5−4: サボタージュ
ダグラスが計算機にログインすると、ナオミ・エドニーからのビデオ・チャットの記録が入っていた。
「ダグラス、もう気づいていると思うけど。先日の結果を受けて、事務局はサボタージュをするそうよ。その連絡はこちらに来ているけど、そっちに行っていないようならと思って。ともかく、こちらの権限でバックアップ措置を起動しておいたから支障はさしてないと思うけど。必要なら連絡をちょうだい」
記録はそれだけだった。
ダグラスはもう一回、そしてもう一回、記録を再生した。右手の人差し指でデスクマットをしばらく叩き、ビデオ・チャットのウィンドウにある「REPLY」ボタンをクリックした。
数秒のうちに、ディスプレイにはナオミ・エドニーが現われた。
「ダグラス、おはよう。ちょうどバックアップ措置の稼働状況を確認していたところよ」
「状況は、どうなんですか?」
ダグラスはナオミの目を見て訊ねた。
「悪くないわね。実績のあるシステムですし、すこしばかり運用指針を書くだけで済みましたし、その時間はありましたし」
「こちらは24時間態勢に入っているので、苦情があったりはしないかと気になりましたが」
「苦情があれば直接でかまわないから連絡してくれた方が助かるわね。運用指針の改善に、すぐにでも当たれますから」
「それは連絡しておきましょう」
ダグラスはゆっくりと息を吐くと、答えた。
「それで、要求のようなものはあるんですか?」
「もちろん。先日の結果の撤回ね」
「まぁ、そうでしょうね。24時間態勢が回り始めた時期ってのもあるんでしょうか? もっとも、もとから24時間態勢だったようなものですが」
ダグラスは笑おうとしたが、ナオミは首を振った。
「さぁ、どうかしら。明言はされていないわね」
「今はそのあたりでゴタゴタしたくないんですが」
ディスプレイの中でナオミがうなずいた。
「えぇ。プロジェクト第一期、打ち上げの完了までは、こちらも対応はしないつもりよ」
「第二期についてはどうです?」
「第一期と第二期は、ほぼ継続したものですから、第一期と第二期の間に対応するのも難しいでしょうね」
「すこし落ち着いてからですか?」
ダグラスが訊ねた。
「そこが考え所ね。バックアップ措置の運用を見て、対応するかどうかを決めるのが妥当だと思いますけど」
「対応するかどうかですか? それは対応しないかもしれないと?」
「あなたはどう思う?」
ナオミの問いかけに、ダグラスはしばらく答えられなかった。
「えぇと、それは投票という意味ですか?」
「そうね。実質的な投票ね」
その答えを聞くと、ダグラスは溜息をついた。
「対応するに0.3、対応しないに0.7という投票は可能ですか?」
ダグラスの答えに、ナオミは笑った。
「可能よ。というより、もうそういう投票をしている人がいますから」
「では、それでお願いします」
ナオミはうなずくと、視線を外した。
ダグラスはスピーカからのキー入力の音を聞いていた。
「投票の結果として対応しないとなったら、どうなるんですか?」
「どうなるというと?」
視線を戻し、ナオミが訊ねた。
「人員の契約や給与とか、まぁ、そういう話がいろいろと」
「どうにもならないわね。先日話に出たように、事務局はプロジェクトにとってはボランティアですから。サボタージュを続けようと、給与は支払います」
「もし、受け取りを拒否したらどうなります?」
「銀行口座が残っていればそこに振り込みますし、口座が残っていても受け取り拒否の態度を示すか、口座を閉めたら、その職員が属する国や地域の国庫に納めます。形式上は、これまでも一旦国庫を経由しての支払いでしたから、そのあたりは実際には変わらないわね」
ダグラスは、計算機で工程表を開き、プロジェクトの全体を眺めた。
「最長で、第二期の終りまでですか?」
「そうね。系外に出てしばらくすれば、第二期が終了しますから。そのあたりを見込んでおくのは一つの案ね。もっとも、第三期、つまりあちらの恒星系への接近からの時期に入るまで時間はあるものの、プロジェクトはやはり続いていますから。第三期に入るまでにも該当する人がいれば、同様の対応をするかもしれませんね」
「第三期も同様ですか?」
「そこはわからないわね。上部委員会の人員も入れ換わりますし、契約する人員も変わりますから。時期ごとに検討することになるでしょう」
「まぁ、そうなるでしょうね」
ダグラスは軽くうなずいた。
「投票の結果は、すこし後で公開します。そちらも第一期の完了に向けて急がしいでしょう。なにか聞いておきたいことがあれば、ついでに言ってくれていいわよ」
ダグラスは無言でナオミをしばらくみつめた。
「えぇと、声明文みたいなものがあれば見てみたいんですが。もちろん、声明文で公開を拒否しているとか、あなたの判断で公開しないとかでなければ」
「かまわないわよ。打ち上げの後に行なう次回の上部委員会では、どのみち公開しますし。意味が通らない箇所もありますから、議論が必要だと思うわ」
ダグラスのディスプレイにはナオミ・エドニーが溜息をついている様子が映った。
「彼らにとっては、意味が通っているんだと思いますけど」
ダグラスのスピーカからは、またキー入力の音が聞こえた。
「では送っておきますね。上部委員会までにそういう箇所をチェクしておいてもらうと助かるわね。ほかには?」
「いや、今のところは」
「わかりました。では、まずは第一期の成功を祈りましょう」
ナオミ・エドニーは微笑むと、ビデオ・チャットを切った。




