終戦……?
第四十一話 思わぬ助っ人
__________
『ムジナくん?!ヘラ?!ライルさん?!返事をしてください!お願いですからっ……お願いだから……っ』
衝撃波で飛んでいった通信機からの叫びは誰にも届かない。
返事する者は誰もいない。
誰も指一本動かせない。
彼らは完敗した。
『……サニーくん、聞こえますか?』
ノイズ混じりの呼び掛けが聞こえる。
僕は一番近くにいるヘラの通信機を拾って口を近づけた。
「……聞こえてるよ。みんな弱かった。こんなのでよく幽霊たちからこの世界を守ってこれたねってくらいにね」
僕は文章の一部を読むかのように、ゆっくり、はっきり話した。
『……それでも、ヘラは僕を助けてくれた。ムジナくんは人間を好きになってくれた。ライルさんは僕を信じてくれた。……だから今度は僕が助ける番だ』
「それはただの言い訳だ。そんなんじゃノートに勝てない」
『……あの人について何か知ってるんですか?』
「いや。言えることは無い。このままじゃ消し炭にされるのがオチだよ」
『消しず____』
僕は彼からの言葉を聞かずに通信機を投げ捨てた。飛んでいったそれは、草むらの中に紛れてしまった。
「……確かにノートはあの人の言う通り火山なのかもしれないね。彼が僕が操れない自然の最も力を持つ物の内の一つのマグマだとしたら……それは生命を生み出す命の源、海には逆らえない。海のみがノートを抑えることができるたった一つの……」
僕は呟きながら、倒れている彼らを起こそうとしゃがむと、後ろからガサガサと草を掻き分ける音が聞こえ、口を閉ざした。
「……誰です?」
僕は立ち上がり、ゆっくりと振り向く。
その正体を目にした僕は目を大きく見開いた。
「お兄ちゃん!!」
「……なんだ、これは」
お兄ちゃん……つまりレイン・ラプルが目の前にいる。ずっと守りたかった、ずっと一緒にいたかった相手が。
しかし嬉しくて興奮する僕とは正反対に、お兄ちゃんの目は据わっていた。
「これはお兄____」
「どうしてこんなことをした!!」
お兄ちゃんは僕を怒鳴りつけた。肩から腕に付けた三角巾をかなぐり捨て、杖代わりにしていたレイピアを構えて僕を睨み付けた。
「それは……この人たちが……」
「どうしたもこうしたもない!皆を傷つけた……やっぱりお前は敵だ!」
奥歯を噛み締め、吠える。その口から血が流れた。その顔はもはや復讐鬼と思えるほどだった。
「お兄ちゃん……でもお兄ちゃんは僕に勝てないよ。この間証明されたじゃないか」
「それでもだ。オレはお前を許さない」
「……お兄ちゃんのバカ!」
僕はお兄ちゃんに向けて飛び道具を放った。僕が魔法を飛ばさないことには理由がある。それはお兄ちゃんも僕と同じ呪術師だからだ。だからいまいち……というかほぼ効かない。……はずだったのだが、どうやらお兄ちゃんは弱すぎたため、こんなに大怪我している。
「……ぐっ……」
お兄ちゃんはただでさえボロボロなのにさらにボロボロになり、マフラーは引き裂かれた。それでもお兄ちゃんは立っている。僕はそんなお兄ちゃんを見て悲しくなってきた。
「……っ」
「……サニー……ごめんな、オレが悪かった」
僕がもう一度飛ばそうと構えたときだった。お兄ちゃんが僕の名前を呼んでくれたのだ。僕は思わず構えた得物を下ろした。
「お兄ちゃん……?」
「最近記憶障害が酷くてな……。薬でなんとか抑えてるんだが、どうにもならないらしいんだ。そんな中でサニー、お前の姿を思い出した……大きくなったな、サニー……」
先程までの鬼のような形相とはうって変わって、本当に弟を愛でる兄の顔になっていた。しかしすぐにその顔は苦痛に歪み、血を吐いてその場に倒れてしまった。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫……だ……。ごめんよ……試すようなことをして……お前はとっくに一人前だったな……」
目は宙を泳ぎ、顔面蒼白になってまで謝り続けるお兄ちゃんに、僕は抱きついた。
「そんなことないっ……!だって僕は……お兄ちゃんがいないと寂しいから、ずっと……二人になれるようにここまで準備してきたんだ!」
