満月の夜に
とある一国の王女は、今まで一度も城の外へ出たことがなかった。彼女の美しさから、危険な目に遭わせたくないと国王が心配し、公務以外の外出を禁止させていたのだった。そんな彼女のもとへ、"彼"は突然現れた──…
その日は、雲ひとつ無い夜空で、満天の星畑の中、一際高い位置で満月が輝いていた刻だった。彼女が部屋で床につく準備をしていると、どこからともなく男が一人、部屋の中にいた。
窓から差し込む月明かりを、男の肩まである銀髪が柔らかく反射している。正体のわからない人物が侵入してきたというのに、その様子に王女は思わず魅入ってしまった。そして気が付いた時には、男が自分の目の前に立っていた。王女はようやく我に返り、部屋を出て助けを求めようとするが、もう遅かった。
難なく行く手を阻まれ、腕を掴まれる。振り解こうにも、相手は男性で言わずもがな力に差がある。抵抗するにもその術がなくなってしまった。ようやく込み上げてきた焦りと恐怖で、王女は声も出せずにいた。その様子を見ていた男が、静かに口を開いた。
「…貴女をお迎えに上がりました──…"月香姫"様」
「っ?」
「…覚えて、いらっしゃいませんか…?」
「……」
男の言葉に、王女は首を振るだけで精一杯だった。更に、聞き覚えのない言葉に首を傾げることしかできなかった。彼女のその反応を見るなり、男は寂しそうに顔を曇らせ、肩を落とした。そして独り言なのか、目の前の王女へ向けてか、何かを呟いていた。
「そんな…そしたら無理強いはできない…しかし、ここに居ては……」
「…あの…」
王女がようやく言葉を紡ごうとしたその時。部屋の扉が慌ただしく開き、使用人の男が一人息を切らしながら入ってきた。
「姫様! いらっしゃいますか!?」
「あっ…」
「………」
「な、何者だお前…!! 姫様から離れろ!!」
使用人は王女の傍らにいる男を見るなり、護衛用の剣に手をかけ叫んだ。しかしそれにも動じず、男はじっと使用人を見据えた。その瞳には、どこか蔑みの色が見える。そして、重々しく口を開いた。
「…よくもそんな"フリ"をして私の前に出てこられるな…私が気付かないとでも? 彼女は何があっても渡さん!」
「えっ…? きゃあっ!!」
「姫様!!」
男は今初めて会ったであろう使用人に対し謎の怒りを見せ、そのまま王女を抱え窓から飛び降り、月明かりを避けるように外の街へ連れ去ってしまった。突然の出来事に、王女はただ落ちないようにしがみつくことしかできなかった。使用人が慌てて追いかけるも、たちまち二人は紺碧の夜へと溶け込んでいった。