16話 今できる事
聖剣……というより妖刀に近いそれと出会い、魔法を手に入れた翌日。
実際に手に入れた太郎はその事への喜びを翌日にまで持ち越していた。
ニンマリと口角を上げながら食事を取る姿を正面から見ていた妙子もどことなく楽しく思えてくる。
「随分と嬉しそうね」
「そりゃぁなぁ!魔法だぜ魔法!いよいよ異世界デビューしたって実感湧いたわぁ」
これまでの生活は殆どサバイバルだった為、彼の思い描く異世界生活とは別物だった。
しかし、今回手に入れた魔法の存在によって彼にとってちゃんとファンタジー足り得ると思えたのだろう。これから先、また新たな魔法が手に入るのかも知れない、と期待に胸が膨らむのも分からないでもない。
「実際どうなの?爆発とかしない?」
「ん?分かんね」「分かんないかー」
随分といい加減だが、太郎だからで片付ける事にする妙子。
しかし、気になるのも事実。食事の後に少し調べてみようと提案すると、太郎も乗り気で付き合うと言った。
そうして二人は食後、伐採場に向かい色々と試した。
例えばその光の玉を出した時、その玉は宙を漂っていた。それを木にぶつけてみると、光の粒子になって散らばり、木には一切の傷を作ることはなかった。
もう一度作り、今度は太郎自身が触れてみるといきなり重力を持った玉になった。
それを木にぶつけてみると今度は弾み、木は皮が少し剥げた。その玉はバレーボール程の感触で、その玉に消えろと念じると光の粒子になって分解され消えて行くことがわかった。
そのようなテストを終わらせてまたログハウスに戻ると妙子は呟くように言った。
「しかし、ミア スフェイラ フォトスかぁ」
「どうした?」
「いや、所々聞き覚えあるなって。スフェイラってスフィア、フォトスはフォトンって聞こえる気がしないでもないのよね」
「あ、本当だ」
スフィア フォトン。合わせて光の玉という言葉になる。その事を思うと、思いの外知っている言葉が使われているのかも知れない、と太郎は思った。
すると、ここで見つけた聖書の事を思い出した。
「そいや、あの聖書ってどんな文字が使われていたんだろ?」
「気になる?なら持ってくるわ。リビングの所の椅子に座ってて」
妙子はそう言って聖書を取りに行って、机の上に置いた。
太郎はその本を適当にめくっていくが、確かによく分からない文字だった。が、それでも見覚えのある文字もあった。
「これ、なんかアルファに似てね?」
太郎はそう言ってαの文字に指差した。
「うん。そうね。でも他の文字が読めないから意味が無いじゃない?」
「……それはまぁ」
ただでさえ英語が赤点スレスレの太郎にとって、今目の前の文字なんて意味の分からない文字でしかない。
妙子も分からないと言ったのも納得の文字の羅列だ。
それでもパラパラとめくって行くと、何となく、妙な違和感を太郎は覚えた。
「……何だこれ」
「どうしたの?」
「いや、4ページ毎になんか変な点や線があってさ」
そう言ってそのページの右下の端にある落書きを見せる。
そこには【ー・・・】と書かれてあった。
「?何これ。ちょっと、ページ戻してもらっていい?」
「オッケー。最初にあったのはここだな」
と、太郎は1ページ目を開く。そこには【・ー・・】と書かれていた。
「ーーこれってもしかして」
「どうした?なんか分かったのか?」
「分かったけど分からない、わね」
「はぁ?なんだそれ」
「これはモールス信号よ、多分」
モールス信号とは、電通で用いられる暗号化されたコードの事である。
短く押す、長く押すの2つのパターンで文字を分けて使う。
例えば日本では【あ】は【ーー・ーー】と打つ。
妙子は一通りそれを探すと、確かに4ページ毎にそれが書かれている。
その信号は50個ほどあったが、しかし妙子は苦虫を噛むように椅子に深く座り、天井を眺めた。
「どうしたんだ?」
「私、モールス信号はさっぱり分からないのよね。あー!なんか大切そうな暗号なのに!」
明らかに誰かに向けての文字である。これには何かしらのヒントがありそうなのだが、それが分からないのはとてももどかしかった。
「これって、書いたのは……まぁ、あいつだよな」
滝の下にいたあの骸骨。日本人だと思われるそいつが書いたのだろう。ロクでもない奴ではあったが、もしかしたら人を殺した理由や、犯した過ちの理由が書かれているのかも知れない。
