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怪奇討伐部Ⅲ  作者: グラニュー糖*
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悪霊を倒せ!

第二十三話 リストと聖者の涙



 後ろから迫ってくる生暖かく冷たい気配。走っているはずなのに体がものすごく重い。全然動かない気がする。それに下駄と雪は絶望的に相性が悪い。どんどん下駄と足の間に入ってきて体温を奪っていく。さらに一歩歩く度に沈んで動きにくい。


 それに比べ、悪霊たちは浮いており……ハンデというレベルじゃないだろう。しかしそのおいかけっこは終わりに近づいていた。


「……壁の上だ!まだ大きな箱みたいなやつがある……あそこにあの男の子がまだ残っているだろう。こいつらと戦うのに巻き込めばいいが……」


 オレは少しだけ振り向いた。あの秘宝を"食べた"悪霊は最初と違って生気に溢れているが……そもそも悪霊とは死者の中でも恨み、妬み、呪いの力が強いものたちだ。悪霊というだけで嫌われているが、奴らは幽霊。特に問題は無いとされていた。そりゃあ意思が弱い人は犠牲になるが……。


 では、そんな奴らが生気に満ち溢れ、幽霊という領域を越えた存在になってしまったら……混乱どころの騒ぎではなくなるだろう。ハレティが弱っている今、ここで食い止めなければおしまいだ。


「いた。……さっきより人間がたくさんいるぞ……?まぁいい。共闘といこうじゃないか」


 オレは懐から鞭を取り出し、登ってきたときと同じように木に巻き付けた。


「そーっと……そっと降りるんだ……後ろなんか気にしては……」


 ……と、上からダイビングしてきたのは真っ黒な悪霊で……。


「うぉお?!上っ、ちょっ、ま、はぎゃあ!!」


 勢いよく飛びかかってきたので思わずバランスを崩し、まるで木を避けるのに失敗した鳥のように激突してしまった。……めちゃくちゃ痛い。


「……誰かいるの?」

「しまった!」


 音を聞き付け、キャップを被った女の人が大きな箱から出てきた。口を塞いだが時すでに遅し、見つかってしまった。


「あれ……日本の着物?でもこんな人見たこと無いし……」


 どうやら着ているものを見てオレのことを人間だと思い込んでいるらしい。

 悪霊は、と上を向いて確かめた。奴はオレを探して旋回していた。


「まだムジナと戦ってた人がいたのか……それとも辛うじて逃げられたのか、ね」

「……お喋りはそこまでだ。一緒にアレを倒してほしい」

「アレって……うわ!何だアレ!?」

「悪霊だ」


 女の人が上を見て驚いている間、オレは立ち上がって衣服に付いた砂を払い落とした。


「悪霊って……あの?」

「あいつらに今打撃が効く。今が倒すチャンスだ」

「……あなたが信じられる人かはわかんないけど、アレは確かに危険だわ。手伝ってあげる」


 女の人は指笛を鳴らし、大きな箱……恐らく車というものだろう……からよく鍛えられた男の人を呼び、剣を取ってきてもらうように指示した。


「剣か」

「攻撃はこれがベストなのよ。さ、やるわよ」


 女の人は剣を構え、悪霊に向かって指笛を鳴らした。オレたちは悪霊に攻撃を仕掛けていったが、それを上回る気体から固体に変わった悪霊の重い攻撃がオレらを襲う。


「……さすがだな」

「さすがって……あの悪霊のこと知ってるの?」

「……とある秘宝の力を得て、パワーアップしたんだ」

「秘宝……?」

「ま、無くなっちまったがな」


 オレは再びさっきぶつかった木の枝に鞭を巻き付け、遠心力を利用してキックをお見舞いした。下駄の底が悪霊に食い込み、妙な感触を感じた。……ブヨブヨして何か嫌な感じ。


「うわー、やるなぁ……こっちも頑張ろっと」


 下で見ていた女の人は一旦どこかに行ったかと思いきや、銀色に光る箱を取り出した。


「何だ?それ」

「んーっとねー……ば、く、だ、ん!それっ!」

「うわわっ、投げてくんな!」


 オレは咄嗟に木を蹴り、少しでも爆弾と距離をとるようにした。そしてオレの横を掠めていき、悪霊にぶつかって盛大に爆発した。断末魔が聞こえる。そして降ってきた物の中には色こそは失っているが、力を奪われたあの秘宝があった。


