番外「高野連革命」
盛隆が転部して数日。ようやくチームとして人数の体裁ができてきた中、龍太朗は盛隆が右肘を壊して以降、懸命にサウスポー習得を目指したという、そのスジは如何様なものか是非見たいと、ブルペンに連れ込んで投げ込んでいた。
盛隆の視線の先には慧次朗が座っている。キャッチングに難がある慧次朗の特訓目的、そして変化球に目を慣らすこと、そして捕手要員不足をどうにかするための苦肉の策であった。
かなり大雑把なフォームではあるものの、盛隆の投球は概ね慧次朗の捕球可能範囲に収まり、慧次朗の返球の大暴投ばかり目立つ格好になった。
「竜嶋ぁ! いいかげん真っ直ぐ投げてみろ!」
「ド素人に対してそんな口利かんでくれや。下手やねんから」
弘大は見るに見かねて怒鳴るが、しかめ面しつつ右肩を回す慧次朗は、盛隆のカーブを体でなんとか止めるも、今度の返球は地面に叩きつけるような軌道になり、自分自身でも呆れて俯く。慧次朗が打ち鳴らすミットの乾いた音が空しくブルペンに響く。
「なあ浜風」
「なんや? 怖い顔して」
「ずっと聞きたかったんだが、ここに女がプレーヤーで入ってんのはなんでだ」
「そないなもん簡単な話や。キヨちゃんとサク姉が野球やりたいって言うたからや」
盛隆はさほどの返答は返ってこないだろうとは思ったものの、念のため聞いてみて、結局後悔する。盛隆からすれば、やはり違和感のある光景であった。小中とも共学校ではあれど、やはり桜や清香のように、野球少女が男子部員と共に野球に明け暮れるというのは、なかなかにない光景である。
「時代ってのは変わったな。小4までは有り得なかったってのに」
「それはあれか、男尊女卑云々の話か? やめてや、フェミニスト団体出張ってくんで?」
呆れるように返しつつ、右の掌でロジンバッグを弾ませる龍太朗。そう、時代はあの日から、大きく変わったのである。
「6年前のあの日の会見は今でもよう覚えとる。ビックリやったなぁ。こないにもガラリと状況変わるとは、夢にも思わんかった……、なっ!!」
弘大のミットめがけて放った白球は、小気味よく乾いた音を発する。返球を受け取ってから龍太朗はプレートの砂を払いつつ、あの激動の発端とも言えるあの日を思い出す。
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「現在の高野連の規定は、あまりにも前時代的だと言うしかありません」
龍太朗が、まだ小学4年の野球少年だった9月のある日。小学校から帰ってきた彼は、流れていたテレビの生中継に怪奇現象を目の当たりにしたような形相で見つめていた。
高校野球全体を統括する日本高等学校野球連盟はその日、一人の若人から宣戦布告を受けたのである。
詰め襟の制服をかちりと着こなした少年は、改めて強い口調で言い放った。
「責任を取ることを恐れ、変化を止めた組織に、未来があるとは思えません!」
多くのスチールカメラ、さらに全国放送のテレビカメラを前にして、極めて堂々とした物言いだ。
「男女共同参画社会。そう叫ばれて久しい現代日本において、いまだ旧態依然の規制で縛り続けている高野連には、甚だ怒りと悲しさばかりです」
その目はカメラレンズではなく、その向こう側にいる視聴者に向けられている。
「大会運営が商業主義に至らしめないように、と言うには、あまりにも陳腐化した規定は、すでにその役割を終えている感が強いというほかありません。21世紀に生きる私たち高校球児が、これほど時代錯誤極まる規定に縛られるばかりで、本当によいのでしょうか?」
会見場で一身に注目を集める少年の名は、大宮匠。当時、都立武蔵野穣緑高校の2年生だった。
気概と覚悟を持った少年はこのときをきっかけに、その生放送を視聴していた龍太朗にとって一目置くべき存在となる。
武蔵野穣緑は都内有数の進学校ではあるものの、こと野球においてはその年までまるで無名だった。しかしその夏、2年生のサウスポー・大宮が牽引した武蔵野穣緑は、熾烈極まる西東京大会をあれよあれよと勝ち進み、創部半世紀以上の歴史で初の甲子園出場、そのままの勢いで全国制覇まで果たした。
