恩を仇で返す
第三十七話 新旧交戦
シフは狂戦士のように笑い、誰よりも邪悪な笑みを浮かべている。
一方ヘラは依然として臨戦態勢に入っている。
オレはシフを説き伏せるべく、一歩前に出た。シフは光線銃を構えたまま、少し力を込めた。まさに一触即発だ。
「____シフ、君は『見極めよう』と言った。でも違う。人間は技術を持ち、悪魔は力を持つ。どちらも同じなんだ。必ずマイナスな点を持ってる。シフ……お前は見極めるために戦うの?」
「……何が言いたいの?」
オレの言葉にシフは心底嫌そうな顔をした。しかし光線銃を下ろそうとはしない。オレは言葉を続けた。
「戦う必要なんてないじゃないか!」
オレは心の一番前にある言葉を叫んだ。ヘラに何度も確認されたが、やはり戦いたくない。
「……はぁ。血の気の少ないムジナのことだ、言うと思ったよ。ムジナ、言っとくけど、ムジナの力は悪魔や人間の誰よりも弱い。そうだ、この話、殺す前に言っておこうと思っててさ。……知ってる?あの召喚の時。あれはムジナの力だけじゃなかったんだ」
「……どういうこと?」
あの召喚。興味本位で大人を呼び出そうとして間違えてシフが召喚された時だ。あの時に何があったのだろうか。
「やっぱり知らないんだ。召喚は膨大な力を必要とする。本当はムジナの力では蟻一匹すら呼び込めなかった。でもあの時は違う。魔界のことを調べたかった人間たちが干渉して、ムジナが望む人じゃなくて俺が召喚された……ってことなんだ。簡単に言うと、全て仕組まれてたってこと。わかった?」
「____!!」
オレは絶句した。
力不足なんて言われるのは覚悟していた。だが、まさか全て仕組まれていたことだったなんて……。どうして……どうして?
「……それは本当なのか?」
「はい。ヘラさん、昔は優しくしてくれてありがとうございました。できるかぎり『作戦』について表に出さないように頑張ってたんですよ。全然何も言ってこないから、警戒してるのかと思ってたんですけど、知らなかったんですね。無知は罪です。死んでください」
「横暴だな。いつからそんな子になったんだ」
「やだなぁ、元からですよ」
ヘラはちらっとオレの方を見た。
その目は明らかに助けを求めていた。ヘラだって鬼ではない。彼でもシフと戦うことに嫌悪感を感じているようだ。
そしてオレは……シフの先程からの暴言に怒りを通り越して失望していた。
シフがあんなことを言うなんてあり得ない。だが、あれは本物のシフ。信じるしかない。混乱とはこういうことを言うのだろうか。
「……で、ヘラさん。その傷じゃあ確実に勝てませんよ」
「……だろうな。だが、俺が本気を出したらわからねぇぞ」
「本気……本気ですか。では、俺は宣言します。この戦い、ムジナを執拗に狙います」
「なっ、何で!?ひどくない!?」
「こうすればムジナを守るしかない。そうでしょ?」
ヘラは焦っている。宣言されたら対策できるのはできるが、ヘラにとっての限界ギリギリの事象だ。それにマリフに負わされた傷では……。
「……やってやるよ。俺はこれ以上失いたくない」
「そうですか。じゃ、ムジナ、ヘラさん、死んでね」
シフが笑った直後、閃光が走った。ヘラの顔の真横を過ぎ去っていく。微動だにしない。顔色一つ変えない。そしてその顔から一筋の血が流れ落ちた。
「ヘラ!」
「動くな!……シフ、もしかしてあの事を怒っているのか?」
「え?あの事?」
「……何をバカなことを」
あの事とは何なのか?オレには想像できなかった。いろんなことをしてきたので、ピンポイントでわかるわけがないのだが……。
「あのハロウィンの日のことだ」
「ハロウィン?……シフ、もしかしてガチでビビらせたこと、怒ってる?」
「……」
「正解なんだ!?わわっ!!」
シフは無言で光線銃の激しい弾幕を展開してくる。逃げ惑っているうちに街だったものが音を立てて消えていく。
……ハロウィンのとき、大丈夫だからと言ってオレとヘラで作ったお化け屋敷でビビらせまくったからか……ってかそれだけじゃ無いよね?!元からの作戦にこの怒りが上乗せされてるだけだよね?!
