騎士の戦い
この話には流血表現が含まれています!
第十四話 赤と黒
「大丈夫か?」
「なん、で……」
「話せばちょっと長くなる。今はこいつに集中しよう」
そう言ってヘラは再び手に炎を湛えた。一方、男の人はコートに残った炎を消そうと騒いでいる。何なんだ、この絵面は……。
「お前……皇希だな?」
「どうして僕の名前が……」
「……覚えていないならそれでいい」
ヘラは冷たく吐き捨てると、彼の愛剣『ヨジャメーヌ』に炎の魔法をかけた。ヨジャメーヌが炎に包まれる。それを皇希と呼ばれた男に向けた。
「皇……希?」
私はかすれた声で呟く。
「黒池皇希です!思い出しました。あなたはヘラですね?やっと見つけましたよ!ヘラ……スクーレさんと同じく倒してあげます!」
「出来るものならな!」
ヘラは自信満々に言い放った。
「……まずスクーレの安全確保させてくれ」
「悪魔らしくないセリフですね」
そう言いながらもちゃんと待ってくれる黒池さん。……やっぱり私が彼と同じ人間だから……?
ヘラは動けない私を抱え、大木にもたれさせた。大木の枝が揺れ、ザワザワと葉が擦れる音が静かな丘に響く。
「……では、気を取り直して。昔から探してたんですよ、ヘラ」
「あぁ、知っている」
「じゃあなんで僕の前に出てきてくれなかったんですか!?」
「……お前のためだからだ。お前を立派な大人にしたかった」
「意味がわかりません!」
「だろうな」
昔から?立派な大人にしたかった?
黒池さんが二十歳ちょいくらいだとすれば、十年以上前に会っていたということなのだろうか。
「ふん、まだわからないか。そうだな……お前が勝ったら教えてやる」
「ふふ……オーバーキルしないように気を付けないと」
「ナメるなよ!」
ヘラが足に力を込めた。黒池さんも同様だ。そして二人とも同時に足を前に出し……それぞれの剣を振りかざした!その瞬間、私たちは謎の光に包まれた。
「……何ぃっ?!」
「わっ!?」
「!」
光が収まると、私たちはアメルではないどこかに立っていた。誰も足を踏み入れたことの無い、まさに楽園のような場所に……。そして空中には女性が浮かんでいた。この人、どこかで見たことが……もしかして……。
『あなたたち、争いはやめなさい』
「誰ですか?」
『まぁ、落ち着きなさい。争ってはいけません』
彼女はにっこりと笑った。ヘラに至っては空に浮かぶ女性を見てポカーンとしている。彼女は私に気づくと、近寄ってきた。しかしなぜか恐怖を感じなかった。
『……あら、かわいそうに。体が動かないのね。……そう……麻酔ね』
「す、スクーレに指一本触れさせないぞ!」
ハッと我に返ったヘラが私の前に立つ。その顔には焦りが見えた。
『勇ましい男の子ですわね。……いい人を見つけましたわね、スクーレ』
「……何のことだよ。あんたにスクーレの何がわかる!?」
『その言葉、そっくりそのまま返しますわ。スクーレ……あなたはもう気付いてるんでしょう?……私の名前はアルメト。悪魔を封印する者』
「アルメト様!?」
「アルメトだと!?ハレティがいつも言ってた……」
「このお方が……!」
アルメトと名乗った女性は、自然な動きで私に麻痺解除の魔法を唱えた。もちろんヘラが動く間は無かった。
「……アルメト様、一つ質問よろしいですか?」
『何ですか?……黒池さん』
「さすが……僕の名前も知ってるなんて。……さっきヘラが言っていたハレティは本当に裏切ったのですか?」
『あらあら、そんな噂が立っているなんて。ハレティは私の大切な方ですわ。あの人が裏切るわけ無いじゃない』
「……さようですか」
黒池さんは目を逸らして呟いた。人間界でもアルメト様の伝説が広まっていたのは嬉しいが、ちゃんとした物語が伝わっていないなんて……。
「皇希。戦いはどうするんだ?」
「ちょ、ちょっと、ヘラ!アルメト様の前でそんな話……」
『ふふ、よっぽど戦いが好きなようですね。やはり悪魔は獰猛ですわ』
アルメト様は笑っているが、どこか黒いものを感じる笑い方をした。
「……僕も仕事を放棄するわけにはいかないよ」
「えぇっ!?」
「ふん、なら決まりだな。おい、アルメト!元の世界に戻してくれ!」
『はぁ……。まったく、自分勝手ですわね。わかりました、戻しましょう。ですが……』
「ですが?」
『スクーレを守りながら、ですよ。良いですね?』
「……臨むところだ!」
『交渉成立ですね』
アルメト様はクスッと笑い、左手を上げた。その直後、再び強い光に襲われた。
目を開けると、アルメト様がいない元の景色が広がっていた。
「……元に戻れたみたいだな……」
「あぁ。それに重さも消えた……」
ヘラと黒池さんが自分の武器を見ながら呟く。
「まさかアルメトが戦うことを許すなんてな」
「ふっ、それにどうやら悪魔には厳しいようだ。ヘラ、体感できてるだろ?」
「……あまり力が入らないな」
ヘラが少し困ったように言う。このままじゃヘラが……。
「ヘラ……」
「大丈夫だ。俺は勝つ」
「……うん」
