小さな師匠
第四十三話 師弟誕生
黒池と連絡を取り、魔王城で待ち合わせをして二週間弱が経過した。
ムジナは一週間で行けたと言っていたが、下駄であるオレはその倍かかる。
履いている訳はおおよそ江戸っ子の意地なのだが。
「やっと着いた……」
「何のご用ですか?」
城の門に着くと、二人の門番らしき姉弟に用件を聞かれた。弟はやる気が無さそうで、逆に姉はやる気に満ちている。
「黒池という人間は来ているか?」
「はい。ようこそ、リストさん。中でお待ちください」
川の上にアーチ状の橋がかかっており、そこを越えると城の入り口が見えた。左右を見ると、綺麗に整地された庭であろう場所が広がっていた。奥の方に塔や一本の大木が見える。
「なんかところどころ白いな……まぁいいや。お邪魔しまーす」
一歩入ると、レッドカーペットが正面の階段まで敷かれており、その周りには広い空間があった。これまで危険な場所を訪れていたが、ここは初めてだ。
「さっき門番のベータさんはこの部屋で待ってろって言ってたけど……」
ここは二階に上がってすぐの部屋だ。本棚、花瓶、机、椅子などが置かれている。いかにも待合室のようだ。
「ん?何だあれ?」
ふと目に留まったのは、部屋の端に立て掛けられていた長方形のプレートだ。ひっくり返してみると、そこに書かれている文字にオレは息を呑んだ。
「『対リスト本部』……?」
一体どういうことだろう。黒池はまだオレのことを知らないはずだ。それに人間たちに目立った危害は加えなかった。
なのになぜ?
「あ……」
ドアが開く音と共にか細い声が聞こえた。ドアの向こうにいたのはまだ青っぽい顔の男だ。ヘラの色違いを彷彿させる服装だ。オレはまだ警戒心を解いたわけではないので、振り向くと同時に「誰だ?」と問うた。
「あのっ……あなたがリスト……?」
「オレがリストじゃなきゃ誰がリストなんだ」
「わぁ……!ずっと……ずっと会いたかったです!」
オレが不機嫌丸出しに唸ると、男は目をキラキラと輝かせ、オレに飛び付いてきた。あまりにも素早かったので、逃げることができなかった。
「ぐぎゅっ……離せ……!苦しっ……」
「わわっ、申し訳ありません!えぇっと、まずは自己紹介からですね!僕は黒池皇希です!その……ですね……話はヘラから聞いています。僕を探していらっしゃったんですよね?」
「はぁ、はぁ……そ、その通りだ……」
「大丈夫ですか?息が上がってますよ!」
「誰のせいだ!!」
本当にこんな奴がオレの心の拠り所になるような奴なのか?いきなり絞め殺そ……いや、抱きついてきやがった奴が?
「……僕のせいですね……」
「そんなに落ち込まないでくれよ……な?」
「えへへ、ありがとうございます。あの、折り入って頼みがあります」
「頼み?」
「はい。僕の……僕の師匠になってください!」
「……は?」
師匠?師匠だって?何で?初対面の奴を弟子にするだと?しかも人間だろ?……何で?
「あなたは僕の……いえ、全日本人にとっての『先生』なんです。そして僕の憧れです。なので……お願いします!!」
「……『先生』か……」
黒池は頭を下げ、上げる予兆を見せない。
というか『先生』という響き……なんか良いよな……。って何を思ってる、オレ!?
