拐われたムジナ
第十話 氷の仮面
魔王城へと訪れた数日後、俺はヤーマイロと共にクノリティアに戻ってきた。
……戻ってきたのはいいのだが。
「な、な……なんじゃこりゃー!?」
なんと屋敷が氷に包まれていたのだ。
「うわー、見事にカッチカチ」
「うわー……じゃねぇ!お前、何か知ってるんだろ!?」
「知らないよ!突然変異か、それとも……」
ヤーマイロは玄関のドアをコンコンと叩きながら呟いた。
「サメラがやったのか」
「え!?あの人が?」
「うん。あの人、氷の魔法が得意だから。たまーにどっか行くなぁとは思ってたけど、まさかこんなことしてたなんてなぁ。しかも普通の氷じゃないよ、これ」
ヤーマイロは氷の破片を拾って俺の前に差し出した。よく見ると普通のより青いというか水色だ。
「魔力を強く感じる。……そうだ、ムジナは!?」
「お兄ちゃん!」
「ムジナ!」
どこからかムジナの声が聞こえる。しかしどこにも見当たらない。一体どこから叫んでいるのだろうか?
「……遅かったな」
太く、くぐもった声が氷に閉ざされた扉の奥から聞こえてきた。まるで籠城をしている人を説得しようとする警察の気分になってきた。
「この声……サメラ!やっぱアンタの仕業だったのね!寒いから開けなさい!」
「それは無理な話だ」
「どうして!?」
「……やれ、バルディ」
「かしこまりました」
中からバルディの声が聞こえたと同時に、ドアの氷からバルディがテレポートしてきた。顔には氷でできた水色の仮面を付けている。あれは一体なんだろうか?どこかで見覚えがあるが、どうしても思い出せない。思い出そうとしても脳が「ダメだ」と伝えてくる。
「ちょ、やめろよ、バルディ!」
「これは命令です」
バルディに止まるように話しかけても、まるで命令を一つしか受け付けないロボットのように襲いかかってくる。
「やだ!離して!助けて、お兄ちゃん!」
「ムジナ!……サメラ、貴様……!バルディだけでなくムジナまで……」
恐らくサメラに捕まっているであろうムジナの声が遠ざかっていく。そしてさらにバルディのドラゴンソウルを解放した強力な攻撃は激しさを増してきた。これは一旦退かなければ……。
「退くわよ、ヘッジ!」
「で、でもムジナが……」
「いいから!」
ヤーマイロは俺の思考を読んだのか、俺の手を引っ張った。吸血鬼だからなのか、クノリティアの寒さかわからないが、とても冷たい手だ。
そして俺たちはクノリティアを離れた。
「くくく……やっぱりノートの力はすごい……」
最後に聞こえた言葉……ノートの力とは何なのだろうか?それだけが不思議だった。
その後、俺たちは夢中で逃げた。キスタナ洞窟を抜けるとバルディはもう追ってこなかった。
ムジナは大丈夫なのだろうか?そもそもクノリティアは大丈夫なのだろうか?そう思いながら逃げた先はカリビアがいるバノンだった。あそこにはレインもいる。昔から生きているカリビアもいる。誰かがその「ノート」について知っていればいいが……。
「……で、ここに来たというわけか」
「そう」
「新しい吸血鬼も連れて」
「失礼ね、ヘッジより古株よ」
「ごめんね」
カリビアは困ったような笑顔を見せた。
「それで……どうしよう」
「……氷の仮面、か……あっ」
「何かわかったのか!?」
俺は思わず机をバンッ!と叩き、カリビアに詰め寄った。隠居生活なのに情報通だなんて、どんなだよとは思ったけど。
「レインからの手紙の中にそんな内容があったと思ってね」
「あぁ、毎日来るやつの中に?……って何であいつがその魔法のこと……」
「そういうのは本人に聞いた方が早い。早速二階に行こう」
「わかった」
俺たち三人は店の二階……レインが眠るプライベートルームへと向かった。
「あれ、いない!?」
「布団はそのまま、ドアも……それは閉めるか」
「もしかしてサメラが……ううん、アイツはそんなことするはずないわ。……でも今のアイツなら……」
ずっとサメラと一緒にいたヤーマイロは必死に考えている。相棒の突然の裏切りに混乱しているのだろう。
それにしてもどこに行ったのだろうか?しらみ潰しに探しても、あの体では動くことすらできないので最悪の場合……。そうなってしまうと、手がかりがなくなってしまう。バルディもムジナも助けられなくなってしまう……。
「とにかくレインを探す。何かあっては困るからな。ヘッジ、ヤーマイロ。お前たちはここに残れ」