「無駄ですよ。悪魔なんかに勝利の女神は微笑まない!正義はここにあり!」
そう叫んだ直後、黒池さんは駆け出した。ヘラは慌てて剣を斜めに構える。そして黒池さんの攻撃を受け流した。キンッ!と金属がぶつかる音がした。同時に火花が飛び散る。
「くそっ……!やるな」
「悪魔に褒められても嬉しくないね」
「チッ、人が折角褒めてやったのに」
ヘラが怒りを露わにしながら再び剣を構えた。今度はヘラが仕掛ける番なのか。そう思ったが、黒池さんはそれをヒラリと躱し、驚いたヘラの横腹に勢いよく攻撃した。ヘラの口から苦しそうな声が漏れる。よく見ると、彼の赤いコートとは違う赤が見える。あれはきっと……。
「ヘラ!」
「……来るな!」
「それ以上はダメよ!」
「これは……お前を、守るため……でもあるんだ!」
ヘラは立て膝をつき、斬られた横腹を押さえながら私に言葉を返した。息も切れ切れで、とても痛そうだ。
「もう終わりですか?」
「まだ、だ……!」
「そうこなくては、ね」
ヘラの見た目こそはフラフラだが、どこか固い決意を込めた動きだった。しかしドクドクと血は流れ続けている。
「はぁっ!」
「遅い!」
ヘラが左足を踏み込み、斬り込んだが、軽く避けられてしまった。そして体内の血液が足りなくなったのか、貧血を起こして倒れてしまった。
「ヘラ!」
「勝負ありですね。やはり勝利の女神はこちらに微笑みましたね」
黒池さんはニヤリと笑い、剣を掲げた。恐らくヘラに突き刺そうとしているのだろう。こんなことになってるのにヘラは目を覚まさない。私はヘラのもとに駆け寄り、彼を抱き上げた。
「黒池さん!どうしてこんなことするの?!」
「……仕事のためですから」
私の質問に黒池さんは少し不機嫌に答えた。しかし、どこか悲しそうに見える。確か警察とか言ってたような……。警察って人間界の文化らしいけど、文字からすると霊界の塔みたいに警備する人のことなのかな?
「……では、僕の話を聞いてくれますか?」
「その代わり、ヘラを殺さないでくれる?」
「あぁ」
「……じゃあ聞くわ。何?」
「……僕はマリフという犯罪者を捕まえるためにここに来ました」
「マリフ?」
「そう。不正に人間界とコンタクトを取っているという情報を得たんだ」
「でもヘラと何の関係があるの?」
「……あの子の暴走を止めるため」
「あの子って?」
黒池さんは表情を暗くして呟いた。
「……シフくん。ヘラとムジナの知り合い」
「ムジナって……!」
「これ以上は言えないよ。とにかく、シフくんの目からそのヘラとどこかにいるはずのムジナって人を遠ざけなければならないんだ」
黒池さんは拳を握り締めて自分に言い聞かせるように言った。
「……大変なんですね」
「……ごめんね、全然わかんないでしょ?」
「いいえ」
謝りながら剣を仕舞う黒池さん。やっぱりこの人、いい人……?
「……どうして私には傷を付けないんですか?」
「それは……」
黒池さんがとても歯切れ悪く言おうとしたその時だった。彼の周りに蝙蝠が集まりだしたのだ。
「あらあら、ヘラ……だらしないわね。私以外に倒されないでほしかったのに」
「な、何だこれっ!?」
「あなたは……!」
彼の周りの蝙蝠たちがだんだん人の形になっていった。そして、黒池さんの首に刃物を当てるような形になり、それは完全な人の形になった。
「久しぶりね、スクーレ。ハレティと別れたのにまた戦いに首を突っ込むの?忙しい人ね」
「リメルア!どうして?捕まってるはずじゃ……」
蝙蝠が変身したのは、ヘラとハレティと共に倒したリメルアだった。この前の白黒二色ワンピースと花が付いたカチューシャというコーディネートではなく、今回は大人の女性を思わせる華やかなドレス姿だ。吸血鬼だと知らなければ誰もが心を奪われるような女性だが……。
「特別に出してもらったの。このお兄さんたちを倒すためにね」
「は、離してください!……って強っ!」
「吸血鬼は強いの。じゃあ、どうやって調理しましょうかね」
「僕、喰われるの!?」
「食べないわよ。冗談よ」
そう言ってさらに力を込めるリメルア。一体どっちなの……。
「……あら、あなた……どっかで見覚えのある顔ね」
「ヴッ……」
「あ、思い出した!ヘラが襲ってきたときに捕まえてた子どものうちの一人ね。そこで倒れてるヘラのせいで逃げたのね」
リメルアはずっと考えていたことが解決して嬉しそうに話す。子どもの頃、捕まっていた?それに、ヘラの存在を知っていたなんて……。この人たちって一体何?
「スクーレ、ヘラを起こしてくれない?」
「でも全然起きなくて……」
「いいから。早く起きないと血を吸うわよとでも言っておきなさい」
「これ以上吸ったら死んじゃうわ!」
「……だから冗談よ」
「……」
私がヘラを起こしている間、リメルアと黒池さんは何かを話していた。それはどこか脅しのようにも見えた……。
どうも、グラニュー糖*です!
コーヒーを飲むとなぜか吐き気がしてしまうんです。何ででしょうね?好きなのに。
では、また!




