背中から両手を剛の両肩に置き、プネウマを流し込む。

「うおっ!?」

 一瞬大きな針でワクチンを流し込まれたかのような痛覚の後、肩から心臓に向かって進んでいる感覚がした。そして、心臓にまで到達すると、ドクンと心臓が響き、身体中から力を感じるようになった。


『どうだ?』

 ニコラオスが両肩から手を離し、剛に聞いた。剛は身体の確認の為に辺り構わず自身の体を触っていく。


「なんか今まで覚えのない感覚が身体中を巡っている気がする」


『それがプネウマだ。よし、試しにこのハシを持って燃えるようにと思い描いて見ろ』


 そう言われ、剛は木の枝を拾い上げて、まるでスプーン曲げをする人のように目力を込めた。


 ……が、燃えず。

 5分経っても何も変わらなかった。


「何だよ、ダメじゃねーか」

 剛は諦めて、脱力しながら念じるのをやめた。


『よし、なら口に出してやって見ろ』


 そう言われて剛はもう一度試すことにした。

「燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろ……」


 そう語りかけながら念じる。

 すると、横からニコラオスが言った。

『火はどうやったら燃える?』

「は?そんなの、……えぇっと何だ?」


「熱だ」


 剛が戸惑っていると、高杉が端的に答えた。

 すると、剛の頭が急にすとんと納得したかの様に熱を加えようという考えにまとまり、木の枝が燃え始めた。


「うおっ?!おーっ!やったぜ!はっはー!」


 ちゃんと燃え始め、剛は左手で拳を作った。

『おめでとう。大体使い方はわかっただろう?』


「……成る程」


 高杉もその一連の流れを見て納得した。このプネウマによって出来る魔法というのは、なんて事はない、化学の延長線上にある技能である事を。


 高杉や間藤達も剛同様に肩に手を乗せられ、プネウマの感覚を理解すると、高杉は仮定を証明するように火を起こし、風を吹かせ、大地を盛り上げた。


『……ほほう、凄いなタカスギ。よもやここまで早く習得するとは』

 ニコラオスは、そして他の生徒も高杉の飲み込みの早さに感心した。


「原理が分かったので、後はそれに従ったまでです」


「いや、意味分かんねぇんだが」

 剛は少しばかり悔しそうな表情を見せながら言った。

 対して高杉は困ったクラスメイトを見るような目で返す。

「お前は勉強してないからそうなるだけだ。これを機に勉学に励め」

 親切心半分、挑発半分の言葉だった。


「んだとバカにしてんのかテメェ!」

 なお、剛は万年補習を受けるほどに成績が悪い。


「「はいストップ!」」

 またヒートアップする前に間藤と柔心は2人の間に入る。



「止めんじゃねぇよ!これはおめーらにも言われてるんだぞ!」

「待って待って、剛くん。これも高杉君は悪気があって言ったわけじゃないと思うよ。だよね、高杉君?」

 間藤が剛に語りかけた後、高杉にも聞いた。

「そうだ。ただ勉強した方がいいと思っているだけだ」

「うん、だよね。だから剛君も落ち着こう?ね?」

 間藤が必死に宥めようとしている姿に少しばかり冷静になった。


「おい高杉。ならどうやって風起こしたんだよ。勉強がどうのとか言わずにちゃんと説明して見ろや」

 それを言われて、高杉は素直にその言葉に従った。


「風の起こし方は少しばかり難しい。

 まずは熱い空気と冷たい空気を作る。そして、冷たい空気を熱い空気に当ててやれば風が吹く」

 高杉がそう説明すると、間藤は簡単に納得した。


「あー、気圧傾度力を使うんだね」

 そうして間藤は空気中の温度を操作して実際に風を吹かせて見せた。


「「え、何?」」


 鬼塚兄妹はそれでも理解出来ずに頭を抱えた。

「うーん、確かに難しいかも……。出来ても満足には使えないかなぁ。後で私が教えるけど、多分使う事はないんじゃないかな?」


 この風の起こし方は、ニコラオスをもってしても難しいと言えるものである。

 それはマルチタスクをしている様なものであり、熱い空気と冷たい空気を同時に行わねばならず、片方が中途半端であると、その分風も弱くなる。