そんな偉業を成し遂げた直後、西東京の雄の新キャプテンがとてつもない突風を高校球界に吹き荒らした。
大宮は、高野連に向けて猛烈に批判を展開し、規則の改正を求めるという極めて異例の会見を開いたのである。
女子が硬式野球をするなんて危険すぎるからダメ、という説得力に欠ける理由で、長らく認められていなかった女子選手の参加。彼が第一に訴えたのはその点だった。
各地で男子の野球部員に混じり、公式戦に出られはしないことも覚悟の上で野球を続けている女子の野球部員たちが、21世紀に入って以降散見され始め、女性選手出場の容認を求める機運は、日に日に高まっていた。
ただ、「女子には危険すぎる。女子の高校野球大会も存在している」の一点張りで、高野連は門戸を開こうとはしていなかった。そもそも女子マネージャーも、甲子園での全国大会において、練習時間にグラウンドに立つことすら認められていなかったのである。
ちょうどその年の夏、甲子園開幕前の公式練習において、大分県代表・国東至公館高校の女子マネージャーが、ユニフォーム着用でグラウンドに立ち、練習補助をしている最中、職員に追い出されるという一幕があった。
この一件は、当該校野球部監督の「マネージャーの頑張りに応えてあげたかった」という思い、規定の失念や別文章を拡大解釈した勘違いも重なった結果だということで事態そのものは沈静化したものの、これを口火に高校野球界への評論がザワリザワリとし始めた。
大宮は毅然と主張する。
「そもそも、少年野球や中学野球、大学野球にプロ野球も含めて、『男子限定』と明確に定めているわけではありません」
確かに、少年野球、中学生野球、大学野球それぞれの連盟の規定の中には、「男子」に限定した文面はなく、ルール上は女子選手が試合に出場できることになっている。
彼は東京六大学リーグにしろ、プロ野球にしろ、硬式球で試合を行っており、高校野球だけが危険であるという理由になっているとは言いがたく、加えて練習に参加するマネージャー達は、硬球の危険性を熟知し、それ相応の危機意識を持って臨んでいると主張する。
「さらにそのいずれの年代に関しても、女子大会は存在しています。プロ野球についても、女子リーグが約半世紀ぶりに復活しました。男子側の大会やリーグ戦において、女子選手が出場する機会が極めて少ないのは確かですが、出場した例はありますし、共存ができている以上“女子大会がある”という理由で、女性部員を甲子園大会その他公式戦から排除するような姿勢は、21世紀の世においては横暴と断ずるしかありません」
原稿にしているのだろう白いコピー用紙に目をやりつつも、前を見据えて話す姿は、さながらニュースキャスターのごとき鮮烈さである。
さらに連盟が定めている、異様なまでに事細かな禁止事項に対し、緩和あるいは全面撤廃を要求した。
装備品に対する色彩規定は非常に厳密なものとなっている。
濃い色の使用ならびにツートンカラー、さらにロングパンツを禁じたユニフォームの規定。
シルバー、ゴールド、ブラックのいずれかしか認められなかったバットの色。
「帽子よりも目立つから」という意味不明な理由付けで、カラー塗装が固く禁じられていたヘルメット。
さらにグローブ、キャッチャー用プロテクター、ベルト、打撃用手袋、スパイクのソールに至るまで、カラーは黒や濃紺、革の原色に限られるなど、選択の余地は極めて少ないものであった。
彼は、用具の色による価格差がほとんど存在しなくなったことで、規定の理由となっていた、「費用捻出の格差が発生することでの色の格差」という状況は、現代においてすでに解消されているとし、過度に個性を押し殺しているとまで発言した。
また、目立つような配色によって「学校の宣伝行為に利用されることを防ぐ」という高野連側の見解についても、マスコミの報じ方やインターネットの発達による不特定多数の情報発信によって、宣伝行為が抑制されているとは到底言えず、規定の考え方自体が通用しない時代に突入していると言い切った。
