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異世界転生のみならず転性しちゃいました  作者: kilight
その① 睡眠欲のクスィピニーステ
26/49

EX episode.1 急-前

この一話で収まりきらない&一週間ペースが守れませんでした。

自身の非力さを痛感いたします。申し訳ありません。


次にはこの章を終われるよう努めてまいります。

 ニコラオスに案内されて入った建物はレンガと木で作られた二階建ての施設だった。

 長く続く廊下が二本横に並び、その両端に互いを繋げるように三人分の幅程度の解放廊下が一階、二回共に置かれている。中はと言えば、細かく部屋が分けられ、食堂を除けば大体は同じ幅に扉が置かれている。

 中央は開け、天井もなく空からの光を直接浴びれる訓練場になっていた。

 筋肉トレーニング用のダンベルなどがあちらこちらに置かれ、ここがそういった施設だと一目でわかる。


 ニコラオスは皆をこの建物の中で待機するように促してから、高杉達が乗ってきた馬車の中の荷物を軽々と一人で建物の中に運んでいく。


 待っている間、皆はどうすればいいのか分からなかったのでニコラオスの作業を眺めている人が多かった。


 そこには柔心と間藤の二人も含まれる。

「あの人、凄い力持ちじゃん。手際良過ぎ」

 柔心はニコラオスのその隆々とした筋肉によって発揮された運搬能力に関心を抱いた。

 剛の双子の妹という事、運動部のエースだった事もあるのか、どのように体を鍛え上げたのか非常に気になりだした。


「ニコちゃんは体が鍛えられてる人好きだもんね」

「そりゃもう。体鍛えるのとても辛いから、それが出来るってだけで凄くカッコいいもの!」


 柔心はそう言って遠くにいる高杉の方に顔を向けた。


「だから高杉君とか本当に尊敬するなぁ。体凄い鍛えてるし、その上で勉強も出来るんだから。私は勉強はさっぱりだもの」


「ニコちゃんは高杉君のことが好きだねぇ」

 間藤がそう言うと、柔心は顔を真っ赤にしてかぶりを振る。


「は、はぁ!?そんなんじゃないし!マナ〜、それは違うじゃん!」

 非常に分かりやすい反応を示す柔心がおかしくて、間藤はクスリと笑った。

「私は応援してるよ?」

「っくぅ……」

 間藤があまりにもアッサリと言うものだから言葉が詰まる柔心。



「けっ!」

 ……そんなやりとりが気にくわない男がいた。

 言わずもがな、剛である。

「あのヤローのどこが……いや、まぁ、スゲェ奴だけど、……ともかくケッ!」

「もー、兄さん!いきなり何なのよ!そもそも何で高杉君の事を毛嫌ってるの?」

「んなもん知るか!ともかく気にくわねぇ」

「はーっ、話になんない!」


「あー、また始まっちゃった……」

 間藤は一歩引いてこの双子の言い争いを見ていた。

 2人がこのような事でいい争いをするのは珍しくもない。それこそ、どちらかが高杉の事を話せば大体こうなってしまうのだ。

 とはいえ別に高杉と剛の喧嘩の様にはならないので、仕方なしと間藤は二人の元から離れた。



「またあの二人は騒いでいるのか」


