決意
第九話 ある日の魔王城にて。
十数年前から強力になった妖怪、幽霊たちがだんだんと大人しくなってきた今日この頃、魔王城の城内ではある一人の女性の声が響き渡っていた。
「ライル様ー!どこにいらっしゃるんですかー?!」
どんな人でも振り向くような美貌を持ち、真っ赤で体にフィットした服を着た女性はスグリ。この魔王城の城主であるライルの側近である。客がこの城に訪れたときは大抵スグリが案内をすることになっている。今はその城主を探しているようだ。
「もう……最近平和になったからってふざけすぎですよ……」
スグリは頭を抱えて唸った。それもそのはず、ここのところあまり仕事をしていないからだ。
「いい加減、怒りますよ!」
彼女は拳を握って上を向いて怒りをできるだけ抑えようと努力している。……いや、抑えなければならない。なぜなら、彼女の物理的な力はライルより比べ物になら無いほど強く、一回殴ればレンガ製の壁など、積み木のように崩れ去るだろう。彼女が建物も何もない荒れ地に住んでいたのは納得できる。
大きなため息をつこうとしたそんなとき、彼女の前に小さなハーピーの子供が現れた。
「えっと……ライル様がどこにいらっしゃるかわかりますか?」
「……牢屋の方に行ったよ。恐い吸血鬼が閉じ込められてるところ」
ハーピーは首をかしげたあとスグリの質問に答えた。スグリはハーピーに礼をし、牢屋の方へと駆けていった。
__________
冷たく、薄暗い部屋。牢屋の中の牢屋……いわゆる独房に閉じ込められて、どのくらい経ったのだろうか?
文句を言うなら、どうして毎日きちんと食事を持ってきたり、面会を自由にさせてくれるのだろうか?
私は吸血鬼だ。食事なんかしなくてもいい。
私は長い間一人でいた。面会なんかしなくてもいい。
なのになぜだ?なぜ魔王自ら持ってきてくれるのだろうか?それに側近に内緒で来るとか頭がおかしい。
あと昨日魔王が「明日、あなたの部下に頼んでヘッジさん連れてきてあげるわ」って言っていた。本当なのだろうか?本当なら……嬉しい。
私がこの抜け出すことのできないこの監獄を見つめ続けていると、遠くの方からドタドタと足音が聞こえてきた。吸血鬼は耳や嗅覚が物凄いが、この足音は数人かと思えるくらいの大きさだった。実際、近づいているのは一人だが。一体どうしたらこんな足音を立てることができるのだろうか。そう思えるほどだ。私は彼女の存在をドア越しに感じ取れたので、彼女に話しかけた。
「……あれっ!?いない!?」
「あらあら、側近のスグリさん、どうしたの?」
「リメルア……ライル様を見かけませんでしたか?」
「見てないわよ」
「そうですか……」
彼女は悲しそうに呟いた。確かにいつもならとっくにここに来ているが、今日は見ていない。私は城門付近でサメラとヤーマイロを待っているのかと思ったが、さすがにそれを言うと私も魔王もいろいろとまずいので言わなかった。
「頑張って探してね~♪」
「うぅ、他人事と思って……」
そう言って側近はどこかへと行ってしまった。そして彼女の代わりに現れたのは、探していた魔王本人だった。
「……さっき側近が探してたわよ」
「うそ?!木の水やりって言ったのになぁ……」
「魔王なのに何やってるのよ」
てへへ、と笑う魔王に私は拍子抜けした。他の人が見たらこんなのが魔王だなんてと思うだろう。だが、彼女の政治の能力は一級だ。この平和な日常は彼女の努力の賜物と言っていいかもしれない。でも私は知っている。彼女もハレティも知らない大きな危機を。
「お勤めよ」
「そうには見えないわよ」
「あはは。……で、部下のことだけど……」
優しそうな顔から一転、政治家らしい顔になった魔王は私の方へと一歩近づいた。
「わかってる。もうすぐそこまで来てるんでしょ?」
「えぇ。できるだけスグリに見つからないようにするわ」
「……どうして私にここまでしてくれるの?」
「愚問ね。だってあなたもこの世界の住人なんですもの。私があなたを護るのが魔王の役目でしょう?」
「魔王……」
私が魔王に言葉を返そうとすると、私と魔王の間にある小さな鉄格子の隙間から小さな小さな蝙蝠が入ってきた。なるほど、もう到着したようだ。
「……っと、お客さんが来たみたい」
「こんにちは、魔王ライル」
「ふふ、死神王もお変わりないわね」
「ヘッジでいいですよ」
「……ヘッジ」
魔王とヘッジが楽しそうに話し始めたので、本題に入らせようとした私の彼を呼ぶ声はなぜかとても不機嫌な声になってしまった。
「あぁ、ごめんよ、リメルア。それで何の話だ?」
「ハレティのことよ」
「何だって!?」
ヘッジが驚くのは無理もない。自分の目の前で消えていったハレティの現在の話をするというのだから。でも本当に彼は存在している。魔界と霊界のバランスが保たれているのは彼のおかげなのだから。