「だ、ダメ……ですか?」
「……むぅ。……黒池。本当にオレの弟子になりたいのか?一体何のために?」
「僕はあなたを救いたいんです」
「……はい?」
予想外の言葉にオレは文字通り首をかしげた。
「あなたはずっと一人で戦ってきた。国とも、死とも、自分自身とも。だから……あなたがもう戦わないで済むように僕がそんな運命から救い出したいんです!」
黒池は拳を強く握る。そのまっすぐな瞳からは相当な決意が見て取れた。
「……わかった。落ち着いてくれ」
「じゃ、じゃあ……っ」
「……ぁ……」
オレが結論を言おうと口を開いたその時。
体の中が熱くなった。それと同時に涙も溢れてきた。体の力が抜けていく感覚があった。何が何だかわからなかった。
……それは長らく忘れていた感覚。
信頼。感謝。安心。
大袈裟に言うと……希望。
あぁ、これがハレティが言いたかった、そして生きていたときも死んだあとも手に入れたかったものなのか。託してくれたものなのか。
ハレティはオレが『希望』を手に入れることを望み、託したのか。
「……大丈夫ですか?ハンカチ、どうぞ」
「……ありがとう……ありがとう……っ」
オレは無我夢中で黒池に抱きついた。
ここが心の拠り所だと信じて。
__________
僕は目の前の光景が信じられない。
さっきまでつんけんしていたのに急にデレたのだから。
そういえば結果を聞いていないな……まぁ泣き止まないから聞くのはまた後でもいっか。
とりあえずここはこの人の気持ちを落ち着かせてあげよう。
「……もう泣かないでください」
「泣いて……ないっ……」
リストは一旦離れ、着物の裾で目を擦り、赤くなった目でこちらを見た。
「ふふ、ならそれでいいです。えぇと……その……どうなのですか?」
「……こんなオレでもいいのか?」
平成と江戸の決定的な差は身長だ。
それは食べ物の栄養と質によって左右される。なので目の前の彼は今で言う中学生ぐらいの身長だと言えよう。
そんな彼が潤む目でこちらを見ている。
「もう、僕が頼んだのに、どうしていいえと言わなければならないんですか?もちろん、はい、ですよ。師匠」
「……!黒池……っ……うぇえええんっ」
またその目に涙が浮かぶ。そして再び抱きついた。
僕はその頭を優しく、優しく撫でた。
__________
一刻ほど過ぎた。
いつの間にか泣き疲れて眠っていたようだ。
黒池はオレの頭に手を乗せたまま椅子に座って眠っている。オレは黒池を起こさぬよう、そーっと離れた。
「……師匠、か……」
オレは机の向かい側の椅子に座って呟いた。
師匠というものにはあまり良い思い出がない。
あの死神がオレの『元』師匠だからだ。
オレを大切にしてくれた、唯一の親友である面狐の魂を狩り取った死神……。あれがオレの……。
「んん……ふぁあ……」
「起きたか」
黒池がゆっくりと目を開け、大きな欠伸をする。よほど疲れていたのだろう。
「あっ……師匠……」
「とりあえず城から出ようか」
「はい、師匠」
オレと黒池はその後、城の外まで一言も交わさずに歩いていった。
城から出てしばらくし、先に口を開けたのは黒池だった。
「あの、師匠。一つ、やらなければならないことがあります」
「ん?」
「……マリフの逮捕です。ですが、今どこにいるのかがわからないんです……」
表情を見るに、とても困っているようだ。
「確か、今日はカリビアのところに行ってるはずだが……」
「本当ですか!?」
「あぁ。バノンは近くだ、すぐに行こう」
「了解しました!師匠、ありがとうございます!」
黒池は目を輝かせ、再び飛びついた。肺は押さえつけられ、すぐにオレの気道は閉じられる。
「ぎゅ……ん、んー!」
「あわわ、すいません!」
……こんなコンビで大丈夫なのか、とことん心配になってきた。