 しばらく歩いて玄関近くまで行くと、高杉の姿があった。ここまであの双子の声は響いている。


「ふむ。やはり双子とは仲がいいのだな」

「う、うん。まぁそうとも言えるかな?」


 間藤の額に小さな汗が流れる。

 高杉は時折妙な天然を言ってのけるから油断ならない。彼は一人っ子なので、あの二人の関係性が友情の延長線にあると思っているのだろう。


「ところで、ここで何をしていたの?」

 間藤が聞くと、高杉は建物の外にある数本の木を指差した。

「見たことのない植物があったので調べていたんだ」

 間藤はその木を見つめる。

「……確かに変わってるね」


 それは、太郎達が巻木と呼んだ木だった。

 幹には最近出来た切り傷があり、そこから白い樹液が垂れて固まっていた。


『それはドミ プロスロフィシシィというんだ。直訳すれば吸着木だね』

 高杉のポケットからあのアポカリプシスの声が聞こえ出した。

 それが突然だった為に2人は反射的に肩が揺れた。



 渋い顔をしながら高杉はアポカリプシスから貰った水晶を取り出す。

「い、いきなり声を出さないでほしいです」

 間藤は声の発生源である水晶に語りかける。


『アッハッハ。いやごめんごめん。皆からしたらコレは初めてだものね。気をつけよう』

 水晶越しでアポカリプシスの軽快な笑いが聞こえてくる。


『まぁ、今後はこうして色々補助していくから頼ってくれ給え』

「……なら、この木の事を詳しく教えてくれるか?」

『お安い御用さ』

 そう言ってアポカリプシスはこの木の説明を始めた。


『この木は元々別の木だったんだけどプネウマの過剰摂取によって品種が変わった変異体だ。

 プネウマについては昨日説明した通り、生物にあるが、もちろん植物にもそれはある。けど、コレは外的要因によってプネウマが溜まったものなのさ』


【外的要因】……と聞いて真っ先に高杉はこれからの討伐対象であるクスィピニーステを思い出した。

 たしか、クスィピニーステは膨大なプネウマを持っているという話だったはず。


『そうだね。クスィピニーステが復活の準備に際して、周りの土の状態も結構変わるんだ。そのプネウマが溜まった土から栄養を取ろうとしてプネウマも吸収したのがこの木さ。三年も経てば自ずとその形になってしまう。まぁ、言い方を変えればどれだけプネウマが蓄積されているのかがわかるとも言えるかな。今までもこの木のおかげで時期を特定していたから。

 ちなみに、この木は結構用途があってね。吸着木と言ったが、まさにそれさ』


「どういうことですか?」


『木の実を潰してごらん。なかったら幹でもいいけど』


 言われた通りに高杉はザクロのような木の実をもぎ取ってそれを踏み潰した。

 すると、そこからは赤い液が溢れ出し、それが高杉の靴裏にへばりつく。


「なんだこれは……?まるでボンドのようだ」


 踏みつけた靴はそのまま地面にくっついて離れない。

 無理に引っ張ろうとすれば靴底が破れてしまうだろう。

『これがドミ プロスロスィシシィの特徴だよ。どのような原理かはイマイチ分からないがプネウマが多分に含まれた樹液、果汁からは強力な接着能力を持つ。木工業ではこれが欠かせない程さ』


