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はくち  作者: 宮沢弘
第三章: 出発前3
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3−4: 人格調整2

「候補者の一人が、こちらの部屋にいます」

 トムはオブライエンの前に立ち、言った。その後にはキャリーとダグラスも立っていた。

「候補者には、ここは病院だと言っています。実際、間違いでもないので」

 トムはドアを開けた。

「せんせえ こんにちわ」

 中から元気な声が聞こえた。

 トムをドアの横に置き、オブライエンはベッドの横へと進み、ベッドに寝転んでいる候補者を見た。すこしの間を置き、トム、キャリー、ダグラスも続いて部屋に入った。

「山村 優太郎君。筆頭候補者です」

 トムが補足した。

 優太郎は持っていた本を横に置き、オブライエンの後にいるトムとキャリーに、交互に目をやった。

「君は、船長という任務がどういうものかわかっているのかね?」

 その問いに、優太郎はオブライエンを見上げていた。

「たいへんだよて せんせえからおしえて もらてます」

「君にできると思うかね?」

「えーと でも せんちよおになる のわ ぼくじやない ぼくだから……」

「私が言っていることを理解できているのかね? 私は、君に船長が勤まるのかと訊いているんだ」

「ぼ…… ぼ…… ぼくじやない ぼくだから……」

「理解できないか」

 オブライエンは優太郎が読んでいたマンガの表紙を一瞥し、トムたちの方への体の向きを変えた。

「こんな状態の者を船長に?」

 両手を広げ、オブライエンは訊ねた。

「何年もかけてきたプロジェクトの船長に、こんな状態の者を?」

「サー・オブライエン、優太郎君が答えやすいように質問をしてください」

 キャリーが答えた。

「これにかね?」

 オブライエンは振り向かずに、右手で優太郎を指差した。

「サー・オブライエン。いいですか? 優太郎君の言葉をよく聞いてあげてください。彼は、答えようとしている。それを邪魔しているのはあなただ」

「そうかね。ミスター・ダグラス・アイゼル。では、よく聞くことにしよう」

 オブライエンは、優太郎に体を向け、すこしばかり屈み、優太郎の目を覗き込んだ。

「さぁ、答えなさい。君に船長が勤まるかね?」

「ぼくじやない ぼくだから……」

「それがどういう意味かわかっているのかね?」

「ぼ…… ぼくの コピーで ぼくよりも かしこくて……」

「君のコピーは、どれほど賢いのかね? 私よりも? ドクター・トム・ハーネルよりも? ドクター・キャリー・クランスよりも? ドクター・ダグラス・アイゼルよりも?」

 オブライエンは三回の「ドクター」という言葉を強めて言った。

「ぼ…… ぼ……」

 優太郎はなにかを答えようとした。

 オブライエンは体を起こすと、またトムたちに向き直った。

「話にならんな。科学マンガですこしでも賢くなるのかね? だいたいだ、科学、研究、勉強、そんなものになんの意味がある? これに理解できるとでも?」

「サー・オブライエン、私が言ったことが理解できていますか?」

 ダグラスはもう一度言った。

「無駄だ。いいかね? 君たちに、これを健常者にできるとでも言うのかね? できないだろう? しょせん科学などそんなものだ」

 オブライエンはもう一度、優太郎に目をやった。

「科学になにができるのか、分をわきまえて欲しいものだ」

 オブライエンがそう言っている間に、トムとキャリーは優太郎の横へと進んだ。

 二人を追って、オブライエンもまた体の向きを変えた。

「せんせえ ぼくわ せんちよおになれ ないのかな」

「人の話を聞いたらどうかね、ミスター・ハーネル、ミズ・クランス! それに候補者優太郎、君は賢くなれない。仮に賢くなったとしても、それは君ではなく、君のアセンデッドだ。君自身は、そんなものを読んでも賢くなんぞなれない。君の脳にすこしばかりなにかが残ろうとも、君が死ねば、なにもかも消えるんだ。わかるかね?」

「優太郎君、こいつの言うことなんぞ耳に入れなくていいぞ」

 ダグラスはオブライエンの目の前に立った。

「トム、キャリー、Aクラスの乗組員は全員人格調整をしろ。徹底的にだ」

「なんのつもりかね。人格調整の案は報告書で上がってきているが、そんなものを私が認めると思うかね?」

「サーーー・オブラーイエン! あんたがなんと言おうと、Aクラスの乗組員に人格調整を行なうことは、今、決まった! あなたが決めさせた!」

 オブライエンは鼻を鳴らした。

「君らはわかっていないようだね。いいかね? 認めるかどうかは私の権限だ。私が認めないと署名すれば、そこまでなんだよ。いいかね、社会を、世界を支えているのは私のような者だ。私のような者が、法案や規則を書いたとしよう。それは国や組織で認められるだろう。たった一文だとしてもだ。繰り返そうか? 社会や世界を支え、変えることができるのは、私のような者だ。わかるかね? 科学にそのようなことが可能だと? 科学も私のような者による制御の対象なのに?」

「だとしてもだ、Aクラスの乗組員の人格調整は行なう! Aクラスは人工知能の下位に位置させる!」

「そうかね。では、提案してみたまえ」

 オブライエンはゆっくりと部屋から出て行った。

「優太郎君、すまない」

 オブライエンを見送ると、ダグラスも優太郎の横に進んだ。

「本当にすまない。君のコピーにこの情報が伝わるかはわからないが、君のコピーが船長として相手にする連中の例を見てもらいたくてね。本当にすまない」

 ダグラスは、キャリーが包んでいた優太郎の手を、その上から包んだ。

「トム、今の様子は撮れているな?」

 トムはうなずいた。

「撮れているどころか、監視カメラから生中継でしたよ。ダグラス、あなたも政治の才能があるんじゃないですか?」

「そんなものは要らないな。エイプになるなら、頭を打ち抜くね」

 その横でキャリーは優太郎に語りかけていた。

「大丈夫よ。もう大丈夫。ほら、あの人、行っちゃったでしょ?」

「ぼくわ…… ぼくじやないぼくわ せんちように なれないのかな」

「きっとなれる。私たちも一生懸命やるから、きっとなれる。絶対とは言えないけど、それでもきっとなれる」


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