それぞれの日常
第三話 平和な日常
「うぅーん!今日もいい天気ね!」
太陽の光が優しく照らす丘。ちょうどよく吹く風に木の葉はザワザワと返事をしていた。そしてその下でのんびりと過ごす者に近づく者がいた。
「スクーレ、手紙が来ているぞ」
「あら、リストじゃない。こんなとこに来るなんて珍しいわね。誰からなの?」
「レインから」
渋い黒のソフト帽に、灰色の着物と黒いマントを羽織った男……リストだ。
そう言いながら着物の袖口にあるポケットに手を突っ込むリスト。取り出そうとしたとき、彼の武器である鞭がポロリと落ちた。そしてその手には緑の封筒に入った手紙があった。
「武器落ちたわよ」
「あ、あぁ……。最近弛んできたからな。平和すぎて何かが抜ける」
「最近って……ちょっとしか経ってないじゃない。どんな乱世を渡り歩いてきたの?」
「冒険家みたいな毎日だ」
「楽しそうね」
よいしょ、とリストは私に手紙を渡しながら私の横に座った。私は受け取った手紙をポケットに突っ込んだ。
「……読まないのか?」
「あとで読むの。今は……久しぶりに会ったリストと話したいから」
「ふん、オレの人間嫌いが治ってなかったらどうする?」
「さぁね。どうしようかしら?」
怪訝な顔をするリストの隣で私はクスクスと笑った。彼は一瞬不機嫌な顔をしたあと、地面に落ちていた綺麗な緑の葉を手に取ってクルクルと回した。
「ここの木、すげぇ大きいよな」
「話を逸らすつもり?」
「いや。ただ気になっただけだ」
「……ここはね、アルメト様が亡くなられた場所なの。それを惜しんで昔の人が植えたものなのか、生まれ変わりなのかはわかんないけど、こんなにおっきな木が生えたのよ」
「神秘的だな」
「アルメト様は悪魔を封印していらっしゃったのよ。だから人間から悪魔になろうとしてるリストはどうなるかしらね?」
「……怖いな。考えないようにしておくぜ」
リストはまずいという表情を露わにして手に持っている葉を地面に戻した。
「ふふ、冗談よ。もう伝説だけになってるもの。ハレティが何も怒らなかったから大丈夫よ。どの悪魔を封印するのかは彼が決めてたらしいからね」
「なんだ……脅かすなよ」
リストは子供のように頬を膨らませた。その後、二人で笑いあった。
「そうだ、土産があるんだ」
「何?」
「これだ。焼き菓子のにおいがする花だ。稀少な種類で、めちゃくちゃ珍しいんだ」
私は渡された花のにおいを嗅いだ。確かに砂糖のような甘さの焼き菓子のにおいがした。
「綺麗ね。ありがと!」
「枯れたら食べれるそうだ」
「ほんと?すごいわね」
「非常食とされてて、食べられまくったから稀少とされるようになったんだ」
「へぇ……ってそんなに貴重なものなのにいいの?」
「だからお前のために取ってきたからな。おっと、場所は教えないぜ。これでも絶滅させないように努力してるんだからな」
「なんかリストらしくない」
私はリストの目を見て呟いた。
「……オレらしさって何だ?」
「ひどいところ」
「……第一印象が大事だったか……」
旅に持っていっていた手帳を読んだとき、リストについて書かれてあった。
生魔のスフィアが無くなった私の記憶を留めておくには、これしかないのだ。
その手帳には彼の悪い噂や、彼のしていることが載っていた。日記のところに書いてあった『レインを閉じ込め、私を殺そうとした』ことが忘れられず、どうしてもリストはひどくて人道を外れているとしか思えなくなってしまった。物理的に人ではなくなってしまっているが。
「冗談冗談!リメルアとの戦いの時、助けてくれて嬉しかった」
「スクーレ……」
私をじっと見つめるリスト。彼の目には魔界に住む人間とはどう映っているのだろうか。普通の者に見えないのだろうか。彼は魔界では珍しいとされている黒い髪をしている。この世界で全く見ない着物という服を着ている。私から見たらリストは珍しい人だが、彼から見たらどうなのだろうか。人間界は黒い髪の人が多いらしい。着物やTシャツなどといった服を着るらしい。そんな中に地毛がピンクの私が紛れ込むことができるだろうか。