「……随分と変わった品種だ。サゴヤシという、幹にデンプンが多く含まれている木なら知っているが、ここまで強力なものは俺たちの世界ではないだろう」


 高杉が踏みつけたそれは空気に触れて徐々に白くなっていくのが見える。それに従って段々と固形化していった。

「……それで、どうやって剥がせばいい?やり方はあるのか?」

『それなら水をかければ一発だよ。これに限らず、プネウマは水に弱いからね』

 それを聞いて間藤は近くにあった井戸から水を汲み出し、それを高杉の靴に注いだ。

 すると、それはまた赤みを帯びたかと思えばすぐに水に混ざって色が消えていった。


「本当だ。……でも、あれ?昨日は確かアポカリプシスさん、水を魔法で出してましたよね?」


『ははは、あれはちょっとした見栄さ。あの時の事をよく思い出してごらん。霧を集めていただけで水そのものは見てないだろう?』


「……、あ、確かに」


『霧一つ一つ頑張って集めて水を作っていたってのが実情なんだよね、あれ。水はどうもプネウマがすぐに溶けてしまって扱えないんだよね』


 濡れた靴から水滴を払うようにしながら、高杉はそれを聞いてあることを思いつく。


「ならば、クスィピニーステが復活したと同時に浸水させればいいのではないか?クスィピニーステがプネウマの集合体なら水で溶ける筈だ」

 それを言うと、アポカリプシスは苦いものを噛み締めた様な声色で否定した。


『それもやったことがあるが、残念ながら彼らはその類に含まれないんだ。軽々と泳いでいる姿すら見たよ』

 そう言われて、高杉も少しばかり残念そうな顔を出してしまう。


「結局は正攻法か……」


『そうなるね。まぁ、だからこそニコラオスを教官に置いたのさ。彼は間違いなく我が兵1の強さを誇っているからね』

 これから訓練をして、一週間後に討伐に向かう予定は変わらずに進行することになる。……と思ったが。


『……それでね。少し申し訳ないのだけれど、悪い話があるんだ。ニコラオスにも伝えたいから皆を呼んでくれないかな?』

 バツの悪そうな声色でアポカリプシスは言った。それが一体どの様な話かは二人には見当もつかなかったが、その理由はすぐに語られる事になった。


 二人がニコラオスの元に着く頃にはニコラオスも荷物を運び終えていた。

 なので、そのままニコラオスと他生徒を集める。そうして皆が集まったのを確認した後、彼は語り始めた。



『さて、皆をこうも早く集めてしまったのには少しばかり不味い事態になったからだ。

 ……本来の予定では来週にクスィピニーステが復活すると予想を立てて計画していたが、急激な速度でクスィピニーステが復活の準備を整えている』


「テ エイナ アフト?(なんですって?)」

 その場にいるニコラオスは翻訳魔法を使わず、そのままこの国の言葉で聞き返した。


『ニコラオスにも申し訳ない事をした。こればかりは私の失態だ。だが、なってしまったものは仕方がない。今、兵を向かわせる準備をしている。それでどうにか一週間持ちこたえる様にするのでニコラオスはそれまでに皆を鍛え上げて欲しい』

「カタラヴェイノ(承知しました)」

 ハッキリとした声でニコラオスは応える。その声色は一切の淀みなく、とても冷静であった。


 ……成る程、確かに一番と彼が言うのも分かるほどに無駄な動きのない人物だ。頼まれた時点で面構えが鋭く変わっているのを柔心、剛は見逃さなかった。


 教官としての実力は実際の強さとは比例しないが、少なくとも二人はこの人物を信頼に足る実力であると判断した。


『皆も申し訳ないけど頑張って欲しい。それでは私からは以上だ。健闘を祈る。……夜は気をつける様にね』


 そう言ってアポカリプシスの声は消えた。

 と、同時に生徒皆が動揺を隠せなくなっていった。この中で慎重だったのは現状を理解していない人物と、剛、柔心くらいのものだった。

 この動揺の中には高杉も含まれている。ある程度の情報を集めてから行動に移したかったが、それが不可能に近くなった。未だ魔法の使い方も分からずにいる。

 多数はそういった思考にあるだろう。そして、そうなれば冷静さは失われ、訓練も上手くいかなくなる。


 そのような未来に不安を募らせると、それを吹き消す様に剛の怒号が聞こえた。


「なぁーにビビってやがる!どのみち一週間である事に変わりねぇんだろ?だったら初期の通りに訓練すりゃいいだけの単純な話じゃねぇか!

