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はくち  作者: 宮沢弘
第二章: 出発前2
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2−2: 宇宙船

 ウィリアム・ターナーは、一枚の絵をオブライエンの机の上に置くと、ソファーに座った。

「これが? 貧相に見えるが。いや、大きさとしてはどれくらいなのかね?」

「実際貧相ですね。その絵にはセイルを省いていますし。ですが、試験を重ねて、目途が立ったところで。やっとですね。そのあたりも含めて紹介しますよ。サー・オブライエン」

 ターナーは「サー」を強く言っていた。

 その呼び方に、オブライエンは頬を歪めた。

「これで宇宙船なのかね?」

「セイルの中央部に設置される、それが宇宙船の本体と思ってください」

 大振りのユニットが二つ、そのあとに小振りのユニットが三つ、さらにそのあとに大振りのユニットが一つ。示された絵には上からそれらが描かれていた。

「下の方から説明しましょうか?」

「あぁ、そうしてくれ」

「一番下にあるのは、固有物質プラズマ推進エンジンです」

「固有物質?」

 オブライエンは、ターナーに顔を向けた。

「えぇ。SF小説のアイディアを参考にしましてね」

 オブライエンは鼻を鳴らした。

「SF小説かね…… よくもまぁ、くだらんアイディアを採用したものだ。それがプロジェクトに時間がかかっている理由の一つじゃないのかね?」

「いやぁ、どうでしょう。ご存知のように、プラズマ推進エンジン自体は研究も進んでいましたし。そこに固有物質のアイディアを足しただけですから」

 オブライエンはまた鼻を鳴らした。

「固有物質というのは?」

「そこは、元のアイディアどおり、ある環境下で容易に使える物質という程度の意味ですね」

「実際にはなにを使うのかね?」

「これは痛いところを突かれましたな」

 ターナーは笑った。

「現在、加熱ユニットには水を前提としたものを用意しています。電子レンジと思ってもらえばいいでしょう」

「水ね…… すると、君たちは金と時間をかけて、ペットボトル・ロケットを作っていたというわけだ」

「そうなりますかね」

 それを聞いて、ターナーはまた笑った。

「これは、3lのペットボトルほどの大きさと思っていただければ。ますますペットボトル・ロケットですね。このユニットから太陽電池を展開し、電力とします。太陽電池はセイルの素材をこちらに持って来るので軽量かつ薄いものになりますね。太陽電池の骨格は、地球軌道上で水を用いて構成します」

「それでは先程のセイルというのは?」

「まぁ、順を追っていきましょう。打ち上げ後、このユニットで木星軌道まで加速します。このユニットの役割はそこまでです。木星でのスリングショットの後、このユニットは廃棄します。で、そのユニットの上にあるのが、350ml缶程度の大きさですが、これが予備スラスタです。プラズマ推進にするには難しいので、化学燃料スラスタですが」

「難しいというのは?」

「太陽や地球からの距離、それに展開できる太陽電池の面積ですかね。あぁ、後で説明しますが、原子力電池の出力の問題もありますが」

 オブライエンは唸った。

「原子力電池というのは?」

「それは後ほど。その上にあるのが汎用量子コンピュータのユニットです。ここに乗組員やその他の機能が入ります。そっちの計画はお聞きだと思いますが」

「聞いてはいるがね…… 重度の知的障碍者を船長にとミスター・アイゼルは言っていたが、どう思うかね?」

 ターナーはしばらく天井を見上げていた。

「アップリフト効果によるハイブリッドということですね。SAHテストでのSクラス記録者に対してのですが。聞いたり見たりした感じでは、いいと思いますね。で、その上にある、やはり350ml缶程度の大きさの通信ユニットに通信機器類を納めます。打ち上げ後、アンテナもここから展開します」

「いいアイディアかね? 始めから知的能力が高いアセンデッドを船長にした方がいいと思うが」

「まぁ、それができれば苦労はないんでしょうね。ついでに言えば、ハイブリッド化によって、無私の傾向も期待できますから。結果論ではあっても、いいアイディアだと思いますね」