__________
走ること一時間。
店の前には木材を整理しているムジナくんがいた。ヘラとは離れたらしい。どうやら眠っている間に追い抜かされたようだ。
そんなムジナくんに師匠は近づいていった。
「ムジナ、手伝おうか?」
「あ、リスト!黒池も!よかった、合流したんだね!でもいいよ、そろそろ終わるし」
「そうか。手伝いとは……偉いな」
師匠はムジナくんの頭をグリグリと撫で回す。
師匠は大人としてやっているのだろうが、ムジナくんより背が低いためどうにもおかしく見える。そんな光景に僕はクスリと笑ってしまった。
「わーい♪褒めてもらった!」
ムジナくんはとても満足そうに笑う。
しかし師匠は少し不服そうだ。
「……師匠?」
「ムジナ、マリフは今どこに?」
「あの人は今カリビアさんとプライベートルームで話してるよ。黒池、逮捕するの?」
「はい。……ってなんでそんなワクワクしてますっていう目で見てるのかな?ダメだよ、危ないですから」
「えー」
「ダメったらダメ!」
ムジナくんは頬を膨らます。
……うぅ、そうされると困る……。
「いいじゃないか。な、ムジナ」
「師匠まで?!」
師匠は笑いながらムジナくんの頭を撫で続ける。
「黒池、師匠って呼んでるの?なんで?」
「いろいろあったんですよ。……では、突入します!」
僕は店の裏に回り、階段を上っていった。階段と建物の隙間を利用し、足元が倉庫などになっている。なので空間があり、少しギシギシと音が鳴る。それにヒヤヒヤしながら身を潜めた。
「こんなの初めてだねー、リスト」
「あぁ。楽しみだ」
「何が楽しみなんですか!もう少し真剣になってくださいよ!」
ひそひそ話をしながら待機する。
ドアに耳を近づける。音が聞こえているのでその隙に勢いよくドアを開いた。
「うわぉ!?」
「指名手配犯マリフ。逮捕します!」
「誰かと思えばキミか!数ヵ月ぶりだね!その物騒なものを仕舞って、お茶会でもしようよ」
……と飴を振りながら笑うマリフ。追い詰められたのか、それとも余裕の笑みか。それは僕にはわからない。だが彼女を逮捕しなければならないことには変わりはない。僕は剣を仕舞い、手錠を取り出した。
「こんなところでやらないでよ……」
マリフの横で心底嫌そうな顔をするカリビアさん。なんかごめんなさい……。でも今逃すと後々大変なことになるので我慢していただきたい。
「まぁまぁ。ボクは逃げも隠れもしない。存分に捕まえてくれたまえ」
「ずっと逃げ隠れしてたのはどこの誰ですか!」
「いや。事実だ。ボクはここから一歩も動かない」
「それはそれで困るよ!」
横からカリビアさんが叫ぶ。
……とにかく捕まればこちらの勝ちだ。僕はマリフの腕を掴もうと手を伸ばした。
「……え?」
スカッと手が通り越した。
まるで幽霊かのように。
「どうしたんだい?早く捕まえてごらんよ。一歩も動いてないんだから」
「……どういうことですか?」
マリフはニヤニヤと笑い続ける。
その隣でカリビアさんは申し訳なさそうに話した。
「あー、あのね。言いにくいんだけど……ホログラムなんだ、これ」
「ホログラム……」
「そう。で、今どこにいると思う?」
「……黒池!危ない!」
どこだろうと考え始めた瞬間、ムジナの声が聞こえ、振り向くと頭に鈍痛が走った。
「……っ!」
「残念、ボクは後ろにいましたー!ってあれれ?どうして頭を押さえてるのかな?」
「……ふざけないで……くださいっ……」
グラグラする視界を懸命に繋ぎ止め、マリフを睨む。彼女はまだ笑っている。この人は悪い人だ。負けるわけには……。
「……黒池。オレがやる」
「師匠……?」
師匠は僕の方を見ずに鞭を取り出した。前に出ようとする僕をムジナくんが引っ張る。でもこれじゃ師匠が……。
「大丈夫。リストは強い人だから」