 オラ、さっさと訓練始めっぞ!」


 そう言って皆を煽動していく。そのままニコラオスの前に立ち、「早速やろうぜ」と言ってニコラオスも頷いた。


 しかし、未だ動揺が隠せない皆は足踏みばかりをしていた。それを見ると剛は呆れた様な顔になっていた。


「ったく、どいつもこいつも……」

 そう言って皆の方を向き、大きく深呼吸した。そして……。


「SAY HAAAAA!!!」



「!!?」


「声出せテメェら!そうすりゃ大体の事はどうにでもなる気になれる!さっさと来いや!」


 突如の大声にまるで我に帰った様に皆が剛の言葉を聞いた。

 そして、運動部から順に大声を出しながら、ぞろぞろと剛の後をついていく様に歩き出した。


「へっ、それでいいんだよ」

 そこでようやく剛は口角を上げながら歩き出した。



「……凄いな、鬼塚は」

 皆が剛に先導されているのを見て、高杉はそう呟いた。

「そうだね。やっぱりこう言ったものは英雄が強いね」

 間藤は高杉と肩を並べ歩きながら応えた。


「英雄……か。確かにその通りだ。今後の戦闘の指揮は鬼塚に一任したいところだ」

 そう高杉が言うと、間藤は嬉しそうに笑った。

「高杉くんってさ、結構剛くんのこと好きだよね。いつもは喧嘩しているのにね」

 それを言われて少し眉をひそめる高杉。


「奴が勝手に俺に喧嘩を振っているだけだ」

 高杉からしてみれば、別に剛の事を嫌っているわけではない、と思っている。

 そんな高杉の返答に対して間藤は少し困った顔を覗かせる。

 実際、高杉は剛の事をよく褒めているし、剛の方も高杉の実力は認めている。なので仲良く出来るはずなのだが……。

 何故喧嘩になってしまうのか、間藤は今に至るまで分からず終いでいる。

(……やっぱり高杉くんの天然の所為なのかなぁ……)

 などと理由をつけては見るが、真実ではないことも理解していた。




 時刻はこの世界で午後2時。後2時間でクスィピニーステによる闇の時間が始まる。

 なので、今から始めてもあまり効果的な訓練は出来ないだろう……と皆は考えていたが、どうやらニコラオスと剛、柔心はそう思っていなかった。


 服を着替えて準備運動の後に、自衛隊がやる様な訓練が彼らを待ち構えていた。

 その激しさたるや、わずか10分で音を上げる人が大量に生産される程である。

 ニコラオスもそうだが、剛、柔心共に体を鍛えるのが好きな性格であったのもあって、倒れた者には煩い声援が飛び、サボる者には柔心による鉄拳制裁が待っていた。

 そんな活き活きしている二人の姿は正しく鬼の顕現に他ならなかった。


「誰だ鬼のプネウマを溜めていた奴!」


 訓練の最中にその様な事を言っていた愚者もいた。そんな彼は今、柔心の鉄拳制裁によって訓練が好きな体になっている。



「……これは酷い」

 まるで地獄絵図の様相になっている訓練場にて、さり気にしっかりこなしている高杉が思わず呟いた。


「英雄色を好むとはいうが、成る程、確かに色物だ

 」

「そういう意味じゃないと思うなぁ」

 彼の後を必死に追いつく間藤がツッコミを入れる。ここに来て高杉の天然が発動するのは、高杉本人も結構参っていると信じたい程に気の抜ける言葉だった。


「……間藤は大丈夫か?俺の後をついてきているが、柔心の用意した女性用の方がいいだろう」

「あー、大丈夫……では少しないけど、いつもニコちゃんの趣味に付き合ってるから女性用じゃ物足りなくなったんだよね」

 そう言って少しフラつきながら笑顔で返した。

 柔心と友情関係を築いて以降、スパルタな柔心の献身的なまでの筋トレによって彼女もまた完成された肉体を有している。

 健全な肉体は健全な魂に宿るとはよく言ったもので、彼女の精神力は柔心との関係性によって強化されているのだ。


「……時折、間藤が一番凄いのではないかと思うことがある」

「あはは、そんな事ないよ」

 笑いながらも、それでもやはり彼女にもそろそろ限界がやってきたようで動きが止まった。

  流石にもう限界か、と、間藤はペースを落としながら、周りを見渡してみる。


 そこで目に付いたのは、ここに飛ばされてからあまり元気のなかった木下教諭の、剛とベンチプレスで勝負しているハジけた姿だった。

「なにあれ」

 間藤は思わず声が溢れて、高杉もその姿を目にした。

 意味がわからずにいると、近くにいた種島副会長が「あぁ、あれはですね……」と説明をくれた。



 事の経緯は、ある生徒の言葉からだった。

「ぶっちゃけ体育教師と言っても剛先輩の方が凄いから先生要らなくねー?」

 純粋であると言った方が良いのか、あまりにも辛辣な言葉だ。木下教諭は気の強い人ではなかったので、その様な言葉に悔しさを覚えながらも口を閉じて我慢するしかなかったのだが、それに反論するものがいた。


