ムジナvs.ヘッジ
第二十六話 史上最凶の兄弟喧嘩
「……人間って誰のことですか?」
ムジナはヘラを一瞬見たあとナニルさんに質問した。ヘラは後ろを向いている。
「彼の名前はシフ・ケヴェンティア……最近この世界に来ている人間たちを引き連れている……いわば軍隊のトップですね」
「軍隊……しかもトップ……?」
震える声で呟くムジナ。ヘラはそんなムジナを見たくないから後ろを向いているのかわからない。だが、彼の肩も震えていた。
「どうして……守った人間が逆に命を奪うことをしているんだ……?」
「……そこまではわかりません。ですが……覚悟してください。あなたたちはきっと彼と戦います。油断は禁物です。医師の私が言うのはおかしいですが……現実なのです」
「……わかった。ありがとう」
ムジナは泣きそうな声で礼をした。
「……理解しただろう?……人間はいい奴だけということは限らない」
リストはヘラに静かに伝えた。ヘラはまだ一言も話さない。
「ショックが大きいのはわかる。オレだって……人間を信じられなくなったからな。だが、立ち直らないといつまで経っても解決しないだろ?」
「……そうだな」
ヘラは振り返り、悲しそうな声で呟いた。気づいてはいたが、それを確立させられるとやはり悲しいのだろう。
「どこ行くの?」
私は部屋をあとにするヘラを追った。
ヘラは玄関前でなぜか裁縫をしていた。なぜこんなところでやるのかは不明だが、魔法で取り出した布を一生懸命縫いつけている。
「……ヘラ?」
私は彼の手元を覗き込んだ。そこには破れたエプロンがあった。
彼のサイズとは全く違う、完全に子供用のエプロン。しかしそれが誰のものかはすぐに予想がついた。
「……シフって人のエプロンなの?」
「そうだ。俺がプレゼントした。幽霊に襲われて破れちまったがな」
「そうなんだ……」
私はもう一度エプロンを見た。確かに何か鋭いものの破片で引き裂かれたような跡が付いている。割れたガラスなどだろうか。
「……シフはとても良い子だった。人間だというのに友達を作ったりしてさ。俺たちがいろいろ封印されたの、シフを守っていたからなんだ。なのに……どうしてこんなことになったんだ……?」
ヘラの声に覇気が無くなると同時に、裁縫の針がぶれ、手から赤い血が出てしまった。ヘラはその血が出た手を強く握り、エプロンを見つめていた。手から落ちた血はエプロンに赤いシミを残していった。
私たちが部屋に戻ると、張りつめた空気が流れていた。対峙する二人の死神。ムジナとヘッジさんだ。そういえば追いかけてくるって言っていたような……。
「ムジナ!何度言ったらわかるんだ!」
「お兄ちゃんこそ!どうしてここがわかったの?!」
二人は口論をしている。いつもムジナに甘いヘッジさんがこんなに怒るなんて……。
ヘッジさんと共にいたヤーマイロが気付くなりこちらに向かい、話しかけてきた。
「スクーレ。その……いろいろごめんね。二人ってば喧嘩すると手がつけられないの」
「うん……そうみたい」
ムジナから噴き出す水蒸気に場所的に直撃しているリストは、煙たそうに手をバタバタと動かしている。流れ弾……ではないが、少しかわいそうだ。
「なんだ、その水蒸気は……?!」
隣でヘラは目を丸くしている。私はムジナの魔法はあまり見たことないから何とも思わないが、ヘラの様子からしてこの水蒸気の魔法は使ったことがないようだ。
「ヘラ……ここはオレとお兄ちゃんの戦いなんだ。ごめんだけど離れててくれる?」
「ムジナ、お前がその水蒸気を使わなければいい話なんだ」
「いいの!お兄ちゃん!」
引き続き二人が言い争い始めると、別室にいたナニルさんが出てきた。ナニルさんの瞳は赤になっている。
「……喧嘩なら外でしなさい!!」
「「……は、はい……」」
激怒モードのナニルさんが叫ぶ。それを見たムジナとヘッジさんはしおらしく返事をした。