「ハレティがピンチなの。それがどういうことかわかるわよね?」
「……霊界が結界を制御しきれず、幽霊たちが溢れ出す。すると幽霊が魂に干渉し、死神たちはおろか、魔界と霊界自体が役目を果たせない……ということだよな」
「そ。よくわかってるじゃない」
「でもどうしてハレティがピンチなんだ?療養中だろ?」
「それがそう簡単じゃないのよ」
「え?」
「ヤーマイロ、あれを出しなさい」
「わかりました」
私はヤーマイロにハレティの安否がわかる道具を出せと命令し、彼女はポケットの中から取り出した。綺麗な綺麗な枯れることのない白百合。ハレティの体の一部を使い、創り出した。その情報がどこからか漏れ、なぜかハレティとアルメトの伝説を象徴するものとなってしまったが。だから私は不思議に思った。
どうしてハレティはスクーレに自分を殺した人が創ったものをモチーフとした服を着せているのかを。
理由は知ったこっちゃないが、あまり愉快には思えなかった。幽霊が考えることはよくわからない。
「何だこれ、花?」
「ただの花じゃないわ。ハレティの体の調子に合わせて萎びたりするの」
「おぉ!……でもまだ元気だぞ?」
「私だけわかるのよ。何か嫌な予感がするって」
「本当か~?」
ヘッジが疑い深そうに聞いてくる。しかしその直後、誰かが彼を叩く音と悲鳴が聞こえ、さらには全く喋らなくってしまった。女三人に男一人。ヘッジは女の強さを目の当たりにしたのだろう。……私は鉄の扉に阻まれて少しも見えなかったが。
「本当よ。近い未来、何かが起こる」
私は誰も見えない冷たく薄暗い部屋で一人、呟いた。
__________
リメルアに帰るように言われ、俺はライルと一緒に魔王城を歩いていた。……ヤーマイロは先に帰っていったが。
「すいませんね、リメルアがご迷惑を……」
「いいのよ。それより、最近はどうかしら?」
「どうって……魔界が平和になっても人間界の魂は減りませんよ」
「そっか。まぁ、人間界まで手が回らないからね」
ライルは困り顔をし、その後欠伸をした。確かに人間界に行くには霊界を通らないといけない。しかしクノリティアの奥にある神殿から行けるという噂があり、最近は人がよく訪れている。その真相は死神特有の力で直接人間界に行けるということで、恐らく他の悪魔が見たのは、その神殿の前で力を使って行った死神のことだろう。
しばらくライルと二人で歩いていると、一枚の紙が貼られていた。この顔、もしかして……。
「……この貼り紙……」
「あぁ、それね。お尋ね者よ。ずっと前……前の魔王の時から探してるんだけど、見つからないのよ。どうして捕まえようとしてるのかはわかんないけどね。えーっと、確か……魔王軍にいたカリビアって人だったわ」
「!」
「ん?どうかした?」
「い、いや……」
まさかまだ捜索が続いていたなんて。カリビアは悪くない。何も悪いことをしていないのに。生きることが罪だというのか?そんなこと、死神として許せない。
「見つけ次第殺すように言われてるのよ。……その時私は勝てるかな?」
「……わからない」
「え?」
「どうしてそんなことするのかわからないよ」
「……もしかして、あなた……」
____しまった、俺がカリビアと知り合いだなんてバレたらカリビアは……。
俺はぎゅっと目を瞑った。しかしライルの口から発された言葉は想像と違うものだった。
「泣いてるの?」
「え?」
「死神だから、命のことで泣いてるの?」
「あ……うん……」
「なんか……ごめんね」
「……うん」
とりあえずカリビアを護ることができた。これだけでもう満足だ。
……捜索が始まったのは、俺とムジナが初めてカリビアと出会った頃だった。魔王軍も俺たちも幽霊や妖怪に襲われて大ピンチだった。その時、魔王軍の中にカリビアもいたのだが、カリビアは軍を捨てて俺たちを助けに来たことが始まりだ。
そんな魔王軍は黒歴史とされているため、残り一人となった魔王軍……つまりカリビアを探して殺そうというわけだ。理不尽すぎる。
階段を降りると、そこには正門があった。ライルはそこまで行くと言い、辺りを見渡しながら俺を門まで導いた。彼女が隣にあったボタンを押すと、ただの壁に見えたところが左右に動き、出口となった。
「……それじゃ、気をつけて帰ってね」
「うん、ありがとう」
ライルは数回手を振り、再びボタンを押して城に戻っていった。
前を向くとヤーマイロが日傘をさして待っていた。
「もういいの?」
「あぁ。さ、帰ろう」
「うん」
俺はヤーマイロと違って日傘をささなくてもいい。俺は元吸血鬼だったが、今は違う。朝には弱いが、日光は好きだ。
俺は、今、死神として生きているのだから。
どうも、グラニュー糖*です!
投稿しようとしてこのページを開いて10時間くらい経ちました。すいません、アニメ見てトランプやってフリスビーしてました。(なんだこいつ)
では、また!