20話 キセイしたくなる戦い
「うおぉぉぉぉ!腕痛ぇぇぇ!」
両手で必死にパドルを漕ぎ懸命に逃げる太郎。その非力な肉体から繰り出される漕ぎ芸に当然のことながら筋肉が悲鳴を上げていた。
握る棒の部分は下手な細工のせいで握りにくく、漕ぐ部分は稚拙な作りなせいで満足に前に進まない。果てには後ろからトビウオのように飛んで襲いかかってくる魚のスケルトンの群れ。
一応妙子が壁になったり振り払ってくれているが、自身で確認出来ないのは思いのほか精神に来る。
「チクショー!ゲームだったら後ろも簡単に確認出来るのにぃ!」
「はいはい!ちゃんとカバーするから前に進む事だけ考えてなさい!」
頼りになる妙子の言葉である。実際、半分まで進んだ中で太郎は一度たりともスケルトンからの被害を被ってはいなかった。
「つーかさぁ!なんでこの時間にスケルトン動いてるんだよ!午後4時の空が暗くなった時間に動くんじゃなかったのか!」
「知らないわよそんなの!」
空はまだ明るいまま。現在何時かは2人とも分かってはいなかったが、少なくともスケルトンが活発に動く時間帯では無いはずだった。
「……もしかしたらだけど」
妙子は緊迫な面持ちのまま、考えついた事があった。
「これってあの樹液のせいで起き上がったんじゃないかなぁーって」
思えばあの樹液には動物を誘き寄せる効果があった。あの時は香りがいいから集まってくるのだとも考えたが、あの剣の言葉を思い出す。
(あの時確か、誘導魔法、だのなんだの言っていたような。だとしたら……)
この樹液にはその魔法の効能があり、この湖に溶けていった時に底で眠っていた死骸が誘き寄せられたのではないかーー。
その考えは間違ってはいなかった。
ここ最近、その樹液に頼り湖に行っては洗い流すという行為が何度もあった為、湖に多少の影響があり、今回船に大量に塗布した事で、自ら誘うような流れになってしまったのだ。
「じゃぁなにか!あの樹液使う限りスケルトンはいつまでも会いにやってくるってのか!光に集まる虫かよアイツら!」
「とりあえずこれからは樹液の扱いも慎重にって事ね。……って、あら?」
太郎が必死に逃げ、妙子が魚のスケルトンを払いのける中で、ふとその先にいる老人声のスケルトンが目に映ったがどうも様子がおかしかった。
まず、日の光を嫌がっている素ぶりがあること。そして、泳げていない事だ。
「えっ?何あれ。なんで泳げてないの?」
どうやら骨だけなせいでヒレと呼ばれるものがなく、浮き上がって来れないようなのだ。
しかし、それだとまた新たな謎が出てくる。
ーーどうやって登ってきたのか。
「んん?なんだアイツ、泳げないのか?あー、骨だけだもんなぁ。プギャー!(笑)」
妙子があのスケルトンが泳げてない事を言ったのを聞いて、一旦手を止めてそのスケルトンを見た太郎の第一声がこれである。
そのまま太郎は◯指を立てて更に挑発し出した。
「はっはぁー!ホレドウシタヨあぁ〜ん?」
「やめなさい指立てるの!品がないしモザイクかかるわ!」
そんな挑発を見たのか、スケルトンは突如骨盤を思いっきり投げ飛ばしーー太郎の顔面に当たった。
「プギャッ!」
「ほら見た事じゃない!下手な挑発するから!」
太郎は鼻を手で覆いながらやってきた骨盤を拾い上げる。
「チックショウ、よくもやってくれたな……!」
太郎はその骨盤を蹴り上げようと少し後退する。と、視界が広がった太郎の目にある姿が映った。
骨盤に向かって勢いよく飛んできて、道中で飛んでいた魚のスケルトンを捕まえてながら投げ飛ばして来ているのだ。
そういえばーーと、太郎は思い出した。
スケルトンには、骨盤に向かって他の骨が集まってくる性質がある事を。
泳ぐ事の出来ないこのスケルトンが湖の底から船の下にまでやってこれたのは、つまりこういった事が理由なのだ。
ならば他の魚のスケルトンがトビウオのように飛んでいたのにも納得が行く。
そういったスケルトンなのではなく、この老人スケルトンが投げ飛ばしていただけなのだ。
「っあー!成る程、頭いいな!」
などと感心している中、スケルトンは猛スピードで駆け寄って来ていた。
「うっお、やっべ!こっちくんじゃねぇ!」
太郎は思いっきりサッカーボールのように骨盤を蹴り飛ばした。
それに一つ遅れて老人スケルトンは魚のスケルトンを太郎に向けて投げ飛ばす。