 なので余程マルチタスクに自信がない限りは使いこなすことの出来ない荒技なのである。


『いや、だがそのような形で風をおこせたのは凄い事だ。私たちには少しばかり無理がある方法だからな』

 そのような形で、という言葉で、高杉は自身がかなり回りくどいやり方をしていると気付いた。


 実際に、ニコラオスはもっと単純に、熱を出すのと同じ要領で風を容易く、しかも強く出してみせた。


 それを知るや否や剛は高杉の方に顔を向けた。

「はっ?つまりそんな回りくどい事する必要無かったって事か?……ふっ、おいおい高杉よ。何が『原理に従ったまで(キリッ)』だよ!バカじゃねぇの〜?バーカバーカ!」

 そのような事を言いながらまるで子供のように高杉に指差しながら笑い出した。


(は、恥ずかしいっ!そんな事を言われたら何か凄く恥ずかしく見えちゃうよ!)

 剛の言葉に間藤が心の声で高杉に呼びかけながら彼の顔を見る。しかし、高杉は赤面一つせず冷めた顔だった。

「……お前は一つ思い違いをしている」


 ーー良かった、高杉君は冷静だ……と思ったのもつかの間。高杉はこう続けた。


「馬鹿と言った方が馬鹿なんだ、バーカ」


「高杉君落ち着いてっ!それ結局どっちも馬鹿にしかならないから!」

 遂には黙っていられなくなって間藤がツッコミを入れる羽目になった。


 それを後輩である舞元と種島が遠目に見ていた。

「マドンナ先輩って大変なんだなぁ……」

 このツンドラ気候と英雄の喧嘩は後輩たちの前で見せることはあまり無かった為、彼女らはここで間藤の苦労を実感する事になった。


 そして、何かが降ってきた様にある言葉が舞元の脳内に流れ込む。

「……これが本当の馬鹿ばっか……」「えっ」

 突然のくだらないシャレに種島が反応し、舞元は赤面した。

「……ごめんなさい、今の忘れて」

 両手で顔を覆い、しゃがみ込むと小さい体がますます小さく見える。


 そんなこんなを見たニコラオスだが、話を進めたいので割って入った。

『あー、そろそろいいか?』

「「すみません、続きをお願いします」」

 この状態で冷静であった柔心と種島が頭を下げてニコラオスに応えた。


『皆にとりあえず本命で覚えて欲しい技はほかにあってな……。正直、戦いではこの技だけに魔法を使っていると言ってもいいくらいだ』


 そう言ってニコラオスは「シッソォーレフィステ トン アェーレ カイ ギネテ ィエナース ティホース」と唱え出した。しかし、特に変わった様子は無いように見えた。

『少し来てみなさい』

 ニコラオスはそう言って高杉と喧嘩中の剛を呼んでみる。

 そこでようやく熱が冷め始め、彼に従ってニコラオスに寄っていくと……。

「痛っ?!なんだ?」

 突如として何か壁に当たったかのようにして鼻を押さえる素振りを見せる剛。様子を確かめようとその部分に手を振ると、壁に当たる感触があった。


「にーさん、パントマイムしてんの?」

 柔心はその姿がそのようにしか見えず、少し呆れたような表情を見せた。

「いや待て!本当に壁があるんだよ!」

 剛はそう言って柔心を引っ張り、それに触れさせる。


「……!本当だ!」


 2人は不思議そうに空気の壁に触れ、それをみた他の生徒も興味本位で集まっていき歓声をあげた。


『これが空気の壁だ。これを使えば、例えば急な強襲を未然に防いだり、又は空中を実質歩く事が可能になる。我らが主によればこれまでのクスィピニーステにこの魔法を持った者はいないらしいので、これはかなり有効な魔法となるだろう』


 ニコラオスはそう言って勇者の皆を見渡す。

 皆はすっかりこの魔法に魅了されたようだった。

 そうしてこの魔法は午後3時になるまで繰り返し訓練することになった。


 しかし、7日目までに空気の壁を使えるまでに上達したのは高杉、剛、間藤、柔心、木下教諭、舞元、種島を含めた半数ほどであった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……7日目の晩。

