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怪奇討伐部Ⅲ  作者: グラニュー糖*
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刑事と魔王

第三十八話 信じる



 何時間も経ち、日が完全に沈んだ頃。オレは度重なる短距離テレポートに疲れてきたところだった。


「はぁ……はぁ……かふっ……」


 吐血も何度もしてきた。……あのビームは人間界に存在してはならない。ましてやシフの手にあるとしたら……。


「ヘラのバカぁ……絶対に生きてるんだからっ……!お兄ちゃん……シフを生き返らせてよぉ……っ」


 視界が潤む。暗くなってオレの心までも暗くなってきたのだろうか。……ヘラ、お兄ちゃん……誰か来て……!


「……君は……ムジナくん?」

「!」


 どこかから男の人の声がする。この声はヘラでもお兄ちゃんでもない。……誰なのだろうか?


「血まみれじゃないか!それに……ごめんね、僕じゃ直視できないや……そうだ、僕が君の怪我を治してあげる」

「……あなたは?」


 長い黒髪が揺れる。

 その髪の主は持っていた剣を背中に背負い、オレの体を持ち上げた。


「僕?僕は黒池皇希。刑事をやっています」


 そう言って黒池は片手で取り出した警察手帳を見せる。そうか、まだ人間の生き残りがいたのか……。黒池ということはヘラが昔助けた人のうちの一人か。それにしてもよく見てくるなぁ……。


「……何?」

「え、あ、あぁっ……!あのっ……よく見るとかわいいなって……。えへへ……」


 黒池ははにかみ、警察手帳をしまった。何だ、この人……初対面の人に向かってこんなこと……本当は刑事じゃなくてヤバイ奴なんじゃないか?助けて、お兄ちゃん!!


「離して!オレは……いたたっ」

「こら!動かないの。僕だっていつもそのくらい怪我をして仕事するんだから。怪我のことについては僕に任せて。それで……お願いがあるんだけど……」

「何?」

「治ったら、かわいがらせてくれるかい?」

「うぅ……」


 こんな見知らぬ人……というかヘラの知り合いなんだけど……そんな人に身を委ねるなんて……。


「……わかったよ」

「わかるんじゃねぇよ!!あと離れろ変態!!」

「「え?」」


 どこかから声がした。この声は紛れもなく……!


「「ヘラ!」」

「はー……はー……こんなところにいたのか!……ってかハモるな!」


 ヘラが吠える。だが、オレはいたって冷静だった。


「……ヘラはシフのこと、嫌いなの?」

「は?嫌いなわけないだろ」

「なら……どうして諦めろだなんて……」

「……ヘラ、そんなこと言ったのかい?」

「……うん……ぐすっ……」


 オレと黒池の視線がヘラに注がれる。ヘラは彼らしくない顔をしながら下を向き、頷いた。そしてしばらくしてぽろぽろと涙を流した。


「ヘラ……ひぐっ……ぐすんっ……うえーん!!」

「ヘラ?!ムジナくん?!あわわ、どうしよう!」


 オレはもらい泣きし、その様子を黒池はおろおろしながら困り顔をしていた。


「____全く、だらしないわね」


 どこからか声がした。この声はどこかで聞いたことがある。それは……オレが一番よく知る……。


「ぐすっ……っく……ライル……?」

「そうよ。涙を拭きなさい。それと……ようこそ、異界の刑事さん」


 ライルがオレとヘラの分のハンカチを取り出し、黒池に挨拶した。

 というかどうしてこんなところに?建物の調査にでも来たのだろうか?……わざわざ魔王が?


