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第16話「我が生徒会の壮大の」

「え? 帰りに飯?」

「うん。どう……かな?」

 自主練禁止を命じられた翌日の土曜日。隔週で行われる午前中授業の2限目が終わって教室移動の最中、人の減った教室を出ようとした龍太朗は、美里に呼び止められた。

「またなんでこんなタイミングで?」

「あんまりこういう風にお休みが取れる事なかなか無いし。それとももう、予定入ってる?」

 遠慮がちな笑顔で龍太朗を誘おうとする彼女だが、非常にあっさりとした少年の返答に、表情の雲行きがだんだんと怪しくなる。

「いやさすがにそない急には何も入ってこんけど……」

 曇っていく美里の表情にさすがの龍太朗も気づかないはずがなく、取り繕うような早口で己の返答を反省する。

「ほなら、行こか? どこがええんや」

「え? うーん、どこでもいいよ。龍太くんが決めていいから」

「それが一番困る言うてんねん」

 腕を組みつつ、すかさず苦笑いでツッコんだ龍太朗は、準備を整え教室を出て左に折れる。

「野球部キャプテンの浜風龍太朗くん!」

 教室を出た途端、突然目の前に現れた少女に少年は「ぬわぁ!?」と大声をあげて驚く。

「なっ! なんや!?」

「放課後にお話があります。生徒会室まで。以上!」

 一体何事かと思ったが、たったそれだけ伝え終えて、三つ編みの一本結びを翻したその少女はさっさと踵を返して帰って行ってしまった。


「びっくりした! 心臓に悪いわ何なんや一体!」

「生徒会長の菱沼さん、だね……」

 困惑するしかない龍太朗は、「俺何か悪いことしたか?」とでも問いかけるように美里へ目線を送るが、覚えがない以上彼女も苦い顔で首を傾げるほかなかった。







「勝手に動かれても困るんですけど!」

「……、なんやて?」

 その日の放課後、生徒会館の2階にある生徒会室へ、呼ばれた通りに参上した龍太朗は、無実の罪で法廷に投げ込まれた気分でいた。

扇沢おうぎさわ~、話通しとくて言うてたんちゃうんか!?」

「すまんなぁ、伝えたらこんな状況や」

 同じ中学の同級生だった扇沢観平(かんぺい)が、「なんでこんな厄介なことに」と自戒するような表情で、龍太朗の左斜向かいに座っている。ひとまず付いて来た美里も部屋の隅に通されたが、この状況はなかなか飲み込めそうにない。

 龍太朗の正面に座っている翔聖学園生徒会・初代会長、菱沼ひしぬま実絵みえ

 黒々としたその一本結びの先を微かにいじりつつ、息巻く小柄な彼女はどうも野心家というか、自己顕示欲の強い嫌いがあるようで、入学式翌日の生徒会発足の際、いの一番に会長に立候補した。対立候補がいなかったため、無投票で生徒会長としての任に就いている。

「校内で何かするなら生徒会を必ず、いえ。私に必ず通してください!」

「やから扇沢に伝えて『伝達頼むで』て言うたんやないか」

「私を通せと言っているんです!」

 彼女が噛み付いたのは、敬造やら陣やらに頼んでいた有志の応援団の件。かなり横断的な活動が予想されるだろうこの活動に関して、役員経由での伝達というのがよほど気に入らなかったらしく、呼びつけたタイミングからずっとプリプリしている彼女だが、龍太朗には彼女の口調が威張りたい一心の強がりにしか聞こえなかった。

「んなもん校則のどこにそんな文言があった? まさか不文律や抜かすんか?」

「今の生徒会には実績が必要です。初代生徒会なんですから、何らかの功績が不可け――」

「自分のやったことにしたいって滲み出てきてるんやけど?」

「そっ、そういうんじゃないです!」

「なんで一瞬固まった?」

 図星を突かれ、「なっ!?」と目を見開き言い返せない実絵に、腕を組んで呆れ返る龍太朗の厳しい指摘と鷹のような眼光が刺さる。


「会長さんよ……、この学校は今、ほぼなんも無いと言うてええ。やから色んな事が考えれる。企画然り催し然りや。中学の時とか他のそんじょそこらの高校じゃ絶対に体験でけん状況や」

 険しい表情を緩めた龍太朗は両手を広げ、座りながらも雄々しく演説まがいに諭す。

「せやのに真っ新でなんも無い状況で権威付け目指してどないすんねん。砂山の上争っとぉ場合か」

「だからこそ今が大事なんです! 私の将来のためにもすごく重要なんですぅ! もう、させてあげますから私が作ったことにしてください!」

 龍太朗は広げていた両手で思わず机を叩き、轟音が生徒会室に響く。余りのわがままに、立ち上がった龍太朗の堪忍袋の緒が切れた。

「あのなぁ! 名義貸しやらなんやら、何でわざわざよう分からん虚飾なんぞにこだわるんや! 『させてあげます』ぅ!? そこまでの立ち位置にいつん間に上り詰めたんじゃ! 駆け出しの生徒会長程度が焦ってどないすんねん、前のめりの仕方間違えんな! だいたい叩きたくない机を叩かせんな、イッタいわぁ」



