イリアの発明品
第十九話 本当の目的
クノリティアで出会った悪魔と並んで歩いて数時間が経った。ムジナと名乗った彼はとても優しく接してくれて、悪い悪魔には思えなかった。……もし悪い悪魔だとすれば、シフさんはとっくの昔に死んでしまってるかもしれないからだ。
「……ムジナさんは友達とかいないの?」
「いっぱいいるよ。それに、イリアくんだって友達だよ。話せば誰だって友達になれる。それにオレは人間が大好きなんだ」
「……嬉しい」
どうしてシフさんはこの人を倒そうとしているのか、わからなくなってきた。
「……でも、ムジナさんは死神なんでしょ?どうして人間が好きなの?」
「理由なんてない。オレはただ人間が好きなだけ。……あの子と離れたときは寂しかったなぁ」
「あの子?」
「シフっていうんだ。オレのことナメてたけど、オレはシフを大切に思っていた。いや、今も思っている」
「……大切な人だったんですね」
「あぁ。ある事件を境に会えなくなったけどな。また会えるといいな」
ムジナさんは僕の手をさらに強く握った。その手からは強い意思を感じた。
「……今、シフさんがどこかで見守ってくれてたり、探していたら?」
「……きっとオレが見つけ出す。そしてまた、ヘラとシフと三人で一緒に過ごすんだ」
彼はとても嬉しそうに、楽しみが増えてはしゃぐ子供のような笑顔で答えた。この人たちに起きたことは知らない。ニュースや新聞に載ってないことなんかさらに知らない。でも……こんなに知識欲を満たしたいという話は初めてだ。
「そう……ですか」
そんな彼をあの人は殺すと言っている。こんな話、首を突っ込まなきゃよかった。
「……ねぇ、イリアくん」
「何?」
「イリアくんを見てると、あの時のシフを思い出す。身長とかこのくらいだったからね」
ムジナさんの言葉が僕の何かに触れた。
「……僕をシフさんの代わりだって言いたいんですか?」
「違う。イリアくんはイリアくんだから」
ムジナさんは即答したが、僕の何かがエンジンを吹きかけている。
「それはムジナさんが死神だから魂とかを見て言ってるんであって、本当の僕を見てくれてないんでしょ?!」
「そ、それは……」
ムジナさんは狼狽えた。やっぱりそうだ。大人って大抵こうなのだ。だから……僕は自立しようというのに。お姉ちゃんに反抗してきたのに。
「ムジナさんもお姉ちゃんと一緒だ!僕を未熟者だとか子供だとか思ってる!ムジナさんのバカ!」
僕はポケットに入っている端末に触れた。これはボタンひとつで爆発する爆弾のスイッチだ。もちろん普通の携帯電話として使えるが、僕はスイッチとしてしかあまり使わない。使う必要がないのだ。
僕は電源のスイッチを押した。すぐさま赤いランプが点滅する。目を白黒させるムジナさんに向かって鞄に入れていた銀色の四角い量産型の小型爆弾を投げつけた。ムジナさんは慌てて鎌を構える。それと同時に爆風が巻き起こった。
「……イリアくん……」
「あ……あぁ……つい……い、勢いで……」
「……それが本当の目的ならオレを倒してごらんよ。……出来るならね」
ムジナさんの瞳には静かな怒りの炎が見えた。
「……僕が倒します。あの人に代わって!」
「いいよ、来い!」
僕は叫ぶなり地面に鞄を置き、入ってるものの全てを出した。大量の銀色の四角い箱が転がっていく。これは全て爆弾。わからず屋のムジナさんにぶつけてやる!
「……甘い!」
ムジナさんは謎の呪文を唱えた。
彼の周りにどす黒い塊がいくつも現れた。あれがシフさんが言っていた追跡型の魔法……。
僕はすかさず足につけている機械のスイッチをオンにした。初っ端からフルスロットルだ。
「これで避けてみせる!」
「避けてみろ!」
エンジンの圧力で少しだけ浮いてるため、雪の影響は受けない。ムジナさんの故郷だということで僕にとってのハンデがあるとはいえ、この機械があればそのハンデも無くなるというわけだ。つまりここからはプラスもマイナスもない、実力勝負となる。