「……無茶はよせ」

「ごめんね。でも勝てたでしょ?」

「まぁな。感謝する。お前がいなけりゃ……勝ててなかったと思う」

「ふふ、これを作ったのは弟なのよ」


 女の人は親指を少し動かし、後ろに並ぶ車を指した。……恐らく先程助けたあの男の子のことだろう。この人、あの子の姉だったのか。


「……いい弟を持ったな」

「そう?あんまり言うこと聞かないし、それに……心配してるのに。爆弾ばっかり作って……」

「……そういやなんでこんな重機とか持ち出してこんなところに来たりしているんだ?」

「……あら?どうしてそんなことを聞くの?……まさかあなた、悪魔なの?……でもどうして人間の格好を……」


____勘付かれたか。ま、バラすつもりだったし、いいか。


「……オレは人間だった。今は半人半魔……人間をやめた悪魔さ」

「なんですって?!」

「……だが、どうやら人間としてのオレがどうしても消えないようだ。ちなみに江戸時代から生きている」

「江戸時代って確か……」


 女の人は首をかしげる。……後ろの車を見ると、日本に合わないデザインのようだ。……ということは海外からの訪問客か。


「そうか、見た目からしても海外の人だったか。こりゃ失敬」

「帽子を取ってお辞儀なんて、さすが日本人ね」

「あ……やっぱり抜けないものなんだな」

「でも帽子は江戸には無かったはずよ?」

「日本人としての行動として染み付いてるのかもな」


 オレは帽子を被りながら答えた。ついでに色が消えた秘宝も拾っていく。


「……もう行くの?それに、私たちを止めないの?」

「悪魔の世界がどうなろうと、知ったことではない。オレは悪魔も死神も人間も嫌いなんだ。オレは一人で生きていく。世界の形がどうなっていくのかはオレにもわかりゃしないが、それに沿って生きていくのがオレなんじゃないかと思っているんだ」

「……変な人ね」

「ま、オレの行く先を邪魔する奴には容赦ないけどな。じゃ、弟によろしく伝えておいてくれ」


 オレは女の人に有無を言わせる時間も与えないまま洞窟に入っていった。

 女の人は、オレの姿が完全に闇に消えるまでこっちを見つめていたようだ。



 オレは洞窟内で岩に座り、取り返した秘宝を見ていた。最初は青色に光っていたが、今はただ濁っているだけ。無知な人にはただの石に見えるだろう。


「……面狐」


 オレはたった一人の親友の名前を呟いた。


____あの時死神が現れなければ面狐は助かったのに……!


 オレは秘宝を握りしめて強く想った。すると秘宝が輝きだした。青ではなく

 、闇のような真っ黒に……。


「……っ!何だこれっ……なんでこんな色に?!」


 オレは手のひらにある秘宝を見ながらこれの名前を思い出した。


『聖者の涙』


 小耳に挟んだ話だが、邪悪な心を持つ者の手に渡ると邪悪な力に代わり、それが逆流してくるという。……あぁ、さっきオレが死神なんてと思ったから……。そう思っていると、力の渦がオレを囲んだ。


「くそっ……ここには誰もいない……誰も……」


 こんな洞窟に、誰かいるはずがない。孤独と絶望が入り混ざり、ついにオレは力に抗うことができなくなった。


 聖者の涙が見せてくるのはこれまであった嫌なこと。面狐を失った時や、人間界に戻ると誰もが敵視してきたこと……。厄介な秘宝だ。その記憶にヒビが入り、砕け散ったことが感じられる。もうオレはあいつのことを思い出せないのか。オレはこれからどう生きていけば……。