 と言っても午後四時の時間であるが、建物に帰ってきた皆を兵士達が出迎えていた。

 この世界の言葉で何か挨拶をしながらお辞儀をしてニコラオスを奥の部屋に連れて行き、他の皆は個室に入るように促された。



「どうした?これからあのクスィピニーステがやってくるというのに、何を悠長にしている」

 ニコラオスは本人の寝室に連れてこられた事に対して兵士に聞いた。


「いえ、明日から本格的にあのクスィピニーステの討伐に入られるのですよね?であれば今日はしっかりと体を休ませて頂かなくては困ります」

 ひとりの兵士が答える。それを周りの他の兵士も頷く。


「……しかし」

 ニコラオスはそれに渋るような表情を見せる。

 すると兵士の1人がニコラオスの両肩を押して椅子に座らせた。


「しかしではありません!隊長は我々の中で一番の実力者!ならば勇者の皆を先導していただかなければなりません!本番になって体調不良で死んでしまわれた、だなんて笑い話にもならないでしょう!」

 果たして本当に部下なのかと思えるほどの強気な言葉にニコラオスは思わず笑った。

 しかし、困ったことに他の兵士も、この強気な言葉を使う兵士に同意見のようで強く頷いている。


 それを見ると、立つ瀬もない。

 やれやれ、と口にして彼らの意見を聞き入れた。


「困った部下を持ったものだ。まさか部下からこんな辛辣な事を言われるとはな」


「なにせ、隊長の部下ですから」

 兵士は笑って答えた。それにニコラオスも思わず笑った。


「そうか。……ふっ、ならば仕方ない」


 ニコラオスは兵士皆と握手を交わした。


「なら今日1日は任せたぞ。明日、必ずあのクスィピニーステを倒しに行く」


『はい!』

 その場の兵士皆がはっきりとした声で応え、その場を後にした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そして、遂にその日が来た。

 クスィピニーステは午後四時からでしか姿を現さないらしく、それまでの間に準備を済ませる。


 荷物は専用の防具に一風変わったビー玉のような道具などが用意された。


 しかし、準備をしてもらった兵士はと言えば、かなりの疲弊が見て取れた。それだけニコラオスの力に頼っていたとも言える。


「良くやったお前ら。後は任せてしっかり休んでおけ」

 ニコラオスは疲れ気味の兵士を労いながらに出発した。


 建物からクスィピニーステのいる洞窟には馬車での移動でおおよそ20分の道のりだった。



「ここがクスィピニーステのいる洞窟か……」


 そこは、洞窟というにはあまりにも人工的な穴であった。

 中には木で固定された後が見受けられ、洞窟というよりは炭鉱場のようであった。

 実際ニコラオスに聞いてみると、50年程前まではそこで鉄を取っていたのだという。しかし鉄も取れなくなってから廃業し、完全に意味をなさなくなった為にクスィピニーステを一箇所に集める場所へと変わった。


「……ひでー話だな。死んだ遺体があの骸骨になるからと言っても、そんなところに捨てるように置くなんてよ」

 剛はこれから向かう炭鉱の中を見ながら、その事に憂いを含む。


『何故だ?』

 しかし、ニコラオスはその言葉に理解を示さなかった。

『人は死んだら魂はこの空の上、クスィピニーステが振るう黒い霧より遥か上空にて下界の我々を見ていてくれるのだ。死んだとしても、魂は死なない。魂が無くなった亡骸を、どうして憂う必要がある?』


