EX episode.1 破
「救ってほしい……だと?」
剛が肉料理を口いっぱいに頬張りながら、アポカリプシスの言葉に反応する。
『そうだ』
「待て」
アポカリプシスの応答には高杉が制止をかけた。
「世界を救うだと?それでなぜ俺たちが呼ばれる?それなら貴方がやればいい事だろう」
『それが出来ないのさ。ーーまぁ、そうだね。ちゃんと一つずつ答えよう』
アポカリプシスはこの豪勢な品には一片たりとも触れる事なく彼らの質問に答える事に専念していた。
そして、人差し指を上げ……
『一つ目の質問、君達を連れてきた理由。勿論、君達には今我々が抱えている問題の解決に最も最適であると思ったからだ。ーーそれについての細かい理由を説明するには今は難しいので後で答えよう』
「……」
後で説明する、という言葉に理解を示し、皆は黙って聞いた。
「二つ目。なぜ私が解決に向かえないのかだが……。神といっても限界があってね。敵の数はある程度まとめることは出来たものの、私1人では処理しきれない。治めている国の事もあるしね」
「て、敵……?敵対国ってことですか?そんな事に生徒達を巻き込まないでください!」
木下教諭は暴力沙汰が混じる事を少しは想定していた。それだけでも看過出来ない事であるが、それ以上にそんな政治的な事に生徒達が関わってしまうのは、教師として見逃せない。
『いやいや!そういったものではないよ。とはいえ、暴力沙汰であるのは間違いない。そこは申し訳なく思っている』
「謝るくらいであるならどうか生徒達を安全に元の場所に返してください!そもそも貴方が一国を統べて居るのであれば、自衛隊なりが居るはず!」
『ーーそれは出来ない。君達には役目を果たして貰いたい。そして、確かにそういった兵はちゃんといるが、彼らでは役者不足。君達でしか成せない事なんだ』
話を聞いて、高杉は大体の事を理解し始めてきた。
どういうわけか、ここに集められた皆はこのアポカリプシスが率いる兵より強いと言える何かしらがある事。そして、今回の件には、暴力を伴う事が起きる事。敵は複数、徒党を組んでやってきている事。
「……これはまさしくではないですか……っ!」
ふと男の声が聞こえ、高杉はその声の主に目をやった。
それは、太郎がいない事に気付き、種島に報告していた太郎の友人からであった。
彼らは他の友人と共に何やら他の皆とは違う高揚感を見せていた。
どういう事かと耳を傾けていると、高杉にしてみれば素っ頓狂な話だった。
「これはまさしく異世界転生モノ!俺ら主人公じゃないですかー!」
「太郎がこの場にいないのが最高に惜しいよなぁー!」
「まじそれなー!アイツならきっと今頃舞っていた事だろうに!」
高杉はその会話に思わず頭を抱えた。なんと楽観的な考えをしているのだろうかと。
それもそのはず。生憎と高杉はアニメを見た事が一度もない。なのでアニメ業界ではブームである、所謂異世界転生モノや、なろう小説の類を微塵も知らないのだ。
なので、高杉の率直な感想としては、身に置かれた状況を理解出来ていない馬鹿。という事になる。
……のだが。
「マジやばくねー!?こんなコトフツーなくない?」
「だよねぇー!」
……と、女子生徒含めて思いの外楽観的な人が多い事に気付く。
木下教諭が論弁するも、むしろ皆はアポカリプシスの側に立って木下教諭を宥め出す始末。
初年度とはいえ、共にいた時間は木下教諭の方が長いというのに、この場にいるほぼ全ての生徒がアポカリプシスに信頼を寄せていた。
「……っ!」
このアポカリプシスの人身掌握術は並外れたモノであるとその時、木下教諭は認めてしまい、押し黙ってしまった。
そして、恐ろしいまでに柔らかい笑みで木下教諭が黙ったのを見計らった後、説明を続けた。
『さて、それでは次にこの世界について説明しようか』
アポカリプシスは指を鳴らした。すると、周りの白い壁は数本の柱を残して消え、外の世界が見渡せるようになった。
そこは、日本ではなかった。……いや、それはアポカリプシスの存在によって皆が暗黙の中で予想してはいたが、実際に見渡してみると予想から確信へと強く変わっていく。
その景色は、とてものどかな風景だった。
西洋の建物が並ぶ街、その先には黄金の麦畑が広がっている。
街の外は遥か先まで広がる草原と山々。空は淀みなく透き通っており、現代日本で生きている人にはみることは叶わなかったであろう風景ばかりだ。
「……」
ただ一つ、高杉の目には違和感が一つあった。
その街並み自体は特に変わった事はないのだが、所々にある広間の数が多い。
しかも、その広間は別に中央に街頭や噴水があるわけでもなく、ただただ大きな丸を描いているだけなのである。
その広間の数一方向に4つ。
果たしてこれに何の意味があるのか、その時の高杉は他に感じ得なかった。
『この世界は君達の知っている、所謂【地球】という世界とは別の世界だ。また、君達の国の神話にある常世の国やニライカナイとも異なる。……その辺りは説明するとやや難しいが、ともかく、地球とは違う星の世界だと思って欲しい』
アポカリプシスは思いの外日本という国に対して知識がある様だった。
先ほどの口振りを見る限りでは、過去に何度も日本人を拉致……もとい招いたらしい。
「異世界というのは理解した……が、どうやって皆をここに集めた?……何故日本人ばかりを呼び寄せているんだ?」
『集めた方法は秘密にさせてもらおう。他者に悪用されても困るからね。
ニッポンテイコクの人々を呼んだ理由は……まぁ、正直あまりない。たまたまその国の人を最初に呼んだだけだ。後はそうだな……。せっかく言葉を覚えたのに、100年単位でも言葉の意味が変わり始める人間だから、別々の国の人を呼んでは最初から覚え直すというのも面倒だと思ったからかな。ましてや君達の国は前呼んだ時は【ハイカラ】だの【文化】だのと、よく分からない言葉がやたらと増えたからね。翻訳魔法を組み立て直すというのはそれだけ大変なのさ』
【翻訳魔法】という単語が出てきて、太郎の友人達は更に舞い上がった。
その高揚感のまま、彼らは手を上げてアポカリプシスに質問を投げかける。
「あ、あの!これってつまり、俺たちにも魔法が使えるって事でしょうか!」
(……なにがつまりなのだ……?)