僕が叫ぶと、どこかで呻き声が聞こえた。恐らくここに倒れているお兄ちゃん以外の人が目を覚ましたのだろう。だが、誰が起きたのかは安易に予想できた。
「……ぅ……あぁっ、ヘラ!ライル!」
「やっと起きたんですか?」
「どうしてオレだけ……ってレイン!」
目まぐるしく騒ぐムジナさんに僕はため息をついた。どうしてノートはこんな人を選んだのだろうか……。
「……ムジナか……。そうだな……ここはバノンに近いからとだけ言っておこう……げほっ!げほっ!」
「お兄ちゃんは喋らないで!安静にしてて!」
「……サニー、レインをどうするつもりなの……?」
お兄ちゃんを支えようとした僕にムジナさんは冷たく言葉をかけた。
「もちろん、またお兄ちゃんと一緒に暮らすんだ」
「オレは今のままで十分だ……サニーこそ、こっちに来たらどうだ?」
「お兄ちゃんは甘いんだ!」
「す、すんません……」
一生懸命笑おうとしているお兄ちゃんを一喝し、お兄ちゃんは再びしおらしくなった。
「それに僕は……取り返しのつかないことをしてしまった……」
僕は周囲を見渡す。
霊王ハレティが消えたことによって乱れた力の脈。そのせいで地面が隆起して現れた建物。
目の前で意識を失っているヘラさんと魔王であるライルさん。
人間たちをそそのかし、ムジナさんとヘラさんの親友であるシフさんを死なせてしまった。
そして……すでに虫の息であるお兄ちゃん……。
____僕は罪を犯しすぎたんだ。
「サニー……」
お兄ちゃんは悲しそうな顔でこちらを見る。
……とある人に聞いた、お兄ちゃんたちの魂が一旦、体を離れた話。そのせいで彼らは記憶障害を起こすようになったと。形は違えど、霊界に封印されて魂だけがこちらに戻ってきたことだったり、一度死人の類になったり……そういうことだ。
記憶障害と言っても悪いことだけではなく、大昔に忘れてしまった記憶まで掘り出してくるということも確認できている。現にお兄ちゃんがそうだ。僕のことを思い出してくれた。それだけでも大収穫だ。
「……では、条件を出します」
「条件?」
ムジナさんとお兄ちゃんは怪訝な顔をした。
「妹をノートから取り返してください」
「妹?妹なんていたの?」
「いや、知らないんだけど……でもどっかで聞いたことのあるような無いような……てかさ、ノートは悪いやつなのか?オレの怪我を軽くしてくれたんだぞ」
ムジナさんとお兄ちゃんは顔を見合わせる。そりゃそうだ。なんたって……。
「言ってしまうと、ノートは悪い人です。あと、知らないのは当たり前です。あの子の名前は……僕たちの記憶から消えてしまいましたから」
「「なっ……?!」」
二人は目を見開いて驚く。僕もその事実を知ったとき、同じ反応をした。ノート本人から、君には妹がいるよと言われ、そのあとに名前は覚えてないだろうけどねと言われたのだから。
「もちろん僕も協力します。それでどうですか?」
僕はお兄ちゃんを起こしながら問うた。
「……わかった。だがな、オレはサニーを許した訳じゃないぞ。こんな怪我を負わせやがって……」
「ごめんなさい。お兄ちゃん、戦いがあればすぐ突っ込んじゃうから、こうでもしないと足止めできないんだ」
「レイン……お前ってやつは……」
僕の言葉にムジナさんはお兄ちゃんに冷たい視線を向けた。
「でも人間たちの侵攻が終わってよかった」
「……そうだ、どうしてサニーは人間たちに侵攻させようとしたの?」
ムジナさんは疑いの目を向けた。
僕は言うかどうか少し悩み、結局言うことにした。これで悪い方向にいかなければいいが……。
「……ノートに言われたんです。妹に会いたければ言うことを聞きなさいって」
「脅されたの?かわいそうに……。でもやったことは悪いことだよ」
「はい。わかってます……」
ノートは僕でも諸悪の根源だということは理解している。そんな悪いやつが僕より膨大で危険だと言えるほどの力を持っている。それは恐ろしいことだ。
「ふっ……ムジナが優しくてよかったな、サニー。もし起きたのがヘラだとしたら……シフのことで殺されたかもしれない」
「そうかもしれない。それに……僕は……この先ずっと許されないかもしれない。だからその分、皆さんに協力するんだ!」
__________
しばらく経って、城から黒池が迎えに来た。その後ろには城の召使いが数名控えている。