 生徒会室を静寂が包んだ。

 痛みに手をブラブラさせる龍太朗をよそに、少年の檄によって生徒会室がイヤに長い静寂に包まれる。だが、龍太朗に気圧けおされた周囲とは対照的に、実絵の威勢は相変わらずだ。

「あなたは私が女だから出しゃばるなって言いた――」

「他人の話よう聞いてから物言うてくれんか? 生徒会室入って男が女が、なんて俺が一言でも言うたか? 阿呆さらせ、一っ言も言うとらんわ自分の記憶引っ張り出してよう思い出せ。扇沢、俺なんか言うてたか? 室堂むろどうさん、文句あるならなんか言うてくれてええんやで?」

 抗弁されるなら、もう話のペースは渡すまいと言わんばかりに座りがてら早口で捲し立てる。左にいる扇沢に、そして実絵の右側に座る、同じく副会長の室堂紗弥(さや)は龍太朗からの問いに思わず驚き、結局何も言葉を発せない。溜め息吐いて肩を落とした龍太朗は、これ以上ガッカリさせないでくれと念押しするように懇々と実絵を諭す。

「箔も何もないような人間がいきなり『私関わってないけど私がやったことにして』なんぞちゃんちゃらおかしいやろ、そうは思わんか? そもそも、態度でかぁしたところでこの高校が新参者しんざんもんいう事実はどない足掻いたて変わらんやろ。それよりかはドーンと構えて色んな提案受け入れるっちゅうんが度量なんちゃうか? のう会長さん」


 とうとう返す言葉が無くなったらしい。ムスッとした表情で視線だけ落とした実絵は黙り込む。

「そない気に入らんねやったら断ってくれたらええ。俺が頼んだ皆に土下座で詫びてくる。甲子園行けんと、やる機会無いまんまやったら頭下げるつもりやったしな会長さんが偏狭なプライド振りかざして断ってきよった申し訳ないって」

 最後の一言を間も空けず、嫌みたっぷりに言い切ってみせた龍太朗に、我慢ならなくなった実絵はザッと立ち上がるも、再度やおら立ち上がりながらの龍太朗の言葉が彼女を制する。

「人の評判上げるんは並大抵の事とちゃう。が、評判なんぞ落とそう思たら一発や。あっちゅー間やぞ。こんだけ言うといて俺らが一回戦敗退なんて構した日にゃ、恐らく野球部への期待はだだ下がりや。俺の株なんぞ底辺突き抜けるやろう。それも覚悟の上で頼んどるんや。分かってくれるか?」

 真剣な表情で改めて訴える龍太朗の後ろで、不意に部屋の扉がノックされる。「会議中です!」と実絵は憤慨しながら断ったが、入ってきた男にはどこ吹く風である。扉の近くに座っていた美里に、「おぉ、おいっす」と手を挙げながら笑みを浮かべている。

「邪魔すんで~」

「邪魔すんねやったら帰って」

「はいよ~、ってオイオイオイ!」

「敬造、今そういうテンションとちゃう……」

「お前が言い出したんやろ! でもまぁ、“どーもすいません”!」

「モノマネも今ちゃう……」

 新喜劇の定番で入室し、往年の爆笑王を真似た敬造に呆れながらたしなめる龍太朗だが、「椅子借りるぞ」と敬造は承諾が降り切らぬ間にそばにあった椅子へヨイショの声とともに掛ける。


「んで、飛び込んできてどないしたんや?」

「菱沼会長、折り入って御相談が」

 呆れ顔で「何ですか?」と問う実絵の表情にもうやる気は感じられない。

「この野球部のすっとこどっこいが頼み込んできた応援団、有志の枠に収まるかどうかってとこになってきてな」

「うわっ、カーッほんまか、人集まらんかったか」

 苦い顔へ移った龍太朗だが、ブレザーの内ポケットから黒の扇子を取り出した竹馬の友の顔色は、その真逆をとった。

「逆だ逆! ブラブラしてる奴、バスケ部の強羅が手当たり次第に漁ってたら10人は超えてまいそうでな」

「2桁ぁ!? なんでその参加率野球部に無いねん……」

 驚いた上で、違う意味で落胆しドサリと席に掛けた龍太朗をよそに、扇子で顔を扇ぐ敬造は続ける。

「思てたより大勢なりそうでな、応援部として正式に予算なり何なりの体裁整えるべきちゃうかと思う。ただ、今のタイミングで部活創設は調整やらなんやらが大変や。別個懸案もあるし。そ~こ~でや!」