と、高杉なんかは思うが、それは少数派。まるで現代科学の進歩についていけない人の様な浮き様を感じた。
対してアポカリプシスはその質問に意外そうな顔をしながらもすぐに笑顔に変わった。
『勿論だとも!むしろ、君達はこの世界の住民より遥かに強い魔法を使う事が出来る筈だ!』
それを聞いて、彼らは勿論、文芸部などはより大きな歓声が上がった。
『しかし今回は驚く事ばかりだ。魔法が使える事にここまで関心を示したのはもしかしたら君達が初めてかも知れない』
態度からそれが本心の言葉だと分かる。とても嬉しそうに言う彼の顔はとても笑顔であった。
「あ、あのー。何で私達はこの世界の住民より魔法が使えると確信出来るんですか?」
手を上げて質問したのは間藤だった。
それにもアポカリプシスは憚りなく答える。
『それの説明にはまず魔法の仕組みを教えなければならない』
そう言って彼はまた指を鳴らした。すると、彼の背から3Dホログラフィック映像が現れた。
『さて、見ての通りこの様に空中に映像を出したり、壁を透明にしたり、先程見せた柱を作り出す、宙に浮かせると言ったものの総称が魔法というものだ。他にも様々な用途がある。例えば……』
と、彼はホログラフィック映像に炎の絵を作り出した。そして、机の上に置かれていたちり紙をその炎に近づけ……、本物の火のように紙が燃え出した。
『視覚だけでなく、実際に火を生み出す事も出来る』
燃え出した紙を彼は投げ捨て、何か唱えると、そのちり紙の周りに霧が集まったかと思えば、紙は消火され、濡れた状態で床に落ちた。
『この様に水を生む事も。まぁ、大変便利なわけだ。
それでこの魔法、どの様に使うのかと言うと……そうだね。君達の世界では【オド】って言えば分かるかな?』
「?」
オドと言う名に対し、大半が首を傾げた。
『あっれぇ?知らない?おかしいな……。……あー、なら【チャクラ】なら知ってる?』
「忍者?」
『どこから忍者が出てきたの!?』
……無理らしからぬ事ではあるが、今の日本人の大体はチャクラと聞いたら某忍者作品を彷彿とさせるものだ。
それには流石の高杉も困惑の面持ちでフォローを入れる。
「オドとは、ドイツの化学者であるカール・フォン・ライヘンバッハが19世紀に唱えた未知のエネルギーの事だ。要約すると、磁力を持ち、動物や太陽、水晶に宿る物理干渉が可能な力の事だ」
「へー」
と高杉の説明に皆が感嘆した。
「そしてチャクラとは……。少し説明が難しいな。肉体と魂を繋ぐ配管に流れるエネルギー……と言うのが正しいだろうか」
『正しくそれだとも!』
高杉の説明に食い込む様に反応を示すアポカリプシス。
『我々の世界でそれはプネウマと呼ばれている。魔法はその様なエネルギーによって操るものだと思って欲しい』
プネウマという言葉に高杉はどこかで聞いた様な気がして思い出そうと考え出す。
『さて、そのプネウマだが、基本的に生物、特に動物に宿っている。そしてそれは意思を持っている程に蓄積されていくものだ。勿論、君達にもそれは蓄積されている』
そう言ってアポカリプシスは剛の方に顔を向けて、突如として彼の周りを光で照らした。
それには食事をしていた剛も驚き、何事かとアポカリプシスの方を見た。
『見た限りでは彼は特にプネウマが豊富だ。よほど精神力が強いらしい』
そう言って拍手と賛辞を送る。
『このプネウマは消費して使う物なんだ。なので、魔法に頼り切ったこの世界の住民は君達には遠く及ばないのさ』
その説明を受けて高杉は理解した。
ーーつまりは、本当に誰でも良かったのだ。ただ、プネウマを使っていない異世界の住民であればそれで良い。この世界の住民と違い、ただの一度も魔法を使っていない人にはプネウマが大量に蓄積されている。
成る程、確かに戦力としてなら理に適っているーーと思った。
高杉の予想と同じような事をアポカリプシスは説明していた。
『ーーしかしこのプネウマには些か副作用というか、使い手の悪い癖まで影響を与えてね。これが今我々が陥っている困り事になるのだが……』
と、アポカリプシスは少し申し訳なさそうな顔で続ける。
『この魔法は、そしてプネウマは切り詰めて言ってしまえば願望の体現術なんだ。そして、人というのは一つの願望に対して一種類だけの思考で動いてはいない。そこには必ず副産物となる思考も存在する』
この遠回しな意味には高杉を除いた大体の人が理解出来なかった。
なので、アポカリプシスはもう少し言葉を続ける。
『例えば。鹿狩りをしに行くとしよう。そこで弓を引く時、当たるように願うだろう?……しかし、その思考の裏ではーー鹿肉を食べたいーーという欲望が潜んでいる。仮に魔法で似たような事をするとどうだろうか』