日本学生野球憲章に記載されている、「学生野球は、学生野球、野球部または部員を政治的あるいは商業的に利用しない」という文言が、有名無実化していると声高に主張するものである。
さらに、ホームラン時の打者の出迎え、ネクストバッターのウェイトリングでの素振りやガッツポーズの禁止などが記載された、「周知徹底事項」にまで切り込んだ。
彼はまず、高校野球がスポーツではなく“教育”の一貫であるという認識を高野連側が持っているにもかかわらず、いつになれども非行部員による暴行や下級生いじめ、犯罪行為などが無くならない状況を強烈に批判。野球部内や高野連が掛ける強い締め付けばかりで、本当に効果らしい効果が発揮されているのかと、現状に大きな疑問符をつけた。
また会見当時は、野球部に限らず、部活顧問から部員への過度に威圧的な指導、暴行などが全国で問題視された時期であった。大宮は高野連を主体として、より現代的で科学的な考え方を周知させていく取り組みが必要ではないかと、提案する形で現状を皮肉り、当該事項にはチームの和を軽んじている要素も含まれると指摘した。
「そして、ガッツポーズの禁止についてです。過度で露骨に相手方を蔑むようなものに関しては規制されて当然ですが、『ガッツポーズが高校生らしくない』、そんな理由でガッツポーズそれ自体を止められても困ります。ガッツポーズをしたことのない高校生が、今の時代どれほどいるでしょうか。感情の発露の仕方を分かっていただけないのは、大変心外です」
そして球児はこの中で、共にひとつの目標へ向けて努力を続ける仲間との連帯感を、わざわざ試合内で抑制させているように思えるとも主張した。
大宮の目は、すでに充血し始めていた。
「私自身は常に正々堂々と、“スポーツ”としての野球に取り組んでいます。勝ち負けが付く時点で、勝負からは逃れられません。勝負に徹することを全力で許さないのなら、甲子園で大会なんて開かないでください! みんな死に物狂いで練習して、勝ちたい勝ちたいと思って目指している場所なんです! なぜ切磋琢磨させるんですか? 争うなと言うのなら、スポーツなんてさせないでください! どれだけの矛盾を高野連が抱えているか、ご理解いただけませんか!?」
シャッターが切られる音を除けば、彼の主張以外何も聞こえてこない。
「甲子園は不本意ながら、あまりにも偉大すぎる場所になりました。野球が大好きな少年少女が皆、あの場所でのプレーに憧れています。その権利を男子だけが占有したままで、このままで本当にいいのでしょうか。女子選手にだって門戸を開く。これは高校野球史の冒涜でもただ単なる変化でもなく、洗練されるためのあるべき変化だと考えます」
皮肉を目一杯込めて語気を強くし、彼は最後に畳み掛ける。
「高野連役員の皆さん、僕らは今を生きています。歴史を受け継ぐ覚悟もあります。ですが、いつまでもいつまでも悪習まで引き継ぎたいとは思っていません。役員の皆さんは、現役、元職に関わらず、高校野球の監督経験者ばかりではありませんか。今までの環境に、少しの違和感も覚えてはもらえなかったのでしょうか。伝統とは、ただ変わらないから素晴らしいのですか? 前例前例と言う前に、少しは21世紀の空気を吸う覚悟ぐらい持っていただきたい」
この会見の衝撃は、瞬く間に全国を駆け巡った。
「規則もあっての高校野球だと思うので、乱す意味があるのかなぁ、と」
「新しく変わることも大事じゃないんですか? 主役は高校生なんだし」
「そうまで言うなら男子の部活のマネージャーはみんな男子限定にしたらどうなんだと個人的には思いますね。それで公平でしょ?」
街角のインタビューでは、玉石混在の意見が飛び交っていた。
ネット上でも多くの評論家が、ブログやメールマガジンなどで論説を繰り広げた。しかし、カオス空間であるところのネット掲示板・「Miちゃんねる」では、趣旨を履き違え、批判を通り越した女子差別をさらに煽り立てる書き込みも散見された。
[何トンチンカン言い出してんだwwwwwwww]