「はぁ?テメェら分かってねーなぁ?木下教諭はスゲェんだぞ、バカにすんなや」

 剛である。


 彼は元々人を馬鹿にする人間は嫌っているが、同時に目上の人に対しては敬意を示す人の為、こうした言葉には最大限の拒絶で返すのである。

「お、鬼塚くん、暴言は止めようか。僕の事なら大丈夫だから」

 木下教諭の言葉を聞いて、しかし剛は納得がいかなった。こんなに馬鹿にされて、何も返さないなど剛の流儀に反する。何故木下教諭は反論の一つもしないのだろうかとすら感じるほどに憤りを覚えた。


 そこで思いついたのがベンチプレスだった。過去にジムで木下教諭がかなりの重量を持ち上げた場面を見たことがあったので、それを見せつければいいじゃないかと考えたのだ。


「先生、ベンチプレスで勝負しませんか?」

 ニヤリと笑って剛は言った。



 そして現在、2人の勝負は佳境を迎え、その圧巻たる力の誇示から皆がそれに目を奪われていた。

「ぐぉ……、SAY HAAAA!!」

 大きな声を上げ、両腕に血管を浮き上げさせながら剛が100kgのバーベルを持ち上げた。

「すっ、スゲェ!100kgこなしたぞ!」

 観客のような程で生徒達がその姿に感服する。

 一方で剛の隣にいる木下教諭もまた、静かながらに同じ重さのバーベルを持ち上げて見せる。

 木下教諭の筋肉は普段正装で隠されているが、このベンチプレスによってその真価を発揮した。

 ニコラオスには劣るものの、それでも磨きあげられた筋肉からは黄金のような覇気すら感じてしまう程だ。


「先生、一体なんなのこの筋肉!?」

「……まぁ、鍛えてますから」

 生徒の質問をクールに返す。普段の頼りない姿が一変して頼り甲斐のある人へとなった。


 その後、いよいよ剛が110kgでリタイアし、木下教諭が120kgまで持ち上げていった。


「だぁぁぁぁぁ!負けたっ!」

 剛は本気の悔しがりを見せて、皆より更にハードな訓練を自身に課した。

 木下教諭はと言えばまだ気の弱い口振りで「無茶しないでね」と言って剛の訓練を見届けていた。

 そして、もう周りに木下教諭を甘く見るものは居なくなっていた。


「ねぇ、剛くんと木下先生って体重何kgだっけ?」

 間藤は2人の後ろ姿を見て、思わず2人に聞いた。

「鬼塚が60kg、木下教諭が68kgだった筈」

 高杉が過去に聞いた話を思い出して答える。


「バーベルを持てる男性平均って確か40kgだよね?」

「そうだな」

「何あの2人」

「そうだな」

 改めて2人の異常さを目の当たりにした間藤は、おもむろにバーベルを持ちに向かっていった。


「ちょっと私も……」と言って、柔心に付き合って貰いながら準備をする。

 そして、一つずつ、ゆっくりと重さを増やしていく。


「……もう、無理っ」

 45kgの時点で持ち上がらなくなって、息を荒げながら席から離れた。

「あーあ、悔しいなぁ」

「あの2人と競う事自体無茶ぶりじゃないか?」

 間藤は時折こうした負けず嫌いを見せる事がある。勉学にしても高杉とは競う事が多く、生徒会室で成績を見せ合っては、負けた時にいつも頬を膨らませていた。

「ちょい私もやってみる」

 そう言って柔心もバーベルを持ち上げ始めた。記録は60kgまで行った。

 それを見て間藤はますます頬を膨らませる。

「悔しい!やっぱり私は男子と同じ訓練する!」

「頑張れマナ!私、貴女のそういうところが大好きよ!」

 こうなると普段穏やかな間藤も幼子の様な性格になる。高杉と柔心を連れて、また一から鍛え直しに行くが、2人もストイックな性格な為乗り気でついて行った。

 そこで1人唖然とするのが種島副会長だった。

「あぁいう性格だから凄いんだろうなぁ……」

 そう染み染みと偉大な先輩たちの背中を見るのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そして、ついに時刻は16時になった。