「そんなものでオレの追尾魔法を避けるって?まだまだだな」
「科学の力をナメてもらっては困ります」
「科学?んなもん知るか。実力がものをいうんだ」
僕は発散系の爆弾を手にした。これは周りとは違う紫色をしている。これなら一発くらい……。
「……いけっ!」
シューッ!と音を出して飛んでいく爆弾。これはロケット花火をイメージした爆弾だ。このあと弾けることになっている。
「う、わ、なんだこれっ……うぉおっ?!いたたたっ!」
……見事に全弾的中。しかし魔法を打ち消すために開発したものなので殺傷能力は極めて低い。もうちょっと強くしておけばよかった。
「……おしい」
「こっ、こんなの目眩ましにすぎないな!」
ムジナさんは強がっているようにしか見えない。
____あれ、この人弱いんじゃないか……?
僕の中でそんな考えが浮かんだ。
「もしかしてムジナさんって……」
「……え?」
「戦うの嫌い?」
「うっ……」
明らかに狼狽えた。……図星だったんだ。
「そうなの?」
「そっ、そんなことあるわけないじゃないか!べ、別にずっと封印されてたから全然体動かしてなくて戦いも嫌いになったとか思ってないんだからな!」
「……そうなんだ……」
「あっ……勢いで……」
バカだ。この人弱いだけじゃなくてバカだった。なんでシフさんはこんな人を探し続けてたんだろう……?
「それなら僕でも勝てる!この勝負、もらった!」
「オレだってまだ負けたって決まってない!イリアくん、悪いけど勝たせてもらう!」
ムジナさんは右足に力を入れた。少量の雪が靴に押されて外側に集まっていく。そして魔力を込めると、周りの雪が舞い上がり、両足に絡みついた。ビキビキと音を立てながらそれは足と一体化していく。
「何これ……?!」
「オレは氷を自在に操れるんだよ。もちろん雪もだ。つまりこのクノリティア全体がオレの武器ってわけさ」
「そんなの……爆風で蹴散らしてやる!」
「やってみろよ。できるならな」
ムジナさんは不敵な笑みを浮かべ、接近してくる。走りながら手を広げると、どこからか大きな鳥の頭蓋骨を思い浮かべるような鎌を取り出した。少し振り払うだけで風を斬る音が聞こえる。
「イリアくんは見たところ中距離攻撃か。なら鎌の方がいい」
ムジナさんが鎌を持ち変えた。避ける準備をした瞬間、端末が軽快な音楽を鳴らした。……お姉ちゃんからの電話だ。戦闘中でも何してても出ないと怒られる……しょうがない、出ようか。
「避けないとは随分自信があるようだな!」
「……もしもし?」
「んなアホな?!」
ムジナさんは勢いのあまり雪に顔面から突っ伏してしまった。……なんか申し訳ない。
「おい、イリア!携帯ばっかやってないで戦え!」
「待って……お姉ちゃん、今戦って……ちょ、二人とも……っ」
ムジナさんは顔をあげて激昂する。
「「こら、イリア!ちゃんと返事しなさい!!!」」
「二人とも一旦やめてよ!!」
見事にハモった電話の向こうのお姉ちゃんと鎌を持ち直して襲いかかろうとするムジナさんのお叱りを受けながら僕は反論した。すると、電話から声が聞こえなくなり、ムジナさんの動きも止まった。
「「ご、ごめん……」」
「そんなとこまでハモんなくていいの……。まず、お姉ちゃんは電話切って!そのあとで戦いの相手するから!」
「イリア、誰と戦ってるの?」
「……えっ」
「ねぇ、誰と戦ってるの?」
お姉ちゃんの声に怒気を感じた。
バラしたらムジナさんがフルボッコに……。でも……。
「……ムジナさん」
「ムジナ、ですって?!待ってなさい、今行くから____」
「ダメ!……僕がやるの」
「……わかったわ。二十分だけ行かないであげる。でも場所は教えてもらうわ」
「……クノリティア周辺」
「OK.じゃああとでね、イリア」
そうして通話は終了した。あとはムジナさんと決着をつけねばならないのだが……。
「イリア……早くやろうぜ」
ムジナさんの鎌は氷に包まれていた。鳥の骨を守るような鎧の形になっている。しかし常に水蒸気を放っている。手元には氷は存在していない。やはり氷の使い手でも寒いということか……。
「電話長いんだよ!コミュニケーションは電話なんかじゃなくて、手紙や対話じゃないとね」
「手紙とか時代遅れだって!これからは無線だ!……ってこんな話をするために来たんじゃない!僕は……ムジナさんを倒す!」
……僕は再び爆弾を手に取った。
どうも、グラニュー糖*です!
今日バスの前の方に乗ってたら、カーブでイスが戻りかけてビビりました。そっから支えまくってたんで、両足がダルいです。つら。
では、また!




