バルディの力
第二十八話 霊王の力と神の力
「……ってことなの」
ヤーマイロは自分の蝙蝠から得たであろう情報を私に伝えた。どうやら私はこの人間たちの目を盗み、ヘッジさんの職場に行かないといけないらしい。今倒れているヘッジさんのためにも、このいつもより異常な寒さを誇るクノリティアを正常に戻さねばならない。
一応私たちはダミーとしてこのクノリティアの前に立ちはだかっているが、いつみんながバテるかがわからない。リストは手に入れたばかりの力を制御しきれていないし、ナニルさんとラビスはヘッジさんの手当てをしている。私はこの重い斧を振り回すだけで、ヤーマイロはサメラのことのショックがまだ続いているのか、あまり力を出せないのだ。
「でも私に倒せるかしら?だって吸血鬼でしょう?」
「そうよ。スクーレもアルメト伝説の信者なら、別の人の信者の気持ちもわかると思うの。それが私の相棒……サメラってことだけ。お願い、ムジナもヘラも行っちゃったから、ハレティに一番近い人間……スクーレしかいないの」
懇願するヤーマイロ。最初はヘラを殺しに襲ってきたのに……こんな顔をされたら……断れないじゃない。
「……そこまで言うなら……」
「ありがとう!急なお願いなのに……本当にありがとう……!」
「……私、あなたやヘッジさんのために頑張るわ!」
私は側で戦っているリストに行くことを伝え、ヤーマイロの蝙蝠を連れてクノリティアの最深部にあるとされるヘッジさんの職場に行こうとした。するとそれに気付いたナニルさんに呼び止められた。
「……ちょっと待ってください」
「はい?」
「……これをお持ちになってください」
「本?」
「はい。ここには呪術について書かれています。今のあなたなら読めるはず。そして……結界の呪文を唱えて。そしたら道は開けるわ」
「わ、わかりました」
「それじゃ、気をつけて!」
ナニルさんはニッコリと笑い、手を振ってくれた。隣のラビスは恥ずかしそうにしているが、親指を立てていた。
「じゃ……行くよ、ヤーマイロ」
「ナビゲートするわ。あと道も教えてあげる。この先は死神に認められた人しか行けない。あなたが行った神殿より向こうなの」
神殿というのは、白のスフィアをかけて半分本気のカリビアさんと戦った場所。その場所より先は確かに行ったことがない。
「えぇ、わかってる。今はヘッジさんが倒れてて、その迷わせる力は弱まってる……ってことでしょ?」
「ご名答。さ、目覚める前に行くわよ。まぁサメラが籠城してる間は嬉しいことに機能してないみたいだけどね」
「そうなの?自衛ってやつかしら。ヘッジさんが設定したのか、もしくは館が生きているのか……」
「館が……生きてる?……それだよ!」
「え?」
「死神の力が加わった館!永遠の力だよ!」
ヤーマイロが蝙蝠の小さな手を広げて必死に言うが、何のことかさっぱりわからない。
「永遠に溶けない氷で……サメラを閉じ込める!ムジナの力のランクがサメラを上回っていることは明らか。私たちで時間稼ぎして、ムジナたちが来るのを待つの!」
「……うん!」
私は雪道を駆け出した。追いかけようとした人間をリストが止める。私は後ろを振り向かず走り続けた。
「相棒の私ならわかる。そろそろサメラが行動するの。それに、神通力でリメルア様がサメラに制止を求めた。ノートって奴を崇拝するサメラのことだもん、襲いかかってくるに決まってるわ」
「そういうことだったのね」
走っていると、整備された道に出た。左右に禍々しい生き物を模した銅像が置かれており、なぜか雪が積もっていなかった。恐らくこれが人々を迷わせる魔法を放っている銅像だろう。
「これが例のやつね」
「そ。今は目を閉じてるから通れるわ。目覚めないように進むわよ。館が見えてるもの」
「本当だ!」
銅像たちの奥には周りと不似合いな館が建っていた。焦げ茶色のレンガで出来た立派な館だ。窓にはレースのカーテンがあり、観音開きの扉がある。
そしてその館全体を氷が覆っている。入り口もそうだ。
「うーん、閉まってるわね」
「閉まってるというか凍ってるわね」
「サメラの魔法はあの洞窟と同じやつよね。レインやヘラの呪術なら解けるけど……」