息を切らし、到着と共に、持ってきた救急セットで治療を始めた。
「サニーくん。……いえ、何でもないです」
「どうしたんですか?」
「その……通信で聞いてましたが、やはりノートは越えるべき壁なのですね」
「はい。あと妹を取り返さないといけないんです。そういえば黒池さんにしては珍しく呼び捨てなんですね」
「敵、犯人を呼ぶときは大抵呼び捨てですよ。……あぁ、そのAEDはこう使うんです」
ヘラの治療をしながら他の召し使いの指示をする黒池を、少しだけすごいと思った。
「うぅ……皇、希……?」
「よかった!もう目覚めないかと……っ」
「はわ、わっ……?!」
傷だらけで体を起こすヘラに、黒池は涙目になりながらヘラの手を取って胸の前で握った。
ヘラは恥ずかしそうに口をパクパクとしている。
オレもヘラのところに向かうことにした。
一方、ライルはヘラより重傷らしく、未だに目を覚まさない。
「ヘラ……」
「ムジナ!皇希をどうにか泣き止ませてくれよぉ!」
そういうヘラも涙目なんだが……言わない方がいいか。でもまぁ黒池と約束したし……。
「もう、しょうがないなぁ……黒池、いっぱい遊ぼ?約束、忘れてないから。ね?」
「ムジナくん……ムジナくんも生きててよかったぁー!!」
「うわっ、逆効果!」
大の大人が大泣きしている。両手で目を擦っているため、ヘラの手は解放され、抜き足差し足と抜け出した。
「うぅ、大変だったぞ……シフはこんなヤバい連中を統括してたんだな……」
「……そうだね……」
「あ……ご、ごめん」
「いいんだ。あのね……。戦い、もう終わり……だよね?もう……戦わなくていいんだよね?」
オレは答えは分かりきっているが、ヘラに少しの希望と共に問うた。
ヘラは察したのか、後ろを向いて答えた。
「……そうだな。お疲れ様」
その目には決意が込められていた。
そしてつかつかとこちらに歩み寄った。
「ど、どうしたの?」
「ムジナ。俺はしばらく修行してこようと思う」
思いもよらない言葉に、オレは一分ぐらいぽかーんと口を開けた。
「……えっ?!どうして?!」
「このままじゃノートどころかサニーにすら勝てない。それに、ドラゴンソウルを発動しないと皇希にも勝てなかった。だからだ。……しばらくお別れだ」
「そんなっ、いきなりどうして……?オレも行く!」
「ダメだ!」
「!!」
ヘラの声に、周囲の音も無くなった。
黒池は泣き止み、召し使いの手は止まり、レインとサニーはこちらを見た。
「これは弱い俺のせいだ。もっと……もっともっと強くならないと____」
「そんなことはないんじゃない?」
突然、どこからか女の声が聞こえた。
全員つられてそちらを見る。そこには……。
「マリフ!」
最初に反応したのは黒池だった。すぐさまコートのポケットに手を突っ込み、書類と本人を見比べる。そして手錠を取り出した。
「おやおや。そんなの出さないでよ。それより大変だったねぇ。こんなとこにテレポートしちゃうなんて!」
マリフさんは優雅に乗ってきた浮遊する椅子から飛び降り、手元の光線銃をクルクル回した。それと同時に黒池の動きも止まる。何かが飛んだと思ったが……まさかあれは……。
「……何の用ですか?」
オレがマリフさんに聞こうとしたとき、先にヘラが口を開けた。
「しらばっくれちゃって。隠しカメラを仕掛けさせてもらってたんだけどね、修行する必要は無いと思うよ」
「……え?」
ヘラは目を丸くした。当然オレもだ。
マリフはオレたちの表情を見、ニヤリと笑ったあと大仰に答えた。
「だって、本当はムジナくんの方が強いんだから」
「……へぁ?」
……変な声が出た。いや、本当に。ヘラも訳がわからないという顔をしている。いやいや、なんで?!
「だってさ、冷静に考えてごらんよ。死神とインキュバスだよ?どう考えたって死神の方が強いって」
マリフさんは棒が付いた飴をブンブン振る。
「そ、それっ……ろ、論理的なやつだよね……?」
「ノン。根本的な話さ。ヘラ、キミはこれ以上強くならない。それだけだ」
マリフさんの言葉に皆が言葉を失った。
ヘラがこれ以上強くならない?それはヘラを全面否定しているのと同じなのではないか?