 ターナーはオブライエンをみつめた。

「あるいは、知的能力が高いというのは、たとえばサー・オブライエンのような?」

 やはりターナーは、「サー」を強く言った。

「そういう具体的な話ではないが」

「まぁ、それはそれとして。さらにその上にある、これもまた350ml缶程度の大きさのものですが、ここに原子力電池を納めます」

「原子力電池? 原子炉をその大きさに?」

「いやいや、原子炉ではなく、原子力電池ですよ」

「どう違うのかね?」

 ターナーはまたしばらく天井を見上げた。

「原子炉は…… 核分裂を速く、ただし制御された状況で行なうものですが。原子力電池では、核分裂、崩壊は自然の状況かそれに近いですね。ですから原子炉ほどの熱は出ません。まぁ、熱が出ることは出ますが。熱電方式と光電方式を併用します」

「原子炉ではないのかね?」

「それで、その上にある大型のユニット、3lのペットボトルほどと思ってください。これが減速用の固有物質プラズマ推進エンジンです。向こうの星系に入ってから、観測時間を取るための減速に使います。こちらのエンジンは太陽電池が最初のユニットよりも大きく取っています。系内外縁での機能を期待しているので」

 オブライエンはターナーを睨んでいた。

「最後に一番上にあるユニット。これも3lのペットボトルほどと思ってください。ここにセイルを格納します。木星でのスリングショットの後、セイルを展開し、地球近辺からのレーザー推進を天王星軌道あたりまで行ないます」

「原子炉ではないのだね?」

 オブライエンがまた訊ねた。

「固有物質のアイディアからというわけではないのですが、ついでということで水膜方式を採用します。ですので、このユニットには水と加熱ユニットも納めます。加熱ユニットの電源にはセイルで受けたレーザーの一部を用い、その電力はやはりここに納められるキャパシタに蓄え、使います。また、水膜のセイルへの供給はレーザーを受けた後の余熱を期待していますね。なにか質問はありますか?」

「原子炉なのかという質問には、あくまで答えないつもりかね?」

「いやぁ、固有物質プラズマ推進ロケットと呼ぶには、まだ恥ずかしいものですね。ですが、基本的には加熱ユニットを固有物質に合わせて用意すれば」

 その答えを聞くと、オブライエンは机を叩いた。

「私の質問に答えたらどうだね!」

 ターナーは溜息をついた。

「答えたと思ったんですがね。あぁ、説明し忘れていたことが一つ。天王星軌道を過ぎ、カイパー・ベルトに入る前にセイルは廃棄します。これ以後は、予備スラスタ、汎用量子コンピュータ、通信ユニット、原子力電池、そして減速用固有物質プラズマ推進エンジンの、計五つのユニットでの航行を行ないます」

「まぁいいだろう。君たちについての報告の案件が増えたというだけだ」

 オブライエンは絵に目を落とした。

「それはそれとして、天王星以降の航路については?」

「は?」

 ターナーは、なにを言っているのかというように応えた。

「いや、太陽系内の航路も同様だが。中間地点や目的地への航路をどう変更するのかを聞いているんだがね。予備スラスタで可能なのかね?」

「あぁ、あぁ」ターナーはうなずいた。「原則として、そんな変更はしませんよ? 予備スラスタはあくまで緊急用と思ってもらえば」

「航路の変更はしない? そんな航行ができるのかね」

「できるのかねと聞かれても…… 先に計算しておいて、そのとおりに航行していくだけですね」

「何光年という航行なのに、可能とは思えないが」

「そうは言われてもですね。そんなに自由自在に飛び周るなんていう航行装置はありませんからね。観測されている天体を考慮に入れて、航路を決めておくしかありませんね」

「そんなに確実な航路をあらかじめ決めておくなんてことが可能なのかね?」

 ターナーは床を指差した。

「だから、下で計算機をぶん回しているんじゃないですか」

「想像していたのとは違うな」

 ターナーは笑った。

「UFOを作れっていうプロジェクトなら、話は別でしょうがね」

 そう言って、ターナーはまた笑った。

 オブライエンは、また頬を歪めた。


>「えぇ。SF小説のアイディアを参考にしましてね」


ここはJ. P. ホーガンの『固有燃料式原子力エンジン』(「揺籃の星」)のアイディアです。

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