『……リストさん……』


 意識の遠くで声がした。頭が働かず、天の声という形でしか理解できなかった。


『あなたは長い黒髪の青年を探してください……彼はあなたを支え、心の拠り所となってくれるでしょう……』

「お前、は……誰だ……?」


 声の主が知りたくなり、質問をしたがその答えが返ってくることはなかった。しかし、急激に秘宝の力が弱まり、粉々に砕け散ったと思われた記憶がどんどん元に戻って鮮明になっていった。きっと、この声の主がやってくれたのか。オレはそう思うことにした。


「……そうだよな……ネガティブになっちゃいけないよな……またこの秘宝に怒られちまう」


 オレは立ち上がり、鮮やかな青の光を放つ秘宝を懐に突っ込んだ。


「……何だ?」


 ……なぜだかいつもより力が沸いてくるような気がする。これも秘宝のせいなのか?今までこんなこと無かったのに……。


「桜?」


 洞窟の中なのになぜか桜の花びらが舞っている。桜なんていつぶりだろうか。あまりの美しさに見とれていると、その花びらの出所が真上の魔方陣だということに気付いた。


「なんでこんなところに……一体誰が?」


 辺りを見渡しても誰もいない。ここにはオレしかいない。どうしたものかと青く輝く秘宝を見つめた。すると次は背後から大量の花びらとものすごい風が吹いた。


「まさか……オレが、か?」


 力の欠片もないオレがこんなことができるようになったなんて。やはりこの秘宝、何かある……。


「……確かめるが勝ち、だな」


 オレは手を前に出し、念を込めた。よく魔法を使っている奴ら……ヘラやレインのことを思い浮かべ……そのまま手を振り上げた。


「すっげぇ……!」


 手の動きに合わせて桜が動く。オレはこれを見て皆で花見でもしたいと思った。でも今までひどいことをしてしまった身だ。そう簡単に一緒にいてくれるとは思えない。人の道から外れた者は人間にも悪魔にも幽霊にも見放されるのか。


「……オレにはこの洞窟で暮らすのが向いてるかもな……」


 オレは再び岩に座った。さっき舞った桜が肩に乗る。半透明な桜の花びらは手に取る前に消えてしまった。


「……これは目眩ましとか防御に使えそうだな。……勢いさえあれば鋭く速い攻撃にも耐えられるだろう」


 オレは洞窟内を見渡し、ゆっくりできる場所を探した。……道が分かれている。そこより前にしておきたい。


「……やっぱりここだよな」


 オレは手のひらを上にし、花びらを出した。さすがに一人じゃ寂しいのでこれくらいは許されるだろう。


「ここも安全とは言い切れないぜ」

「誰だ!?」


 どこかから聞こえた声に、立ち上がって警戒する。確かこっちの方からの気が……。


「違う、そっちじゃない」

「?」

「お前、呪術師じゃないみたいだな。オレに気付かないなんて」

「……聞いたことない声だ」

「自己紹介は自分からするものだぜ?」


 そう言って岩の影から出てきたのは銀髪で片目を隠した男。口を布で隠している。あとは……何というかロックな服装だ。


「……リストだ。トレジャーハンターをしている。お前は?」

「コードネーム、デス。それ以外は何も言えない」

「……もうちょっと教えてくれたっていいだろ」

「ダメだ。仕事にならない」


 コードネームということは本名でもないようだ。ナメられまくってる……。

 ところでデスは何をしに来たのだろうか。恐らくあの車に乗っていたのだろう。そして外の騒がしさが気になり、出てきたと考えられる。


「……ちょうどいい。さっき手に入れた力を試させてもらう」

「あの桜か?……ってさっき手に入れたのか?」

「あぁ。つい三十分前までは魔法の一つも使えなかったぞ」

「……お前、本当に悪魔なのか?」

「正確には半人半魔。半分ってことだな」

「いろんな奴がいるんだな」


 デスは呟きながら腰にある赤色のポーチに手を伸ばした。そこから取り出したのは銃だった。ごく普通のハンドガン。人間界で一度見たことがあるが……まさかまたそれを向けられるとは。


「覚悟しろ。痛いのは一瞬。多分な」

「……話が通じそうにないな」


 オレは懐の秘宝を取り出し、胸の前に当てて力を込めた。

どうも、グラニュー糖*です!


喜べ、まだ半分だ。


では、また!

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