「マリフさん!それは……言い過ぎだと思います」
サニーが声を張り上げた。その行動に誰もが驚いた。
レインを庇い、少し震えながら立ち向かうその姿は健気にも思えた。
「言い過ぎ?本当の事だろう?」
「いいえ。お兄ちゃんにさっき聞いたんです。あの二人がどれほど仲が良くて、どれほどお互いを大切にしていたかを。だから……努力を笑わないで」
「サニー……お前……」
ヘラがサニーを見る。それに気づいたサニーはヘラに笑いかけた。
しばらく見合うサニーとマリフさん。そして折れたのはマリフさんだった。
「……ふぅ。ま、そういう未来もあるってことなんだね」
「その言い様は『異世界観察』ですか?」
「そうだよ。さすが、ノートのところにいただけあって知識もちゃんとしてるみたいだねぇ。今起きてるのは……ムジナ、ヘラ、レイン、サニー、そして黒池だね。過ぎたことだから言っておくけど、この中で他の世界で生き残ったのはムジナとサニーだけだ。ここまでみんな残ってるのはこの世界だけ。だから警告させてもらったんだ。ヘラ、傷ついたのなら謝っておくよ。ごめんね」
マリフさんはにっこりと笑う。オレと黒池とレインは安堵の声を漏らした。しかし、サニーは納得できなかったのか、マリフさんのところに行き、ひそひそ話を始めた。
「マリフさん」
「ん?まだ何か?」
「とぼけないでください。あの……言わなくていいんですか?死因のこと……」
「……ノートから聞いたんだね、あの子を通して。いいよ、君にだけ教えてあげる。誰の死因が聞きたい?」
「……お兄ちゃんや黒池さんはわかります。ですが……どうしてヘラさんが亡くなったのですか?」
「……自殺だよ」
「え?」
「周りの環境が悪かったんだろう。発狂して、絶望のうちに自らの体に彼の剣をグッサリと……ね」
「な……ヘラさんに限って……そんなこと……」
「あり得るんだよ。最近の彼はどうもおかしい。不幸なことが続きすぎておかしくなってきているようだ。ボクは干渉できないけど、キミならできるはずだ。頼まれてくれるかい?」
「そんな、急に……ムジナさんじゃダメなんですか?」
「キミとレインが自分たちにやったように、ヘラの記憶を消すんだ。それはキミたち呪術師しかできない。だからだよ。最悪の事態になってしまったとき用の最終手段だ。いいね?」
「……わかりました」
何を話していたのかは聞こえなかったが、話し終わったあとのサニーの表情は暗かった。
「……サニー。何話してたの?」
「ムジナさん……何でもないです」
「何でもないわけないじゃん!どうしてそんな暗い顔してるの?何でも力になるから!」
「何でもないんです!!もう……話しかけないでくださいっ……!」
涙目で訴えるサニーはオレが何か言う前に走り去ってしまった。
……もう少し考えて話しかけた方が良かったかもしれないと、オレは反省した。
サニーやマリフさんが去り、それから五分ほど経ったあと、やっとライルが目覚めたので麻酔にかかっていた黒池が携帯端末を見せながら事の顛末を説明した。ライルは賢いので、すぐに理解したようだ。ライルを看病していた召し使いたちは次にレインの治療に取りかかった。
「うぅ……サニーを責めないでくれ……責めるなら兄のオレを責めてくれ!」
「レインさん、落ち着いてください。傷口が開きますよ」
「落ち着……いででででっ!!」
「ほら、もう!無茶は禁物ですよ」
ギャーギャー喚くレイン。だが、その光景を見てオレはやっと落ち着くことができた。やっと……みんな元に戻ったんだなって……。
「ムジナ」
「ヘラ……?何?」
「何で泣いてるんだ?」
ヘラの言葉にオレは目の辺りに手をやる。……本当に涙が流れていた。
悲しくなんてないのに。
「ははっ、何でだろうね」
「……俺は本当にこれ以上強くならないのか?」
ヘラは目を伏せて呟く。
「そんなことない」
オレはもちろん否定した。今も昔も当然これからもヘラは強いから。オレは……こう答えるしかなかったんだ。
「……みんな気を遣ってくれてるんだろ?本当はそう思ってないん____」
「思ってるさ!!」
「!」
ヘラが目を見開く。オレだって驚いた。こんなに大きな声が出たんだから。
だが、これは本当だ。本当にオレはヘラが強いと思ってるし、頼ってもいる。それに尊敬だってしてる。自信を無くされたらこっちだって困る。悲しい。
「みんな、ヘラが強いと思ってるし、黒池だってヘラを超えようと努力したはずだよ!だから裏切り覚悟でここまで来た!リメルアだってそうだろ?それに……ルージだってヘラを認めたから側にいた!違うか?!」
「……ルージ……そうだ……俺は……なんで……」
ヘラの左目から涙が零れた。
ヘラは未だにルージがいなくなったと勘違いしている。ルージは落ち込みすぎたヘラに「このままいなくなったと勘違いさせよう」と彼の前には現れなくなった。しかし、ずっと彼の側にいる。守護している。
レインに、ヘラと戦ったときに彼の居場所を教えてくれたのは妖精だと教えてくれた。もしルージがレインに知らせなければ、あのままヘラは泉の藻屑と化していただろう。
「……そうだよ、ヘラ。これからも……一緒に頑張ろう?」
「……ぅ、うぅ……ひっぐ……ひぐっ……ありがとうっ……」
ヘラは泣きながらにっこりと笑った。
どうも、グラニュー糖*です!
昨日の晩からお腹の調子が悪いんです。
ご飯サボりだしたからかな……。
では、また!