蹴り飛ばした直後なので妙子のカバーも間に合わずふくらはぎに噛みつかれる太郎。
そして、老人スケルトンはまた遠く離されていく。
「イッダァァァ!この魚ッ!顎の筋肉が半端ないッ!」
「筋肉なんてないけどね!」
妙子はなんとか噛み付いている魚を外そうとするが、歯が内側に生えている為、簡単に外せず、下手に外そうとするとむしろ食い込んで行きそうだった。
「こっの……!」
なので、むしろ押し込んで見た。
すると歯が肉から外れたのを確認出来た。太郎本人は随分と痛そうにしていたが、仕方がない事として耐えてもらうことにした。
「あの、妙子さん!すごく痛いし、なんか構図がすごいヤバイんですが!」
そこには湖の上で女の足をなんか弄っている屈強な男の姿がある。
「今言う事じゃなくない?!アレよアレ!致し方ない犠牲、コラテラルダメージってヤツよ!」
「お前そんなネタよく知ってんな!」
妙子はそのままその魚のスケルトンを湖に落とすと、それは泳ぐ事が出来ずそのまま沈んでいった。
「やっぱり、あの老人スケルトンが投げ飛ばさなければただの骨ってわけか」
自身に泳ぐだけのスペックがない事に一安心する2人。とりあえず陸に上がろうと太郎はまた漕ぎ始めるが、妙子の表情が強張った。
先ほどまであんなにも暴れていた老人スケルトンの姿が全く見えないのだ。
先程までは投げ飛ばして追ってきたというのに何故姿をまた現さないのか……。
しかし、その理由はすぐに分かった。
岸辺までに辿り着き、安堵の息を吐く太郎に、またしても突如として老人スケルトンが姿を現したのだ。
今度は飛ばしてではなく、底から歩いてやってきていた。
「っ!またかよ!」
その老人スケルトンは太郎の両足を湖に引きずり込むように引っ張っている。
「太郎!」
妙子は反対に太郎の両手を掴んで引っ張りあげる。
ここに人間綱引きの構図が生まれた。
「イダダダダ!もげる!千切れる!」
太郎の悲鳴もなんのその。老人スケルトンは益々足の根元まで掴んで引っ張りあげようとする。
すると、太郎は下半身に妙な違和感を覚えた。
そして、いきなり迫真の声を上げた。
「ちくしょうっ!持ってかれたぁ!」
某禁忌の錬金術を使った兄の様な事を言い出して、妙子は思わず冷や汗を流した。
「……えっ?た、太郎さん?もしかして足が千切れ……」
太郎より向こう側にいる老人スケルトンの手に、ある物が掴まれていた。
しかし、それは足ではなく、布の様な……。
「トランクスパンツ、持ってかれたぁぁ!」
「紛らわしいわ!」
あまりにもくだらなすぎて気を抜いてしまったが、改めて陸に引き上げようと思い……ふと妙子はある事に気が行った。
太郎は女性物のワンピースの様なチュニックを着ている。
そして、今パンツが脱げ落ち、パンツを履いていない状態である。
つまり、可愛らしい女性がノーパンの状態で濡れた服を着て歩く、という構図になるのだ。
突如としてそんな状態である事を理解してしまい、思わず妙子はむしろ湖に押し込む様な感じになってしまった。
「えっ?!妙子さん!?何やってんの?!」
「いやいや!考えてみてよアンタの状況!ノーパン濡れ服状態なのよ!?そんなのR-18規制がかかるわ!」
「はぁ!?ふっざけんなよお前!?このままだとむしろ足が無くなって、代わりにその規制にGが付与される事になるんだぞバカ!」
太郎は思わずガチ泣きし始めた。
「マジで頼むよ妙子さんさぁ!嫌だぞ!俺にGの趣味なんてないぞ!あんなのどこがいいんだよ!?なぁぁぁぁぁぁ!」
思わず奇声を上げる太郎。
それには思わずそうだと思い直し、改めて引っ張る妙子。そして、また痛がる太郎の構図に戻った。
「あ、あの!まずあのスケルトンをどうにかすることからやっていただけませんかね!」
「わ、分かってるって!」
妙子は必死に足を伸ばしてスケルトンを蹴り飛ばそうとするが、こんな時に限ってそのスケルトンは見事に躱して、益々引き摺り込んで行った。
「ヤバイヤバイ、ヤバイってこれ!うわー!死にたくねー!こんな末路はダサすぎんよ!パンツ無くして死亡とか死んでも死に切れんわ!」
気付けば空ももうあの暗い空に変わっていた。それはスケルトンに更に助成する形となった。
更に力を増したスケルトンはより強い力で足を掴むと、太郎は悲鳴を上げる。
「た、太郎!」
流石にこれ以上引っ張るのは太郎の身が危うくなる。ーーここまでか……!
