囚われた者たち
第十七話 氷の砦
支配されるとはどういうものなのだろうか。私はよく考えていた。
強すぎる力。己の力にいつ負けてしまうのかが怖かった。
しかし、本当に怖いのは自分ではなかった。本当に怖いのは……。
「ありがとう、バルディ」
「これくらい、私からしては当たり前です」
「そうか……」
「そちらの本は?」
「ノートの事について書かれている本だ」
「ノート……ですか」
____狂信者だ。
「この力……元は普通の氷の魔法だった」
「そうなのですか?」
「あぁ。だが、ある日ノートに出会って……"彼"はその力をくれたんだ」
その力……それがこの溶けない氷なのか。
「……そこの死神……ムジナやヘッジはノートに近い力を秘めている。だから彼らから直接その力を貰い、ノートに近づくことにしたんだ」
サメラはムジナくんに近づき、ベッドで眠っているムジナくんの頭を撫でた。今、ムジナくんの手足と腰には氷の鎖が何重にもかけられている。周りの人にとっては冷たい冷たい氷だが、ここにいる私たちは冷たく感じないらしい。敵対する者のみに害を与えるようだ。
「……ヘッジ様たちはここに戻られるでしょうか?」
「知らんな。まぁ来たとしてもお前と戦わせるのみだがな」
サメラさんは素っ気なく言う。本来ならその言葉に激怒するはずだが、生憎私も魔法にかかってしまっているので首を縦に振ることしかできない。意識はあるのに体だけ操られるなんて……これではヘッジ様に顔向けできない。
「うぅ……お兄ちゃん……」
「おや、お目覚めかな」
「寒いよ……」
「サメラさん……まさかムジナくんを敵視してるのですか?」
「まさか。あの忌々しい炎の悪魔の友達だからといって敵視するわけないだろう?」
「……」
それを敵視というんだけど……。とにかく暖めてあげないといけない。えっと、毛布は……。
「……どこに行くんだ?」
「毛布を取りに行くのです」
「別にどうでもいいじゃないか」
「え?」
「凍死したら力を貰うだけだ」
「……そうですか」
結局毛布を取りに行きそびれた私はムジナくんを見た。
彼は天敵に威嚇するような小動物のようにプルプルと震えながら睨んでいる。恐らく……というか確実に震えているのは寒さのせいだろう。
「お兄ちゃんはどこ?」
「逃げたさ。君を置いて一目散にね」
「嘘だ!オレのお兄ちゃんはそんな人じゃ……ない、もん……」
「本当に?」
「……ほんとに」
「そうじゃないように聞こえるけど?」
「……うぅ」
項垂れるムジナくん。そりゃそうだ。ヘッジ様は言っちゃ悪いが私やムジナくんより力が弱い。まぁ……逃げたのは私のせいだが。
「ムジナくん、待ってよっか」
「……のせいだ……」
「え?」
「お前のせいだ!お兄ちゃんをあんなのにしたのは……!お前さえいなければ、お兄ちゃんは……お兄ちゃんはっ!」
「……ごめんなさい。死神の仕事なんだ。仕方のないことなんだ」
「いつもいつもそんなこと言って!」
ムジナくんの周りを水蒸気が満ちていく。彼の怒りのボルテージが上がっていくほど、それはどんどん濃くなっていった。
「オレだって、一人の弟なんだから!お兄ちゃんと仲良く話すくらいの権利ぐらいあったっていいじゃないか!」
ムジナくんが言い放った直後、彼の四肢を固定する氷が消え失せた。濃霧が彼の体を包む。それはやがて膨張し、周りを確認することができないほどになっていった。
その光景を見て息を飲む私の隣でサメラは歓声を上げた。
「それだ……!それこそが全ての魔法を意のままに操るノートの力!神の力!」
「神の……力?!」
ノートの力ということは、この水蒸気は元は氷だったのか。炎でも溶けないあの氷がまさかこんなことになるなんて。
「……お兄ちゃんのところに行く」
「ムジナくん!」