ムジナくんは僕を引っ張りながら言う。しかしその腕は震えていた。
「ムジナくん……」
「とりあえずカリビアさんも避難しましょう!」
「オレの家なのになぁ……はぁ……」
カリビアさんは頭を抱える。
まずは動ける空間を確保しなければどうにもならない。
ドアを閉め、部屋の中の状況に耳を傾ける。
「……マリフ、どうして抵抗するんだ?」
「キミこそどうして人間に手を貸す?恨んでるんじゃなかったっけ?」
「……気が変わったとでも言ったら良いのか?」
「ま、どんな理由でも納得してあげないこともないけど。で、キミの質問に答えると……人間界ではみんな新しいものや楽しいこと、はたまたお涙ちょうだいやドラマを求める。おかしいよな?」
「……何が言いたい?」
「おや、人間をやめて脳ミソが腐っちまったのかい?簡単に言うと、保守派の悪魔と改革派の人間だよ。人間たちが要らんことするから大変なことになる。違うかい?キミにわかりやすく言うと、倒幕したせいでキミの知らない都市に変わってしまったということさ。わかった?」
「……あぁ、わかりやすい説明をどうもありがとう」
師匠の心のこもっていない礼を境に何も聞こえなくなった。カリビアさんとムジナくんと三人で顔を見合わせていると、窓が全部割れた。
……ものすごい音だった。語彙力が大人だろ?って疑われるほどになった。心臓飛び出るかと思った。
「……はぁ?!ちょ、えっ?!すごいっ」
「よーし後で建て直させるかー」
「カリビアさんの目が笑ってないんだけど!!」
中でも外でも騒ぐ僕たち。するとムジナくんがドアを開け、水蒸気を吹っ掛けた。
水蒸気が消えると、そこにはマントで口元を覆っている師匠と何かの機械に手を置いて荒い息をしているマリフがいた。
「……っはぁ……どうしてわかったんだい?」
「……何となく、イリアくんの爆弾に似てたから」
「ムジナくん……」
僕はムジナくんから目を離すことができなかった。
ベアリムさんから連絡が来た。あの日、ムジナくんとイリアくんが戦ったって。そのあとイリアくんが崖から落ち、着物の男……つまり師匠が助けたと。
しかし一番イリアくんを心配していたのはムジナくんだった。誰にも知られず、誰にも教えず。だが、確かに一番かの命を案じていた。
「だからもうそんなものを使わないで。命は粗末にしないで」
「……それは死神として、かい?」
「違う!これは一人の弟としての意見だ!」
……ムジナくんまでもが武装してしまった。
「あーもー、ここではやめてくれって言ったろ?……どいてろ」
「わわっ!」
カリビアさんは駆け足で一階の店の方に入っていき、二分程度で戻ってきた。そしてそのまま二階へ入る。僕もつられて中に入ろうとしたその時だった。
「全ての魔力を一時的に全停止する!」
カリビアさんは緑色のわりと大きい珠を手に叫ぶ。すると水蒸気は勢いを失い、桜は塵と化し、爆弾に供給していた魔力が無くなった。魔力とは動力源なのでもちろん皆の動きも止まる。満足に動けるのは僕だけだ。……そのはずだった。
悪魔のはずのカリビアさんも動けている。理由は明確だ。なぜなら彼には魔力が小粒ほど無いからだ。
「カリビアさん、これは?」
「見ての通りだよ。存分に縛り上げてくれ」
「え、いいんですか?」
「そりゃ悔やまれるが……しょうがないさ」
「……わかりました」
僕はカリビアさんの顔を見ずにマリフの手首に手錠をかけた。
「午前十時五十六分、容疑者マリフ・ハルビレン。逮捕!」
お久しぶりです、最近イヤホンをBluetoothにしたグラニュー糖*です!
誰かデッサンのやり方教えて下さい……やっぱ独学じゃ無理でした……
あと体重の増やし方をですね。教えてほしいわけなんですよ。
ってことで、採血行ってきまーす(手遅れだったかもしれないorz)
では、また!