「……は?」

 ニコラオスの言葉に、剛は思わず面を食らった。こればかりは宗教感の違いと言えるだろう。

「いや、でもよ。見知った人が動かなくなるのってかなり辛いだろう?」


『あぁ、それは分かる。だから遺族や友はその遺体を見ないのが基本で、彼らの遺体は何の関係のない人が、俺たちがここに眠らせるんだ』

「……!!」

 思わず息を飲んだ。

 この世界の住民は理解しているのだ。合理的な死との対面方法を。

 何を言うまでもない。死者への扱いなど五十歩百歩の違いだろう。

 人の遺体を燃やすのも、遺体同士の暗い底に投げ捨てられるのも……。



『さぁ、来てくれ』

 剛が黙った事で話が終わったと思いニコラオスは洞窟の中へと入っていく。



 その中にはいくつもの松明が置いてあり、通る度にニコラオスが魔法で火をつけて行った。見るに最近つけたばかりのものもあり、事前に準備してあったのだと分かる。

 とはいえ、これまでの死者をここに送ってきたのだから当然といえば当然だ。

 洞口の高さは10m、幅15m程の大きさで、それが奥にまで続く事300m。トロッコは一つ、錆が少しばかり目立つ。線路はといえば使い古された形跡がまじまじと見受けられる。