「魔法はその願望も叶えようとするーーって事か?」
剛はややこしそうで面倒そうと思いながら聞いた。
が、剛の予想は正解で、アポカリプシスは拍手をする。
『その通り。しかし、その欲望は魔法では叶え得ることが出来ないものだ。なので、それは行き先を失い、宙に舞い、他のものに乗り移ってしまうんだ』
「ーー大体分かってきたぞ。つまり、貴方達が抱えている問題というのは、その行き場所を失ったプネウマの処理ということか」
『ご名答』
アポカリプシスは元いた席に戻り、三体の異形のモノの映像を出す。ーーいや、一体だけ人の姿をしているが。
一つは大量の骸骨の群れ。
一つはミノタウルスの様な人と牛が混じったモノ。
一つは一見ただの男性だった。
『君達の世界では三大欲求という言葉があるそうだね。食欲、性欲、睡眠欲。人が持つとされる欲望の存在。
私達の世界でもそれはあってね。こうした共通の欲望の群れが集まって出来たのが彼らだ。本来なら僅かな粒にも劣る欲の在り方だが、それが徒党を組めば巨大な生命になる。塵も積もれば山となる、だ。そして困った事に、人の欲望が素であるので、彼らには精神が宿っているんだ』
その説明を受けて改めて考えてみると、成る程、確かに困った事なのだろう。
この世界における魔法は高杉らが使っている機械と何ら違いがない。使わざるを得ないものだ。
それが100年も続けてしまえば、大惨事となるのも理解出来る。
しかし……。
「前もってある程度集めたら処理する事は出来ないのか?」
わざわざ巨大に膨らんでからでなくとも、兵が処理出来る期間に都度やれば問題ないと思えるが……
『それは出来ない』
と、アポカリプシスは否定した。
『彼らは形になるまでは有象無象の霧に等しいんだ。それを処理するには形を顕現させた上で滅しなければならない。何より効果が見えないから人の士気が上がらないんだ。昔試した事があったが、対して削れない上に人が大事として捉えてくれないから効率が悪すぎた』
語るだけで、何となく苦労が見て取れる。
彼は語った後でかぶりを振って改めて続けた。
『まぁ、ともかくだ。そういう事だから、こちらとしては異世界の住民の協力が必要なわけさ』
「ーー成る程、大体分かった。説明感謝する」
高杉はアポカリプシスに対してお辞儀をした。アポカリプシスもそれに返す。
『それで……我々の世界を救ってくれるかな?』
アポカリプシスとしてはこの問答が一番大事だろう。いいえと言われたらどうしようもないのだから。なので、ここからは交渉ーー取引の時間だった。
そこにきて、高杉は冷ややかな表情へと変わり、周りの生徒はその【空気感】を感じ取り食事の手を止めた。
「ーーそれは貴方の誠意次第だ。まず、我々は元の世界に帰れる手段があるか聞きたい」
『もちろんあるとも。昔の人々もちゃんと送り返した』
アポカリプシスもこの空気に相応しい振る舞いをしながら応答する。
高杉はそれが見て取れると次々と他の質問をぶつける。
「向こう……つまりは地球との時の流れはどうなっているか分かるか?」
『時の流れは向こうと同じ。こちらの1日と地球の1日は同じだ』
「ここに飛ばされた時、他の教師はどうした?また、2名の生徒の行方も不明だ。それについて知っている事を聞きたい」
『君達の残りの教諭は今別室にいる。彼らはまた別の理由で必要でね。翻訳魔法の性能向上の為に彼らから話が聞きたいんだ』
彼の言った翻訳魔法というのはどうやら最初から言葉が分かる、と言ったものではなく、日本語を理解していないと出来ないものらしい。
その為に長く生きている教師に教えて貰う、というのは理解出来た。
しかしそれなら木下教諭は何故あちら側ではないのか。
『ん?彼も教師だったのかい?あぁー、まぁいいだろう。別に全員必要というわけでもないし』
と、どうやら木下教諭はその若さ故か教師だと思っていなかっただけらしい。
アポカリプシスは教師については説明を終えて次の質問に答える。
『2人、行方不明……、という事については申し訳ないが私にも分からない。実は、過去にも召喚事故があったのは記録にある。……そうだね。責任を持ってその2人は我々が見つけ出そう』
召喚事故……。過去にもあった……というのはどうやら本当の様だった。
容姿や名前を聞かれたので、それは太郎を知る彼の友人達が教えていた。
が、その後、些か聴き心地の悪い会話が聞こえてきた。
「えー?腐川さんとかどうでも良くない?」
「そーそー、いつも端っこで本ばっか読んでて暗いし、話しかけても睨みつけてくるし、居ない方がいいと思うんだけどー」