そもそも人間界とはどのようなものなのだろうか。人間がたくさんいるのはわかる。魔物ではなく、動物というものがいるらしい。
「リストって以外と純粋なのね」
「は!?」
「何でも信じちゃうし」
「何でも……信じる……」
この時、私は大きな過ちを犯していた。リストの過去を知らなかったからである。彼は昔人間を信じたため、人間を嫌いになってしまったのだ。そんな彼にこんなことを言ってしまうなんて、私は大バカだ。
「あ……なんかごめんね」
「いいよ。オレが悪いんだから」
リストは困った顔をして私の頭に手を乗せた。
「……じゃ、そろそろ行くか」
「もう行っちゃうの?」
「トレジャーハンターは宝があるところがあれば休みがないんだからな」
「なんかかっこいいかも」
「そ、そうか?」
「うん!」
__________
「ヘッジ様、仕事がまだ残っております」
「バルディ、もうちょっと休憩させて……」
「いけません。最近は人間界の死者が増えていますから、ヘッジ様にも頑張ってもらわねばならないのです」
「えー?みんな死なないでよー……」
「それが自然の摂理ですから」
____またお兄ちゃん仕事してる……。
数年前、オレたちが護っていたスフィアがあった神殿の近くにできた屋敷でオレのお兄ちゃん……ヘッジは毎日のように仕事に追われている。だから全然遊んでくれない。
オレは前のお兄ちゃんの方が好きだ。近づこうとしてもバルディさんに止められる。もしバルディさんの目を欺いてお兄ちゃんのところに行っても「ごめんな、仕事があるんだ」って言われる。それに、オレはバルディさんが苦手だ。どちらかというともっとひどい『嫌い』という部類に入るかもしれない。なぜなら、バルディさんの左腕が右腕と全く違う形をしているからだ。別に変な意味ではない。魚よりもっとゴツい鱗があり、爪がすっごく大きく、鋭く、まるで魔物のような……そう、バルディさんはヘラがリメルアを倒したときに使っていた『ドラゴンソウル』を先天性で身に宿している。オレは昔のことがあったので、ドラゴンソウルが大っ嫌いだ。それもあってヘラはなかなか能力を使おうとしない。いや、オレに気を使っているらしい。
バルディさんはドラゴンソウルについて詳しいらしく、いろいろな本を持っている。どこから仕入れてきたのかもわからない本だって持っている。もちろん、オレがドラゴンソウルについて調べようとしたことはある。苦手だからこそ調べようとした。取り除く方法だって調べようとした。しかし、いつもバルディさんに止められる。その意味がどうしてもわからなかった。
「おや、また来たのですか」
「あっ」
「ムジナくん、今お兄ちゃんは忙しいんです。また今度一緒に遊んでもらってくださいね」
「うぅ……」
柱に隠れていたオレはバルディさんに見つかり、出口に向かうように促された。しかし、納得のいかないオレはいつもと違う行動に出た。
「……いつも今度今度って!どうして遊んでくれないの!?昔はいつも遊んでくれたのに……っ」
「ムジナ……ごめんな」
「……もう知らない!出てく!」
「あ、待って!ムジナ!!」
耐えきれなくなったオレは、屋敷を飛び出して寒いクノリティアの雪を掻き分けていった。気が付いたときには行き先はわからない。ここがどこかもわからない。感じられるのは寒さと孤独だけだった。
「どうしたの、キミ」
「……!」
吹雪のなか、誰かに話しかけられたオレは体力の消耗が激しかったため、身構えることすらできずにただ反応することしかできなかった。
「大変!凍傷寸前じゃないか!ボクの家においで。治してあげる」
声こそは女性だが、自分のことをボクと呼んだ彼女はオレの体を軽々と持ち上げ、そのままどこかに運ばれていった。
どうも、グラニュー糖*です!
リストは立派?にトレジャーハンターやってますね!
まぁ仲良く……はないかもしれないけど、話してくれてて嬉しくなりますね!
では、また!




