21話 ある日の生活
「ハンモックを作ってみようと思います」
この世界に来て二週間が経った。
この日も朝起きて、リビングで食事を摂ると、太郎がいきなりそういいだした。
「えっ。何よいきなり」
思いつきの宣言などいつもの事だが、とりあえずなんの意図があるのかは気になった妙子は聞いてみた。
太郎は湯立てた後に塩をまぶした雑草を食い終わった後に続けて言った。
「いやなに。俺もこの世界に来て大体の生活の仕方ってのを分かったつもりでよ。せっかくあの忌々しい骸骨軍団が完全に消えて、しかも昼の時間が増えたんだからもっと異世界生活ってのを楽しもうかと思ってな」
「ふーん」
確かに、昨日の夜は普段より遅くやってきたので外にいる事の出来る時間も増えたのはいい事だがーーそれで何故ハンモックを作るという事になるのだろうか。
「ハンモックにちょいとばかり憧れているからさ」
妙子が聞いた時、太郎はそう返した。
「ハンモックで寝た経験なんてないだろ?せっかくこんなに紐作ってるんだから有効活用しないとな」
太郎はそう言って、後ろを指差した。
そこにはこれまで夜間中にちまちまと作り上げた紐や縄がある。10日も作っていればさすがに手馴れるもので、作業効率はかなり上昇し、凄まじい量になっていた。
あの量を見ると、確かにそろそろアレを何かに使わなければならないと思えてきた。
「いやぁ、ほんと、沢山作ったもんだよ。こんなに洗礼されたんだからこう、紐を振り回すだけで波動砲を放つ事が出来ても良いんじゃねぇかな」
「波動砲って何よ。なろう小説でもそんなの……」
「あるんだよなぁ」「逆に読んでみたいわ」
紐作りの最中に何度も太郎の語るなろう小説の話を聞いていたが、さすがにそれもあるとなんでもあり感が強く、もはや関心が生まれてしまった。
「あー、あともう一つ作りたいのがあるな」
「何よ?」
「肉がもっかい食いたいから動物用の罠でも作りたいなって」
肉を最後に食ったのは街に行った時に食った鳥の丸焼きだが、あの味を恋しく思えた太郎はそろそろ本格的な狩りがしたいと思えたのだ。
「あー……」
妙子としてはあまり乗り気にはなれなかった。命を狩る事の罪悪感は、妙子にとってはとても受け入れがたいものだと気づいてしまったからだ。
とは言っても、現代の様な恵まれた環境でもないのでベジタリアンになれるわけでもない。
いずれは狩りを始める事になるのは覚悟していたが……、いかんせん割り切れない。
妙子の様子に太郎は気付いた為、罠の話は自分一人で解決しようかと考えたが、また一人で行動して熊に襲われた件の繰り返しをするのはバカでしかないと自覚していた為後回しにしようと思った。
「とりあえずハンモック作ろうぜ!」
「んー、まぁいっか」
妙子としては、せっかく骸骨が湧かないと分かったのだからもう少し遠方して他の生徒たちと合流するなり、新しい何かとの邂逅を果たしたいと思っていたが、別段急ぐ必要もないと思い、頷いた。
「ところでパンツはないけど大丈夫?」
妙子が聴くと、思い出したくもない思い出でも呼び起こされたかのように太郎は渋い顔をした。
「大丈夫な訳あらへんやん……」
「私もね。頑張って探したんだけど、ちょうど女性物の下着を見つけて……」
「履かねーよ!?」
「……なら、地下から男物のパンツも」
「なおさら嫌だわ!なにが悲しくて野郎のパンツ履かなきゃならねぇんだよ!」
「そっかー」
ハンモック作りをするとか言う物だからそれなりの覚悟が生まれたのかと思ったがそうではなかったようだ。
絵面はともかく状況が良くなさすぎる。こんな状態の太郎を他所の人に見られたくない。しかも、隣にいる自分にまで変な印象を持たれる事だろう。