こう言った所で学がないのが凄く痛いと感じた。
太郎はアニメなどでモールス信号というものは知っていたが、詳しく調べようとはしなかった。
思えばここに来てからは、自身は何も学のある事をひけらかした事がなく、妙子に頼りっきりだった事を思い出す。
このくらいは自分で分かってやれたのならかなり違っていただろうに……、と太郎も思う。
「どうするよ」
「せっかく見つけてもらって悪いけど何も出来ないわね」
「……そっか」
結局、その聖書はまた片付ける事になった。
今回は特に何かを得たという事もなく、脱力感に襲われた。
何かを掴めそうで掴めないというのは思いの外精神に来るものだ。
太郎もそれは分かっていたので、なんか気の晴れるような事がしたいな、と思い、ふと湖でみた眺めを思い出す。
「あ、そうだ。船が作りたかったんだった」
「えっ?いきなり何?」
「いや、湖でボーっとしていたらな、なんか湖で船に乗れたら面白そうだなーって思ってさ」
「何それロマンチック太郎」
「俺の名前で遊ぶのやめてくれない?」
(しかし船か……。遊び心あるわね)
未だ家の修理やらあるが、たまにはそういった遊びも悪くはないかもしれない。あまりに働き詰めなのも精神を病む事になるし、構わないだろうと妙子は思い始めた。
(それに絵の材料にもなるかもだしね)
「よし、なら作りましょ!家を直してからだけどね!」
「おっ、マジか!話が分かるな!」
家はまだ底抜けした床、天井の穴などがある。とはいえ、あのきのみの液体を使えばすぐに出来るだろう。
「……そういえば」と、ふと妙子は床の下にあった倉庫の事を思い出した。
いつか中身を見ようと思って結局残したままだったのだ。
せっかく太郎の魔法で光源を生み出す事が出来るので今のうちに探ってみようと思った。
「ねぇ。床の穴を直す前に倉庫の中身を確認して見ない?」
未だ倉庫がどこから入るのが正解か分かっていないので、ついでに正しい入り口も探そうと提案する。
「あぁ、確かにそうだな。オッケー、俺のチートが早速輝く訳だ」
「チート、ねぇ……」
正直かなり微妙なチートだなとは思いつつ、実際に便利だから挨拶に困る。
とりあえず倉庫の中身を光に照らして見ると、まず映ったのは黒く汚れきった掛け布団だった。前見た時は暗くてはっきりしなかったが、光に照らされて見るとそれが爛れた肉による汚れであると分かる。
それを理解すると思わず身動ぐ。
「どうしたし」
「いや……。スゥー……」
深呼吸して気を落ち着かせる。
「これ……あの……」
妙子はそれに指差したが、太郎はそれを見て理解を示したが割と平然としていた。もともと三人の遺体がここにいたと予想が付いていたのでごく自然な事だと思っていた。
「私、引いてもいい?代わりに天井直しに行くから」
「あー、まぁ、別にいいぞ。そっちは俺が出来ないし」
「えぇ。……ごめん太郎さん」
凄く大きな罪悪感を抱きながら妙子は外を出ていく。
対して太郎は血が苦手なのはまぁ自然な事か……と思いながら進んでいく。
太郎は流血シーンのあるゲームを良く見るのでこの手の物に動揺はしない。
ただ、妙子がこの血の跡に怯えたのは一般的範疇のものではなかった。
ーー以前の狩りで動物を傷つけ、殺した事が未だにトラウマとして残っていて、血痕を見るたびにその事が脳裏から蘇ってくるのだ。
それ故に太郎の前では気丈に振る舞ってはいてもそういった気疲れが彼女の精神を蝕んでいた。
それに太郎は気付かず、そして妙子も黙っている。
それでもやることはこなさないと行けない。妙子は柵作りの際に学んだ方法を活かしてはしごを作っていた。
太郎もやることをやろうと中に深くはいっていく。
そこには使い古され廃棄されたのであろう服や布団があった。どれも破れが酷く、羽毛布団などは中身が出てしまっていた。
他には先の折れた鎌や錆の目立つシャベル、汚れた白色の毛糸、棒針などがあった。
こうしたものは未だに使えそうなのでリビングの床に持っていき、今度はこの部屋の入り口を探す。
それはすぐに見つかった。が、しかし。
内開きのドアを開けると、その先には地面がぎっしり詰まっていた。
「……まじかー。どうりで見つからないわけだわ」
方角を見ると恐らく玄関からみて左側面のところにあたるのだろう。
