4−4: 人格調整4
サミュエル・ハワードの問いにダグラスは答えた。
「たしか…… カラム構造自体は存在したのではありませんか?」
「そのとおり。ということは、先天的に、どのようにかはともかくエンコードされている配線は存在する。だが、それが機能するかどうかは学習と反応による。さて、低次視覚野と同様のカラム構造が、低次聴覚野においても存在する。では、目からの神経の接続先と、耳からの神経の接続先を入れ替えたらどうなるか?」
サミュエル・ハワードは、目でダグラスに返答を促した。
「それも子猫の話ですね。本人にとってどうだったかはともかく、行動心理学の観点からは、どちらも機能していたと記憶していますが」
「それも、そのとおり。本人にはなにかが見えているように、周囲からは見えたし、やはりなにかが聞こえているように、周囲からは見えた。では、なぜ視神経は視覚野に繋がり、聴神経は聴覚野に繋がっているのか。これは、そのようにエンコードされているからという答以外にはない。では、そのようなエンコードは、どれほどの配線をエンコードしているのか? 私はここで、ユングの元型やプロップのファンクションに相当するものまでエンコードされているか、それらの配線がされやすい傾向がエンコードされていると考えた。その先はアランに話してもらおう。ところで、お茶はまだかな?」
ダグラスは笑い、それに応えた。
「いや、これは本気なんだが。話して喉が乾いた」
ちょうどその時、ドアがノックされ、開いた。キャリーがワゴンにティー・セットを載せ、入って来た。
「まずは、この老いぼれに一杯もらおうか」
サミュエル・ハワードは笑顔をキャリーに向けた。
キャリーがお茶を注いでいる間に、アランが話し始めた。
「これは、神話や民話がどこから来たのかということとも関係しているのだが。類人猿に対して詳細な検討を行なった。かなりの部分が、それが直接のものであれ、あるいは配線のされやすさであれ、エンコードされているという結果になった。そうすると、当時の人工知能に欠けていたのは、そのようなエンコードされている機能だった。そして話はスティーヴンに戻る」
スティーヴンがうなずいた。
「結局のところ、それまでの統計器は空白の石版だった。厳密な話をするなら、かならずしもそうではなかったが。だが、統計器と人間を分けているのは、空白の石版か否かという話だ。ならば統計器の機能を、あるいは学習をエンハンスするのに、エンコードされている情報を使おうと考えるのは不自然ではないだろう?」
スティーヴンはダグラスに目をやった。
「そして実行した。だが、神経細胞の結合の数を実際に計算するのは現実的ではなかった。ここでアランとサミュエルが、最初に私から話した方がいいだろうと言ったことにつながる。カラム構造をカラム構造として最初から与えてはいけないという理由はない。これはカラム構造という低次のものに限らない。より大きな機能単位も、それとして与えてはいけないという理由はない。ならば、ニューロンというミクロな見方をする必要もない。現在の統計器はその方針で作られている。さて、ここからだが……」
スティーヴンは他の三人を、ゆっくりと見た。
ダグラスは部屋から出て行くキャリーに手を振った。
「では、人間においてエンコードされている配線を、モデルとして組み込んだ統計器とはどういうものだろう? あるいはどのような反応をするだろう?」
スティーヴンはダグラスをみつめた。
「そう、それは知的障碍者のそれに似ていた。もちろん、同じではない。だが似てはいたんだ。SAHテストはSteven=Alan=Howardテストと言われはするが、実際は違う。Sは統計器を意味している。もちろん、知的障碍者を統計器だと言う意図などない。その後の私たちの研究によってSAHテストのヴァージョン1ができるまでに、それは明らかになった。そしてAだが……」
スティーヴンはアランを見た。
「Aも、もちろんAlanのAではない。ApeのAだ。別の言い方をするなら、群知能に近い。そしてHだが……」
アランはサミュエルを見た。
「そう、HowardのHではない。HumanのHだよ。当時私たちの中でも議論はあったが、すくなくともSHLテストだとかSHGテスト、つまりはLordだとかGodを持ち込むよりはましだろう?」
サミュエルはナオミを見た。
「その上で、あなたからあったAクラス記録者に人格調整を行なうという案は、承認します。ただし、個別の人格にストレスを与えない方法で。Sクラス記録者も、Hクラス記録者も、孤立は恐れないでしょう。それがSクラス記録者とHクラス記録者の特性でもあります。ですが、その点においてAクラス保持者の特性は異なります。そこを考慮してもらえるなら、Aクラス記録者を上位人工知能の下位に置くことも含めて、承認します。むしろその点については、現状のグラス使用に慣れているでしょうから、上位人工知能と下位人工知能ないし下位プログラムの間に入るのなら、それだけでストレスの軽減にも繋がるかと思いますが」
ナオミ・エドニーは一旦言葉を切ったが、また続けた。
「加えて、バックアップ措置も行なっておきましょう」
「ところで、お茶はまだかね?」
サミュエル・ハワードが、またそう言った。
その言葉に、サミュエルも含めて全員が笑った。
「いやいや、彼女はアップリフト効果を担当しているんだろう? もう一杯、彼女がお茶を淹れてくれてもいいと思うんだが。そこは私たちも詳しくはないからな。それともこの後、彼女と話してもかまわないかね?」
「えぇ、もちろん。ぜひ彼女に講義をしてやってください。たぶん、おまけがついてくると思いますが」
ダグラスも笑い、そして答えた。