 扇子を畳み、ペシンと手を打った敬造。彼が畳んで指揮棒のように揺れる扇子に周囲の目線が集中する。

「暫定的にやけど、チアリーディング部、吹奏楽部、んで生徒会の共同運営ってのはどや?」

「「共同運営?」」

 その場にいた皆が敬造へと顔を寄せるように身を乗り出すが、後ろで聞いていた美里には、ある一言が引っかかった。

「立ち位置どっか一個に決めえ言うなら、位置的には生徒会の下部組織に入れて、チア部・吹部・生徒会が指導なり、管理なり、協力なりで手を突っ込んでく。今は独立した団体としてよりも、協力の体裁で介入した方が都合いいと思うんやけんど、でや?」

「ねえ、別の懸案って何かあったの?」

「おう、よく聞いてくださいました美都野の奥様」

「通販の実演ちゃうやろ」

 まだボケを挟み足りないかとツッコむ龍太朗に、敬造は待ちたまえと言いたげに左手で制する。


「実はな、やりたいって言ってる奴らがヤンチャ連中でな。ちぃとまとまるかどうか怪しくてのぅ。それ考えると、生徒会の管理はどっちにしろ避けられんなと思った。生徒指導の先生らもせやけど、総務委員会……の風紀委員か、そこに連結さして、紐付けもして最低限手綱は持っとかんと」

 翔聖学園の総務委員会は各クラスの正副委員長、さらに風紀委員を2名、計4名ずつが参加して標語の作成やマナーアップ運動等を行っている。応援部として体裁を整えるなら、ガラが悪いようでは対外的に見せられない。ならば、管理しやすいようにしてしまえばいい、というのが敬造の算段らしい。

 普段の敬造は、会えばネタをかますひょうきん者として通っていたり、休み時間はグースカと昼寝をして、ともすればボサッとした冴えない男として認識されていたりするが、今の彼は昼行灯の内蔵助を地で行くような、己の頭の中で考えた構想を(ボケはかましつつだが)真剣な顔付きでどんどん話していき、生徒会室がまた別の意味で静まり返る。

「ちょっと手荒に聞こえるけど大丈夫か?」

「ホンマに手荒な真似することが起こらんためにもや。それに俺の提案ってまでやし。ま、基本的にはピリッとした部活ってより、盛り上げ上手な団体になったら、パッと景気良くは見えるんちゃうか、とは思とんやけど?」

 龍太朗の懸念ももっともだが、取るべき策は打ちまくるつもりで言い切った敬造は両手を後ろで組み、堂々とした表情で、さあ結論を聞こうかという体勢で実絵を見つめている。



「分かりました」

 しばらくの沈黙ののち、すんとした顔で手を組んだ生徒会長は、左右に座る副会長二人に目もくれず、呼びつけた少年と乱入してきた男を見据える。

「私も混ぜてください」

「よっ、ありがとさん会ちょ、え、混ぜててどういう――」

「私も入ります」

 今度は実絵がペースを握る番だ。突拍子のない決断に龍太朗は眼をしばたき、敬造の顔から感情が消え去った。

「「なんやて!?」」

「私が団長になります」


 間髪入れず、さらにぶっこんできた実絵の発言に、龍太朗と敬造は静かにゆっくり顔を見合わせる。

「「えぇーー!?」」

「うぉぅ! なんじゃいったい!?」

 少年二人の絶叫が生徒会室を突き抜け、1階の食堂からロッカーのある、生徒会室と同フロアのホールへ上がった慧次朗が腰を抜かす。

 呆気にとられた敬造は目を見開いたまま、たまらず尋ねる。

「ホンマに言うてる?」

「女だからってナメてますか?」

 龍太朗ともども、ブンブンと首を横に振る二人に後ろで見ている美里は思わずクスッと吹き出す。

「では、そういうことでよろしいですか?」

「いや、ちょお待った待った」

 正気を取り戻した敬造は、これ以上横暴を許すわけにはいかないと、何とか実絵を堰き止める。

「龍太朗と約束した手前、降りるやら降ろされるやら、こんだけ頼まれて関わらんわけにはいかん。ひとまず団長代理として補佐に回らしてくれ。それやったらええか?」

「……、いいでしょう。是非ともお願いします」

 大きな息を吐きながら、対面側に聞こえないように「会長の見張りはやっとく。サボられたらかなん」と顔を落としつつボソリこぼした敬造は、咳払いをして気を取り直し手を叩く。

「ほな、交渉成立っちゅうことで」

 ニカリと歯を見せる敬造の満面の笑みは、満足感一杯ではあれど、今日の老練とも思える提案と堂々とした交渉術に、龍太朗は不気味とさえ感じてしまった。


「にしても、えげつな。敬造入ってきてからの音速感半端ない……」





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