「何……?」
それは、妙子と同じクラスの女子からの言葉だった。
どうやら妙子はクラスでは浮いた存在の様であったが、それは高杉にとっては不快な戯言だった。
「ぶっちゃけ、のたれ死んでも構わないっていうかー」
「少し黙れ」
怒気の入った声で高杉は言葉を遮る。その目には彼女たちへの軽蔑の念が混じる。
それには彼女たちと怖気付き、小さな愚痴の後に押し黙った。
高杉はこの様な考えを持つ者がいる事に頭痛を患いそうになったが、面白みのない冗談だと捉えて流す事にした。
そんな一連の流れを見て、アポカリプシスは彼らの環境の考察をしながら笑っていた。彼にしてみれば、高杉達の会話一つにしても新しい発見の数々なのだ。
「……」
気を取り直し、アポカリプシスの話に思考を戻して考え始めた。
今回の出来事は少なくとも高杉達にとって何の利にもなってはいない。
地球との時間の流れが同じという事は、ここに長く滞在する程に地球に戻った時、大きな損失となるだろう。
学校の教師生徒が行方不明……そんな事が大きく報道されては履歴に傷が付く。
ましてや勉学に励む事が出来なくては彼の望む大学にも行けなくなるだろう。
ーー改めて考えて厄介な事に巻き込まれてしまった。
しかし、断る事は出来ないだろう。
断った所でこのアポカリプシスが素直に帰してくれるとは限らない。
実際、他の教諭が別室にいるのだ。建前が何であろうと、それがどの様な意味を含むかなど語るまでもない。
今、この場にいる全生徒と全教員の命はアポカリプシスが掌握しているのだ。
仮に高杉達が戦わないとどちらの利にもならず、一番効率が悪く、無意味な結末となる。
なので、高杉は妥協出来る着地点を探す事が最善であると考えた。
「……この問題を解決したとして、どの様な報酬がある?」
今、欲を張れるとしたらこの事しかないだろう。
『そうだね。報酬は先払いとしよう。君達には魔法の使い方を教えてあげるよ。まぁ、魔法が使えないと私達の頼みも叶わないけどね』
「……それが報酬だと?」
『君達にしてみればかなりの見返りだと思うよ。この魔法は別に我々の世界だけじゃない。君達の世界でだって使えるんだ。かなり大きな利点だと思うが……どうかな?』
自身らが住んでいる地球内でも使えるーーというのは高杉でなくてもすごい事だと理解した。
「えっ、使えるんだ。でも何で?」
言ったのは柔心である。確かにそれが使えるのであれば地球の人類は今頃魔法を使えているはず。
有りはしない、もしくは地球では出来ない理由があるはずだと思ったが……、それはアポカリプシスが答えた。
『単純さ。君達は私を見た。だから使えるのさ』
「……どういう事だよそれ?」
剛も食事を終えた様で、適当な場所に腰掛けながら問う。
アポカリプシスはクスリと……笑い或いは憐憫だろうか。不敵な顔で続けた。
『そのままの意味さ。神という概念を理解したから神の業も理解を示す事が出来る。ーーそうだね、君達の世界ではどうかは知らないが、我々の世界ではこういう学説がある。
ーー火を火と認識出来るのは人間のみ。故に人が繁栄する為の礎を手に入れる事が出来た、というものだ。
これもまた同じ。人が神という存在を認識した時点で君達は魔法を使う資格が出来たのさ』
その説明は、果たしてどれ程の人が納得行っただろうか。恐らくは半分にも満たないだろう。
が、これに似た学説を、高杉は見た事がある。
「ミラーテストのようなものか」
ミラーテストとは、鏡に映ったものが自身であると理解出来るかという自己概念を試すものである。
チンパンジーは、そのテストの最初の頃は鏡に対して他のチンパンジーを相手にするときの様な敵対行動を示していたが、しばらくするとそれが自身であると分かり、自身の歯を覗くなどの行動を取った。
恐らくこの魔法というのも、自身らがその魔法を認識出来ない内は出来ないものだったのだろう。
存在しないものを認識する事など不可能だが、仮にそれを認識し理解出来れば必然の事象となる、という理屈だ。
成る程ーーと、高杉は思えた。
魔法という概念の利便性は高杉にしてみれば十分過ぎるほど理解している。
そして、見返りもかさばるものよりも技能の方がコンパクトだ。
よもや家や儀礼剣を貰った所で必要とされる時は来ないだろう。
と、同時に聞くタイミングを間違ったとも思ってしまった。
前もって魔法を会得してから聞けば他の物を貰えた事だろうに……と。
(いや、どのみちか……)
例え後から言った所で、より強い魔法を教えるーーなどと言われていたに違いない。
「ーーそれで行こう」
『そうかい。理解してくれて私も嬉しいよ』
