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はくち  作者: 宮沢弘
第二章: 出発前2
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2−4: エントロピー隔絶フィールド

「それで、そっちの様子は?」

 ダグラスはウィリアムに、自分の居室で訊ねた。

「あまり芳しくないね。原理はともかく」

「だろうな」

 ダグラスはソファーから立ち上がり、ホワイトボードに向かった。

「こんな式だったか?」

 そう言うと、ダグラスは数式を書いた。

「そうそう。式だと書けるんだけどね。あと一歩なのは確かなんだけど」

「時空に影響し、宇宙船を包むフィールドとなるとなぁ。電力は原子力電池で大丈夫なんだよな?」

「そのはず。式から求められる必要な電力はね。とくに航行中は量子コンピュータは基本的に休眠してるし。ただまぁ、それだけ効率良く実現できるかって問題もあるけどね。系内なら太陽電池とレーザーで余裕はあるんだけど」

 ダグラスはホワイトボードを眺めていた。

「エントロピー隔絶フィールドか。宇宙船を事象の地平で包むわけだよな?」

「簡単に言えばね」

「大きさの問題か?」

「現状はそれも問題の一つ。原子力電池のユニットに納めたいんだが」

「ほかの問題は?」

「フィールドの発生そのもの。事象の地平そのものを作る必要はないんだけど」

 ダグラスは式を叩いた。

「外部と内部の時間差は?」

 ウィリアムもソファーから立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。

「まず、外の時間だが、50年てとこだな」

 ウィリアムは式の一つの項を叩いた。

「フィールドをどれだけ事象の地平に近づけるかにもよるが。船内の時間は、3年から5年を見積っている」

「きっちり事象の地平にすると、0近くってことか」

「あぁ。ただ、0にすると量子コンピュータの起動の時間の計測ができないからね。3年というのは、実現できるフィールドの効果を考えるとそのあたりまでが限界というのもあるが」

「エントロピー隔絶フィールドの時間の取扱いは?」

 ダグラスは別の項を叩いた。

「基礎理論だと、時間の基準に光速を使うのではなく、エントロピーの増大を使っている。外部のエントロピー増大と、内部のエントロピー増大を隔絶し、内部のエントロピー増大を調整するのが、このフィールドだが」

 ウィリアムは、先ほどの式をまた叩いた。

「事象の地平か、その近くを用意できれば、外部と内部は隔絶される。同時に、仮に宇宙塵にぶつかっても、そこでトラップされる。そのかわり、フィールドを用いている間は外の観測はでない。だがまぁ、ついでに途中での観測をしたいのも本音だ」

「その場合、フィールドは解除するわけだな? だが、その際にトラップされていた宇宙塵があったらどうなる? その速度でフィールドを解除したら……」

「うん。大破するだろうね。だからオン、オフではなく。オンは瞬時にやるが、オフは緩やかにやって、フィールドに沿って置き去りにしていく。オフになった時の宇宙塵や宇宙線の影響は、運次第になるな。目的地に着いたときの減速時もフィールドはオフにするが。問題は恒星間よりも、こっちだろうね。最小限のシールドはもちろん用意するが」