「今はいない。サメラが出てくるのを待つしかないわ。言っておくけど……」
ヤーマイロが何かを言うより先に目の前に赤いワープホールが出現した。そこから眼鏡をかけた執事のような人が現れた。しかし彼の手は……。
「ドラゴンソウル……」
「こんにちは。来ると思ってましたよ、ヤーマイロさん、スクーレさん」
「バルディ、この氷を溶かして中に入れなさい」
「それはできません。サメラさんの命令です」
「サメラ……サメラは私の相棒なのよ!そんなに悪い人じゃないはずなの!」
「えぇ、サメラさんは悪い人じゃないです。なのであなたたちを通しません」
「聞き分けのない奴ね……倒しちゃいましょう」
私は斧を構えた。蝙蝠姿のヤーマイロは肩の上で見物している。あの男性……バルディさんは常時発動しているドラゴンソウルの左手を構えた。右手には魔導書であろう本を持っている。
「……いきますよ」
「気をつけて、スクーレ。ドラゴンソウルを持っている人は皆炎を使う。斧じゃ防げないわ」
「全て避けろ、ってことね」
「ご名答」
耳元で言ってくるヤーマイロの言う通りバルディさんは弾幕と言える数の炎を飛ばしてきた。ヘラは敵に当たる直前に炎を出すが、バルディさんは見た目に反してデタラメに撃ってくる。
「うわ、これはこれで避けにくいかも……」
「ファイト!」
「うわわっ!」
危なっかしいが、全て避けていく。後ろなんか気にしてはやってられない。
「反撃開始よ!」
私は斧を動かそうとした……が、動かなかった。
「何で?!」
「氷よ!炎が雪の地面に当たったとき、性質が変わって水を通り越して氷になって、それが積み重なって引っ掛かってるの!それかそういう風にできてるの!」
「えぇ?!」
「何してるんですか?仕留めちゃいますよ?」
周りに炎を浮かべたバルディさんが左手を振り上げて急接近してきた。もうダメだ、そう思った瞬間、斧を動かせるようになった。引っ張っていたため、勢いのせいで前に倒れ込み、バルディさんの攻撃を避けることが出来た。
「え、え?氷が……消えた?」
「……雨の影響がここまで……」
「雨?……ほんとだ。気づかなかった」
「……元の姿に戻す。そのためにはこの氷は必要なかったってことなのね」
ヤーマイロは上を見て呟く。つられて私も上を向く。すると、青い天からの光が降り注いでいた。上空には二人の影があり……。私はゴマ粒のように見える二人の正体をなぜか知ることが出来た。
「……ハレティと……アルメト様……?」
二人は長い時間を経て再会したことを喜び、寄り添っている。
「やっと……やっと会えたんですね……!」
まるで周りの時が止まったかのような感覚だ。バルディさんが攻撃してこない。ヤーマイロは何も言わない。ハレティとアルメト様は微笑んでいるだけ。ただの人間である私には到底手が出せない領域だ。
「でもどうして?ハレティ……成仏したの……?」
「……スクーレ」
「!!」
一瞬のうちに燕尾服を着たハレティが目の前に現れた。驚いた私のポケットに入っているペンダントを指さし、あわてて取り出した。
「こ、これ?」
「……それがあればスクーレも魔法を使えるようになります。私の力を全てあなたに与えます。だから……私たちが大好きだったこの世界を守ってください。……勇者スクーレ」
「ちょっと待ってよ!"だった"って何?!なんで過去形なの?ねぇ……いつもみたいに側にいてよ!ハレティ!」
「……ごめんなさい。私はもう力を使い果たしました。いずれ消えるでしょう。今ここにいるのは思念体。人々を恐怖に陥れるのみの幽霊になったんです。それに……勇者はあなたしかいません」
ハレティはとても残念そうに言った。
「……どういうこと?」
「悪魔たちを悪く思う人たちがアルメト様を祭り上げ、勇者としたのです。だから本当は勇者とは言えない。 元々アルメト様の家系は浄化の力を持っていました。それを使い、国を治めていましたが、ある日アルメト様は反国家勢力によって魔女疑惑を流され、国を追放されることになったのです。もちろん王様は魔女ではないと知っていました。自分もそうだったからです。しかし追放しないとこの国が乱れると思い、自分の娘を追放することになりました。アルメト様はそれをわかっていたかのように振る舞い、こう言いました」