 そして、その線路の先に待っていたのは恐ろしく深い半径100mの巨大な穴があった。


「こ、これは……」

 その先には本来螺旋状の道となっていたが、もはや崩れ去っていた。螺旋状の道の途中で完全に砕け折れ曲がって朽ちている。

 だが、


「この下にクスィピニーステが眠っているのですか?」

 柔心が尋ねる。

『そうだ。ここから先はあの空気の壁を利用して降りる必要がある。……それと』


 ニコラオスは皆を見渡して人差し指を唇に当てる。


『今はまだ視察段階だ。あまり大きな声を出さないように』

 そういわれ、皆は気を引き締め、冷汗と共に表情を強張らせた。


『また、土だらけの場所だ。奴らは土から植物みたいに湧いてくる。努努忘れぬよう気をつけてくれ』


 一同が頷くのを待ってから、ニコラオスは螺旋の道を歩いて行く。

 そして、そのまま皆も彼の後をついていった。



 そうして降りること50mになってようやく地面が見えるようになった。

 が、しかし。その光景は現代社会を生きた人にとってはあまりにも強烈だった。



 辺り一面人の骨、骨、骨。

 たしかに事前にそのような場所であると伝えては貰ったが、聞くと見るとでは大違いである。

 しかし、予想出来ようか。多くの血肉がグズグズに崩れ落ち、虫がその肉にむしゃぶりつき、大量の腐臭を放っていようとは。

 眼球は垂れ落ち、皮膚はまるで煮こんだようにシワが出来、汁を垂らす。


 ここにあるものは間違いなく死の見本市だ。



『……これが俺たちの敵だ。今はまだ寝ているがな』

「……」


 高杉はこの遺体を見渡す。人が人に積み重なっていて分からないが、見る限りでも10万は……いや、もっと。

 クスィピニーステ本体を倒せばいいとは言っていたが、この数を相手にすると探すのも一苦労だ。


 ーーと、高杉はこの場においても冷静さを保っていられたが、他の皆は違った。

 その踊ろ恐ろしい死の世界に、果たしてどれほどの人が平気でいられるのだろうか。

 大声を出すなというニコラオスの忠告も虚しく、その世界を見てしまった舞元は思わず恐怖に体を震わせ、悲鳴を上げてしまった。

 それに連鎖する様に他の生徒も動揺が伝播する。


『……っ!?皆逃げろ!』

 その声に気づいたのか、横たわっていた死骸が突如として瞳に赤い光が燈り、次々と立ち上がっていった。


「そっ、そんな……っ!ご、ごめんなさいっ……!!」

 最初に悲鳴を上げてしまった舞元はやってしまった事に大変大きな罪悪感を抱いてしまった。


「気にするな!こんなもん叫ぶなってのが無理だ!」

 剛はそう言って励ましながら後退する様に促す。

 ニコラオスは緊急事態にすぐ対応し、登ってくる骸骨達をなぎ払い落として行く。

 しかし、それでも数が多く、1分も持たないだろう事は誰の目で見ても明らかだった。


『空気の壁を作って登っていけ!それなら奴らも着いてこれない!』

 応戦しながらも、ニコラオスはそう言って対処法を述べてくれた。

 それにすぐ応えたのは高杉である。最後尾の人のそばに空気の壁で作った足場を螺旋階段の様に作っていく。

「階段を作った!それに登れ!」

 それを知るや、剛は駆け足でその足場を確認して皆を誘導して行った。

「おら!死にたくねぇなら早く登れ!一気にやると崩れるかもしれないから着実に登っていけ!」

 空気の壁は目視出来ないため、剛は壁を削って手に入れた砂を撒いて足場を目視できる様にした。


 そうして剛以外の皆が空気の壁に乗ったのを確認すると、高杉は間藤の耳に届く様に大声で叫んだ。

「後は間藤が道を作ってくれ!」

「分かった!高杉君も剛君も無事でいてね!」

 間藤がそう応え、その先を間藤の誘導の元駆け上がって行く。


「……さぁ、ニコラオスさん!早く逃げましょう!」

『あぁ、分かってるさ!……エーラス、スパステ マクリア!』

 ある程度捌いた後、呪文を唱える。

 すると、どこからともなく強烈な風が骸骨達を薙ぎ払って行き、大半を落とすことに成功した。

 それに合わせて、高杉はこれ以上登ってこれない様に道の途中に空気の壁を張った。


 空気の壁が見えていなかった骸骨達はその壁に当たり止まる。なだれ込む様に登ってきていた他の骸骨も同様に当たって数体は落ちて行った。


『よく出来た!使い方が上手いぞ!』

「ありがとうございます……っ、しかし……」

 その壁も、骸骨達が気付くと刃物で突き刺して行った。そうすると、途端に壁が脆くなって行き、簡単に瓦解した。


「……くそっ!」

『構うな!少しの時間稼ぎでも十分だ!外に出れれば奴らは追ってこない!急げ!』

「……ちっくしょう!逃げるしか今はねぇのか!本体が判ればこんな事にはならねぇのに!」

 剛は駆け上がる骸骨の一つ一つを見てみるが、誰もみすぼらしい姿ばかりだ。この中に本体などはいないのだろう。


 とりあえず三人は螺旋の道を駆け上がる。

 坂の強い道だが、線路のある道まで辿り着けば、後は平たい場所を走るだけだ。