「お初にお目にかかります、魔王ライル。貴方の事は資料にて学ばさせていただきました」

「そう。……それでヘラ、今戦線はどうなってるの?」

「それが……」


 ヘラは目を逸らし、こちらを見る。オレは静かに頷いた。……今は……シフが死んだ、としか言えない。……信じたくないが……それが現実だから。


 ……ヘラより大怪我を負っているオレが話すわけにはいかないので、ヘラは十分ほどかけて事の顛末を話した。ライルは始終渋い顔をしていた。


「……そうなのね……。では、こちらの勝ち、ということでいいの?刑事さん」

「はい。……シフさんが自爆したんですか……そこにデスさんもいたのですね。そして彼をヘラが守った、と……あ、実は僕、デスさんの職業知ってたんです」

「「えぇっ?!」」


 快諾した黒池の後の言葉にオレとヘラはひどく驚いた。その二人に黒池はさらに驚いた。


「え、それほど驚くこと?!……あのね、僕、ここに連れてこられることが決定する前、とある事件でデスさんと一緒になったんです」

「だが、皇希と違って秘密主義者みたいだったが……」

「そういや、僕にも名前を教えてくれなかったなぁ……そういやムジナくんのお兄さん、死神なんでしょう?名前読み取れないんですか?」

「その手があったか!」


 盛り上がるヘラと黒池。その横でオレとライルは白い目を向けていた。


「……この二人、いつもあんななの?」

「いや……黒池はさっき初めて会ったからわかんないや……。でもヘラは異常かなぁ」


 オレはふざけながらニコニコ笑うヘラを見た。


____オレにはそんなことしてくれないのに。


 ……いやいや、なに妬いているんだオレ!そりゃあ黒池にとってヘラは命の恩人だろうけど……やっぱり疎外されたら寂しいよ……。


「……ムジナ?」


 隣の茶色いポニーテールが揺れる。オレは慌てて何でもないよ、と答えた。


「そう?……ねぇ、城のシフの部屋……まだ残してるのよ」

「あの子供部屋?」


 オレは首がカクンとなりながらも聞き返した。まさかまだ残してくれていたとは意外だ。


「えぇ。テケテケの時の焦げはさすがに消したけどね。……ムジナ、ハレティが消えたって本当なの?」

「……うん。雨が降ってきて、こんな建物が生えてきたからね……」

「そっか……雨は本当だったのね。……なら、次死ぬのは私たちかもしれないわね……」


 次に死ぬ?確かにハレティに続いてシフと来ると、その周辺のオレやヘラ、ライルやスグリが標的になるかもしれない。

 ……本格的に恐ろしいことになってきた。もしそれを決行するとすればどう考えてもノートがやるだろう。

 それに……オレはオレに自信を持てない。なぜなら、シフに力不足などと言われたからだ。だが、こんなことをストレートに言えるわけがない。ここはライルを元気付けないと……!


「……その時はその時だ。精一杯対抗しよう。な、ライル」

「ムジナ……えぇ、頑張りましょう」


 ライルが笑顔を向けてくる。オレもつられて笑ってしまった。顔で笑って心で泣く。……まるでピエロのようだ。


「それにしても……勝ったという気分になれないや」

「自爆……確かに自分で勝った気にはなれないものね……それに人が人だから……」

「オレには人間たちがおいそれと帰る気になると思えないんだよな」

「……そうね。そこの刑事さんが証明してるわけだし」

「あ、僕はもう降参したんで」

「急に話に入ってきた!?」


 黒池はヘラと顔を見合わせ、話を続けた。


「一般兵はわからないですが、シフさんは自爆、イリアくん、ベアリムさんはもう戦う気を無くし、逆に和平交渉をしたいとのこと。デスさんは……さっきヘラから聞いたように魔界側で戦うようです。そして僕はヘラと戦い、そして負けました。あとは……」


 そこまで言い、口をつぐんだ。ヘラも暗い顔をしている。あとは一体どんな問題があるのだろうか。思い当たるとしたら……。


「サニー……」


 レインの自称弟と名乗るサニーと戦うくらいしか思い浮かばない。

 オレの言葉に黒池は頷いた。そしてスマートフォンを取り出し、操作したあと耳に近づけた。


「……もしもし、サニーくん。……えぇ、今城の前の林にいます。……はい。わかりました……」


 黒池が電話し終わると、オレ、ライル、ヘラの順に顔を見、決意に満ちた面持ちで話し始めた。


「……確かに敵はサニーくんだけのようだ。それに……言いにくいんですが……」

「?」

「敵はもう一人います。……彼の名前はリスト・ウルム・ラーン……人魔です」

「なんだって!?」


 オレとヘラは目を丸くして驚く。一方、ライルは何の事やらと不可解な顔をしていた。


「リストって誰?」

「そっか、ライルには言ってなかったね。リストは江戸時代から生きている人間だよ。リストの友達の魂が死神に狩られて、その時に見えるようになったんだって。で、いろいろあって魔界にいるんだ」

「じゃあ不正にやってきたというの?死神の門強行突破?そんな、よっぽど決意の固い人しかできないわよ!それに人間が成せる技じゃない!」


 ライルが悲鳴にも似た声を上げる。だが、それは事実だ。死神たちの合意を得ないと安全を保障できない。須臾にして永遠の時間を肉体と魂が離れた状態で越えなければならない。それをやってのけたというのか!