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戦いの場として案内されたのは、巨大な氷柱が佇む場所。周りの木は皆乱雑に切り倒されている。見た感じからしてつい最近切り倒されたのだろう。この光景をスクーレは興味深そうに見ている。ヤバそうな魔力を感じて違うルートから行ったのに、まさかここに連れて来られるとは。
「ねぇ、ヘラ。こんなところあったっけ?」
「さっき違う道で行ったからな」
「え……」
「不安にさせたくなかったからな。この氷柱、ヤバイ」
「そ、そこまで語彙力下がるほどなのね……」
スクーレに呆れられた俺はもう一度氷柱を見た。
清々しすぎて逆に禍々しい力。俺は気づいている。あれは魔の力を退ける聖の力、その塊だということに。
「……ムジナ……お前がやったんだな……」
俺は一触即発状態のムジナを見た。ずっと共にいた親友の見たことがない力。
俺がドラゴンソウルを発揮したとき、お前はこんな風に思っていたんだな……ムジナ。
「……動く」
リストが短く呟いた直後、死神兄弟は瞬時に行動に出た。ヘッジさんはいつものように鎌を水平にして構え、ムジナは氷で鎌を凍らせた。その氷は鎧のように見える。手が凍らないように常に手元の氷を水蒸気化している。水蒸気の魔法ではなく、氷の魔法だったのか……。まぁ目の前の氷柱のこともあるし、当たり前か。
「さすが死神の『永遠の力』が満ちる場所……氷が溶けないんだな」
「永遠の力って、どこかで聞き覚えが……」
「氷のモンスターに操られたレインと戦ったときに言ったからな。永遠の力……良くも悪くもある厄介なものさ」
「……ヘラ、本当にシフって奴と戦うのか?お前の友達……だったんじゃないのか?」
「あぁ、友達さ。偶然か必然か……俺たちは出会う運命だったのかもしれん。それが……どれだけ悲劇を生むものであっても、な」
「悲劇……か。人間の心は変わりやすい。どうにかしてやめさせないと。だが……壊れやすくもある。……オレがまだ未熟だったからこの秘宝に怒られたんだ。まだ心変わりするようなもんじゃダメだ、ってね。そのシフって奴を止められるのはお前らしかいない。……同じ人間として頼んだぞ」
「……わかってる」
俺は静かに戦いを見守ることにした。力の波動からして洞窟のモンスターと同じだ。だが、あれより綺麗な力を感じる。綺麗というか純粋な……。正規と言った方が正しい。あの時攻めてきたサメラの力に近いが、魂だけだったムジナには力を授けるまでのことはできないだろう。信じたくないが、サメラの力の元はムジナなのか……?
「いい加減にしなさい!ムジナ、その力は早すぎる!使ってはいけない!」
「何度も言わせないで!オレは使うんだ!それで、ヘラを二度と悲しませないように強くなって、そしたらお兄ちゃんともまた一緒に暮らして……っ」
「なら、それを使わずとも強くなるんだ!」
「やだ!早く……早くしないとサメラが……またお兄ちゃんを傷付ける!氷には氷をぶつけるんだ!」
「ムジナ……」
「だから行かせて!バルディさんも助ける!そして……お兄ちゃんの仕事を早く終わらせて、一緒に遊ぶんだ!」
ムジナが叫ぶと、中央のものよりは劣るが、周りに巨大な氷柱がたくさん地面から勢いよく突き上げてきた。
轟音を立てて足場が崩れていく。ふらつくスクーレを支えながら俺は空へ飛んだ。リストはあの桜を生み出し、その上に乗っている。ヤーマイロは大きな赤黒い翼を模した魔法で空を飛んでいる。
「あの力がここまでとは……」
「ど、どうなってるの?!」
「ムジナの想いが暴走してる。このままじゃ……ヘッジさんが危ない!」
ムジナの力によって空気がビリビリしている。これ以上近づくと危険だが、ムジナとヘッジさんを助けないと……!
