桜を愛した其の男
第二十四話 幻影桜花
普段は氷と少しの光が反射して青く光る洞窟だが、秘宝の力なのか、この魔法の力なのか赤く輝いている。
オレとデスがいる辺りだけを赤く染めているようだ。その境を隠すように大量の桜が台風の真ん中から見るようにグルグルと回り続けている。手を触れたらとても痛そうに感じる。もちろん花びらは触っても痛くないが、この魔法だけはどうしてもそう思えるようになってしまう。
「最低二発。一発で仕留めるか、動きを鈍らせてから仕留めるかだ」
「当たらなければいいんだろ?」
「俺は当てるけどな」
デスは不敵に笑い、安全装置を解除した。二発と言っているが、予備の弾も用意しているようだ。
銃の威力はわりと知っている。あの死神の特訓で向けられたとき、オレはずっと避け続けていた。その時に抉っていた岩を思い出すとゾッとする。あれよりは弱いと思うが……。
「では……オレは避け続ける。あの時のように……!」
オレが走り始めたと同時にデスは引き金を引いた。さっきオレがいたところの背後の岩が割れた。
____嘘だろ?!あの死神の銃より強いだと?!
「う、う、うわぁあああ?!」
「今更かよ……ま、これで決まったな。さっさと撃たれろ。そして……闇に堕ちろ!」
「何言ってるかわからんぞ!」
オレは言い返しながら花びらの塊を放った。銃弾と一瞬拮抗し、桜が銃弾を包み込んでそのまま地面に落ちた。これならいける。あとは逃げ続けるのみ。当たらなければこっちのものだ。
「ふん……日本の忍者っぽく影分身しても無駄だ。全て撃ち抜く」
「か、影分身?そんなのしてないぞ!」
「嘘つけ。ではこれは何だ!」
デスが指を指す方向を見ると、オレがいた。
……オレが、いた。……はぁ?!
「止まってっと撃つぞ」
「いや……これは……好機!惑わせ続けてやる!」
オレは走りながら花びらを放ち続けた。すぐに撃たれて消えるものもあれば、影分身として残る者もいた。
「これだと思ったものが、分身を出す度にランダムで入れ替わり、場所も変わる……とんでもなく厄介だ」
「じゃあとことん楽しんでもらわねぇとな」
「安心しろ。この闇の中の真実まで見通すこの神の瞳を持つ俺に幻なんて効かないからな」
「ちょっと待て、何言ってんだお前」
デスは銃を持ってない左手で顔を抑えた。何だろう、何かを掻き立てるようなポーズだな……。
「言っておくが、予備も合わせて残り三発しかない。これで仕留められなかったら……俺を好きにするがいい」
「馬鹿言え。オレは人間を嫌っているだけ。滅多に殺意は向けない」
慎重に標準を合わせるデスを見て走るのをやめた。恐らく改造でもして重さ、反動、入れられる弾の数、威力を変えているのだろう。それでも抑えきれるかわからない。オレは再び懐の上辺りに手を当て、集中した。
「……これで決める!」
「……幻影桜花!!」
弾が発射された直後、オレは力を解放した。さっきまでとは違う感覚。『幻影桜花』と呼ばれた『それ』はオレを包み、一瞬にしてデスの背後へと移動した。本当に一瞬のことなのでデスも驚いて振り向いたが、オレはすでに鞭を振り下ろす直前だった。
バシン!と大きな音が洞窟内に響き渡る。やったかと思ったが、感触に違和感を感じた。デスを打ったと思った鞭は、先程生み出した花びらの分身を打っていた。オレはなぜオレ自身が生み出した分身に阻まれたのか全く理解できなかった。
「……どうして?」
分身を睨み付けると、そいつはこっちに寄ってきた。そしてにっこりと笑って口を開いた。
『だって、さっきよっぽどのことがないと殺意を向けないって言ってただろう?本当はこんなことはしたくないんだ。オレはお前だからわかる。最初から殺すつもりなんてなかった。そうだろう?』
「うるさい!オレは……!」
「……なぁ、お前ってさ……」
拳を握りしめて叫ぶオレを見て、呆れたのかデスが声をかけてきた。
「寄り添ってくれる人が欲しいんじゃないか?」
「……何でそう言い切れるっ?!」
「明らかに焦ってるからさ。今、仮定が確信へと変わった」
そう言いつつデスは再び銃を構えた。
「……お前はどう言うんだよ。オレ自身なら……オレが今、どういう気持ちか言ってみろよ!!」
『……』
分身へと怒鳴る。しかし何も言ってくれなかった。自分で見つけろって?オレは昔からこうなのに。
だが……心なんて考えたことなかった。オレはただ誰にも好かれていないということしか考えてなかった。スクーレやレインやヘラたちがオレのことをどう感じてるかなんて考えたことなかった。デスはオレのことをボッチだの何だのと言っている。
そして今、彼はオレに銃を向けている。引き金に手を添えている。撃つ準備はできている。それなのに……どうしてこんなことを言ってくるんだ。やめろ……やめてくれ……オレは自分のことを考えたくない。考えたら悲しいことばかり思い浮かぶから。面狐のための秘宝を台無しにしてしまったこともある。オレは最低なやつだということしか……。
「……落ち着いてくれよ」
「……っ!」
オレはムキになって自分を否定し始めていた。いつの間にか赤い結界のような障壁も分身も消えている。ここにいるのはオレとデスの二人だけになっていた。