 突如として建物の中からでも見えるほどの黒い霧が山から湧き上がってくる。

 それはすぐに青い空を、バケツをひっくり返して溢れたペンキの様に真っ黒に染め上げていく。

 夜と錯覚する程の霧は辺りをいとも容易く暗い世界へと変貌させる。


 圧巻する勢いのまま霧はそれでも吹き上がっていくが、ようやっと鎮まると突如光がこの建物の近くにまで飛んでくる。


 それは高杉達がやってきたのと同じ要領で飛んできた兵達であった。

 皆翻訳魔法を使わず現地の言語で話しており、ニコラオスが応対していた。

 ある程度話が終わると拡散する様に施設の周りを兵が囲んだ。



『あー、皆様。兵士が皆を守るです。なのでゆっくりと休んでくれださい』


 そう言ってこの施設の寝室へと皆を案内し、ニコラオスは外へと向かっていった。


「あ、あの。ニコラオスさんはどうするんですか?」

 舞元が彼に問いかける。するとニコラオスは穏やかな笑みで返す。

『皆を守るために戦うますよ』

 そう言って、そのまま彼は歩き出した。


 皆は施設の中を出ないように言われたので、木の窓を開いて外を眺める。


 そして、ニコラオスは兵の皆になにかを伝えた後、馬に乗って遠くへと向かって行った。


「……彼は一体何を?」

 高杉はニコラオスの背を見て水晶に問うた。


『彼は周りにあるドミ プロスロスィシシィの木の実を潰しに行っているのさ』

 水晶から、アポカリプシスが答えた。

「一体何のために?」

『あの木の実にはプネウマがあるのは説明した通りだが、クスィピニーステ達はプネウマが大量に放出されている場所に向かう性質があるんだ。だから、遠くにある木の実を潰してプネウマを放出する事で、ここに集まるクスィピニーステが減るんだ』


「だが、それはつまり、ニコラオスの危険が増すという事ではないのか?」

『……そうだね』

 それがとても危うい作戦であるのは2人も重々承知だった。しかし、それでもやると決めたのだ。

 これはアポカリプシスがニコラオスに対してそれ程の信頼を寄せているということでもあった。


『彼は絶対無事に戻ってくるよ。保証する。なにせ彼は最強だ。魔法を使わなければね』

「含みのある言い方だな。なら魔法ありなら別なのか?」

『魔法を使っていいなら勿論私が強いに決まっているからさ』

 冗談めかしていうアポカリプシスに、「あぁ、成る程」と軽い笑いで返す高杉。

 その間にもニコラオスの姿は闇へと消えていった。



 20分が過ぎた辺りから、ポツリポツリと遠方から怪しい光が見え始めた。

 目を凝らしてみると、常識では考えられない姿の存在が、確かにそこにはいた。


「本当に……骸骨が動いているのか……」


 高杉は息を飲む。

 埒外の存在である彼らの存在は、映像で見るより実際に見たほうが恐怖を駆り立ててくる。


 動きは遅い。誰の目でも追いつけるほどの緩やかな行動だが、それが益々不気味さを醸し出す。


 1人の兵士が槌を握り締めてそのスケルトンの頭蓋に一撃を入れる。頭部からはひびが入り、体はバラバラに崩れ落ちた。……しかし。


 体はすぐに元の形に戻り、頭部のひびも修復されていく。

 それを目の当たりにした生徒の全員が胸がざわめいているのを感じた。

 倒しても素早く回復する相手。終わりの見えない連続戦闘。そして、自身らはこれからより大群を相手にしなければならないという恐怖。

 それが今みんなを襲った。


『……大丈夫、君達ならやれるさ』


 言葉を失う中で、アポカリプシスはほぐす様に言った。

『君達だって存外化け物に慣れるほどの才能が眠っているんだ。これから一週間かけて作ればいいさ』


 その言葉に、悔しさを感じながらも安堵に包まれた。


『さ、今日はもう寝なさい。明日からも鍛えないと行けないからね。これから辛いよ?』

「言わなくても分かっている」


 高杉は最後に窓の外で戦う兵士達を尻目に、ベッドに入るのだった。

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