 ダグラスはホワイトボードを眺めていた。

「減速時にセイルと同様のシールドを用意することは?」

「できないことはないが。安全を期すなら、二重にするとか必要だろうな。その手を使うなら、減速用ロケットに加えて、太陽光による減速も期待できないこともない」

「その場合、太陽系内での加速は?」

「もちろん、それなりに悪くなるね。そうなると、目的地までの時間もかかる」

「どれくらい?」

 ウィリアムは胸ポケットから電卓を取り出し、計算をした。

「うーん。100年近くかな」

「結局、昔ながらのジレンマか。仮に、減速用ロケットが破壊された場合、系内を観測できる時間は?」

 ウィリアムはホワイトボードの式を消し、目的地の星系の概略図を描いた。

「恒星系の範囲を一光日として、二日から三日程度かな。特定の惑星に関して言えば、観測できたとして、よくて数秒だろう。ただ、そうなるとなぁ」

 外側の軌道の端から端まで、ウィリアムは指を滑らせた。

「航路の計算か?」

「あぁ。実際に観測したい惑星の観測は、難しいだろうね。ガス惑星でのスイングバイでの減速も、そう都合よくはいかないだろうね」

「そのリスクは、どうにもならないな」

「そのリスクは容認したってことにするしかないね」

 ウィリアムは星系の概略図を消し、円筒を描いた。

「それで?」

 円筒を見たダグラスが訊ねた。

「汎用量子コンピュータ・ユニットだがね。トムとキャリーのチームはあまり問題にしていないようだが。ここに人格が載るよな?」

「あぁ」

「うちのチームは、そこを問題だと考えているんだ。アセンデッドだったり、ハイブリッドだったりはするわけだが、人格であることにかわりはない。SAHテストで、Hに分類される連中はかまわないだろう。充分理解してのことだろうからね。だが、まず問題にしたいのはハイブリッドになる奴だ」

「キャリーはそこも含めて候補者たちに接っしているようだが」

「候補者たちは理解しているのか?」

 ダグラスは右手で顎を撫でた。

「理解してくれることを期待しているとしかなぁ」

「理解できるのか?」

「そこも含めての、最終候補の選定にするしかないと思うが」

 頭をかきながらダグラスは答えた。

「じゃぁ、それはいいとしよう。それでだ。最大の問題はAに分類される連中だろうと、うちのチームは考えている。船長であるハイブリッドと、Hに分類される連中の指示に従う人格群だな」

「その連中なら、充分理解できるんじゃないか?」

 ウィリアムはホワイトボードの円筒の横に、山なりの図と、その上に二本の縦棒を描いた。

「量子コンピュータの中の社会でも、これに近い分布になるんだよな?」

「S相当は船長一人だがな」

 ウィリアムはうなずいた。

「だが、量子コンピュータの中の社会の多数を占めるのは、Aに相当する人格群だろ?」

「あぁ。だが充分な了解を得てからのアセンドだし、アセンデッドに対してもオリエンテーションは行なうが」

 ウィリアムはダグラスの目を覗き込んだ。

「それで、うまくいくと思うか?」

「はっきり言ったらどうだ、ウィリアム」

「はっきりか…… ハワードたちがSAHテストを組み上げた過程を知っているだろう? オブライエンはどうやってもAクラスだったな? いいか? オブライエンが多数を占める社会だぞ。この社会を見てもどうだ? いや、このプロジェクトだけを見てもどうだ? そんなユニット内の社会が目的を達成できると思うか?」

「なら、プロジェクト発足前の案、人工知能にすべて任せる方法に戻るか?」

「そうは言わないさ。だが、ハイブリッドの人格にもっと任せてもいいんじゃないかと思うがね。Aクラスの連中も、船長ほどではないにしてもハイブリッド化を考えていいと思うね。アップリフト効果やその制限でどうにかできるんじゃないか?」

 ダグラスは向きを変え、ソファーに戻った。

 ウィリアムも同じくソファーに戻った。

「それも一案なんだろうがなぁ」

「Aの連中にHの専門知識や経験は期待していないんだろう?」

「それはそうだが。AにはAなりの知識や経験があるからなぁ」

 ウィリアムは身を乗り出した。

「そこだよ。Hにはテックも含まれるよな?」

「傾向としては、そうなっているな」

「歴史を考えてみろ。Aと思われる連中はなにをしてきた? そして、船内時間で3年は経過するんだぞ」

「それなら、もう一度言うぞ。はっきり言ったらどうだ。先に答えておくが、それを認めるとは言えないぞ」

「ハイブリッドを認めるなら、Aに対しての人格調整も必要だろう。Sはハイブリッド化するし、SをベースにAとHの機能の補完をするんだ。それは人格調整とは違うのか? なぜ認められない?」

 ダグラスはソファーに背を預けたまま、ウィリアムをみつめた。

「君の懸念がわからないわけじゃない。だがアセンデッドに対して人格調整を認める理由になるのかどうか。Aをハイブリッドに置き換えること、Aのアセンデッドに対して人格調整を行なうこと、あるいはそもそも人工知能に任せること、それらを含めてトムとキャリーのチームに伝えておこう。シミュレーションしかできないとは思うが。検討の根拠にはなるだろう」

 その答えを聞き、ウィリアムはうなずいた。


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