「カリビア……」
「そろそろヘラくんが来るはずだ。だからオレがレインを探していると言っておいてくれ」
「……うん」
「よくできました」
カリビアはにっこり笑い、ドアを開けて出ていってしまった。
「……よかったの?」
「え?」
「行かせてよかったの?」
「……本当はすごく心配だ。翼がないくせに探すだなんて……無謀すぎる」
俺は首から下げているネックレスを握った。中には小さい頃のムジナの写真が入っている。俺はすがるようにカリビアとムジナとバルディとレインの無事を願った。
……その日、ヘラくんが来ることはなかった。
__________
鋭い剣の先が私の真横を掠める。避けた先には爆風が襲いかかる。あり得ないほど軽い私の体はいとも簡単に吹き飛ばされた。
大勢の人間に囲まれ、成す術もなくサンドバッグにされる私。
もう嫌だ。どうして私が……。嫌だ。嫌だ。……もう、やめて。
「ハレティさん」
「……?」
「もう遅いんだよ。何もかも。ハレティさんは人間の敵なんだ」
私はこの時理解した。リストさんが受けた苦しみ、悲しみを。少し前までは同じ人間だったのに、一歩道を踏み間違えるとすぐに虐げられる。あの人もそうだったのだろう。
私はバカだ。リストさんと話し、その事を聞き、記憶に残したはずなのに。最後まで信じたのに。どうしてこんな目に遭うの?
「……助けて……レインさん……」
私はなぜか脳内に浮かんだ彼の名を呼んだ。声は届かないことはわかっているけれど……誰かに会いたい。助けてほしい。これ以上力を失ったら何もかも消えてしまう。
ムジナくんとヘラくんと戦ったことも、スクーレと笑いあったことも、アルメト様と旅したことも全部……全部。ずっと残しておきたい記憶なのに。みんなからも消えてしまう。私がいたこと、全てが。それを人間は望んでいるのか?……いや、私利私欲のためにやっているだけなのだろう。
私がそうやって考えていると、私を押さえつけていたシフさんが口を開いた。
「レイン?あぁ……あの子のお兄さんか」
「レインさんを知ってるのですか?!」
「顔は見たことないけどさ。いつもレインのことを話してたよ。でもあんまり好きそうじゃなかったけど……。好きなのか嫌いなのかよくわかんなかったなぁ。ま、これから消えるハレティさんには関係ない話か」
「……」
顔を見たことないのに話したことがある?その子は幽霊なのだろうか?それともシフさんには霊感が無くて見えなかったとか?……しかし私には彼が霊感持ちということがわかる。この霊界を通った人にはどんな人でも霊感を与えられるからだ。
シフさんは後ろにいる黒髪の青年を呼び、手を出した。もちろん私を押さえたままだ。
「黒池さん、剣を貸してください」
「う、うん」
シフさんは黒池という青年からすらりと長い剣を受け取り……私の喉元に向けた。
ひんやりと伝わる鉄の冷たさ。あぁ、私はまた殺されるのか。一度死に、幽霊となってチャンスを貰ったというのに。
幽霊が死ぬとどうなるのだろう?私はもう誰とも話せないのか?誰にも許されないのか?誰にも認知されないのか?
嫌だ。そんな寂しいこと、嫌だ……。私はもっともっと生きていたい。人は寂しさに弱いのは嫌というほど身に刻み込まれている。アルメト様はそれで亡くなられたのだから。私が……私が死んだから。
「……どうしてハレティさんはいつもそうなの?」
「……え?」
「人間の敵である幽霊なのにどうして?死ぬのが怖いの?」
「……あなたはどうなのですか?」
「……別に」
そっぽを向いたシフさんの剣を持つ手が震えている。死ぬのが怖いの?なんて質問をするシフさんは、逆に加害者になるのを恐れているのか?
……この気持ちはなんだろうか。こんなシフさんを見て、私は……私は、どうしてか知らないが、首を絞めたり、痛めつけたりしたくなった。あぁ、この気持ちが本来の幽霊なのだろうか。いつかスクーレたちと再会したとき、彼女らにも同じことをしたくなるのだろうか?それだけは嫌だ。私を止めてほしい。やっぱり呪術師のレインさんに頼む方が一番だろう。だから……。
「レインさん……私……を……止めて」
どうも、グラニュー糖*です!
まさかサメラがそんなことするなんて思わなかったですね!
静かな人ほどヤバイといいます。
ヤバイ人はヤバイです。
では、また!