不敵に微笑むアポカリプシス。どこまで行っても彼が主導権を握っていた。
過去に何度もこの様な交渉があったが故の経験の差が露呈していた。
「……ただ、条件がある」
『条件?』
しかし高杉は易々と引かなかった。せめて気にかかる事を解消しなければならなかったのだ。
「まず別室にいる教諭の安全の保証をしてもらいたい」
『……。あぁ、良いとも』
「ーー」
この時、高杉は一瞬の間がアポカリプシスにあった事を見逃さなかった。……しかし、ここで深く探る事は出来ない。仮に何かあったとしても、対処の仕様がないからだ。
逆に不信感を抱いている事に気付かれない様に高杉は続けた。
「二つに、改めて成狼太郎と腐川妙子の捜索及び救助を願いたい」
『それも了解だ。元々私の不祥事、重ねて約束しよう』
これについては真摯に受け止めていた。
「これで以上だ」
『そうかい。君とはとても有意義な会話が出来た。……ちなみにだが、他の人は何かあるかな?』
高杉から目を離し、アポカリプシスは他の生徒を見渡す。……そして。
『無いようだね。ありがとう。それでは今後の事について話そうか』
そう言って今度は地図を映し出した。そこには大陸だけでなく、現在地を示す黄色い点と、今回狙う三体の居場所を示す赤い点があった、
広大な土地が多くあるが、しかし、今回狙う三体はいずれも1つの大陸内の、しかも一国の中に収まっていた。
その理由は明白。
『集める事は出来たと言っただろう?なのでわざわざ遠くに行く必要も無いように近場に用意したのさ』
「それなら全部一箇所でよくねぇか?」
剛が言うが、アポカリプシスは首を横に振る。
『流石にそれはやめた方がいい。どれも一筋縄ではいかない相手だ。一体ずつが得策だろう』
それほどまでの強敵だ……と続けるアポカリプシス。
それは高杉も同意見だが、改めて、この神を自称する男が強いと言う相手に果たして一介の学生程度がどうにか出来る物だろうか?と懐疑的になる。
剛は間違いなく強いだろうが、他のみんなも剛と同じスペックで語る事は出来まい。
その気待ちを察したのか、アポカリプシスはこう言った。
『君達には魔法だけでなく、ある程度の剣術や格闘術も身につけてもらいたい。200年ほど前なんかは、下手に出しゃばった子供がうっかり大怪我を負ったことがあったからね』
それを聞いて先ほどまで浮かれていた文芸部は急に萎え始めていた。
『そんなわけで、まずはここ。アンプラティアへと向かって欲しい。そこには君達を鍛えてくれる教官のニコラオスがいる。そこで一週間程体を作ってから討伐して貰おうかな』
アポカリプシスが指差したのは山々が連なる場所であり、赤い点がついた場所でもあった。
『……ここには睡眠欲の集大成【クスィピニーステ】が待ち構えている。個は強く無いが、その数や限りなく、飲み込まれたら終わりだと思った方がいいだろう』
それは、骸骨の姿をしたモノだった。
皆、各々の感情が飛び交っていた。ただ一つ共通していたのは、皆震えていた事だ。
それが武者震いから来るものなのか、恐怖から来るものなのかは……個人の性格に委ねられる。
『……今日は、まぁ、ゆっくりしていってくれ。語っている内に部屋を作っておいた。そこで英気を養うといい』
そう言って透明だった壁が白い壁へと戻り、同時に個室への案内表記をしてくれた。
『それでは私は一旦失礼しよう。明日に向けて色々準備しなきゃいけない。あぁ、テーブルの品は部屋に持っていっても残しても構わない。片付けはこちらで済ませるからね』
そう言ってアポカリプシスは足元から沈むように床に潜っていき姿を消した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
長い話を終えて、皆はそれぞれの個室へと入っていく。
名前こそ用意されてなかったが、奥に進む程に高学年の生徒が入るように高杉が仕切ってくれたので現生徒会会長の舞元は特にやることもなく、みんなと同じように個室に入っていく。
個室の中は至ってシンプルだった。
白い壁が四方に張られ、外を見る為の窓もない。簡易なテーブルと椅子、そしてベッドのみの面白味もない部屋である。
とはいえ、少しは、趣向を凝らそうとしている形跡はあった。
床面にある壁に木の模様がこしらえているのだ。……結局それも白なのでしっかり確認しなければ見落としてしまう程度のものだ。
細部には神が宿るとは言うが、果たしてアポカリプシスは狙ってつけたのだろうか……。
椅子に腰掛けて、この一日の中を思い返していき、将来に不安が募った。
舞元は責任感の強い女性であり、同時にアドリブに弱い娘でもある。