[くだらねーことで騒ぐなよwwww]
[女子が出たいなら坊主にしてから出て来いよブス共がwwww]
[女子なんて甲子園じゃ、ただのテレビ画面の肥やしなんだから出なくていいよ]
[女子を野球に関わらせるな汚らわしいww]
[どこの女にたぶらかされたんだよwwwwwww うらやまけしからん]
この騒動を受け、夏の選手権を主催する「毎朝日報」、春の選抜を主催する「日日新聞」は、それぞれ社説を掲載した。
左派革新系の毎朝日報は、「男女の区別なくグラウンドに立つことについては、大いに検討すべきではあろうが、それが女子選手としての出場となれば、乗り越えるべき事柄が多すぎる」との社説を展開し、一定の理解は示しつつも、大宮の思慮の浅さを指摘。
中道左派から、数年後急速に左傾化が進展することになる日日新聞は、「提案する姿勢は賞賛されるべきものであるが、規定に従い、一所懸命に野球に打ち込むことこそ、高校球児である」と、半ば会見を小馬鹿にするような態度を表明。一部ネットでは批判の声が上がったが、以降この話題について一切の意見表明は行わなかった。
また、毎朝と日日は装備品の規制に対して揃って、「華美なものを身につけないという、各校の校則にも添う形であり、規定は妥当」という見解も合わせて示していた。
事態の行く末が注目される中、今度は週刊誌・「週刊実像」が大宮に対して、「会見開いた某野球部員、ワル過ぎた過去」と題し、根拠不明確の扱き下ろしとも取れる批判記事を平然と掲載し、ネット上では「高校生に石打ちの刑でもするつもりなのか」、「毎度毎度“虚像”を書くな」と、若者からの忠告を意に介そうとしないマスコミ業界も批判に晒された。
週刊誌への記事掲載を裏で要請したのではとも噂された当の高野連は、規定の改正に反対する役員が大半を占めただけでなく、週刊実像の記事を黙認し、大宮に大激怒。「無責任かつ、高校野球の歴史を冒涜する言動であり、厳正なる処分も辞さない」と喧嘩腰の姿勢を見せ、果ては国会論戦にまで及ぶ大騒動となった。
だが、時代は日本のネット文化が更なる拡大をしようとしていた時期。当時ジワジワとブームになり始めていたブログや、「silki」を発端とし、「Binder」、短文投稿が特徴の「Chirp」などのSNSの台頭により、ネットから意見を発信、共有する機会が増える時代に差し掛かっていた。
高野連の高圧的態度を目の当たりにし、ネットから大宮に賛同した有志、さらには女性の権利団体まで相乗りとなって、広報のチラシを配るなどした結果、世論は高野連に苛烈な批判をぶつけ、大宮擁護へ大きく舵を切り、賛同は急速に広まっていく。
さらに全国の高校生たちも大宮の姿勢に同調し、高野連改革を求める署名運動は瞬く間に広まっていった。
「やっぱ古臭いと思いますよ、高野連」
「高校野球は相撲と違って“神事”じゃないですからね。神聖化の仕方を間違ってる気がします」
「夢を与えるとか言ってるなら、女子にもあげたらどうなのかなと」
「伝統って、洗練されてこそ、歴史の重みと魅力を増していくものだと思います。三味線とか歌舞伎だって色々と今の時代工夫されてるじゃないですか。飽きられないようにね。彼の言葉の真意はそういうことじゃないですか?」
会見の生放送以降、この話題に関しては腫れ物に触れるような態度で積極的な報道を控えていたテレビ局も、世論のうねりを感じたのか、街角の声を盛大に取り上げざるをえなくなった。
紙面でも、右派系の産興新聞は、「漫画の中の甲子園で活躍する、麗らかな女子球児たちは数多くいる。その彼女たちをいつまでも空想世界の中で留めたままでは、甲子園大会はいつまで経っても、21世紀から取り残されてしまう」と、創作物の世界を持ち出して主張。
国内購読者数トップの保守系・読日新聞も、「時代遅れであると公然と批判された事実からは逃れられまい。新時代の甲子園の形をファンや国民が求めるのは当然の流れだ。ここまで了見が狭いままでは、“野球”というスポーツが本当の意味で国際的に認められるとは思えない」との社説を展開した。