「ムジナが悪いんだからなー!最後の方笑うのを堪えながら驚かせてたでしょ!?許さないんだからな!」
「ひぃぃいいっ!ごめんなさーい!!」
「む、バカなことに気をとられていた……戦いは既に始まっていたのか!」
我に返ったヘラは慌てて戦線に戻ろうとした。だが、その前に黒い影が行く手を阻んだ。
「誰だ?!」
「オレは……デスとだけ言っておこう。……久しぶりだな、ヘラ」
「久しぶり?……黒池みたいなパターンか」
ヘラはデスと名乗った青年を睨み付ける。しかしデスはニヤニヤと笑うばかり。そして彼はポケットに手を入れ、それを見たヘラは構え直した。
「あぁ、そうさ。そこの腰抜けと戦ったイリアの姉……ベアリムは戦わないつもりらしいがな」
「……腰抜けって……ムジナのことか?」
「それ以外に誰がいる?」
「貴様!」
ヘラの威嚇の睨みはいつしか怒りの睨みに変わっていた。
その後デスは目にも止まらぬ速さで拳銃を取り出し、乱射し始めた。だがヘラはまたもや微動だにしない。あろうことか不敵な笑みさえ浮かべている。
その間にも放たれた弾は植木鉢や窓、ドアを破壊し、家の壁を削っていった。
「……ふん、所詮は手負いの悪魔。速くは動けないか」
「それはどうかな?」
「……何だと?」
デスはリロード中に聞いた。
ヘラは地面に突き刺した剣を振り上げ、魔力を込める。その波動は逃げ回るオレにまで届いた。
「あれは……赤黒い雷?」
「ムジナ、余所見したら死ぬよ」
「ぐっ……ヘラ……」
オレはヘラの方を見た。見事に引き離されてしまった……。だが勝機があるはず。それまで耐えないと……。
「……勝機があるはずなんて思ってる?そんなのないから」
「そんなわけないだろ!オレは……シフ、お前を止める!」
「バカなの?言ったじゃん。止めたってこのスーツがこの身が滅ぶまで動かし続けるのだか、ら……。なん、だ?これ……?!」
シフの動きが鈍くなる。オレはこれが勝機だと感じ、シフの首に手刀を下ろした。それと同時にシフの体がぐったりとする。やった!と思い、ヘラの方を見ると、そこでは地獄のような光景があった。
「くっ……ヘラ、お前……!」
「ぐ、ぉ、おっ……!」
ヘラの周りで黒い光が旋回する。……よく見れば光だと思っていた物は金属だった。それはデスから巻き上げたものだ。その中には彼の銃やネックレスが混ざっていた。
「ヘラ?!……シフ!」
「……」
シフの帽子に金属製のチップが含まれていたため、ヘラの磁力に引かれて飛んでいった。その後を追い、チップ入りの手袋も回収された。
「ヘラ、もうやめてくれ!決着はついた!これじゃあ……手長足長との戦いと同じじゃないか!」
「俺だって……止めたいんだ!だが……くそっ!」
ヘラは金属の塊の真ん中で頭を抱える。
しかしオレにはどうすることもできない。オレは少しでもと思い、シフの胸元にあるチップの破壊に取りかかったその時だった。シフが目を覚ましたのだ。
「ぅ……」
「もう目が覚めた!?」
「……言ったでしょ、このチップを壊さない限り体は動き続けるって……」
シフは満身創痍の体を無理矢理動かし、立ち上がった。そして光線銃に手を伸ばした。しかし、靴にもチップが入っていたため引っ張られ、靴が取り込まれると同時に尻餅をついた。
これで脳を戦闘狂の考えにする頭のチップ、手、足を動かすための神経へのチップを破壊できた。残るは胸元のチップのみだが……。
「……っぐぅ……」
「シフ……もうやめて……」
このチップの効力は、考えるまでもなく、無理矢理心臓を動かすものだ。つまり、このチップを破壊するということは心臓を破壊するということ。……オレには……こんなことできるわけがない……。
「ムジナ……はや、く、戦、おう……」
「シフ!もうやめよう!……って聞かないか……」
ヘラは頭を抱え、デスは武器を失ってどうすることもできず、シフは喀血をしながら立ち上がる。こんな地獄絵図は他にどこにあるというのだろうか。
____考えろ、考えろ……!オレの力を使えばシフは止められるが……ヘラはどうする?というかなんであんなことになっているんだ……?!……とりあえずデスはこのままでいい!……まずは……。
「……ヘラ!!」
オレはヘラの方へ駆け出した。鎌をしまい、手を伸ばす。鎌は骨を使っているが、刃は金属で出来ているからだ。
飛び回る銃と弾。チップが入った帽子や靴、手袋、アクセサリーの間にヘラの姿が確認できる。だが、この時オレは気づかなかった。あるものが混じっていないことに……。
「ムジナ……逃げろ!来るな!」
「やだ!オレはヘラを助ける!」
「本当に逃げてくれ!……後ろ!!」
「え?」
息を切らせながら後ろを見た。目に入ったのは無情に光る銃口。口から血を流し、死にかけの猛獣のようにこちらを睨むシフ。壊れそうなほどに引かれた引鉄は彼の覚悟を表していた。
「____!!」
「……っぁ、がっ!?うぁあああっ?!」