「さっきイリアのお姉さんから聞いた。あの着物を着た人はとても優しい人だって。イリアを助けてくれたの、お前なんだろう?というかお前しかいないんだろう?人間嫌いのお前がどうして人間の子供のイリアを助けたんだ?お前は優しい人のはずだ。さっきの戦いだって守ることにしかあの桜を使ってなかったじゃないか」
「それは……」
「お前は……人間の心を忘れていない」
デスは最初の痛い言葉から打って変わって、諭すような口ぶりで話し始めた。そのトーン、早さから思わず頷いてしまいそうになる。デスは本当は何をしている人なのだろうか。こんなに口が達者なんて……。
「……」
「お前のことは資料で少し読ませてもらっている。お前、本当に日本で言う江戸時代から生きているそうだな。あらゆる店などからの情報によると、町で一悶着起こし、お前が無罪なのにも関わらず町民にいじめられていたというが……そうなのか?」
「……あぁ、そうだ。それで人間が信じられなくなったんだ」
「……そんなこと……本当にあるんだな」
デスが銃を下ろしながら呟いた。
「どうして……下ろすんだ?」
「気が変わった。俺もお前を狙うのはやめる。お前は更生してもらわないとな」
「更生?それにこの語彙力……まさか、お前の職業って____」
「それ以上は言わせないぜ。まだ……言うのは早い。それに、目的達成のために伏せててもらいたい。わかっても……口に出すな。決してな。お前たちは今来ている人間たちに狙われている。少し複雑なんだ。俺もあいつも、な」
「は、はぁ……」
「じゃあな。次会ったときは容赦しない」
デスは手をヒラヒラさせて洞窟から出ていってしまった。一人残された洞窟内ではデスが残していった銃の弾だけが散らばっていた……。
__________
「んー……」
「どう?わかりそう?」
ヘラは目の前の地図を見て首をかしげている。それもそのはず、ヘッジさんが教えてくれたナニルさんの病院の場所が変わっているからだ。カリビアさんの家には古い地図しかない。彼はこれでも隠居生活なので、遠出する必要がないと言って地図を買い換えないそうだ。
「昔はレブリナの森にあったってムジナに聞いたんだ。でも最近になってクノリティアの雪山の麓になってたなんてね……この地図、レブリナのところのままだからなぁ」
「ヘラってテレポート使えるんでしょ?……もしかしてその場所がわからないと使えないの?」
「ピンポイントじゃないと嫌なんだよな」
「そんなこだわりいらないでしょ!」
私はため息をついた。
ヘラってどこか抜けてるんだから。私がしっかりサポートしないとね。それ以外は完璧なのに。戦いも家事も全部すごい人なのにね。
「まぁまぁ、二人とも。GPSでも付けといたらどうかな?」
黒池さんが笑いながら提案してくれているが……そもそもGPSがわからない。
「ま、大体わかってる。白狼の天蓋樹林だろう」
「聞いたことないわね」
「もちろん。違うルートだからな。レインが氷のモンスターに襲われた洞窟があるだろ?」
「うん。結界で倒したところよね?」
「あぁ。あの洞窟の入り口の壁をよじ登るんだ」
「……はい?」
意味がわからなかった。よじ登るって……そんなことをしないといけないところに病院があるなんて不便にもほどがある。
「とにかく!ヘラは背負ってくこと。いいわね?」
「……はいはい。スクーレをのせていくよ。それで飛ぶから」
ヘラは地図をポケットにしまい込み、ベッドの横に置いてあった剣を手に取った。
「……じゃ、僕もここを出ることにするよ。剣の修理も終わったみたいだし」
「黒池さん、どこに行くのですか?」
「仕事だよ。僕は君たちに敵わないことがわかったから楯突かないが……僕は犯人を追う。だから……いつかまた会おう」
「皇希……」
「大丈夫。ヘラならあの人を止められる。いや、あの人の友達である君たちにしか止められない。僕は刑事としてここに来た。それは二人の人を止めるため。あの人にヘラとムジナを殺させない」
黒池さんはヘラの目を見て静かに話した。ヘラは驚いたような顔をしている。ヘラとムジナの友達?それがこっちに来てるって……。
「まさかその人って____」
「……僕は行くよ。今、あの人は霊界で霊王と戦っているはず。あそことこっちの時の流れは違うことはヘラだって知ってるだろう?あの霊王はかなり弱っていた。すぐに決着がつくだろう。そして……ヘラとムジナを殺しに来る。それが僕たちの表向きの目的……『怪奇討伐部』の目的だ」
「『怪奇討伐部』……やっぱり……あいつ……」
私たちがその言葉について考えている隙に黒池さんは部屋を出ていってしまった。ヘラを見ると下を向いて剣をきつく握りしめていた。
「ヘラ……あいつって誰のことなの?」
「……シフだよ。でもあいつはそんなことをするような奴じゃない。どうして……」
「それもまとめてナニルさんに聞いちゃいましょうよ」
「そうだな……行くか」
「えぇ」
剣を異界に戻したヘラははしごを降りていった。私はその後ろをついていった。
「カリビアさん、行ってきます」
「……あの人から聞いたよ。気をつけて行ってね。ご飯までには帰るんだよ。……なーんてね」
私たちはクスクスと笑うカリビアさんに別れを告げた。
目指すはクノリティアの雪山の麓にある白狼の天蓋樹林。カリビアさんに借りた上着を着、そこへ向かって出発した。
どうも、グラニュー糖*です!
聞いてください。さっきお風呂に入ってたらまた新しいキャラができました。やったね!!(デジャヴ)
いつ出そうかなぁ
では、また!