その年の12月、全国から1600万筆を超える署名が高野連に突き付けられ、世論に突き上げられた政治家からの要請により、内閣府が異例中の異例で設置した第三者委員会の裁定により、役員はほぼ総入れ替え。翌年夏の都道府県予選までに規定を刷新することが決定された。
これによって、女子選手の公式戦出場がついに認められ、ヘルメットやバット、グローブ、その他多くの装備品に対し、色の選択肢の自由度が大幅に広がるなど、多くの変更点を伴った。
ただし、過剰な宣伝活動抑制のために、全員が同じ色の装備品をつけることを極力避けさせることなど、いくつかの努力義務条項も同時に設けられた。
半ば、高校球児が旧態依然の高野連に対して起こした、革命とも取れる行動であったが、結局これをもって事態は決着。
変更当初は、戸惑いや批判も少なからずあったが、年を重ねるにつれ、球児たちのプレーに笑顔を垣間見ることが増え、「高校野球のレベルがこの数年で明らかに向上した」という、プロ野球スカウトの評まで出始めるなど、状況は一気に進展していった。
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規定が変えられてから6年。女子選手の地方大会出場が何例も出、昨年の春には、ついに女子選手が甲子園デビューを果たした。
女子野球界としてはこれによって、優秀な人材が男子野球へと逃れるのではないかと危惧していたが、共学校における女子選手参加が稀な状態であることに代わりはなく、衰退を引き起こす事態にまでは至らなかった。
その新規定があったからこそ、清香と桜は心置きなく、高校野球の門を叩いたのである。
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「二人が甲子園!? 本気か!?」
中学3年の11月、二人の思いを聞いた龍太朗は口をあんぐり開けて驚いた。
「びっくりした? 龍ちゃん」
「ウチらも仲間入れてや。どこに行くかは知らんけど」
小中学生時代のチームメイトが、同じ道を歩くことができないと龍太朗が悟ってすぐの頃だった。幼馴染である二人が参加してくれることに大きな心強さを感じた彼は、二人に対して大袈裟なまでに感謝していた。
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なお、大宮を擁した武蔵野穣緑は、のちに旧規定での選抜準優勝、新規定での夏ベスト4に至る驚異的な成績を残している。大宮のあの会見は、「やはり女が言わせたのでは」という説や「彼のただ単なる野心や責任感から」という説、はたまた「新興宗教に染まっていたから」という説など、多くの憶測が流れているが、当の武蔵野穣緑は公立校であり、宗教法人が後ろ盾になっているわけでもなく、さらに会見前後から今に至るまで、誰一人として女子選手が活動した様子は無い。真相は本人と関係者にしか分からず、大宮の同級生も詳細を語ろうとしていない。
ただ、この反逆的な行為が忌避されたのは間違いなかったようで、大宮自身は高校3年のドラフト時、全球団から指名を受けられず、大学へ進学。日本の最高学府とも言われる帝都国立大へ進むと、弱小の帝大野球部ながら、六大学野球で最優秀防御率を3度も記録するなど、ポテンシャルの凄まじさを見せ付けた。
だが、結局常勝チームからの指名は敬遠され、唯一獲得に手を上げた関西の弱小球団・浪速リベルターズが一本釣りに成功。ドラフト1位で入団した。リベルターズは龍太朗のファン球団でもあるため、少年は大宮に何がしかの縁を感じている。
絶対的なウイニングショットはないものの、140キロ台中盤の直球と3種類の変化球を駆使し、ピンチになっても飄々と、淡々とした表情で、しかし大胆に攻められる正確無比な制球力は、プロに入っても開幕から先発として34イニング連続無失点、得点圏での奪三振率は7割を超えるマウンド度胸で、大宮はチームを支えている。この好投に応えられない打線のせいで1勝しか上げられていないが。