私は辛うじてムジナくんの姿を捉えた。彼は最後にサメラさんを睨み、窓に手を伸ばして氷を水蒸気に変えた。そしてそのままバリーン!と大きな音を鳴らして窓から外に飛び出した。
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「……溶けない氷の魔法?」
「あの時のかしら」
私とヘラはヤーマイロの話に首を傾げた。話の流れからして、クノリティアの前に通った洞窟でレインが受けていた魔法のことだろう。しかしあれはモンスターだったはず……。
「恐らく魔法に幻術をかけてモンスターに見えるようにしていたか、それとも……」
「それとも?」
「命を吹き込む禁術か」
「禁術……」
禁術……。名前からして危ない類いの魔法だろう。命を吹き込むということは、魂の理、輪廻転生のサイクルを崩すということ。もしハレティに罰を与えられるとすれば、ヘラやムジナ以上に厳しい罰だろう。
視線をヘラと反対に向けると、さっき起きてきたばかりの黒池さんが腕を組んで考え込んでいた。
「黒池さん、どうしたんですか?」
「え、あぁ……。禁術となれば、また捕まえるべき人が増えたなって思って。ここじゃあ仕事が多すぎて体がいくつあっても足りやしない」
「そ、そうですか」
黒池さんはにこっと笑って答えた。
「それに命を吹き込むには何かしらの代償が必要なはずだ。そうだろう?ヘラ」
「そうだ。あいつは吸血鬼。最悪、殺した人間の魂か、生きている人を使って禁術を施したのか……どちらかだろうな」
「恐ろしいわね……」
「魔法とはそういうものだ。必ず何かを犠牲にする。スクーレも……って今はわからないか」
「ごめんなさい」
私は魔法を使っていたときの記憶は全くない。生魔のスフィアがメモリーのような役割を果たしていたのだから。あのスフィアはハレティと共に消えてしまった。つまり記憶も消えたということ。もう戻ってこない。
しかし、手帳に書き残していることはわかる。例えば今の氷のモンスターの話とかだ。
「でもサメラはそんな人じゃないはず!だって……だって!」
ヤーマイロは拳を握りしめて私たちに訴える。だが、彼女もどうにもならないと悟ったのか諦めた。
「……レイン……無事だといいけど……」
「レインって……あの人の兄のことですか?」
黒池さんが声を上げる。
「知ってるのか?!」
「えぇ……昔魔界行きになる前、大ケガをしたんです。そしたらそのレインの弟を名乗る人が現れて……すぐにケガが治るようにしてくれたんです」
「あーもー、いい奴か悪い奴かわっかんねーじゃねーか!」
「でも……僕はいい人だと思うな」
「……私も。レインにした仕打ちは許せないけど、それがレインのためだとしたらって考えると……」
「……俺は……ますますわかんなくなってきたぞ」
ヘラは大きなため息をついて椅子に座った。それもそうだ。今考えるべき問題が山積みという事実に加え、そのうちの一人が悪い人なのかどうかの考えがブレているからだ。
「……」
私はポケットに入っているレインの手紙に触れた。しかし、今は開けるべき時ではないと思った。……そんな気がしたのだ。
「とにかくカリビアさんを待たないとな。皇希の剣も、この問題もあの人じゃないと解決できない」
「私がちゃんと覚えてないから……」
「気にすんな。オレも対処法しか知らなかったし、まず使い捨てだ。役に立たないだろう」
ヘラはこちらを向いて少し悲しそうに呟いた。そして彼は続けてこう言った。
「……奇跡でも起こらない限り、あの氷を溶かすことは不可能だ」
どうも、グラニュー糖*です!
大昔読んだ本に捕まりシチュがあって、それが頭から離れないんですよね。
やはりその頃からファンタジー系読んでたんですね、自分。
では、また!