 三人とも体力には自信がある。疲れで遅れるという事は無い。

 が、その道中、突如足元から骸骨の手が出てきて足止めを狙ってくる。

「くっそ!邪魔なんだよ!」

 蹴って振り切り、蹴って振り切り……。これを繰り返して登って行くが、素直に登って駆け上がる骸骨の大群は刻一刻と近づいて行った。


「高杉くん!剛くん!ニコラオスさん!その先に足場を作ったからそれに乗って!」

 線路のある場所まで皆を辿り着かせた間藤は彼らの行く先に空気の床を設置する。

「助かる!」

 そう言って三人は飛び跳ねてその床に足をつけた。

 しかし、追ってきた骸骨達もまた、飛んで寄ろうとしてくる。が、ニコラオスの剣から繰り出されるなぎ払いによる一振りによって次々と落として行く。

『よしっ!後はこの空気の床で登って行くだけだ!急いで作ってくれ、マドーー』

 交戦の中で間藤の方をチラリと見て、ニコラオスは戦慄した。

 間藤の頭上、天井からひっそりと骸骨がナイフを持って姿を現したのだ。


「マナ、危ない!」


「ーーえっ?」


 数コンマ秒してから柔心も気付いたが、距離を開けてしまっていた為間に合わないと分かってしまった。

 そして、間藤は、まだ頭上に骸骨がいる事に気付いていない。



『……こんのぉ……!届けぇ!!』


 見るや、ニコラオスは応戦している手を止め、槍投げの様に間藤の頭上にいる骸骨に向かって剣を投げた。


 この行為が功を評したのか、間藤は頭を下ろして避ける体勢を取り、頭上の骸骨の攻撃を間一髪避け、同時に飛んだ剣は見事に骸骨を四散させた。


『……よしっ』

 間藤の無事を確認して一息つく。が、ニコラオスはこれにより剣を失い、薙ぎ払う術がなくなってしまった。魔法ももうこの日はこれ以上使えない。



 当然ながらニコラオスはそのまま骸骨の餌食となってしまう。

 まずは抱きつけられ、身動きを取れなくしてから、後陣の骸骨がナイフを持って突き刺しに行く、という厄介極まりない連携を見せてくる。


 刺さった場所は左足と左肩。強烈な痛みで左足ががくりと崩れてしまった。


『アァァァア!!』

 悲痛な叫びが洞窟内に木霊する。しかし、それだけに留まらない。

 ニコラオスが間藤を救う為に倒した骸骨の頭蓋が、なおも目に光を宿している。

 それは間藤を一瞥した後に、金切声を上げた。


『キィィィィィィィィィ!!』


 耳をつんざく様な鋭い遠吠え。あまりにも強い音に皆は耳を塞がずには居られない。


 が、目的はそれではなく、仲間を呼ぶ事にあった。

 線路の続く道に、骸骨の群が湧き始めたのだ。


「そ、そんな……っ!」


 圧倒的絶望的状態に追い込まれる。

 そして、その被害は更なる被害を広げる。皆の元に襲い掛かる骸骨。それに対応するように木下教諭と柔心を中心に応戦する。

 が、しかし。

 本物の刃物を前に、体が強張る。いくらボクシングの腕があったとて、目に見える凶器には身がたじろぐものだ。



 一方高杉達はニコラオスに張り付く骸骨を剥がそうと近寄る。が、他の骸骨がその邪魔をしに体を張ってあらわれる。


「ふざけんな……っ!ニコラオスさんから離れろってんだよ!」

 こうしている間にもニコラオスは刃物に肉を引き裂かれていく。何も出来ないまま悲鳴を聞くしかない事に剛は強い憤りを覚える。

 だが、それだけではなくなった。剛の見えないところで柔心の悲鳴が轟いたのだ。

「なっ……!?に、柔心!どうしたんだ!」


 顔面が真っ青になる剛。彼は柔心を大事にしている為に、不安ばかりが増していった。



「高杉くん!」

 間藤はまだ三人が見える場所にいた。間藤の後ろでは尚も戦闘が続いている。


「もう上までの道は出来たから早く来て!ニコちゃんが……っ!」


「何があった!?」


「ニコちゃんがナイフに刺さって重傷を負ってる!」


「……!!」

 それを聞いて剛はどこかの糸が切れたのを感じた。それと同時に不思議と力が込み上げてくるのも分かる。


『い、行け……、俺の事はいい……逃げ……ろ』


 段々弱っているのがわかる声色でニコラオスは言った。


「し、しかし……」

 高杉はこの時大きな戸惑いがあった。

 このまま逃げてもニコラオスは助からない。だからといって助けは人海戦術によって防がれる。


 どうしようもないのか……。

 高杉もまた、悔しさに顔が歪む。と、同時に剛同様に力が湧き始めた。


『行けぇぇー!俺を構うな!』


 ニコラオスの咆哮が轟く。


「……嫌だね!!」


 しかし、剛は彼の言葉に聞く耳を持たなかった。

 ニコラオスの元へと駆け寄る剛。しかし、骸骨が今度は剛を拘束し始めた。


『……ば、馬鹿者め……、これではもう……』

 ニコラオスは絶望の瞳で諦めに入ってしまった。


「……もうじゃねぇ。終わらせねぇ。こんなんで諦めてたまるか!負けを認めねぇ限りは負ける事はねぇんだよ!」

 剛は掴んできた骸骨の手に触れる。


「……テメェは邪魔だ」