いつかちゃんとしたものを履かせたいが、それが果たしていつになることやら……。
サバイバル生活をして色々不憫に思えていたが、衣食住を整えることの大変さを改めて感じる妙子だった。
二人ともハンモックの経験がない為、互いに自身の思い浮かぶハンモックを作り上げる。
紐に括り付ける太めの縄に紐を縄状に結ぶ。
それだけで半日を費やす事になったが、取り敢えず一つは完成させた。
「やべぇ。なんか知らんがめっちゃ効率良く完成出来てね?紐のプロじゃね俺ら?」
太郎がイキりながら言った言葉だが、妙子もそれにはどこか同感していた。
最初の頃こそ酷かったものだが、ここまで器用になれたのは成長を感じれてとても良かった。
「早速やろうぜ。俺からな!」
あいも変わらず子供のようだが、提案程なのだから譲るのも吝かではないと、妙子はハンモックに手を取った。
「あ、そうだ。あんまよく分かんないけど高いのがいいから高くやって欲しい。低いと地面につきそうだし」
「アンタはネコか」
といいながらも、妙子は太郎の意見に従って肩くらいの高さにハンモックを張った。
……しかし、それだと太郎はどうやって乗るつもりなのだろうか。と妙子は思ったが、まぁそれは自身が持ち上げる、ということだろう。
その気持ちで太郎の両脇を持つ。が、太郎はその事に大変不服だった。
「あの、妙子さん。子供扱いするのやめてくれない?」
「あっ、ダメだった?」
もはや妙子にとっての太郎の印象は背丈の差も相まって子供でしかなかった為、思わずこうしたが、同年代の太郎、これに怒る。
「お前さ、なんかさ。俺のことを結構子供扱いしてるけど同い年だかんな?そこんとこ忘れんでよ?」
「ハイ」
妙子としては別に悪意があったわけではないのだが、それを言われたら申しわけが立たない。
そんなわけでお姫様抱っこに変えてーー
「ちょいストップー!」「ハイ」
太郎は一回降りて顔を上げて妙子の顔を見た。
その太郎の顔は眉間に皺を少し寄せた可愛い顔をしていた。
「あのさ。なんで子供扱いした次に女扱いになんの?」
「えっと、その、ですね」
アンタが背が低くて女の姿してるからです。といいたいが、それを言っても顰蹙を買うだけであろうから、言葉を選ぼうと考えた。
1.君の瞳に乾杯
2.私は女性は綿で包むように扱うのでね
3.愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない
ーー今日の私はかなり疲れているようね。
「スゥー……」
「スゥー、じゃないんだよなぁ」
いくらなんでもどっかの臭いセリフしか頭に浮かばない時点で何を言ってもダメであるとしか思えない。というか、最後に至っては言葉じゃなくて曲名だし。
ーー下手に考えず、どうすれば良いか逆質問しよう。うんそうしよう。
「なら太郎はどうされたいの?」
「どうされたいってなんか物議醸し出しそうだな。そんなの……、あれ?」
「太郎さんも分かってないの?」
「い、いや。アレだよ。腰を持ってだな……」
脇腹はダメで腰はいいんだ……とは思いながらも、それならとそうやって持ち上げ、ハンモックに腰掛けるように置いた。
しかし、ここで一つ致命的なミスが潜伏している事に二人は気付いていなかった。
ハンモックを張る際、テレビCMで見た事のあるようなぴっちりとした張り方をしていたのだ。
それは本来のハンモックの使い方ではない。
また、高さも腰辺りの高さ紐を括り付けるのが正解である。
この二つを為さなかった結果、どうなるのか。
網に腰掛けた太郎は真っ先に重心が乗って埋め込まれる様に太郎を包んだ。