今回にしたって、理解が及ばないまま自身は慌てふためく事しか出来ず、種島に声を掛けられ、今後の行動を教えてもらわねば何も出来なかった事だろう。
……それが、生徒会長として、とても恥ずかしかった。だが、同時にそれが自身の限界でもあるように思えた。
瞳を閉じてまず思い浮かべるのは前生徒会長の高杉先輩。彼はここに飛ばされてもすぐに行動に移していた。コンパクトに、的確に。
羨ましいという感情が強いが、同時に自己嫌悪にも陥ってしまう。
果たして今の私が生徒会長を名乗るに相応しいのか……などと、思いふけってしまうのだ。
「あー、ダメだー!」
かぶりを振り、舞元は飛び出るように部屋から出た。
これはあんな陰鬱な気持ちから逃げたくて取った行動だった。なので、出たとて何をするでも無かったのだが……、ふと奥の部屋に目を向けていた。
「……」
学校では出来るだけ気丈に振る舞っているが、ここに来てからはそれが出来ていない。
そんな悩みを……果たして解決したいが為なのか。
無意識に近い動きで、彼女は三年生の居る部屋に向かって行った。
そうして彼女は高杉先輩のいる部屋の前で立ち止まったが、この時舞元はかなり悩ましい決断を強いられた。
高杉は二年の間でも踏み入れる事の出来ない、生きるツンドラ気候と恐れられている。
彼女の抱える悩みも高杉先輩ならいいアドバイスをくれるかも、と思いながらも恐ろしくて声をかけられないのだ。
その為ずっとうろうろしていたのだが、たまたま間藤がその姿を見た。
「あれ、舞元ちゃん?どうしたの?」
「ひぇっ!」
いきなり声をかけられて少しパニックに陥った。
その声の主が間藤だと分かった瞬間、安堵による安心感が戻った。
「マ、マドンナ先輩……ですか」
「んー……、うん、そうだよ」
同級生に言われるのだってかなり恥ずかしいが、二年生で生徒会長の舞元にまで浸透しているのがとてもこそばゆいと思いながらも頷いてみせる間藤。
とりあえず間藤は舞元が立っている場所を見る。
「あれ、ここって高杉くんの部屋だよね?何か用なの?」
それに気付かれて意味もなく動揺してしまう舞元。
しかしーー返って機転が回ったのか、間藤の顔を見た。
とても物腰の柔らかい人物で、とても話しやすそうな雰囲気を持っている。
それで、高杉より適任に思えて、少し口ごもりながら「あ、あの、相談を聞いてもらってもいいですか……?」と言った。
間藤は悩みを抱えているのだと気付き、出来るだけ話しやすい様にと舞元を自身の部屋に招待する。
「うん、いいよ。ここじゃ何だから、私の部屋に入って」
「あっ、ありがとうございます」
間藤は椅子を二つ用意して、舞元を先に座らせてから続く様に腰掛けた。
「それで、どうしたのかな?」
そっと綿のような言葉遣いで間藤は真摯な姿勢で聞く。
舞元は自身の指を絡めながら答えた。
「実は悩み事がありまして」
どことなく目の泳いだ感じで舞元は続けた。
「私、ここに来た時何も出来なかったじゃないですか。……ダメですよね、生徒会長なのに……」
どうやら自身に自信を持てなくなっている様だと間藤は思った。
「……それで私、もしかしたら生徒会長に向いてなかったんじゃないかって思うんです」
「そんな事ないよ」
間藤はすぐに言った。
「で、でも私、何も出来なかったんですよ?」
「だってほら。ちゃんとみんなをまとめていたの、私は見ていたよ?」
高杉からの指示を種島から聞いてから何をすべきかを迅速に対応していたのを間藤は仕事の合間にしっかり見ていたのだ。
「それも高杉先輩が指示をくれたからです。それまで私は何も出来ませんでした。……高杉先輩のように完璧にこなせないんです」
舞元は自己目標が高い人間である。それこそ高杉の様な振る舞いは理想であったのだろう。
彼女は去年度の高杉会長という姿を見ている。だからこそ、彼と同じくらいに立派であらねばならないと言う自己脅迫があるのだ。
それに対して、間藤はこう返した。
「そうだね。それが出来たのなら、きっと凄い事だよね」
「はい……。しかし私には出来ないのです」
「……いつか、出来るようになりたいね」
「出来る……でしょうか」
舞元は少し俯く。
「どうだろうね。……私は出来ると思うなぁ」
「で、出来ます?」
「うん、出来るよ」
一切の不安も与えない清らかな笑顔で間藤は言った。
そんな事を臆面もなく言うものだから、舞元も不思議と出来る気がしてくる。
「ねぇ舞元ちゃんはさ、どうして生徒会長になったの?」
と、間藤は語りかける。
「えっ?それは……」
突然の事で少し迷ったが、彼女は生徒会に入る前のことを思い出す。