 瞬間、ニコラオスの瞳に明るい色が灯し出された。


 剛は呪文も無しに……いや、彼なりのおまじないを叫んで魔法を出した。

「SAY HAAA!!」


 腕から、ニコラオスがこれまで見たことのないほどの炎が吹き出たのだ。

 それは骸骨を焼き尽くし、振り払うだけでその骸骨は落下していった。


『……なんだそれは……、その火力は……』

 これまでの人生でニコラオスは幾度も魔法を見てきたが、ここまで大胆な魔法の使い方をしたものを見たことがない。

 両手から放たれる頭の天辺まで立ち上る炎は真っ赤に燃えている。


 剛はニコラオスに張り付いた骸骨に触れていく。すると骸骨がみるみる燃え始め、周りの骸骨にも伝染する。

 プネウマによって生み出された炎が、骸骨に宿っているプネウマを食らいつくしに行ったのだ。


 もちろんニコラオス本人にも火に飲まれる。しかし、それも剛は予想している。


「おい高杉!ニコラオスさんについた火の消し方は分かるよなぁ!?無理とは言わせねー、やれ!」


「既にやっているとも……!」

 高杉は空気中の二酸化炭素を魔法によってかき集め、ニコラオス本人が吸わない様に気をつけながら纏わせて剛の炎を消していく。

 結果、ニコラオスは燃えず、くっついていた骸骨は皆落ちていく。


「テメェらも消えろ!」

 剛はそう言って、螺旋の道に向かってバーナーを出す様に炎を噴出する。

 まずは目の前から、それからなぞる様に向ける方角を下ろして行く。

 すると、見る見ると骸骨は力を失ったかの様にバラバラになって転がり落ちていった。



『……凄い……、これが勇者……』

 ニコラオスはその圧倒的な強さ、美しさに見惚れていった。


 剛はそのまま自身で空気の床を作り駆け上がっていく。


「剛くん!」

 間藤が剛の名前を呼ぶ。

 剛の目の先に広がっていたのは阿鼻叫喚の世界だった。


 半数の人が重傷を負い、応戦している人も今にも崩れそうな状態だった。

 その重傷者の中には柔心の姿もあった。


「ぜってぇ許さねぇ……」

 額に血管を浮かばせながら、囁き目を見開く。剛はこの時、完全に怒りの臨界点を突破した。



「オメェらそこをどいてろ!」

 剛の言葉に皆は即座に従った。学校の英雄として名高い彼の言葉は、運動部と常に共にいた為に意味を瞬時に理解、行動出来るのである。


 そうして、彼の目の前には骸骨の大群だけが残った。


 ……一切の手抜きも出し惜しみもしない。常に全力を持って勝つ。


 剛の信念が炎となり、噴出していった。


「……SAY HAAA!!」


「っ……!」

 強い風圧が間藤達の周りを蠢いた。そしてその風の発生源である強烈な熱の集合体は眩い光によって骸骨達を塗りつぶし、消し去っていった。





「……す、凄い……」

 数分経った後にも未だ洞窟内に炎が燻っている。間藤はその景色に圧倒されていた。


『……あぁ、本当に凄い……』

 高杉に担がれたニコラオスも、満身創痍ながらも同意した。

 実のところ、ニコラオスはあまり彼らの凄さをこれまであまりピンときていなかった。

 実際に魔法を覚えたのも昨日からであるし、まだ初心者なので、大した仕事はこなせないだろうと思ったのだ。

 だが、今は違う。これなら間違いなくクスィピニーステを倒せると確信を持てた。


『これなら安心……だ……』


 そう思うと突然力が抜け、ニコラオスはしばらく覚めない眠りについていった。


「ニコラオスさん……」

 高杉は彼が寝たのを確認すると、起こさないように慎重に歩き出した。



 そうして皆が外に出ると、今後の方針を高杉、間藤、剛、木下教諭が相談して決める事にした。というのも、馬車を操縦していたのはニコラオスだった為、今のままでは帰れないのだ。



「どうしよっか?歩いて帰る……のは厳しいよね」

 間藤は柔心を看病しながら高杉に聞いた。


「こうなったらここに泊まるしかない」


 高杉は周りを見る。

 この洞窟の周辺はとても高い山が横に並んでいるが、他にも森が少しした先にあった。


「あそこの木でログハウスを作るとしよう」


「は、はぁ?ログハウス?」

 剛が素っ頓狂な声を上げる。


「そうだ」「頭おかしいんじゃねぇの?」

「おかしくはない。それともなんだ?野営がいいのか?」

 それを言われると言葉に詰まる。


 今、半数ほどの人数が寝込んでいる。剛としても柔心を野宿なんてさせたくない。

「……出来るのか?」

「当然だ。作り方は知っている」

 それを言われたら従うしかないだろう。


 高杉は皆の看病を間藤と舞元に任せ、剛、木下教諭を連れて森に向かった。


「それで?斧とかねぇけどどうやって木を切るんだ?」

 剛が問うと、ケロっとした顔で高杉がこう返す。


「全部魔法でどうにかなる」



 あまりにもアバウト過ぎて剛は思わず白眼になるのだった。

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