「……私は魔女です。しかしあなたたちに危害は加えない。それを証明するために悪魔たちを浄化する旅に出るから私のことを忘れないで。……ってね」
「「アルメト様!」」
私とハレティは全く同じ反応をし、アルメト様に笑われてしまった。
「ふふふ……。ハレティ、懐かしいわね……あの頃の話」
「はい。大昔の話ですからね」
「スクーレ……この間はごめんなさいね。そしてハレティと一緒にいてくれてありがとう。心から感謝しているわ」
アルメト様はドレスを両手で持ち、優雅に礼をした。
「そ、そんな、アルメト様!恐縮です!」
「いいのよ。……さぁ、このペンダントに聖なる力を与えましょう。それは大昔、国から出発するときにお父様からいただいたものです。なのでスクーレ、その力をあなたに託します。私はハレティと共に消える。頼みましたよ」
ハレティとアルメト様は手を繋ぎ、共に何かを詠唱し始めた。するとペンダントが青緑に光り輝きだした。
「……アルメト様……もし……もし輪廻転生に見放されてなければ……また会いましょう」
「ふふ……ハレティ、心配しないで。私たちは……ずっと共に……」
光が収まると、そこには二人の姿はなかった。
「……ハレティ……アルメト様……」
「……スクーレ?」
「ヤーマイロ……今ここにハレティとアルメト様が……」
「何言ってんの?一秒も経ってないわよ。……ってか、この一瞬でどうやってそんな力手に入れたのよ」
「だからハレティとアルメト様が……っ!」
「はぁ……急に記憶が無くなったり、突然パワーアップしたり、あんたにはつくづく驚かされるわ」
「信じてよ!……ってうわ!」
バルディさんは私たちが言い争いしている隙を狙い、引き続き攻撃してきた。心なしか体が軽い。ひらりとかわすことができた。このフットワークはまるでハレティのようだった。
「ずいぶん軽やかになったわね」
「ハレティとアルメト様のおかげよ」
「はいはい。さ、この調子でバルディを倒すわよ!」
「本当よ!」
私は言い返しながらハレティが水ばっかり放っているのを思い出し、水に弱いドラゴンソウル持ちのバルディさんに放ちまくった。水が地面に広がり、雪はグチャグチャになり、足場が不安定になってしまった。それより気持ちが悪い。
「嫌ね、このぐちょぐちょ感」
「あんたは肩にいるだけだから何もないでしょ。気持ち悪いのは私だけよ」
私は斧兼杖を振るい、封印の呪文を唱えた。さっきまで光を失っていた先端の星のオブジェが瞬く。全員が眩しさに目を閉じた瞬間、バルディさんの動きが止まった。
「……勝ったの……?」
「動かないからそうなんじゃない?」
「封印といえば……アルメト様?いや……浄化だから……ハレティなのかな?」
「どっちでもいいじゃない。早くサメラを正気に戻しましょ!」
「そ、そうね!それに時間稼ぎって訳にはいかなくなっちゃったし」
「……サメラ!」
外の戦闘音を聞きつけたのか、サメラが出てきた。口許を布で隠し、Tシャツにズボンという格好だ。体幹がしっかりしているが、優しそうな目をしている。
「ヤーマイロ……」
「どうして……どうしてこんなことするの?相棒なんだから手伝ったりしてあげるのに!」
「いや、そっち?!そっちなの?!」
「ねぇ……サメラ!」
「……ノートは言った。例え大切な人でも本当に大切な人にしか手を差しのべないと」
「え?」
「ヤーマイロ、今、本当に大切な人は……ノートだ。だから……死んでくれ」
「!!」
サメラからとても鋭いつららが飛んできた。どうやら弁解の余地は無いらしい。
「サメラ……なんで……いい加減わかってよ……」
「ヤーマイロ、倒すしかないわよ。諦めなさい」
「……こうなったら、絶対負けないでよね!負けたら承知しないんだから!さっきもらった力を存分に使いなさい!」
「言われなくてもわかってるわ!サメラ、覚悟しなさい!」
どうも、グラニュー糖*です!
最近喉痛いんです。
そして今年に入って、自分含め周りの人が三人も胃炎になりました。なんでだよー!もう後厄終わったじゃねーかー!
では、また!