高杉先輩が三年になり勉学の為に生徒会を降り、その後任者は誰になるのかという場面。
萎縮があったのだろうけど、皆が生徒会長の座には座りたくはないと言った声が多かったのを覚えている。
その中で、舞元だけは違っていた。その小さな身なりで生徒会長の座を本気で目指していたのだ。
これまで彼女は常に背が低いと言われ続け、子供のような扱いをされていた。それが悪意でないことと理解しながらも、悔しさは隠しきれない。
その悔しさを吹き払う為には、人の上に立つ事が必要であると思えたのだ。
それは他者からしたら下らない理由だが、自身にとっては偉大な一歩であった。
生徒会長になって自分は立派な高校生であると主張する。その為に、生徒会長になりたいーーと。
「認められたかったんです。私、背が低いので、いつも子供扱いされて。それが悔しくて悔しくて。
あぁ……、思い出しました」
舞元は張り切るように立ち上がり、背伸びをした。
「私は立派な高校生であると誇りたかったんです!」
「とってもカッコいい目標だね。今はなれてる?」
間藤はあえて煽るような言葉を使った。
「……なれていませんでしたね」
「うん。舞元ちゃんの目標はまだまだ先にあるんだね。じゃあ、どうしよっか」
「なら……、もう少し頑張ってみますね」
少し言葉を探しながらも、至って単純な答えしか出なかった。
しかし、舞元はいつだって頑張っていた。だから、彼女には頑張ることしか知らないのだ。それを悟られて、どこか気恥ずかしさが込み上げる。
「私、応援するね。頑張ればいつか出来る物よ、きっと。あ、そうだ。ここだけの話だけどね……」
と、間藤は小声で耳を寄せる様に手振りを見せ、舞元がそれに従う。
「あの高杉くんもね。生徒会長の時は人参嫌いでね、『代わりの野菜を食うから人参は絶対食わないぞ!』って言っていたけど、今じゃ食える様になったんだよ」
「まぁ!」
それを聞いて、2人ともクスクスと笑みが溢れた。
「あの、マドンナ先輩っ!相談ありがとうございました!」
「どういたしまして。また困った事があったら相談に乗るよ」
そう言って互いに手を振り、舞元は表情を明るくしながら帰る事が出来たのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日。
何処からか聞こえるスピーカーの様な大きな音でアポカリプシスは皆を起こし、広間へと集めた。
皆その日は寝間着もなかったので、上着だけ脱いだ格好で寝て、カッターシャツには大きなシワが出来ている。
『おはよう、みんな。英気は充分かな?うん、顔を見れば分かるよ。……うん』
髪も寝癖で跳ねている人が多発していた。目も怠そうであった。それにはアポカリプシスも言葉が詰まる。
顔を洗いたいとアポカリプシスに要望したら『失念していた』と謝罪し、用を済ませてから話に入った。
『おはよう、みんな。英気は充分かな?』
(ーーさっきの無かったことにしやがった)
その場の皆はそう思ったが深く介入しなかった。
『君達はこれから勇者として我々の世界を救いに行く。その活動を円滑にする為の物資を用意しておいた。衛兵!』
指を鳴らすと同時にアポカリプシスを除いて初めて見る現地人の姿を確認した。
見た目は茶髪の甲冑に身を包んだ西洋人である。
彼らは奥から馬車を数台持ち出してきた。その荷台の中には沢山の物資が入っていた。
『更にこれもあげよう』
そう言って突如としてみなの格好がローブに身を包んだ姿へと変わった。
「こ、これは?」
生徒の数人が何事かと問い出す。
『プネウマを混ぜ込んだ対物防護服だよ。剣などで破れたり、槍で突かれても傷を負わない優れものだ。ちゃんと防水機能もある』
そのローブは側から見てもかなり絢爛豪華な代物であった。
散りばめられたキラキラと輝く繊維は高級感を醸し出す。厚さもあり、そこそこ衝撃も吸収してくれそうな仕様だった。
『ではみんな、馬車に乗ってくれ。……あぁ、そこの君。高杉君、だったよね。これを持って行ってくれ』
「……?これは?」
アポカリプシスから渡されたのは黄色の水晶だった。
手のひらから随分とはみ出すくらいにデカく重たい。
『無線通信機ーーといえば分かるかな?こう使うんだ』
アポカリプシスはまた指を鳴らして似た水晶を取り出した。それに口を近づけ、何かを語る。
すると、高杉の持っていた水晶が震え出し、アポカリプシスの声が聞こえてきた。
「……これは」
高杉はまずそれに驚き……同時に笑ってしまった。ーーなかなか面白い仕組みだと。
『気に入って貰えたかな?これには他にもある機能がついている。正直そちらのほうが大事だ』