「彼はその死神に狩られた親友を助けたい一心でここまで来たと言われています。その決意は仇でもある死神に弟子入りする屈辱すら物ともしないほどだったと資料に書いています」

「……俺なら耐えられないな」


 黒池の説明にヘラはそっぽを向いて腕を組んだ。

 ……オレだって耐えられないだろう。途中で仕留めるに違いない。

 ライルの方を見たが、彼女はまた別の問題に首を捻っていた。恐らく、前魔王……彼女の父がリストの存在に気づかなかったのかということだろう。


「……まずそんなに強いリストが敵に回ったことが大問題……だよな」

「それにリストには新しい武器がある。……それはデスに聞いた方がいいな。あいつはリストと戦った。きっと何か感じたことがあるはずだ」

「そうなんですか!?では、電話してみます!」


 黒池が急いでスマートフォンを操作する。その間、ヘラがこちらに寄ってきて耳打ちした。


「……ムジナ、そして魔王ライル。皇希は信用できる奴だ。……ムジナは少し嫌かもしれないが耐えてくれ。……ところで対策なんだが、リストは桜を散らせてくる。それを俺が焼き払い、その燃えカスで分身を作られるといけないからムジナが凍らせてくれ」

「ヘラ、あの魔法は使っちゃダメって……」

「……俺はムジナを信じる。そして約束してくれ。……死ぬな」


 ヘラは深い悲しみを込めた瞳で見つめてきた。……ヘラがオレを頼ってくれているのは嬉しい。だが、それほど強い相手なのだという事実でもある。

 ……ヘラと話していると黒池の電話が終わったようだ。その表情は険しいものだった。


「どうだった?……って聞くまでもないか。リストに勝てる確率はかなり低い、か。それより、どうしてリストは敵になったんだ?」

「……それが、サニーくんに降参____いえ、敗北してしまったようで……サニーくんにこのあとどうするかは自由だと言われ、魔界を自由に行動してたようですが、そのあと一般兵たちに仲間になってくれと頭を下げられたらしいんです。リストは一度迷われたようですが、自由とは、逆らうと命はないという暗示ということで了承したようです」

「サニー……初めからそのつもりでリストに近づいたのか……」

「……皇希、やけに詳しいな」

「一斉送信ですよ。時代はデジタルです」


 黒池はにこっと笑う。しかしすぐに下を向いてしまった。大人である黒池にとってもつらい現状なのだろう。


「……本当は?」


 ヘラが睨みながら黒池を問い質す。黒池は渋りながら口を開いた。


「……本当は……電話の相手はデスさんではなく、サニーくんでした。いえ、デスさんの携帯に電話したんです!……したのですが……出たのはサニーくんで……」

「なんだと!?……ということはこっちに向かっているのか!?デスのところとそんなに離れていないぞ!」


 ヘラが叫ぶ。とんでもないカミングアウトで周囲の空気が凍った。

 もはやこれまでかと全員が諦めかけたその時、ライルが声を上げた。


「みんな、落ち着いて!ここは私の領土。好き勝手させないわ。それに城の近くだから、中に入るといいわ。そこでムジナとヘラの回復。その間、アルファ、ベータに加え、スグリが門番をするの。そして私と刑事さんは作戦会議をしましょう。スグリには遠征直後で悪いけど、手伝ってもらうしかないわ」


 ライルが城を指差しながら指揮を執る。その姿に黒池はあんぐりと口を開けて感銘を受けていた。


「さすが魔王……見事な采配です!」

「よし、そうと決まれば行こうぜ!……また迷惑をかけてすまない」

「いいの!ムジナの親友だからね。ふふ、ムジナを友達に選ぶなんて、相当見る目があるみたいね」

「ちょ、ちょっと!ハードル上げないでくれる!?」


 オレの渾身の叫びにその場にいた全員に笑顔が戻った。なんか複雑だが……これはこれでよかったとオレは思った。



 城に到着し、オレたちはやっと腰を下ろすことができた。門には早速スグリが配置され、オレとヘラは治療するために別室に連れて行かれた。すぐに治療が始まり、服を脱がされ、止血や消毒をし、包帯を巻くところまで手際よく進んだ。