時間が経過していつのまにか埋まってしまったのだろうか。それにしては周りも真っ平らな気がしなくもないが……。
思えば二階のベッドもどうやって運んだのだろう。道は人間1人分の幅しかないのに。
と思った辺りで自分の学校のみんながどこかに飛んでいった時の事を思い出す。
「あの魔法があれば割と出来るか。……だとしたらとんでもない魔法使いだなぁ……。案外穴が空いているのは故意なのかもしれないぞ」
その上で改めてこの倉庫を見ると少し様相が違って見えた。
今までこの家の人が使っていたのだろうと思っていたが、よくよく見てみるとこの世界に似つかわしくないものが出てきた。
使用済みの缶詰の蓋が落ちていたのだ。
そこでようやくここがあの骸骨の使っていた場所なのだと気付く。
しかし、どのような経緯でこうなったかは分からない。
だが、使えるものはまだ沢山あるように思えてきた。
そして、実際に紙の切れ端やこの世界の通貨らしきものを発見する。
紙切れには走り書きのようなものが書かれていた。
【テスーラゴア、ウ買
ィシリポ、ル売】
これは恐らくこの世界の言葉をメモっていたのだろう。少しばかりだが、これで会話が出来る事を考えるとかなり凄い事だと思った。しかも通貨もあるので多少の買い物も出来るのだ。
「これヤベェ大当たりじゃん!あー、クッソもっと早くから探してれば良かったなぁ」
スマホも死んでしまったのでどうしようもなかったがそれでも近くにこんなものがあったのはかなり運が良い。
しかも男性服も2着ほど見つけるなど、ここは宝庫だとすら思えた。
今の妙子の姿はかなり酷い有様なので多少は見た目もマシになるだろう。
めぼしい物を見つけ終わった後、リビングに戻り、妙子の作業が終わるのを待つ。
そして妙子が作業を終えるとすぐにそれを伝えた。
それら、特に翻訳された紙切れを見ると跳ねるように喜んでいた。
通貨を持っていても言葉が通じないなら意味がない、しかし、言葉が分かればある程度の融通が利くのだ。
「しかも服まで!私本当に辛かったからこれは天の思し召しね!」
これまで女子の制服を着ていた筋肉質高身長な妙子は、そのあまりに小さい服のせいで随分と動きにくかったらしい。また、それ故に各所に服の破れも目立ち、世紀末覇者の様な格好になっていた。
その上でスカートなんて履くものだから笑いがこみ上げてしまう。
が、今回見つけた服は大人用の服で、なんと、妙子の身長とあっていたのだ。
妙子は跳ねながらその服を着に二階に上がった。
……が、しばらくしても降りてこないので太郎は階段を上がり、妙子のいる部屋にノックを入れて入る。
ーーそこにいたのは分厚い胸筋によって胸元のボタンがとまらなくて苦戦している妙子の姿だった。
唖然としながらも、太郎は小粋な事を言おうと頭を捻らせこう言った。
「おっぱいでけぇな」
「ブフォッ!」
妙子は思わず盛大に吹き出しながら笑い出した。
「ア、アンタズルいわ!」
妙子も割と思っていた様だが、いざ太郎に言われてどこかツボにハマったようだった。
……結局ボタンはつけれなかったので胸元開いたままの姿になった。
「前の格好も俺からしたら爆笑ものだったけど、今回のもギャングファッションで草」
「女の頃もこんくらい欲しかったわ」
「素直で更に草」
こんな事を言いながらも軍服を着た妙子の姿は割と様になっていた。
「ねぇねぇ。せっかく金も手に入って言葉も少しは分かったしまた街に行ってみない?」
「なんか買うんけ?」
「うん、最近食べれるきのみがめっきりなくなったから」
しれっと、しかし目は死んだ魚の様になりながらそう言った。
「……ヤバイじゃん」
「ヤバイよ」
もはや何も言う事も無く、2人は無言の同意を得た。
「ついでに言葉も少しずつ覚えてやるわ!」
「おぉ……!マジかよ出来るのか?!」
「……スゥー……」
深呼吸による否定が入った。
「困ったら深呼吸するのなんなん?」
「いや、大丈夫大丈夫……頑張ってやるから」
「そっかぁ……」
生温かい目で太郎は妙子を見つめる。実際に出来るかはさておき、出来たら凄く便利なので期待する太郎。
そうして2人は翌日に備えて程々の時間に就寝する事になった。
モールス信号冒頭8ページ分
・ー・・
・・ー・ー
ー・・・
・ー・ーー
・ー・ーー
ー・ー・・
ー・ ・・
・ーー・
ー・
軽い謎解き程度にやってみて下さい。答えは三章で出します。