シフの声にならない声がし、すぐに身を焼く痛みを感じた。
服が焼ける。皮が、肉が、内蔵が焼ける。耳が機能せず、自分の叫びが聞こえない。死だ。これは死に違いない。傑作だ、まさか死神の自分がこんなことになるなんて……。
「ムジナ!」
ヘラが目を見開いて叫ぶ。オレを貫いたビームはヘラをも貫くことはなく、周囲を回っていた銃を砕いた。
「やった……!」
「……シフ……!」
シフの声はオレに届くことはなかったが、その声を聞いたヘラが明らかな恨みを向けたことがわかった。
「これで……わかりましたよね?ムジナ程度じゃ俺に勝てないって」
「……それは違うと思うぞ」
静かな反論があった。オレは耳が聞こえないので雰囲気で捉えたが、オレたちの動きが止まった。
誰だと思い、満足に動かない頭を動かすと、言葉の発言者はデスだった。
「……何が違うの?」
「あのムジナはお前を長いこと育ててくれたんだろ?そんな人に少しの感謝も無く、むしろビームで貫くとはまさしく恩を仇で返すという言葉が似合う。そう思わないか?」
デスは語りながらこちらへと歩き出した。オレは何も聞こえていなかったので表情だけでも抵抗しようとしたが、視界が赤く染まっていくのでどうなっているのかわからない。
そしてデスはオレの前に辿り着いた。
目の前のヘラは一歩、また一歩と退く。
デスはしゃがんでオレに微笑んだ。そして口だけを動かす。オレの行動からして耳が聞こえないということがわかっているからだろう。この人、まさか……。
『まかせときな』
読唇術で読み取ったこの言葉でオレは目が覚めた。
そのままデスは鞄から手錠を取り出した。やはり、この人は警察だったのだ。ヘラに聞いた黒池という人と同じ職業だったのだ。ではなぜオレの味方をしてくれているんだ?
「なるほど、敵はどこにいるか予測不能ということか」
「いや、ただ心が変わったというだけだ。……ヘラ、あの日助けてくれてありがとう」
「……お前は……っ!」
ヘラの目が見開かれる。しかしデスは反応を見ずに前を向いてしまった。
……お前は、まさかあのリメルアに囚われていた……。
それがヘラの言葉だろう。
黒池と一緒に囚われていたもう一人の子供……彼が成長した姿が今、オレたちを助けてくれている。これほど嬉しいことはない。……オレには関係ないけど。
「でも俺の方が有利だろう?」
「……そうかもしれないな。その光線銃は磁力が効かないからな。だが!シフ、お前は本当にそれでいいのか?ノートの口車に乗せられているだけでいいのか?」
「ノートだと!?」
デスの言葉に反応したのはヘラだった。ノート……今、最も騒がせている神と言われる超存在、とヘラに教えてもらった。
オレは少しずつ回復していく聴力をフル稼働して話を聞いた。
「……ノートは魔界と交信するための技術を教えてくれた。この世の神秘というものを消す代わりに。つまり、この世の創られ方、神の存在意義、本当に存在するのかどうかをさ。だから今、人間界で作られないものなんて無い!……あとはエネルギーの問題だけどね。そのエネルギーをこの魔界で補う。それが本来の目的だよ」
シフは嬉々として話す。それをデスは鼻で笑った。
「ふん。聞いたか、ヘラ。これが人間界の現状だ。簡単にまとめると、ノートに踊らされている。逆らうと一捻りだということだ」
「……デスも人間なんだろう?どうしてノートの神経を逆撫でするようなことを?」
ヘラは落ち着いて聞いた。
確かに、自分で解釈しておきながらそれに反することをやっている。まさか自暴自棄にでもなったというのか?
「……黒池に感化されたのかもしれないな」
デスはやんわりと笑い、シフを睨んだ。
「わかりました。あなたも敵対するのですね。それに、もう一度黒池さんを調べ直すという仕事もできました。……では、三人ともまとめて死んでもらってから調べることにしよう!」
「……!伏せろ、デス!……くそっ!」
ヘラが叫ぶ。その瞬間、地面に落ちている鉄や箱が光った。爆風がオレたちを襲う。悲鳴も聞こえないほどの轟音に、皆の叫びは掻き消された。
「ごほっ、げほっ……シフ!!?」
煙が収まり、爆心地であるシフがいた方向を見た。しかし誰もいなかった。そこには銀色に光るチップが転がっていた。
「……諦めな、ムジナ。シフの生体反応は確認できない。あいつは……自爆したんだよ」
惑星のように周囲に金属を浮かせたヘラが近づいてくる。そして手を差し伸べてきたが、オレはその手を払った。
「……ムジナ?」
「オレは諦めない。きっとどこかに撤退してるはず!」
オレは叫び、脇目も振らずに霊界の塔と正反対の方向へ走り出した。その先は目が潤んで何も見えなかった。
どうも、グラニュー糖*です!
寒くなってきましたね!私はもう冬服を出しました。(早い)
寒くなりすぎて秋気分を忘れないようにしないといけないですね!あれ、秋終わった?みたいなことにはなりたくないですからw
では、また!