「いてて……うわ、えっぐ……」

「そう言うムジナもかなりのものだぜ……いったぁ!?」

「すいません、火傷も治さないといけませんね。聞いております。光線銃なんですって?」

「……うん。今生きてるのが不思議だよ……」


 オレは呟きながら手のひらを見た。……予想通りの包帯グルグル巻きだ。


「それはあなたが死神だからでしょう。ヘラさんが同じ怪我を負っていたら間違いなく死んでいたでしょうね」

「だろうな。魔界ではインキュバスは最弱とされている。何せ、戦う必要が無く、全く鍛えていないし、魔法も役に立たないからな」


 ヘラは胡座をかき、包帯まみれの腕を見ながら皮肉っぽく吐き捨てた。

 ……そんな彼をオレは……。


「でもヘラは強いよ」

「……ありがとう、ムジナ」


 オレはヘラがどんなに努力をしてきたかはわからない。

 ヘラだってインキュバスが最弱ということを理解しているが、オレの存在があるので鍛えずにいられなかったらしい。


 それにお兄ちゃんと二人でクノリティアに籠ってたときは死神以外を下に見ていた。だが、死神以外であるカリビアさんに助けてもらい、他の種族の事も気になったのは事実だ。そんな時にヘラやライルと出会った。これは運命とさえ思った。しかし彼らは魔界最弱の種族インキュバスと魔界最強である魔王の娘……そして種族は魔法使いだ。正反対の彼らだが、オレは彼らの事が大好きだ。


 そんな『強くなりたい』というヘラの願いに復讐の塊でもあるドラゴンソウルが付け込み、取り込ませた。オレはヘラの純粋な願いを利用したドラゴンソウルが許せない。

 ……まずはリストに対抗しないと。ドラゴンソウルはこのあとだ。


「……これで大丈夫です。魔王様と黒池さんが会議なさっているところに行きますか?それならお連れしますが」

「うん。行かせてほしい」

「わかりました。ヘラさんもですか?」

「あぁ」

「ではこちらに」


 ……連れて来られた会議室は大きな四角い机にぐるっと一周、椅子が並んでいた。その向かい同士にライルと黒池が座って考え込んでいた。まさに資料も何も無しの急ごしらえの会議だ。


「……あぁ、二人とも来たね」


 オレたちに気づいたのは疲れ切った顔の黒池だった。黒池は元はと言えば人間側だ。なんか……申し訳ない。


「ふふ、ムジナくんの顔を見たら元気が出ちゃった。リストに勝てるように精一杯努力するからね」

「黒池……」

「……僕がサポートするから、必ずやり遂げてくださいね。期待してます」


 裏も表もない無邪気な笑顔の前に、オレは思わず礼をした。


「……ありがとう」

「礼をするのは課題が終わったあとですよ、ムジナくん」

「……とにかく皇希、俺たちは元から考えていた戦略で戦う。……なるべく殺さないように努力しよう」

「もう、ヘラってば!なんとか説得して、最低戦うってことでしょ?」

「……そうともいう」


 ヘラは明後日の方向を見ながら呟く。ヘラは昔からこういうところがあるからなぁ……。

 しばらく談笑していると、ずっと口を閉ざしていたライルが深呼吸をしたあと、立ち上がって大きな声で発言した。


「みんな、静かに!……これより、対リスト、サニーの作戦を決行する!黒池は無線通信にて私含め三人に指示を送りなさい。私とムジナ、ヘラはまずリストと戦う。連戦になると思うけど、サニーを見つけ次第、戦うわよ!いいわね?」

「「「応!!」」」


 とある城の女主人の掛け声に、人間、死神、インキュバスの男三人が気合いの入った声を上げた。

 彼らの瞳はそれぞれの目的を胸に、全員前を向いていた。彼らの目に映るのは平和な未来。争いの無い、素晴らしい未来だ。

どうも、グラニュー糖*です!

来月分が終わらないよー!

それにパソコンがバグりまくって、まともに授業受けられない…。助けて…。

では、また!

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