それだけならいいのだが、ピンと張った縄がハエトリソウのように両端同士が閉じ、太郎の肩までの胴体と膝上までをハンモックの網の中に閉じ込めてしまったのだ。
その間妙に高い場所で、不安定な姿勢で身動きが取れないという状況が出来上がった。
それによって生まれる不安感は尋常なものではない。
「ちょちょっ!こ、こわっ!」
太郎がもがいてもその状態が解決する事は無かった。
ので、妙子が急いで縄を掴みながら救出してあげた。
その時、またお姫様抱っこをしてしまった。
が、「おぉう……」と、太郎は特に怒る事はなかった。
太郎が降りてから、呟くように言った。
「お姫様抱っこが憧れている理由がなんとなく分かったわ。クッソーかっけぇ」
「えっ、どんな感じだったの?」
太郎の言葉に妙子は凄く気になっているような様子で屈んで聞いた。
「なんで感心示してるんだよ……」
「いや、ほら、されるの私も憧れてるし……」
見た目は筋肉質なイケメンがそれを言うとオカマっぽく見えてしまうが、ちゃんと認識を誤らないように気をつけつつ答えた。
「そうだな……。吊り橋効果と、全身を相手に依存させてるのは死ぬほど恥ずかしいし、なんか……あー!なんか言うの恥ずかしいんだけど!」
「やっぱり?でもいいわねー。私も経験したいわ」
「とりあえず今の格好のままだと一生する側だろうな。ーー俺も一生される側だと思うと背筋が凍るな……」
(別段したい訳ではないが……いや、美少女にして見たいからやっぱりしたいな)
太郎の内面は下心が活発になっていたが、それよりもきにするものがあると思い出し、ハンモックに指差した。
「ところでなんだったんだよこのハンモック!あんなんのんびり出来ねぇよ!」
「扱い方が間違えだのかしら?でもCMとか見るのってこんな感じじゃなかったっけ?」
「分からんけど、失敗って事だろ?このハンモック自体が。なんか草の生臭さがあるし」
太郎はそう言ってこのハンモックを失敗作とみなした。
……一応網とかは細かく作ったのだから放置するのは勿体ないとは思ったが……。言ってみれば変わるだろうか。
と、そう思い太郎に伝えると、太郎は首を傾げてこう言った。
「別に捨てはしないさ。だが、ハンモックとしての生活は終わった。短い命だったが、新たな役割として生まれ変わるのさ」
にっと笑い、太郎はハンモックを妙子に取り外させるとそれを持って川に向かった。
「こんなんどーよ!」
太郎は川にそのハンモックを入れるように妙子に頼み、反対側から魚を追い込み、そのハンモックにおびき寄せ、魚を捕まえた。
川魚を捕まえる時の常套手段の一つとして、太郎は利用したのだ。
「おぉ!太郎凄いじゃん!」
しかも、これが中々捕まえやすく、4匹も捕まえる事が出来た。
「肉だ肉!魚肉食うぞ!今日は!」
魚を一回捕らえ逃した事もあり、太郎は魚を捕まえれて興奮が冷め止まぬ様子だった。
妙子もまた、久しぶりの魚と見て舞い上がった。
こんなにも苦労ばかりの生活だが、こうして遊びの範疇から実用的な道具へと変わるのはとても心が踊った。
……そして同時にこう思い始めた。
(先輩達とかは今頃どんな生活を送っているのだろうか)とーー
ある程度の生活は守られているのだろうか。それとも死地に赴く彼らには、安定した生活などないのだろうかーーと。
「どったよ?」
呆けていた妙子に太郎が問うた。それに気が付き、頭を振ってこう答えた。
「なんでもないわよ」
そう言うと、「なら帰ろうぜ。飯にしよう」と言ってログハウスに向かって歩き出す太郎。
彼の背中を見て、何処と無く彼女はある確信めいたものを感じた。
ーーきっとこの先色々苦難はあるだろうけど、きっとやっていけるだろうな、と。
こうして二人の異世界生活二週間目が終わった。