俺は近くで飛んでいるヤーマイロに目をつけた。ヤーマイロの使い魔……というか体の一部である蝙蝠を飛ばし、魔法をかけて救うことができるのではないか。
「ヤーマイロ、お前の蝙蝠飛ばせるか?」
「嫌よ、凍っちゃうわ」
「ムジナとヘッジさんの命がかかっているんだ!できたら近くまで運んでくれるだけでいい!ムジナを説得する!」
「……わかったわよ。スクーレを寄越しなさい」
手を差し出すヤーマイロにスクーレを渡し、俺はコートに忍ばせた蝙蝠と共に氷柱の発生源……ムジナの方へ飛んだ。
冷気と水蒸気が押し寄せてくる。これほど息がしにくいと思ったのは初めてだ。
「……っぐぅ……なんつー力だ……。ヤーマイロ……大丈夫か?」
「えぇ。ヘラのコート温かいのね」
「それは俺がお前のために炎の魔法を放ってるからだ!!」
どんどん悪くなる視界の中、進んでいく。
蝙蝠ことヤーマイロに頼み、超音波を放ってもらった。これであとどれくらいかがわかる。
「……これは……氷のドーム?まったく、喧嘩ぐらいでこんなことになるなんて……」
俺は氷のドームに炎を放ち、一瞬あいた穴から中に入り、着地の姿勢をとった。そこにはコテンパンにされたヘッジさんと疲れきったムジナがいた。ヘッジさんにはたくさんの氷の針が刺さっている。それは突然水蒸気へと変化した。
「はぁ……はぁ……」
「ぐっ……こんなに強いなんて……」
「ムジナ!」
「ヘラ?!」
ムジナは警戒しながらこちらを見た。どうしてここにいるのかわからないようだ。
「ムジナ、もうやめよう?ヘッジさんを傷付けてまですることじゃない」
「でも……またハレティみたいなやつに襲われたら勝てないよ!だからこの氷で……」
「ムジナ!ごめんな、俺、よくムジナのことわかってなかった。俺がドラゴンソウルを使ったあと、お前もこんな気持ちだったんだろう?力に溺れる俺を……止めようとしてくれたんだよな?恐ろしかったんだよな……。ごめんな……」
「……うん。あの時、ヘラを抑えようとしてた。ヘラ……オレも……ごめんね」
ムジナは冷たい手で抱き締めてきた。俺はそっと背中に手を回し、抱き締め返した。ムジナの心が解けると同時に氷のドームが溶けていく。水蒸気の中、ムジナは泣きそうになりながら言った。
「ヘラ……実はね、ヘラをあんなに狂わせたドラゴンソウルが大っ嫌いなんだ。あれをヘラの体から追い出そうといろいろ調べてたんだ」
「そうだったのか?」
「シフをこの世界に連れてきた転送魔法……あれを応用して追い出せないかって思ってたんだ。でもろくに転送魔法も使えないならまだまだ先だね」
「もう……ムジナってば」
「あははっ」
ムジナと笑い合っていると、どんどん水蒸気の霧が晴れていき、周りのみんなの姿がはっきりとわかるようになった。いつの間にか蝙蝠はヤーマイロのところに戻っていた。
「ヘラ……大丈夫?」
「あぁ。ヘッジさんも無事だ」
「そっか。よかった」
スクーレは優しく笑っている。右を見るとリストはナニルさんと話している。ラビスがこちらに歩いて来て、こう言った。
「ムジナ、ヘラ。人間がなぜかすぐそこまで来てる。逃げて」
「え?人間?!」
「異様に長い茶色の髪の毛をした、銃を持っている人間だ。後ろにも銃を持ったたくさんの人間がいる。話からして二人が標的だ。どうか……逃げ延びてほしい」
「……あぁ。というかどうしてそんなことわかるんだ?」
「マリフさんの機械でクノリティア周辺を見張ってたんだ」
ほら、と機械を出すラビス。丸いボディに透明なレンズがはまっている。そして後ろにはボタンが付いていた。
「カメラっていうらしい」
「へぇ」
「とにかく、ここから離れてほしい。一応ダミーは作っておくから」
「……戦いは避けられそうにないね」
ムジナは気絶しているヘッジさんにそっと近付き、ぎゅっと抱き締めた。そして鳥の頭蓋骨を象った鎌を持ち、俺と向き合った。
「ムジナ」
「……行こう」
ムジナは城に向かうと言い、先に飛び立った。残された俺はスクーレたちの方へ行った。
「本当に行くの?」
「あぁ。生きてたらまた会おう」
「ヘラ、お前は強い。お前が負けるわけ無いだろう?」
「リスト……ありがとう」
「城にいるリメルア様をよろしくね」
「襲われなければな」
俺は皆に一言ずつ伝え、翼を広げて飛び立った。後ろは向かない。なぜなら、もしもう会えないと思ってしまうと悲しくなるからだ。
上空ではムジナがゆっくり飛んでいた。近づくと、少し悲しそうな顔をした。
「ヘラって大切にしてくれる人がいっぱいいるんだね。いいなぁ」
「ムジナ、そうじゃない。お前のことを一番大切にしてるのは俺だ。心配するな」
「ヘラってば……。ねぇ、もし本当に襲ってくるのがシフだとして、どうするの?」
「……まだシフじゃないって思ってるのか?」
「ヘラはシフだって断言するの?」
「……あの占いは必中だ。それに皇希の証言も考えて、一致している。そう考えるしかないだろ?」
「……それでもオレはシフじゃないって信じるよ。そうしないと……オレが保てない」
「……俺も、限界だな」
暗い話をしたため、快適な空の旅もどこか重苦しいものへと変化していった。
シフ……ムジナは許しても、俺は容赦しない。ムジナが優しくて……よかったな。
どうも、グラニュー糖*です!
(あれ、パソコンの位置歪んでるなぁ……)
↓
『画面映らないよ^^』
うわあああああ!?
五分前の出来事。
では、また!