そう思った時。
突如スケルトンは力を無くし、形が崩れていった。
「えっーー?」
引っ張りあっていた力の片方がいきなり無くなった事で思わず妙子は尻餅をついた。
あまりにも唐突だった為に全く理解出来ずに呆けてしまう妙子。
太郎は腕と足の関節部の痛みに耐えながら陸に上がり空を見ると、違和感に気づいた。
暗くなっていた空が、徐々に祓われる様に消えていったのだ。
「こ、これってーー」
太郎が真っ先に思い浮かんだのは、最初に街に行った時に聞いたあの言葉。
【破滅の波】ーー。
その一端が消えたのではないかと、太郎は思った。
つまるところ、先輩達の活躍によって、2人は偶然ながらも助かったのだ。
自分達はただ一つの被害者として暮らし、何もなし得ずに彼等のおかげで生きながらえる。
「あぁ……。悔しいなぁ……」
心にひんやりと冷たい感情が流れ込む。それはあのスケルトンとの戦いで感じた恐怖だ。
たかだかそんな雑魚であろうヤツに負けそうになるとは、あまりにも惨めで、哀れで、愚かしく思えた。
「太郎、大丈夫?」
「うーん、大丈夫じゃない」
泣きそうな顔を見られたくないので、太郎は寝返りを打って誤魔化す。
「まぁ、助かったから良かったがなんか腹が減ったなぁ。空がまた明るくなったし、なんか飯頼むわ」
「私はアンタの親か。まぁ、いいけど。先にログハウスに戻ってよね。適当に食べれる物探すから」
そう言って妙子は一応太郎が動けるのを確認してから歩いていった。
妙子が居なくなったのを確認して、太郎は胴体を起こす。
そして、また空を眺めて涙を流した。自分の心の中では痛みのせいだと言い訳しながら。
「……ダッセェなぁ……」
涙を拭い、立ち上がる。
バラバラになった骨の元に向かい、トランクスを回収する、が、そのトランクスは見事に破れて使い物にならなくなっていた。
「チクショー!!ふざけんなし!」
先程までの哀愁を吹き飛ばすほどの憤りが湧いてきた。
「えっ、待ってこれ。どうすればいいの?これ。これから先ノーパン生活なん俺?」
想像しただけで怖気を感じてしまった太郎。
「いや、逆に考えるんだ。美少女がノーパンという構図だぞ。なんかいいやん?……いや、やっぱ良くねぇわ」
とりあえず帰ったら学生服に着替え直そうーーと考えた太郎。その次にあの骨の頭蓋骨を拾い上げた。
厄介な相手だったとはいえ、この骸骨の怒りの声には思うところがあった。
この老人は、一体何に対して怒っていたのだろう。
もしかして、あのログハウスの元住人である、三姉妹の父親だったりするのだろうか。
「……うーん」
正直言ってこの骸骨には全く良い印象は無かったが、だからといって供養しないのもまた祟って来そうで嫌だ。
「仕方ないかぁ」
太郎は嫌々ながらも、あの三姉妹の頭蓋骨が埋まっている場所に、この老人の頭蓋を埋めることにした。
今更また1人増えても困らないだろう。
それに、もしかしたらこれのおかげで多少は祟られる事も減るのではないかとすら思う。
「よっし。帰るか」
一つ手のひらを合わせてお辞儀をしてから、太郎はログハウスに帰っていくのだった。
……勇者、とやらに成れない自分の悔しさは残っているが、仕方ない事だとしよう。
これもまたコラテラルダメージってヤツなのだろうさーーなんて、太郎は考えることにした。
次回は軽くこの章のエピローグを書いて、その後はスピンオフみたいな流れの話を書きます。