「それは一体……」
『集団瞬間移動装置さ』
「何?」
『メタフェーテ ト。スィ アンプラティア……と唱えなさい。そうすればアンプラティアへと皆を連れて目的地に着ける』
それを聞いて、高杉は素直に驚いた。
「そんな機能が」
『そう、あるんだよ。あ、私が作ったんだよ?どうだい?』
「素晴らしい以外の言葉が出てこない」
『そうだろうそうだろう』
アポカリプシスはそう言って誇らしそうに胸を張った。
そうしているうちに高杉以外の皆が馬車に乗り終えた。それを見て、高杉も乗り込んだ。
すると馬車の目の前にある壁が溶けて捌ける様に消えて行く。
馬車はゆっくりと動き出し、アポカリプシスは皆に聞こえる大きな声で語る。
『さて、これから討伐に挑むクスィピニーステについて説明しよう。彼らは死して亡骸になったものの、魂が未だ眠れずに留まり続けた亡霊だ。それを一々全て処理することは出来ない。しかし、対策はある。彼らにはそれらを操る本体が存在する。それを倒せばまとめて始末する事が出来るんだ。
あと皆が気になるのは何故最初にクスィピニーステを狙うのか、かな?その理由は二つある。
まず、回収しきれなかった亡骸が街を脅かす可能性がある事。そして、もう一つ。
彼らはどの欲よりも膨大な量のプネウマを所有している為、空に暗雲が立ち込めるんだ。
彼らは安息を求め、暗闇を欲している。つまり日の光を嫌っているのさ。これまでの情報から午後4時からその闇はやってくると分かっている。そうすると彼らは活発になる事だろう。
それには我が民も困り顔でね。畑仕事も出来ないとクスィピニーステが生まれる度に言われる。なので、どうか速やかに討伐を頼みたい』
馬車は白い塔から外に出る。
そこに広がっていたのは柵越しにこちらに羨望や期待の念を込めた市民たちの姿だった。
出るや否や歓声が広がり、皆は胸の震えが止まらなくなる。それはまるで麻酔のようで、感情が高ぶって仕方がない。
『私の愛しい子達よ。これでいくつになるかも分からぬ世界の破滅の波に再び会う。しかし、不安になる事はない。安心されよ。今しがた他世界の住人との契約はなされた。彼らもまた、快く勇者としての道を歩んでくれたのだ』
背中から響いてくるアポカリプシスの声。
それはスピーカーのような音に乗せてこの街ならず遥か彼方まで届かせる。
その口調は高杉達に聴かせたものではなく、威厳に満ちたものだった。
『さぁ、今こそ勇者達の門出だ!皆、彼らの未来に祈りを託せ!』
「祈りを託せ……か。成る程な」
高杉はアポカリプシスの計算高さを実感した。
プネウマの仕様で考えるならば、彼らへの祈りはそのまま力ともなろう。
この不思議な高揚感の正体とは、つまりこの祈り故だったのだ。
白い塔から街へと続く大きな橋が音を立てて降りる。ギシギシと馬とタイヤが橋を踏みしめる音がする。
そのどれもこれも、皆には経験の無い新鮮なものだった。
馬車は街を横断し、開けた場所で立ち止まる。
「高杉君」
間藤が声をかける。他の皆も高杉に目を向けていた。
「あぁ」
高杉は荷馬車から出て、水晶を片手にアポカリプシスの言われた通りに呪文を唱えた。
「メタフェーテ ト!スィ アンプラティア!」
すると、彼らの周りが光で包まれた。
(これは……)
これには身に覚えがある。そう、この世界に飛ばされた時にあった光と同じだったのだ。
光は彼らと混ざり合い、遥か遠く、アンプラティアへと向かって飛んで行った。
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辿り着いたアンプラティアには1人、鎧をつけた男性が立っていた。
隆々とした筋肉がまず一番に目につく。金髪のロングヘアは些か固めで無造作だ。瞳は非常に鋭く、刺さりそうで直視が出来ない。
彼がアポカリプシスが言っていたニコラオスに違いなかった。
高杉達がつくや、彼は逞しく渋い声色で敬礼と挨拶を行う。
『ようこそ、アンプラティアへ。皆々様を私は歓迎致すます』
「?」
言葉遣いに違和感を覚えながらも皆も挨拶を交わして周りを見る。
そこには一つの建物以外何もない。あるのは荒野と大きく連なった山々のみだった。
『私は我らが主から皆様を鍛えるようにと命令を下すされました。これからよろしくお願いします』
……やはりおかしい。どうやら敬語の使い方がおかしいようだが、皆は【翻訳魔法】の事を思い出した。
彼の言葉遣いを聴くと精度向上の為に教師を置いていったのも納得してしまった。
ニコラオスは建物へと指差して歩き出す。
『さぁ、こちらへ。皆様を立派な勇者にしてやるましょう』