5−2: 上部委員会
十人の委員が円卓を囲んでいた。スクリーンを背にナオミ・エドニーが座り、スティーヴン・マケンジー、アラン・ソーン、サミュエル・ハワードも席に着いていた。そして、ダグラス・アイゼルとネイサン・オブライエンも同席していた。
各々の前にはキーパッドとフォルダが置かれていた。エドニーがフォルダを開くと、その中には三枚の電子ペーパーが納まっていた。エドニーが一枚の電子ペーパーの端に指を沿わせると、議題が現われた。
「議長、議題の前に緊急の動議を提案したい」
サミュエル・ハワードが人差し指を伸ばし、軽く手を挙げた。
「ドクター・ハワード、どのような提案ですか?」
エドニーが答えた。
「事務局長、ネイサン・オブライエンの解任を」
「そうですか。この提案についての議論に賛成の方は?」
エドニーとオブライエンを除く、全員が軽い挙手で賛意を示した。
「では議論を認めます。ドクター・ハワード、あなたから説明しますか?」
「エドニー、あんたからでもかまわないだろうが。まぁ議長だからな。さてと、こちらを見てもらおうかな」
ハワードがキーパッドを操作すると、エドニーの後のスクリーンに映像が映った。それはオブライエンが山村 優太郎に会った時のものだった。
ビデオが終るとハワードは続けた。
「さらに、こちらの資料を見てもらいたい」
ハワードがまたキーバッドを操作すると、各々の電子ペーパーに新しい資料が現われた。
「匿名にしているが、事務局の問題についての告発だ。どれが一番穏当なのかは迷ったが、同様のものが複数送られてきている。私にだけではないだろうと思う」
その言葉にうなずく者もいれば、うなずかない者もいた。
「まぁ、最初の映像から考えてもらおう」
ハワードはまたキーパッドを操作した。
| 「さぁ、答えなさい。君に船長が勤まるかね?」
| 「ぼくじやない ぼくだから……」
| 「それがどういう意味かわかっているのかね?」
| 「ぼ…… ぼくの コピーで ぼくよりも かしこくて……」
| 「君のコピーは、どれほど賢いのかね? 私よりも? ドクター・トム・
| ハーネルよりも? ドクター・キャリー・クランスよりも? ドクター・
| ダグラス・アイゼルよりも?」
| 「ぼ…… ぼ……」
オブライエンが優太郎に問い詰めている様子がスクリーンに映し出された。
「優太郎君はよく耐えたと思う。優太郎君がパニックを起こしていたとしても、私は驚かないな。このような行為そのものがオブライエンの越権行為であり、かつ優太郎君への接っし方が適切ではないことの説明は要らないだろう」
ハワードはオブライエンの名前に、サーともミスターともつけなかった。
「オブライエン、弁明があれば好きなように言いなさい」
それにオブライエンが応えた。
「越権行為ということですが…… 船長の選考に私が関わるのは妥当でしょう。彼への接っし方に問題があると言われるが、それも含めての私の権限の範囲だと考えます」
オブライエンは静かに答えた。
「船長の選考が君の権限の範囲と言ったね? その根拠は?」
ハワードが訊ねた。
「事務局長ですから。なんの問題があるのか、そのこと自体が理解できませんが」
「では、すこし確認をしよう。研究部門と事務局との関係はどのようなものだと認識しているのかね?」
「組織図に示されるとおり、対等と理解しています」
「議長、」ハワードがエドニーを向いた。「慣例に基づく、このような組織図が問題のそもそもの根本であることを確認したいと思います」
ハワードがキーパッドを操作すると、プロジェクトの組織図が各々の電子ぺーパーに示された。
「オブライエンは、研究部門と事務局が対等であると言った。その発言の根拠は、この組織図だろう。そこを改める必要があると思う」
そこでハワードはオブライエンに向き直った。
「オブライエン、では、事務局がこのプロジェクトを実現できるかね?」
「事務局がなければ、プロジェクトの実現はできないと考えます」
「それは、事務局ではプロジェクトを実現できないという答えだと解釈していいな?」
「事務局がなければ、プロジェクトの実現はできないと考えます」
オブライエンは静かに繰り返した。
「よろしい。事務局では、プロジェクトの実現はできない。そういう解釈でいいね? 議長もいいですね?」
エドニーはうなずいた。
「よって、組織の構成についての文面および図を、プロジェクトの主体である研究部門を構成する各員の下位に、事務局が位置するように改めたい。もし、オブライエンがこれに同意するのならば、上部委員会からの解任のみで済ませることも検討したい。どうかね、オブライエン?」
「事務局がなければ、プロジェクトの実現はできないと考えます」
オブライエンはやはり静かに繰り返した。
「よろしい。組織の構成の記載についての変更、および事務局長という役職の上部委員会からの解任で、オブライエンも同意した。よろしいかね、議長?」
「一言よろしいですか」
オブライエンが発言を求めた。
エドニーは右手を差し出し、それを認めた。
「仮定の話ですが。事務局が存在せずに、プロジェクトの実現は可能ですか?」
「可能だね」
スティーヴン・マケンジーが間を置かずに答えた。
「事務局が存在するのは、このプロジェクトにおける国際協調のためのボランティアだと思ってもらっていい」
「ボランティアと言うと……」
オブライエンはマケンジーを見ると、そこまでを言った。
「言葉どおりだよ。実際、このプロジェクトに限らず、事務局のすべてを人工知能に任せることができる。だが、事務局を置いているのは、事務局に所属する者、ひいてはその者が所属する国あるいは地域へのボランティアだ。その意味では、勘違いさせておくのにも利点はあるかもしれないがね。だが、ドクター・ハワードが示した情報を見ると、利点よりも欠点の方が大きいだろう」
「そのような実験的プロジェクトと比較されても……」
「実験的かね? 実証実験の最終段階において確認されていることだね? 実際に既にそのように導入している企業もあるね?」
マケンジーは答えた。
「そのような例は…… 聞いたことがありませんが……」
「ならば君の調査不足というだけの話だ。議長、私はドクター・ハワードの提案に全面的に賛成します」
「あ、私も全面的に賛成します」
アラン・ソーンも、軽く発言した。
「わかりました。では、議長である私と、提案者であるドクター・サミュエル・ハワード、研究部門の主任でありプロジェクトの主任でもあるドクター・ダグラス・アイゼル、そして事務局長であるミスター・ネイサン・オブライエンを除いた六名での議決としましょう。投票はキーパッドで。では投票を」
結果はすぐに、エドニーの後のスクリーンに現われた。賛成五名、反対一名という結果だった。
「反対に票を入れられた方に望みます。かまわなければ、反対の理由の説明をお願いできますか?」
だが、エドニーの言葉に応える者はいなかった。
「では、ドクター・ハワードの提案が認められたことを確認します。組織の構成についての記載および図示については、誤解や恣意的解釈が入らないよう、ドクター・ハワード、ドクター・マケンジー、ドクター・ソーンが行ない、それを私、ナオミ・エドニーが監督します。では、ミスター・オブライエン、退室してください。あなたは、正確には事務局長という役職は、上部委員会に任命される権限を失いました」
オブライエンは目の前のフォルダに挟まれた電子ペーパーを操作していた。
「改めて希望します。ミスター・オブライエン、直ちに退室してください」
エドニーのその言葉が終ると、オブライエンは席を立ち、部屋から出て行った。




